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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第八話 雪原闘火
272/274

消えた仲間

「可愛い町!」

 馬車の窓からタンヴァーの町を見て、わたしは正直にそう感嘆していた。円柱型や壺のような形の丸いフォルムをした建物が多い。シアン色や薄ピンクの外壁に茶の煉瓦の屋根、そこに雪がかかり、焼き菓子のように見える。ローザちゃんの作るアイシングカップケーキを思い出し、ごくりと喉を鳴らした。

 仲間の同意を得ようとして振り返り、我に返る。

「イリヤ、大丈夫かな……」

 フローラちゃんを見て、わたしは呟く。中にはイリヤと一緒にローザちゃんも入って診断中だ。冷えて弱っているようにも見えたし、あんな場所に一人で、食事は取れていたんだろうか。

「やつれてはいたけど極端に痩せた、とかは感じなかった。たぶん大丈夫だと思うよ。それより……」

 ヘクターの言い濁す先を何となく理解する。なぜ、他の仲間は一緒じゃないのだろう。ウェリスペルト近郊でならまだしも、こんな辺境地で単独行動するなんて変だ。何か問題があったに違いないのだが、話を聞こうにも意識がないのだから待つしかない。

 一度、馬車が止まり、通行人とフロロが話しているのが見える。道でも聞いているのだろう。またすぐに移動が再開される。町を歩く人も当然だが厚着だ。ニットや毛皮を着込み、頭には帽子、足元は雪道用のブーツ、という姿が多い。人間以外の種族もあまりいないようだ。エルフはもちろん、モロロ族やクーウェニ族、ガナン族といったウェリスペルトでは当たり前のように見る異種族の姿がない。こんな住みにくいところで、わざわざ暮らすのは人間くらいだ、ということだろうか。

 何度か角を曲がったり賑やかな場所、閑静な場所とを繰り返した後、黒い鉄製のフェンスに囲まれた邸宅が見えてくる。他の住宅とは規模の違う立派な外観に「あれがオルグレン邸だな」とすぐにわかった。案の定、馬車は真っ直ぐそちらに進み、アーチ型の門の前で止まった。すぐに使用人らしき男が勝手口から顔を覗かせる。

 馬車の外でフロロと老齢の使用人の話し声がし、男は再び中に入っていく。暫し待たされた後、正面玄関から現れた存在感たっぷりの姿はあのドラゴネルのウーラだった。ぴったりとして丈の長い黒のコートと青い肌が素晴らしく合っている。

 早足でこちらに来ると、使用人に門を大きく開けさせた。そして窓からこちらを覗き込んでくる。

「お待ちしてました。まさかこんなに早く皆さんの顔が見れるなんて」

 久方ぶりに聞く澄んだ力強い声。喜びを素直に表現してくれるところも変わっていない。

「実はウーラ、再会したばかりで頼み事するのも申し訳ないんだけど……」

 綺麗な真紅の瞳を見ながら、わたしは馬車内を指差す。

「仲間の一人が倒れてるの。介抱出来ないかな」

「それはもちろん、出来ることは何でもさせてもらいます。でも、どちらに?」

 困惑顔のウーラと、フローラちゃんを交互に見て、わたしは合点がいく。ウーラはフローラちゃんを知らないんだっけ。

「とにかく中にどうぞ。レオン様もお待ちですよ」

 ウーラはそう言ってにっこりと笑った。







 オルグレン邸はシェイルノース風の邸宅の様相をそこかしこに感じ取れるものだった。部屋の広さの割に低めの天井。最低限の窓。硬く重い木材を使用した家具類、床、天井はダークブラウンだが、敷物やブランケットなどの織物類は華美にも思える鮮やかな色だ。備えられた食器は、陶器を好むウェリスペルトと違い銀食器が多い。

 通された応接間と見られる部屋で、気づかない内に冷え切っていた体を暖めさせてもらう。ビルトイン型の暖炉はわたし達の家にある物よりとても大きい。まるで料理用みたいだ。パチパチと爆ぜる音に眠気まで襲ってくる。

 熱気に目をこすったその時だった。両面扉が勢い良く開かれ、駆け込むように小柄な体が入ってきた。その後、その人物は慌てた自分が照れくさいのか、目を伏せる。

「……失礼、よく来てくれた。オルグレン邸へようこそ。お仲間は一番暖気の篭もる客間に運ばせた」

「ありがとう。レオン、また会えて嬉しいよ」

 わたしが率直な気持ちを口に出すと、レオンはまた照れくさそうに鼻をかいた。ふわふわとした金髪は相変わらず美しく、頬も興奮の為か上気している。わたし達一人ひとりの顔を確認するように視線を動かし、ようやくはにかんだ笑顔を見せた。

「両親に是非とも紹介したかったんだが、実は今、少し立て込んでいる。サントリナから帰国後、君たちの話をしたら父も母もとても会いたがっていたんだが、残念だ」

「ってことはオルグレン夫妻はご不在?」

 わたしの質問に、レオンは静かに頷く。

「オズゴート地方に出向いているんだ。早ければ明日には帰ってくる」

 わたしはフロロと顔を見合わせた。オズゴートっていうとアレだ。使えない領主が治めてる(という噂)の地だっけ。そこへオルグレン夫妻が行くというのは当然政治的な話のためなんだろう。

「そうだったんだ。大変な時に押しかけちゃったみたいでごめんね。こっちには遊びに来たわけじゃないんだけど、レオン達の顔がどうしても見たかったから寄らせてもらったんだ」

 わたしの弁明にレオンはゆっくりとだが大きく、首を振った。

「それは本当に気にしなくていい。留守には慣れているはずだったんだが、色々想定外が起きて慌てていたんだ」

「何かあったのか?」

 レオンは聞いたヘクターの顔を真っ直ぐ見て答える。

「なに、殺人事件が二件ばかり起きただけだ」

「ええ……」

 フロロが心底引いた、といった声を出し、わたしの顔を見る。な、なによ。何なのよ。何が言いたいんだか。わたしが来る前の話なんだから、わたしは関係ないわよ。

「護民団が動いているから大丈夫だ」

 レオンは苦笑する。護民団、っていうのはたぶん響きからしてウェリスペルト側の警備隊みたいなものだろう。警備隊の名前まで違うなんて、本当に異国みたい。

「それより『遊びにきたわけじゃない』って言いましたけど、何かあったんです?」

 ウーラの心配そうな顔には何から話すべきか迷う。何か、と言われても何も分からないのが現状だ。言葉を探すわたしに、レオンとウーラの二人も戸惑っていた。

「……実はイリヤ達を探しに来たの。そろそろ学園に戻らないと単位が……というか在学自体が危ないかもしれなくて」

「イリヤ『達』? 彼はどうして一人だったんだ?」

「わたし達にもさっぱり……。レオンはイリヤ達と一緒にシェイルノースへ戻ったわよね。何か聞いてない?」

 問われる側になるとは思わなかったらしい。レオンは珍しくウーラに助けを求めるような視線を送っていた。その彼女が代わりに答える。

「彼らがこちらにいらしていたのって、イリヤさんのご両親を探す為でしたよね? 移動中もそれ以上のことは聞いていないんです。彼らにはシェイルノースの実態や注意点を話したりすることもありましたけど、向こうの話はあまり……」

「ここに泊まったのも一泊だけだったんだ。到着の日に部屋を提供して、翌朝には出発してしまったものだから、体力があるものだな、と感心していたんだ」

 レオンの話の後、火の爆ぜる音だけになる。それを破るようにアルフレートの「ふうん」という呟きが漏れた。

「誰からの情報提供で『両親はシェイルノースにいる』と知ったのか、やつらの中で話題にしていたか?」

 アルフレートの問いにわたしははっとして顔を上げ、レオンは困惑げに首を振った。

「いや、そういう話はしていなかったな。さっき言ったように移動中も静かなもので、彼らにしては緊張気味に思えた」

「緊張気味ねえ。あいつらにしちゃ不気味な態度だ」

 小馬鹿にするようにエルフは笑う。横目でわたしを見るのに察する。その辺から探れ、ということだろう。言われてみれば気になる点だった。サントリナではずっと一緒にいたはずなのに、どこから情報を手に入れたんだろう。

「とりあえず時間はまだある。ゆっくりしてくれ。何か思い出したらこちらもすぐに教えるよ」

 レオンは立ち上がるとベルに手をかける。

「夕食は早めの時間にするがいいか? それまで街を回るといい」






「レオン、既に領主様みたいだったねえ」

 わたしは真っ白な道を慎重に歩きながら、感服にため息をつく。だいぶ年下のはずの男の子が、ああも立派な態度になっているとどこか焦るものだ。街はかすかに雪が降っていた。改めて眺めると、辺境地だと忘れてしまうほど大きな街だ。ただ歩く人の数は少なく、喧騒も少ない。寒いのだから当然だろう。

 オルグレン邸を出て、街を歩くことにしたのはわたし、ヘクター、イルヴァとアルフレートの四人。ローザちゃんは未だ目を覚まさないイリヤに付き添い、フロロは寒い表に出るのを嫌がった為だ。カラフルな毛皮のコートを着込んだ、彼女にしては珍しくまともな装いのイルヴァが手を引っ張る。

「リジア、そんなことよりケーキ屋さん探してください。タンヴァーのケーキ屋さんは美味しいって有名なんですよぅ」

「食べ物に関しては、知識詰め込む余地があったのね、アンタの脳みそ……」

 我ながら酷い突っ込みを歯牙にもかけず、イルヴァは通りをきょろきょろと見回す。案の定アルフレートが顔を歪めた。

「大まかな場所くらいは分かってるんだろうな? タンヴァーって言ってもしらみつぶしに探そうとしたら掛かるのは丸一日どころじゃ済まないぞ」

「任せてくださーい。イルヴァの嗅覚で探してみせますよ」

「いや、探さなくていい。ケーキ屋自体に行きたくないんだ、私は」

 ブツブツ言うアルフレートを無視してイルヴァは鼻を動かし続ける。なんでこう堪えないんだ、この女は。

「……もう夕焼けの色になってきてるな」

 ヘクターが空を見上げ、思案顔になっている。わたしも目を上げると、オレンジのキャンディーを溶かしたような赤みが空にかかっていた。まだ昼過ぎなはずなのに。

「日が短いとは聞いてたけど、こんなに早いんだ。寒いはずだわ」

 わたしは自分の腕を抱え、身をすくめた。せっかくだから観光したいが、体力温存しておいた方がいい気もする。でも実はケーキ屋も、ちょっと気になっていたり。

「イルヴァ、どっちかわかった?」

「うーん、こっちからバターの匂いがする気がします」

 イルヴァの指差すのは路地裏に入るような細い道だった。お店が並ぶような場所には思えないし、見える範囲でも普通の住宅しかない。

「ええー、こっち?」

 わたしの疑問の声も聞かず、イルヴァはさっさと暗い小道に入っていってしまう。こんな所を進んでも、袋小路に入り込むだけだと思うんだけど。

 男二人は元より興味がないのか、肩をすくめてついて行くだけだった。もう、しょうがないな。

 諦めてわたしもイルヴァの背中を追いかけるものの、やっぱり行けども行けども民家が並ぶだけである。野良猫や各住宅のはみ出した荷物が置いてある中を歩く。こういう所って人に見られると、他所の家に勝手に入りこんでいるように感じられて妙に気まずい。不審者じゃありませんよ、というアピールをしたくなる。

 あとでたんまり文句を言ってやらなきゃ、というわたしの考えはすぐに破られることになる。

「ありましたよ」

 鼻息荒いイルヴァの言うとおり、小さな民家と民家の間に挟まれて、突然ケーキ屋が現れたのだ。ショーウィンドウに並べられた綺麗なケーキ類、宝石のようなゼリー、繊細な細工のチョコレート。入り口に掲げられたミント色の看板には『菓子店 宝玉屋』の文字がチョコレート色で書かれている。

「相変わらず無駄な才能だ」

 アルフレートがぼやき、

「すごいね。こんな場所なのに行列まで出来てる」

 ヘクターは素直に感心する。見つけた本人は鼻を高くする暇もなく「列に並びましょう」とそわそわし始めた。狭い路地に集まる人々の列をかき分け、最後尾を探していると物々しい声が聞こえてきた。

「こっちは菓子屋の列じゃないよ! まったく紛らわしいな……」

 どうやら他にも列がある様子だ。こんな場所になぜ人気スポットが固まったのか、と首をひねりながらもう一つの人だかりを覗き込む。『菓子店 宝玉屋』の二件隣りの民家だ。家がロープで囲まれ、玄関扉の前にはどこかの制服らしき装いの男が二人立っていた。揃って赤地に黒の縁取りのコートとシャコー帽に身を包んでいる。

「あれってもしかして、護民団ってやつかなあ」

 わたしの小声にアルフレートが頷く。ってことは、ここがレオンの言ってた殺人事件の現場なのね。それを知っただけでなぜか周りの空気が淀み、気温が何度か下がった気になるから不思議だ。周りにいるのは大半が野次馬なのだろう。

 護民団の二人は隙あらば中を覗き込もうとする輩を追い払うのに忙しそうだ。今も路地に面した窓から中を見ようとした男が注意を受け、下がるように手を払われている。男は不服そうに下がった後、連れ合いとヒソヒソと話しだした。

「……斧で首をふっ飛ばされたんだってさあ。一撃だったらしいから苦しまなかっただろうけど、怖いねえ」

「お前、それを見ようとしたのか。よく怖くないな」

「遺体はとっくに運ばれてるだろ? 一人暮らしの爺さんだってさ。恨みなのか金目当てか。もし通り魔みたいなもんだったら、しばらく夜は出歩かない方がいいな」

 会話の内容からして犯人はまだ捕まっていないどころか、はっきりした内容も分かっていないらしい。何とも気になる展開だけど、単なる冒険者がほいほい首を突っ込む話でもない。

「ほらほら並びますよ」

 イルヴァに腕を引っ張られ、渋々列に加わった後に後ろを振り返る。護民団の男のコートの裾が揺れる先、ドアノブに掛けられたドライフラワーが、同じ風に揺られていた。

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