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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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現れた古代の叡智

 風は増々強くなる。荒れ狂う空に居座り続ける厚雲のせいで時間帯も分からなくなっていた。トカゲ達兄弟など飛ばされそうで、何度かフローラちゃんの中へ避難するよう勧めたが「見守りたい」と熱望するのだった。

「ふう、ふう、吹っ飛びそうっす」

「が、がんばれー兄弟たちよ。お国に報告するためだ!」

 そんな会話に見かねたヘクターがミマを担ぎ上げた。

 再度、駆け上ることになった屋敷への道で、わたしは前を見ながら口を開く。

「思い出したのよ。クレイトン卿は魔女たちが屋敷に居座った理由を『屋敷に何か用があるようだった』って言ってた」

「屋敷のどこかに儀式に必要な物があった、ってわけか?」

 カイの質問にわたしは頷く。

「そうだと思う。それに、その『儀式に必要な物』をすでに手に入れてるなら、屋敷にわざわざ居座る必要もないし、それこそ村の中央にでも持っていって儀式を始めればいいのに、村にはいない」

 わたしは上がる息を整えながら話を続けた。

「それに自分たちの家に地下を作ってたけど、そこにもいなかった。何かに使った跡も無かったしね。作っただけで止めた。……何故か。あの家じゃ意味がないと分かったからよ」

「ここら一帯の地下にあいつらが必要としてる物が眠ってるってことか。それを探してるんだな」

 カイの言葉に今度は首を振る。

「探してるんじゃなくて探してた、のよ。クレイトン邸の下にそれが存在してるって分かったから掘るのも止めて、屋敷に居座ったんだと思う」

「地下室には何もなかったけど……。あっ、見て!」

 ローザの声に全員後ろを振り返る。マリュレーを取り囲むように描かれた巨大な魔法陣がそこにはあり、光を放っていた。

「ラシャの破魔の陣だわ」

 白く眩い神聖文字の乱舞。ルーン文字一つが家一軒ほどありそうだ。ここまで大規模な物は初めて目にする。お陰でここまで明るくなる程である。あんなにぞろぞろと神官を見かけたくらいだ。でもこんな力と力のぶつかり合いじゃ、余波もすごいんじゃないだろうか、と不安になってくる。

 一度喉を鳴らすと、わたしは先程の話を続ける。

「……たぶんあの地下室以外にも地下があるのよ。それはもっと深く潜るようになってるはず。魔女の家のあるタラールの森と、クレイトン邸のある山の標高差を考えれば、きっとそう。深く深くに何か眠ってる」

「でもそんな深くに何があるっていうんでしょうね」

 ヴィクトリアの不安げな声の疑問。

「『依り代』だ。まだ揃っていないピースはそれだ。ラグディスの火のルビーに代わる何かが、眠っている」

 答えたアルフレートにローザは「なるほど」と頷いていた。

「学園長が残る、って言った時点で気づくべきだった……。卿が自殺なんか考えないように、ってことと、きっとわたし達に『もう手は貸さないよ』、って意味で残ったのかと思ってた。けど違うのよ。学園長はアーロン・クレイトンを見張るつもりなんだわ」

 わたしは爪を噛みそうになるのをぐっと堪える。そこへヴィクトリアが立ち塞がるように踏み込んできた。

「伯父様が何かすると思ってるってこと!?」

「……クレイトン卿がどこまで儀式に関わってるのか、は分からないけど、忘れたの? マリクの冒険譚が事実なら、邪神降臨の儀式は今回が初めてじゃないのよ?」

 ヴィクトリアは足を止め、顔を強張らせる。話が飲み込めてきたのだろう。

 クレイトン邸にマリク達が生きた数百年前から存在する『依り代』。児童書にも描かれるような出来事で使われたそれを、屋敷の当主であるアーロン・クレイトンが知らないなんてことあるだろうか。それに彼はわたし達に黙っていたのだ。あんなにも長々と儀式のやり方を語ったというのに。

 再び見えてきた屋敷にフロロが言う。

「中を探すか?」

 それにわたしは首を振った。

「中じゃないわ。中に入り口があるなら『魔女たちが戻ってきた時に』こっちが気づいてたはず」

「ってことは屋敷周辺になるな」

 広い敷地を見回し、カイが頭を掻いた。ここからが問題だ、と撚る頭に、ふとある事が思いついた。

「そういえばヴィクトリアがいなくなった時、妙なところから現れたわよね。あれ、どこから出てきたの?」

 魔女の術に嵌り、様子がおかしかった時のことだ。いなくなったと思ったら、ひょっこり現れた彼女は何も覚えていなかった。でも捜索にあたっていたこっちはずぶ濡れだったのに、ヴィクトリアは大して雨に打たれていなかったりと不思議が多い出来事だった。

「は? え? お、覚えてないわよ」

 あの時のことをもっと思い出そうと動きを止めるわたしに、ヴィクトリアは「本当よ!」と怒る。気を失ってたことだし疑ってないってば、と言い返そうとする間にもアルフレート、フロロが屋敷裏手に進んでいく。

「ヴィクトリアがいたのはこっちだって言ってたな?」

 アルフレートが指差し、確認してくる。わたしは走って追いかけると、ある一帯を指した。

「ここよ、ここに倒れてたの」

 それを聞いてすぐ、フロロが地面にへばりつき、丹念に調べだす。手が泥だらけになろうと気にも留めない様子だ。追いついてきたカイもそれに続く。二人揃って猟犬のようだ。

 次第に調査範囲は広がっていき、フロロが切り立った山肌に手を触れ、つぶやく。

「ここだ」

 それはわたしとヘクター、ローザがヴィクトリア捜索の時に一休みした空洞だった。雨を避けるために入り込んだだけで、広さもないし落ちているものは木片や何かの木の実だけだ。

 ローザが空洞に体を入れ、地面を踏みしめながら眺める。

「何もないじゃない」

「いや、絶対にここだ。ここに何かある」

 珍しく強い口調で主張するフロロ。しかしいつものように率先して入り口を開けてみせないということは、『ここに何かある』と確信はしているものの彼には示せない、開けられない、ということだ。初めての事態にわたしも戸惑う。アルフレートが前に出ると、フロロを下がらせた。そして空洞に手を伸ばすとにやりと笑った。

「よく気づいたな。褒めてやろう」

 ぶつぶつと唱えだす呪文は古代語のようでいて少し違う。聞き取りにくい発音もあるからエルフ語なんじゃないだろうか。何か力強い言葉が放たれる。すると瞬きした一瞬で空洞には地下へ続く階段が現れていた。

「隠したのは魔女の術じゃないな。……マリクの仲間にはエルフもいたはずだ」

 アルフレートの説明になるほど、と思う。はるか昔に魔女を討った後、マリクの仲間がここを封印し、それを現代の魔女たちが探してたわけだ。

 わたしとアルフレートが「ライト」を唱えると、ヴィクトリアも慌ててそれに続く。まだ一連の出来事を飲み込めずに茫然しているといった様子だ。

 足を踏み出す直前、村の方向からの光が一層強くなる。

「いよいよ、って段階まで入ってるのかも。急ぎましょう!」

 わたしの掛け声にみんなが流れるように地下へと入っていく。わたしはそれに続こうとしてから振り返り、ヘクターの顔を仰ぎ見た。

「大丈夫、俺が後ろにいるから。リジアは前だけを見て進めばいい」

 淡々とした口調だが、涙が出そうになる。どうしてこんなにもわたしの欲しい言葉を理解しているんだろう。

 わたしは深い呼吸を一度してから階段へ足を踏み出した。




 中はひんやりを通り越して寒い。クリーム色の滑らかな石材で構成されていて、階段を踏み外さないようにと壁に手を伸ばすと、細かな紋様が指に触れる。

「これ古代遺跡なんじゃ……」

 ローザが呟いた。わたしも同意だった。よく観察する時間が欲しくなるほど緻密な装飾の中に、古代語らしき物がちらほら見て取れる。ローラスに古代遺跡はほとんど残っていない、というのが通説だが、見つかっていない、の間違いなのではないか。思わぬ展開に鳥肌が立った。

「こんなところが屋敷のすぐそばにあったなんて」

 ヴィクトリアの声は呆然、と言った様子だ。先頭を歩くフロロがしゃがみ込む様子が窺え、彼の声が聞こえてくる。

「……蝋だぜ」

 ヴィクトリアの動きがとまった。魔女なら「ライト」の呪文を使うはずだ。今のわたし達のように。わざわざ蝋燭を手にここを行き来した人物がいるのだ。その思い浮かべている人物は、きっとわたしとヴィクトリアは同じなのだろう。

 みんな無言で歩き続ける。響く足音も奇妙だった。床が振動を吸収しているようなじっとりとした吸い付きがある。何なのだろう、ここは。五感まで狂わせるような……エンドレスに嵌ったのではないか、と余計な考えがうかんでしまう。

 足に疲労が溜まってきた。かなりの距離を降りてきたと思われる。その時、人のうめき声のようなものが聞こえてきた。階段が終わり、開けた空間に出たのだ。両壁面に並ぶ鉄格子に背筋が凍る。

「うう……」

 空耳ではなかった。何処かから人の気配がする。声からしてその人物の状態は良くないことがわかる。

「こっちよ!」

 ローザが牢屋の一つに走り寄った。カイが腰のベルトからワイヤーを引っ張り出し、素早く鍵を開ける。そこに転がっていたのは警備隊の制服を着た二人の男だった。わたしは息を呑む。鉄格子に近い位置にいる男は、制服が血だらけだったのだ。

「イワン!」

 ニームが男に叫ぶ。ローザはしゃがみ込むと制服の前を開けて、傷口を調べ始めた。

「出血が多いわ。シリル、手を貸して」

「わかった」

 ローザの手伝いに回るシリルは、剣を持つ時よりも落ち着いて見えた。血だらけの男の顔を見ると、確かに一度見た新任の駐在員だ。屈強な体にあんなにも自信に溢れた顔を見せていたのに、見る影もない。

「なぜ殺さなかったんだろうな」

 アルフレートの疑問は不謹慎ながら真っ当でもあった。ローザがイワンの上着の肩部分をめくり上げた。

「始末する気は満々よ。時間差があるだけで」

 そう答えるローザの手元、イワンの膨れた二の腕の筋肉には、くっきりと卵型のマークが描かれていた。

 治療する二人の後ろを走り、牢屋の奥へ行ったニームがもう一人の男の顔を覗き込む。

「き、君はもしやフレオ・マズゥか?」

 その質問に倒れたままの男は答えない。ただ荒い息を繰り返していた。その様子をちらりと見たローザは、急いで奥の男へと駆け寄った。

「こっちの方が問題ね。衰弱が激しいわ」

 言うな否や、両手に魔力の光を集めて衰弱した男に押し付ける。「誰か水を!」という言葉にはフロロが水袋を投げた。

 緊迫した空気に動きを止める一同に、ローザが振り向き叫ぶ。

「みんなは先に行って! 時間が無いわ。あたしとシリルが残って何とかするし、必ず追いかけるから」

「で、でも」

 ヴィクトリアが鉄格子を掴み、首を振る。

「行ってちょうだい! でないと……」

 ローザの叱咤に反応するように地面が激しく震えだす。突き上げるような揺れは明らかにこの下に震源があると思わせた。ラグディスでのサイヴァ復活を思い出す。

「行くわ!」

 そう叫ぶと、わたしは駆け出す。周りもそれに続く中、カイがヴィクトリアの手を引っ張る。わたしは並ぶ牢屋の先、広がる闇を目指して走った。

 徐々にまた下り坂になる。そして鼻を掠めるのは、あのお茶の匂い。フラッシュバックするのは、クレイトン邸ではなくラグディスの孤児院だった。

「どうして気づかなかったんだろう」

 荒れる息の合間につぶやく。子どもたちの自由を縛っていたのも、この匂いだったのだ。

 速まり続ける鼓動の中、ぎいぎいと不快な音が聞こえてきた。

「おいでなさった」

 フロロが足を止め、短剣を抜く。ヘクターとイルヴァ、カイもそれぞれ武器を構えた。わたしとヴィクトリアはアルフレートの後ろに下がる。いつの間にか声が響くほど天井は高くなり、不安になる広さになっていた。巨大な柱が何本も伸びる地下神殿に入り込んでいたのだ。

 奥から翼を広げて飛んでくるのはインプの集団。地面に爪を立てながら登ってくるのはオークだろうか。酷い匂いが充満し始める。逃げ足の早いニームたちは既にどこかに隠れたようだ。

「魔女の顔、拝めるかどうかも怪しくなってきたな」

 カイが苦笑する。オーク達の列の後ろ、一際大きな影が浮かび上がったのだ。

「後ろにはローザ達がいる! ここで食い止めるぞ!」

 ヘクターの叫びにイルヴァがエイエイオーと手を上げつつ答える。

「プラティニ学園の力、見せてあげましょう!」

 一気に規模が小さくなった感は何なのだろう。わたしは転けそうになるのを堪えながら、スペルを唱えだした。

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