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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第八話 雪原闘火
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仕分けの達人

「ダリウス・ファルーイ、17歳、得意武器はシミター。野営は慣れてるから、準備は任せてくれ。趣味は……」

「顔が辛気臭いから失格。はい、次!」

 ピンク髪を揺らしながら椅子にふんぞり返り妙に偉そうな少女、ヴィクトリア・クレイトンにそう言い放たれたダリウスくんは、一瞬唖然とするが、肩を落として教室を出て行く。彼の素直な行動に、お借りした空き教室内には重い空気が広がり、気まずくなったわたしは、パイプ椅子を引きずりながらヴィクトリアに近寄った。

「……ちょっと、もっと言い様があるでしょうよ」

「言い様? 言い方変えろってこと? じゃあアンタも本音じゃ辛気臭い男と思ってたんじゃないの」

 フン、と鼻を鳴らした後、ヴィクトリアは立て付けの悪い折りたたみ机越しに、扉に向かって「次!」と声を張り上げた。門番よろしく扉の前に仁王立ちしていたイルヴァが扉を開けると、長身の男が入ってくる。

 ウェーブした黒髪に骨格のいい体、太めの眉といい、濃い顔立ちだがすっきりした鼻筋といい、良い男である。そしてわたしを見てにこやかに手を挙げる。その笑顔で彼が誰なのか思い出したわたしは、手を振り返した。前に簡単なクエストでご一緒したヘクターのクラスメイトである。話しこそ少ししかしていないが、人当たりのいい好人物だったのは間違いない。その彼がヴィクトリアの前に立つと自己紹介を始める。

「ディノ・アレン、18歳、えーっと趣味は釣りで、武器はブロードソード。あと何だろう……、ああ俺さ、ロレンツの幼馴染なんだ。知ってるだろ? 君らのクラス、ソーサラークラスのロレンツ・ダフィネ……」

「はい失格、出てって」

 早すぎるヴィクトリアの判断に、わたしと、生真面目戦士のシリルは同時に立ち上がった。

「おいおいおい! 何が気に食わないんだ! この調子じゃ候補者が誰もいなくなるじゃないか!」

「そうよそうよ! このディノくんは一回クエスト一緒になったけど、めっちゃいい人よ!? もうちょっと話だけでも聞いてあげなさいよ!」

 わたし達の抗議にも、更にドスの利いた声がかぶさってくる。

「いい人だあ!? ファイターの面接なのに得意武器より『趣味、釣り』の話を先にするような奴よ!? 大体がなんでこの私があの『ガリ勉ひょろメガネ』の幼馴染とパーティー組まなきゃなんないのよ!」

 ヴィクトリアの雄叫びにわたしとシリルは椅子に崩れ落ち、マイペース盗賊のカイは大あくびする。わ、ワガママすぎる。またも重苦しい空気になりつつあったのを、破ったのは澄んだ天使の声だった。

「まあまあヴィクトリア、あの気難しいロレンツくんと幼少から仲良くしてるなんて、よっぽど朗らかな方なのよ。もう少しお話しましょう? どうして今現在フリーなのかも気になるし」

 わたしとシリルを挟んで反対側に座るフラヴィである。ヴィクトリアパーティーの四人目の仲間であり、至高神ラシャを信仰するプリーストだ。元の顔が美人なだけでなく、常に眉間に皺が寄るヴィクトリアと比べると、まさに天使である。

「まあ……フラヴィがそう言うなら」

 ヴィクトリアはぼそぼそと言うと、ディノに向かい、話を促した。しばらく困惑気味に目を動かしていたディノだったが、咳払い一つすると話し出す。

「実はまだパーティー自体組んだことがないんだ。っていうのもロレンツと組む気満々だったんだけどさ、あいつ研究科に進路決めちゃっただろ? それでもずっと誘ってたんだけど、もういい加減時間もないしな。これ以上引っ張ると俺自身、卒業が危なくなってくるし。まあ、ようやく俺もあいつの本気度が分かっちゃったから、今更ながら入れるパーティーを探し始めたってのが本音さ」

 この話を聞き、ヴィクトリア達は目配せし合う。どうやら好感触だったんじゃないだろうか。

「あんた海釣りする?」

 カイが机に足を乗せたまま尋ねる。ディノは大きく頷いた。

「パルケラス諸島に行くくらいには好きだな」

「お、いいね」

 何やら気の合った様子で二人は頷きあった。この調子だとここの二人は上手くやっていけそうな感触である。

 そう、今この場でやっているのはヴィクトリアパーティーのメンバー補充のための、面談試験である。メンバー脱退しまくってるパーティーのくせに偉そうに、という思いも湧くがファイタークラスの人数は他クラスに比べても多いため、今のこの時期でも『難民』がいる状況だったりする。この試験会場にのこのこやってきた人数も十人強。ディノを追い返したりしたら、いい加減わたしも出ていこうと思っていたところだった。

 そしてなぜヴィクトリアパーティーの新メンバーを決める場にわたしがいるのかというと、

「リジアが褒めるってことは、『つまらない人間』では無さそうなのよね……」

 ヴィクトリアが悔しそうに爪を噛む。わたしの『目』としての力を曲解してるのか、なぜか人選に協力しろと呼ばれたのである。別に面白人間吸引力などは無いのだが。

「そうそう、わたしが保証するんだから間違いないわよ!」

 我ながら根拠の一切無い台詞を吐きつつ、ヴィクトリアの肩を叩いた時だった。遠慮のない勢いで教室のドアが開かれる。入ってきたのは顔は若いが、妙に恰幅のいいシルエットのプリースト。死んだ魚のような目といい白いローブが腹立つほど似合わない男だ。

「あり得ない、はい失格」

「え、ええ?」

 ヴィクトリアの『出て行け』のジェスチャーに男はうろたえる。それを止めたのはまたしてもフラヴィだった。

「マケールじゃない……うちのクラスのプリーストよ。彼は面談参加者じゃないわ。どうしたの?」

「あ、ああ……」

 マケールくんとやらが気を取り直し、目を泳がせて見据えたのはわたしの顔だった。

「ああ、いたいた、リジア・ファウラー、イルヴァ・フリュクベリも。学園長が呼んでるぜ」

「学園長が?」

 疑問で返すものの、わたしはすぐに立ち上がった。

「わかった、すぐ行くわ。ありがとう」

 扉に向かうわたしに、ディノが声を掛けてきた。

「旦那によろしく」

 一瞬にして頭部が沸騰するが、彼に振り返るため、必死に平静を装う。

「ディノも面接がんばってね。……最終判断は一晩よく考えてからの方が良いわよ」

 わたしのアドバイスにヴィクトリアが「どういう意味よ!」と叫ぶが、そのまま退出させてもらう。廊下に出るなりイルヴァが尋ねてきた。

「旦那、って誰です?」

「……さ、さあ」

 わたしのぶっきらぼうな答えにイルヴァは首を傾げる。ディノが言う『旦那』が誰を指しているかは分かるが、それは事実ではないから、わたしには答えようがないのだ。

 そう、ヘクターとはあの後、特に進展は無かったりする。本格的なお付き合いが始まるわけでも、気まずくなるわけでも、顔を合わせれば頬を染め合うわけでもないのである。あの夜の、あの雰囲気を経て、尚、である。

「ちょっとでも『あ、これイケるんじゃね』と思った自分が馬鹿だったわ。何にもないってことはつまりそういうことなのよね……」

 本音を言えば、今後はアレしたりコレしたりメンバーには色々気を使ったり、忙しくなっちゃうなあ、などと考えていただけにダメージはでかい。そんなぶつくさ言うわたしの頬をイルヴァが突く。

「リジア、お熱計りましょうか?」

「結構よ」

 イルヴァの手を跳ね除けてから、ふと思う。肝心なことを忘れていたのだ。

「イルヴァ、学園長室ってどこか知ってる?」

「いやですねえ、リジア。イルヴァが知ってることなんてあるわけないじゃないですか」

 相変わらずの答えに脱力していると、廊下の窓から覗く顔があった。

「やだねえ、あんたら、ここに通って何年目なのさ」

「フロロ、もう何回目になるか分からないけど一応言っとくわ。ここ二階よ?」

 わたしは窓枠に足を引っ掛ける猫耳男にそう言った。が、「それがどうした」と言わんばかりに鼻を鳴らされてしまった。

「新しいクエストの話みたいだから早く行こうぜ。おっさんの気が変わると面倒だ」

「学園長の? あんな気の長い人、いないと思うけど」

 わたしの質問にフロロはまたしても鼻で笑うだけだ。おチビのくせに生意気な。




 フロロの案内についてたどり着いた学園長室は、至って普通の位置にあった。とんでもなく深い地下迷宮の奥底にあったり、学園の隅の隅に存在も気づかない高い塔があって、その天辺、などという学園長のキャラにぴったりな物を想像していたのだが、単に校舎の端に位置するだけであった。

「言っとくけど、リジアは俺と来たことあるからな?」

「そ、そうだったっけ……」

 フロロからの突っ込みに頬を掻きつつ、扉を開けると、真白い壁紙とマホガニー材の調度品や、その中に飾られたトロフィーや絵皿に囲まれた部屋の中、見知った顔が並んでいた。超絶イケメンだがシナを作る立ち姿に、一発で『ソッチ系』と分かるローザ。一応、輪の中にはいるものの、勝手に本棚を漁っているアルフレート。少し髪を切り、こちらが悶絶しそうになっているのも知らずに無邪気な笑顔を向けるヘクター。そして後光を煌めかせながら、立派な執務机に向かい座る学園長。その学園長の前に置かれた椅子に座る、どこか見覚えのある男性がこちらを振り返り見ていた。

「メンバーも揃ったようなので、そちらに移動しましょうか」

 学園長が手で示すのは、革張りの大きなソファーがコーヒーテーブルを囲む談笑スペースだ。そこへ学園長と男性が座るのを待ち、残りは適当な位置に座る。ヘクター、イルヴァは戦士の習性か、背もたれ側に立ったままだ。こういうのも指導されてたりするのかな?魔術師としては「大変ねえ」などと老人のような感想を持つ。

 わたしは丁度目の前に座ることになった客人を失礼にならない程度に眺める。年の頃はわたしの父親ぐらいか。ということは学園長とも同世代のはずなのだが、『神族級の若さ』を持つ学園長では比較にならない。白髪交じりの栗毛をした中肉中背の男性は、ひどく疲れているように見えた。そのせいだろうか、秋を感じさせるウール地のジャケットがあまり似合わない。

「この前に、お目にかかった時とはお召し物が違うもので、誰かと思いましたわ」

 ローザの言葉にわたしは小さく首を捻る。知り合いなんだろうか。

「ああ……私は普段、司祭ローブは着ないもので……こっちが普段着なのです」

 ぼそぼそと答える声にようやくわたしは男性を思い出した。

「あ、ああ! サラのお父さん!」

 見覚えあるはずである。前回の冒険の最後に出会った、ラシャのプリーストの集団にいたサラの父親だ。プリーストローブを着ている姿はもうちょっとぱりっとしたものに見えたが、役所の窓口にいそうなジャケット姿はずいぶん老け込んでしまっている。

「サラ、どうしました? 学園ではまだ会ってないんですけど、帰ってきました?」

 わたしは質問しながらも、なぜこの人がここにいるのかが飲み込めてくる。サラ達がシェイルノースから帰ってきてるなら、まず教官たちへの報告に学園へ来ているはずなのだ。彼らの目立つ姿を見逃すとは思えない。

「いや、その、まだ帰っていないんだ……。こちらなら娘に連絡を取れると思ったんだが、そうもいかないようで」

 サラ父の、困った声に答えるのは学園長だ。

「今、こちらのワグナーさんにも説明していたんだ。サラくんは今現在、『学園からのクエスト受諾』はしていない。教官たちの報告によるとずいぶん長い間、授業も受けていないようだ。君たちなら何か知っているんじゃないかなと思ってね」

 わたしはローザを見る。肩をすくめた後、ローザは二人に話しだした。

「サラ達に会ったのはサントリナの騒動の時が最後よ。帰り際に『イリヤの両親がシェイルノースにいるらしいから、探しに行く』って言って、サントリナから直接向かったみたい。まさかこんなに帰ってこないなんて思わなかったから、細かい話は聞いてないのよ」

「イリヤっていうのは誰なんだい?」

 ワグナー氏の質問にわたし、ローザは驚く。パーティーメンバーの名前も知らないのか。家で話とかしなかったんだろうか。旅の話一つでもすれば名前くらいは出そうなものなのに。

「サラの仲間ですけど」

 わたしは少し語気が強くなる。それが伝わったのか、ワグナー氏は途端にイライラしたように足を揺すり、指で肘掛けを叩く音が響く。

「仲間、仲間ね。親が顔すら知りもしない人間とこんなに長い期間ほっつき歩いて、肝心の学園は連絡すら取れないとは。……だから冒険者学校なんて反対だったんだ。大人しく神学校に行って欲しかったのに」

 最後は唇が震えていた。わたしは年上の男の、急な変化に驚いてしまい、何も言い返せないままだった。

「責任の所在は学園だと?」

 凛とした声にワグナー氏は声の主、ローザを見て口をぽかんと開ける。その顔にローザは続ける。

「先ほど聞いたようにサラは学園からのクエストは受けていない状態です。にも関わらず、仲間の親を探す為に旅に出てしまっている。これは学校よりも仲間の方が大事だという彼女の意思の現れです。アナタ一緒に住んでる親御さんでしょ? 子供がどこで何してるかも知らないの? その責任は無いの?」

「ヴィクトル」

 学園長の重い声がローザを止める。はっとしたように顔を上げると、

「失礼しました」

 はっきりとした言葉で謝罪し、ローザは口を閉ざす。ワグナー氏の方といえば、言い返すでもなく怒り出すわけでもなく、ただぽかんと口を開けたままだった。

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