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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第八話 雪原闘火
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オコリヤスイ

「ああ……またやってしまったわ。なんでこう、頭に血が上りやすいのかしら」

 学園長室を出て、左右に風景画の飾られた廊下を歩いていると、ローザが後悔のため息をつく。

「オカマだからだろ」

 アルフレートの突っ込みに、

「それ関係ないじゃない! なんでアンタの言葉には遠慮ってものが一切無いのよ!! その発言、相手がアタシじゃなかったら大問題よ!」

 元気に食って掛かるのを見て安心する。本気で落ち込んでるわけではなさそうだ。

 めでたく部屋を追い出されたわけだが、あのままワグナー氏と話していても、わたしが代わりに切れていただろうからどうでもいい。しかしよくわからない人だった。娘に興味があるのか無いのか、ろくに話しもしないのにいなけりゃいないで困る、っていうのが気に食わない。サラのお父さんってあんな人だったんだ。お互い子供の時から知ってる子の親が『冒険者なんて』と言ってしまう人だなんて、なんだかショックだ。

「大体見た目も気弱そうで、腰低そうなオーラ出してるくせにキレるまでが一瞬っていうのも腹立つわね。ああいうのが万年中間管理職で苦労してる風でいて、実際は自分が能無しってパターンなのよ」

「リジア、頭の中の暴言漏れてるわよ」

 ローザの指摘にわたしは慌てて口を紡ぐ。

「まあ後はおっちゃんが綺麗にまとめてくれるだろうよ。……昼飯、広場で食べる?」

 フロロの提案にわたしは首を振った。

「まだ時間的にランチセットが残ってそうだから食堂行きたい。……つかフロロ、さっき『新しいクエストの話』なんて言ってたけど、全然そんな話じゃなかったじゃない」

「いやいや、そうなんだって。あのおっさんが素直じゃないせいでグダグダしてたけど……」

「おーーーい」

 フロロが言い終える前に後ろから声がする。振り返ると先程もわたしとイルヴァを呼びに来たマケールくんとやらの太っちょプリーストである。その彼がドスドスと音が鳴りそうな走り方でやってくる。

「学園長が、呼んでる、ぜ」

 ゼハゼハと息を切らせている彼に思う。……なぜ常に伝言役になっている?まさか学園長室に張り込んでるんじゃないわよね。だとしたら点数稼ぎかしら。

 怪しい男マケールくんにお礼を言い、わたし達は先程追い出された部屋にすぐさま戻ることになった。

 



「話はついたよ」

 学園長はアーム付きソファーに身を沈めると、やれやれと言うように深い息を吐き出した。ため息にまで金粉が含まれてそうな煌めきっぷりである。

「話ってサラのお父さんとですか?」

 わたしの質問には軽く頷く。

「そう、『娘を探して欲しい』という内容の依頼を、学園に出してほしいとお願いしてみたんだ。そうすればこちらも動ける、と持ちかけてね。さっきのやり取りがあったから、かなり気まずそうではあったけど、すんなり了承してくれたよ」

「それって……」

 ヘクターが言いかけると、学園長はにっこりと笑う。

「君たちにお願いしようと思って。丁度暇そうだし」

「いいんですか!?」

 わたしは思わず身を乗り出す。デイビス達を探しに行きたい、とは思ってたものの、こうすんなりと話が進むとは思わなかったのだ。

「君たちの力量を考慮して、適任だと思ってるよ。もちろん、彼らも君たちが行くのが一番話を聞くだろう、っていうこと含めてだけどね」

 なるほど、確かに連れ戻す算段になった時、他の見知らぬ誰かが行くよりは、わたし達の方が聞く耳は持ってもらえそうだ。問題は『何が原因で帰らないのか』になる。イリヤの両親が見つかっているのなら、すでに戻ってきているだろうし、一番に考えられるのはその両親が見つかっていないから、というものだ。その場合はすんなり説得出来るだろうか。

「でもこれでようやくシェイルノースまで行けるのね! レオンのいる街、シェイル、ノース……」

 わたしは言いながら声のトーンが落ちる。他のメンバーが妙に淡々としているのが理解出来てきたのだ。

「向こう、当然のごとく真冬だぜ? ウェリスペルトだって、これから長い冬籠りに入るっつーのに」

 この中では一番寒さが苦手なフロロがげんなり、といった声を上げる。そうだった、シェイルノースは一年中寒いって話も聞いたことあるような、寒いさむ~い地域だった。わたし自身、短い夏を名残惜し見つつ、今朝、長袖のカーディガンを引っ張り出してため息をついたばかりだというのに、行き先は極寒の地か。

「衣替えのお洋服、出してから行かないとですねえ」

 イルヴァの言葉に、

「衣替えの概念あったんだ……」

 ローザがぽつり呟いた。




 その日の帰り道、わたしはウェリスペルト中央郵便局に寄っていた。

「『ソチラニ イクコトニ ナッタ ドウゾ ヨロシク リジア』……これでいいですか?」

 窓口のおっさんがわたしの提出した書類を読み上げ、確認する。魔具による通信の中でも一番単純な仕組みで『振動』のみを伝える装置がある。これを使い、ローラス中の郵便局では短文なら低料金でやり取りが出来る『サイン』というサービスを行っている。わたしが出したメッセージも、信号に変換してシェイルノースの郵便局に送り、向こうの局員がレオンの所まで届けてくれるのだ。早ければ明日の朝には届くらしい。わたし達の出発は明日の朝なんだから、充分だった。

 わたしはカウンターを離れ、古いステンドグラスの光が差し込む待合所に戻る。大きな柱を中心とするドーム型の木造建築は、ウェリスペルトの中でも古い部類に入る。薄暗く、密封性も悪いがわたしは雰囲気が好きだった。受付待ちをする人々も学園と違い老若男女、種族さえもさまざまで面白い。その光景を少しだけ眺めた後、入り口で待っていたヘクターに声を掛けた。

「終わったよ。オルグレン邸だ、って言ったら細かい住所分からなくても大丈夫だって言われた」

「へえ、流石『領主さま』」

 ヘクターは感心げに目を大きくし、頷いた。

 ローラス最長の山脈、アルフォレント山脈の北側に位置するシェイルノース地方では、昔ながらの領主による自治が認められている。そのため、この前まで滞在していたマリュレーのように『なんちゃって領主様』がいるのではなく、貴族制度そのものが残っていると言っていい。彼らはシェイルノース自治区の総督と呼ばれ、代わりに国政には関わらない、というのがこちらの『なんちゃって領主』との違いだ。

 郵便局から賑やかな通りに出るとヘクターが振り返る。

「あと何か用意しておくことある?」

「もう無いんじゃないかな。各自の荷物くらいで」

 わたしは傾きつつある日差しに目を細めながら答えた。

「そっか、じゃあ俺、ちょっと買い足しておきたいものがあるから行くよ」

「えっ、付き合うよ」

 こちらも郵便局までわざわざ付き合ってもらった手前、わたしはそう申し出る。しかし首を振られてしまった。

「いやー、女の子が来ても面白くない店だし、いいよ」

「そう? じゃあ、ここで……」

 少しぎこちない手の振り方になってしまったが、一応笑顔でわたしは告げる。なんか避けられてる?いやいや、そしたらここまでだって来ないだろうし、……なんて相も変わらずネチネチと考えながら。

 髪を切り、首元が涼しく感じるのか襟足を触りながら去っていくヘクターの後ろ姿を見送る。また背が伸びたみたいだ。わたしはいつになったら彼のもとに追いつけるんだろう。不毛な考えを抱えながら、わたしは一人背伸びをしてみた。

 寂しい。もっと強気について行ったらこんな気持にもならないのに。どうして素直に行動できないんだろう。





「チード村で一泊、山を越えて麓で一泊、三日は見といた方が良いわよね」

 揺れる馬車の中、ローザが指折り数える。御者席には定番になったフロロとイルヴァのコンビ。乗っているのはもちろん白馬と白い豪華仕様の車の、アズナヴール家所有馬車である。学園長曰く「学園の生徒を迎えに行ってもらうわけだから提供するよ。遠慮しないで」とのことだったが、出来れば普通の見た目の馬車に変えてほしい。

「バレットさんの所、寄る?」

 わたしの問いかけに即答するのはアルフレート。

「寄らない。あの爺さんところ行ってたら、どれだけ時間食うかわからん。飽きたし」

「……だよね」

 非情な結論になるが事実である。タンタ達には会いたいけど、今回ばかりは暇な爺さんに付き合う時間は無い。

「『タンヴァー』ってどんな所なんだろうね」

 わたしは目的地である街の名前を出した。恥ずかしながらシェイルノースというと『シェイルノース』という街があるのかと思っていたら、シェイルノース地方という括りの中に幾つも街や村があるらしい。レオンの住むタンヴァーという街は中でもとりわけ大きな街だという。

 タンヴァーに向かう理由は一つ。デイビス達はレオンと一緒にサントリナを離れ、シェイルノースに向かったはずだから。最後の足取りを知っていると思われるレオンに話を聞きに行くのだ。何も聞いてないとしても、彼の顔をひと目見るだけでもいいのだ。その彼の護衛役、腕前はピカイチだが乙女な性格のウーラに会うのも楽しみだな、と思う。ドラゴンを連想させるクールな見た目に反して、人懐こいところも魅力的だった。

「チカチカする街だ」

 アルフレートの答えに首を捻る。位置的に太陽がチカチカするような気候ではないはずなんだけど。何がチカチカするんだろう。雪の反射光?

「行けばわかる。私はあんまり好きじゃない」

 身も蓋もない言葉だ。滅多に行くことはない地方だし、情報もあまり入らない地域だから楽しみにしてたんだけどな。

「それよりみんな、ちゃんと暖かい服持ってきた!? すんごい寒いわよ! シェイルノースの冬は舐めちゃいけないわよ!」

 フローラの中に毛皮を詰め込んでいたローザが騒ぐ。一年の半分以上が冬型の気候に覆われる地方だ。寒さのイメージは強い。ウェリスペルトでの真冬を想定して服を選んできたけど、充分じゃなかったらどうしよう。

「ローザがうるさいからグローブ買ってきたよ」

 そう言ってヘクターがジャケットのポケットから厚手のグローブを取り出した。

「だって言わなきゃ『平気、平気』なんつって用意しなかったでしょうが! ったく、イルヴァといいファイター共は変に体に自信あるから嫌になっちゃう」

 ぷりぷり怒るローザに「すいません」と頭を下げるヘクターを見て思い出す。

「あ、それってもしかして昨日、買いに行った?」

「そうそう、あの後、買いに行ったんだ」

 なんだ、それなら一緒に選んだりしたら楽しかっただろうに。ああ、でも濃紺にこげ茶の縁取りを選ぶセンスとかもひっくるめて好き……。

 なんて乙女モードをぶち破るのはアルフレートの声だった。

「シェイルノースは野良モンスターもタフだからな。それなりに覚悟しておけよ」

 わたしは喉を鳴らす。

「え、そうなの……?」

「当たり前だろう。過酷な環境で生きてるってことは、それなりの体力や力が必要になるんだ」

 聞けばその通りの話だが、実はあまりレベルアップしてない身としては恐ろしい事実だったりする。

「例えばどんなのがいるの?」

「狼とか熊みたいな獣が多いわよ。ゴブリンもこっちで見るのより体が大きいから危険だしね。あとは伝説の生き物も入れればイエティ、マロウス、イミル、スカディ……会うことはないだろうけど」

 ローザの挙げた名前は書物などで見る幻獣、神獣の類である。戦ったことのある冒険者もいるらしいけど、わたし達には縁無い世界だろうな。……たぶん。

「氷の上位精霊フォヴォロスとかな」

 アルフレートがにやりと笑った。冷気を司る精霊達の王、フォヴォロスは狼の頭部を持った巨人の姿で描かれることが多い。彼がシェイルノース一帯を縄張りにしている為、寒さが厳しい土地になっている……という話だ。力の強い精霊はそれだけ多くの餌『マナ』が必要になるわけで、テリトリーの奪い合いがあるのは本当らしい。なので、おとぎ話とは言い切れない。だが、ただ単に日照時間が短い地域なので気温が上がらず、フォヴォロスのような精霊が住みやすいだけ、という過程と結果が逆の説もある。

「まさか、そんな神様並みに力の強い精霊に会えることなんか無いでしょうよ」

 わたしが鼻で笑っても、誰も返事をしない。……おい。

「ないでしょ?」

 再度の問いかけに、

「さあ……」

 ローザの曖昧な返事だけがようやく返ってきた。

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