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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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干物と黒い短剣

「魔女が復活してたんじゃないのかよ。これ、人が住んでたの何十年前?、ってレベルじゃん」

 まさに廃墟、という家をそろそろと歩きながらフロロがぶつぶつとぼやく。中は表から見た以上にひどい有り様だった。窓枠、床、柱、と木で出来た部分はほぼ腐っており、家自体が風化する一歩手前と言っていい。散らかり放題の家具の上に積もった埃で地層が出来そうだ。濁ったガラス瓶と何かの干物、垂れた蝋、変色した床と原型を留めていないタペストリー。どれも現代の魔女であるわたしには古めかしいことこの上ない。

「見ろよ、ヴィクトリア、絵に描いたような魔女の大釜だぜ。お前の家にもあるのか?」

 カイが隣の部屋を指差す。黒い丸いフォルムの大釜が転がっていた。フロロどころかわたしでも入ってしまいそうなほど大きい。

「あるわけ無いでしょ」

 ヴィクトリアが不機嫌全開に返す。

「今は調合にもホーロー鍋か鉄の小鍋だもんね」

 わたしがフォローすると、なぜかカイには馬鹿笑いされ、ヴィクトリアからは睨まれてしまった。

「落ちてる物も迂闊には触れないわね……。あれは書棚かしら」

 ローザが指差す部屋の奥、倒れた書棚らしき木片の塊と、散らばった後に床に張り付いた羊皮紙、崩れた本や巻物の山があった。一冊一冊がとても大きいのは、かなり年代物だということじゃないだろうか。どれも状態が悪すぎてまともには読めそうにない。それよりもみんなの視線を集めたのは、さらにその奥に見える地下への入り口だった。石のタイルが無造作に剥がされて、かなり大雑把な作りに見える。

 フロロが身軽な動きで近づき、下を覗き込む。

「……階段も石で出来てるし、崩れることはないと思うぜ」

 そう言われても、このボロ屋のさらに地下、なんて行くのは相当な勇気がいるもので。しかも奥に魔女たちがいるかもしれないのだ。

 カイとフロロが顔を見合う。どっちが先に行くか?なんてことを牽制しあっているらしい。そこへアルフレートが、

「何やってるボンクラども。お前らの仕事は特攻することだろうが」

 そんな暴言を吐き、シーフ二人を薄目にした時だった。わたしの傍にある倒れたテーブル、それがガタリと動いた。それと同時に飛び出す影。声を出すタイミングすら無かった。

 ヘクターの方へ覆いかぶさるように襲いかかった人物は黒髪を一つに縛った男。黒いズボンの片側から義足が覗いている。『竜の爪亭』マスターだった。

 ヘクターが剣を抜く隙も与えず、鈍い反射を見せる短剣が幾つもの弧を描く。元冒険者と言っていたが、この動きは並の戦士のものではない。膨れ上がる室内の殺気の中、一番最初に動いたのはシリルだった。何の躊躇もなく突っ込むとそのままマスターの背中に体当たりする。この予想外な動きにはさすがにマスターの手が止まり、その隙にヘクターがソードを抜いた。ウォーハンマーを短く持ったイルヴァも加勢に動き、それを見るとマスターは飛び退く。

 わたしはゴクリと喉を鳴らした。マスターの顔は、一瞬見知らぬ人を勘違いしたかと思うほど変わっていたのだ。人の良さそうな笑顔は見る影もなく、こちらに向けるのはただ憎悪に歪ませた恐ろしい顔だったのだ。それに彼の持つ短剣の刃はあまりに異様だった。黒く、細い。絡みつく蛇を連想させるようにねじれている。

「あんたが魔女の仲間だってことはもう分かってる。何が望みなんだ?」

 フロロの言葉にはにやりと笑うだけで答えない。すでに全員が臨戦態勢に入ったのを見ると、分が悪いと思ったのかじりじりと後退しだす。そして足元の丸椅子を蹴り上げると、こちらに向かい投げてきた。

「待て!」

 枠も無くなった窓に身を翻すマスターにシリルが足を踏み出す。それを止めたのはアルフレートだった。

「やめておけ。もう戻っては来ない。あいつの役目はもう終わったんだ」

 シリルは不服そうな顔をしたものの、剣を収める。ほっと息をつくわたしにヘクターが寄って来た。

「大丈夫?」

「ヘクターこそ!」

 首を振るわたしに少し安堵した表情を浮かべるが、ヘクターは晴れない顔のまま、

「もっと鍛えなきゃな」

と呟いた。

「直ぐ側にいたリジアじゃなくて、一番厄介そうなの選んで襲ってきたな。だからそう落ち込むなよ」

 フロロのその慰めが、妙に頭に残ってしまった。




「改めて、行くとするか」

 カイはそう言うとひらり、地下の階段に飛び降りる。そして「明かりをくれ」とこちらに指示を出す。どうやら中は広いらしい。みんなが順に降りていく中、じっと何かを見つめるように動きを止めるローザに気づいて声をかける。

「どうしたの?」

「……うん、何だか拍子抜けというか、『ここでいいのかな』って思い始めたのよね。確かに不気味な家だけど、ここには邪気がない」

 驚いて足を止めるわたしに、今度はローザが「行きましょ」と促してきた。

 地下に降りるとじめっとした空気に触れる。入り口周辺は確かに石造りが続いていて整備されているが、数歩進めばむき出しの土肌が覗いている。壁、天井もそうだ。丸太などで補強はしてあるものの、雰囲気としては住居の地下、というよりは炭鉱や工事中のトンネルといった方がしっくりくる。うねりながら伸びる長い通路を見ながらわたしはそう思った。

「あんまり長居したくねえな」

 カイがぼやくとヴィクトリアが眉を寄せる。

「魔女だってこの奥にいるんでしょう?ってことは崩れてくる心配は少ないんだと思うけど」

 しかしわたし達の予想はすぐに外れたことがわかる。さした距離を歩かない内に行き止まりになったからだ。カイがその立ち塞がる土の壁を触りながらつぶやく。

「ここで終わってるな」

 アルフレートもそれを眺め、触れる。

「掘るのを止めた、って感じだな。何か用があったのに、ここで止めた。『何か』をした痕跡もない」

「一本道、だったよな?」

 カイの同意を求める声にはみんな無言で頷く。

「戻りながら確認しましょう」

 わたしはその必要性を感じずに、とりあえず口に出していた。道が行き止まりということは、どこへ向かいどうするべきか、も考え直すことになる。疲労が一気に襲いかかってきそうになるが、気合でやり過ごしている状況だった。

 また大した時間も取らずに一階への階段が見えてくる。念のために階段の裏にも回ってみるが、石の壁がきっちり塞いでいるだけだった。

「魔女の家じゃなかったのか?」

 シリルが自問するようにつぶやくと、カイが首を振った。

「あの酒場のマスターが潜んでたってことは『当たり』だったはずだ。ここが魔女の家なのは間違いない」

「そうか……そうだよな」

 二人の会話にアルフレートが割って入る。

「とりあえずここにいてもしょうがない。出るぞ」

 その言葉に全員が動く。ここに意味がないのなら、もうどこへ行けばいいんだろう。誰もがそんな思いを持っていたはずだが、誰も口には出さなかった。

 一階に上がり、また荒れ放題の部屋を通ってから表の空気を吸い込む。中は空気まで汚れてそうな気がしていたのだ。そして空を見上げて悲鳴のような声が出る。

「見て! 空があんな!」

 やや白み始めた空に、厚く濃い雲がとぐろを巻いていた。大蛇のような姿の神の使い、ミドガルズオルムが出現したのかと錯覚してしまううねりが上空に出現していたのだ。見ている間にも激しい気流を見せつける動きに、地上も荒れている。風が先程とは比べ物にならない強さで吹いていた。魔女の家など吹き飛びそうだ。

「儀式が始まったんだ! 急ぐぞ!」

 シリルが叫び、走り出す。周りも一緒に走るが、わたしは混乱する頭を処理するのに必死な有様だった。そこへ澄んだ声が響く。

「シリル?」

 場違いだと思うほどに可憐な声に、全員の動きが止まる。呼ばれたシリルが振り返り、目を見開いた。

「フラヴィ!? なんでこんなところに」

 その言葉にヴィクトリアの肩がびくりと震える。みんなの視線を浴びた少女は少し離れた楡の木のそばに立っていた。数人のプリーストと一緒である。彼女自身も真っ白なローブに身を包み、こちらの顔を順々に見て困惑げだった。

「こっちのセリフよ……みんなどうしてこんなところに?」

 小鳥のような声で疑問を口にするフラヴィは、失礼ながら「シリルにはもったいない」とまず思ってしまうような美人である。腰まで伸びる金髪は絹糸のようだし、少しタレ気味の目は吸い込まれそうなほど澄んで大きい。サークレットの下で困った顔を作る少々太めの眉もまた可愛い。

「君の仲間か?」

 フラヴィの後ろにいる若い神官が尋ねる。こちらもえらく男前だったりする。サラといいラシャ教の人って見た目も良いような。フラヴィは戸惑いつつ「はい」と答える。その返事に反応したのはカイだ。

「おいおい、お前ももしかして今日の儀式の為に集まってたのかよ。てっきりヴィクトリアに呆れて出てったと思ってたんだぜ?」

 フラヴィはカイとヴィクトリアを交互に見ると首を振った。

「ああ……ヴィクトリア、どうか後で弁明させて。今は、今は時間が無くて」

 そう言って空を見るフラヴィにつられ、わたしももう一度空を見る。うねる雲の合間に雷の光が走っていた。

 枝を踏み鳴らす音にまた振り返る。別の方向からまた一人、プリーストが走ってきた。

「陣が繋がった! 合図が上がり次第、祈祷に入る」

 それを聞き、フラヴィ一行の顔に緊張が走る。フラヴィがもう一度こちらに向いた。

「ここは危険よ。どうか離れてちょうだい。カイの話だと、もう何が起きるのか知ってるんでしょう?」

「いや」

 忠告に力強く答えたのはシリルだった。

「危険だからいるんだ。祈祷で動けない君らの代わりに俺たちが動く。マリュレーの人を助ける」

「馬鹿なこと言わないで、今すぐここから離れるんだ」

 プリーストの一人が口調を激しくした。

「村の人間こそ、邪神を復活させようとしているのだ。それを助ける? それに予想以上にマナの乱れがひどい。下手したら、この大地もろとも全員吹き飛ぶぞ」

 その言葉に、ローザが前に出る。

「ならばこの大地が傷つく行為を、我々は黙って見ているわけにいきません」

 力強い声にわたしは感動する。かっこいい、かっこいいよ、ローザちゃん。口調がカマっぽさ全開だったけど。

 大地母神の信者に、ラシャのプリーストたちは沈黙する。その一瞬でシリルが走り出した。

「お、おい!」

 引き止める声を無視し、わたし達もそれに続いた。走りながら意識できたのは、ヴィクイリアが目元を拭う仕草だった。




 村の入口に立ったわたしはごくりと喉を鳴らす。もう変装や身を隠すことは不要になっていた。村の敷地いっぱいに集まった人々は、広場の方向と見られる方を向き、跪いて一心不乱に何かを唱えていた。こちらを見る者はいない。時々、うめき声を上げて倒れる人がいる。それに気づいた時、ぞくりと鳥肌が経った。

「……まずい、マナの吸収が始まってるんだ」

 シリルのつぶやきにはっとして彼の顔を見る。まだそこまで辛そうではないが、彼もヴィクトリアも焦っているのがわかる。わたしも魔力が抜けていく感覚はタージオ山、ラグディスでそれぞれ経験していた。不安になる感覚もわかる。

「どうする? こいつらの中心にある教会でも壊してみるか?」

 カイの苛立たしげな声にローザが首を振る。

「意味ないわよ。それにそこまで暴れたら、この人達がどう動くかわからない」

 そう言って村人を指差す。それにはわたしも同意だ。カイも分かっているんだろうが、仲間の目に見えた焦りに気持ちが高ぶっているようだ。

「じゃあやっぱり魔女を探さないといけないんだろ?」

「どこかが儀式の中心になってるわけだろ? そこに魔女がいるはずなんだ」

 答えるフロロの声にも焦りが強い。フロロだけじゃない。全員が焦っていた。途方にくれてしまったら負けだ。でも動けない。じりじりと焦れていた。

「魔女の家にいないんじゃ、どこ探せばいいんだよ。なんだよ、あの地下の入り口……」

 シリルのぼやきにわたしは答えが浮かびそうになった。でもそれはきれいな輪郭は見せてくれない。でも今、向かうべき場所は分かった気がする。

「……クレイトン邸に戻るわ」

 わたしの発言に全員がこちらを向いた。訝しげな雰囲気も伝わってくる。だってついさっきまでいたんだもの。なぜ戻るのか、と思うのは当たり前だった。

 アルフレートの口元が、笑みを作った気がした。

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