表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
257/274

聖教徒のミサ

「こんなところで何をしているんだ?」

 神官騎士の質問にわたし達は顔を見合わせる。それを聞きたいのはこちらもなのだが、向こうの方が明らかに立場も、年齢も上の人間である。ヘクターがゆっくりと剣柄から手を離し、背中を伸ばすと信用したわけではないだろうが、神官騎士の警戒の姿勢もほぐれる。

「俺らはプラティニ学園の生徒です。クエスト中の移動になります」

「学園の? いやはや、この時期にねえ。……まあ嘘ではなさそうだが」

 ヘクターとのやりとりの間も、神官騎士、それにもう一人のプリーストもチラチラとジョンを見ている。ジョンは困ったように後ろに下がり、フードを被り直した。しかし時間を気にするならわかるが、『この時期』とは?真冬でも無いのに不思議な言い方をする人だ、と思う。

「村の子です」

 わたしがジョンのことを言うと、「まあそうだろうな」という何とも曖昧な返事が返ってくる。

「その子をどうするんだ?」

「クレイトン邸に連れて行こうかと思って……」

 それに反応したのは若いプリーストの方だった。

「えっ、それはちょっと……」

 お互いはっきりとした物言いはせず、困った顔をするのみになる。それを破ったのはニームだった。間にひょこひょこ出てくると、コイン型の身分証明を光らせた。

「我々はローラス警備隊である。ラシャの神官騎士殿が出動する何かがあったのであればお聞きしたい」

「ローラス警備隊?」

 これにはまた二人の目が丸くなる。一歩下がると二言三言話し合いをしていたが、こちらに振り返る。

「失礼した。我々はラシャ聖騎士団及び周辺の至高神信者だ。今宵、我々のミサがある」

 神官騎士の言葉に反応したのはわたしだった。「あっ」と漏らすわたしの顔を全員が見てくる。

「あの、フラヴィて子、知りません? フラヴィ・ボージェ……だったっけ?」

 神官騎士に尋ねつつも、同じクラスのはずのローザを見ると、首を傾げる仕草が返ってくる。

「フラヴィ? あの子も来てるの?」

「らしいのよ。シリルが言ってた」

「シリルが? え、もしかして同じパーティーなの?」

 事前の話し合いって大事だね、という教訓が浮かぶやりとりをしていると神官騎士が頭をかいた。

「残念ながら今回の参加者は人数が人数なので、全員の名前までは把握していないんだ。夜明けまでに会うことがあれば、君らのことを伝えておこう」

 神官騎士の丁寧な返事に、わたしは頷く。ニームがこほん、と咳払いした。

「それでラシャ教のミサとは何なのだ? 普通、こんな時間に行われるものではないと思うのだが」

「それには私が」

 後ろにいるプリーストが手を挙げた。みんなが見る中、一歩前に出る。

「今夜、邪悪な魔術師たちの儀式によって邪神降ろしが行われるかもしれない。それを阻止するべく我々は集まっています」

 若いプリーストの落ち着いた態度とは反して、随分と穏やかでない内容だ。事前におぼろげながらも情報を掴んでいた我々と違い、ジョンは明らかに動揺した。びくりと肩を震わせた後は「邪神……」と呟き、視線に落ち着きがなくなってくる。

「邪神サイヴァは古来より我々の敵。復活の兆候やそれを目論む動きがあれば、すぐにでも高司祭が神託を受けるのです。実は大昔から、この周辺ではこのような動きが数百年ごとに行われてきた経緯があります。そして今回もまた、神託を受けた高司祭の指示に基づき結集することになったのです。……数日前より邪悪な気配がどんどん大きくなってきている。高司祭によると、マリュレーを中心に瘴気が集まっているとのこと。儀式は近い、と踏んだ我々は今夜から術印を仕掛ける準備をしています」

「要するにミサというよりは降神の儀式を潰す、破魔の術を仕掛けるために動いてるってことね」

 答えるローザの姿を見た二人の目が、値踏みするようなものに変わる。フローの神官だと気付いたのだろう。なにやら複雑な感情が渦巻き始める……ということもなく、神官騎士は、

「その通り」

と短く答えた。

「ずいぶんご丁寧に説明してくれるんだな」

 案の定、噛みつき始めるエルフをどうどう、と宥めて下がらせる。いかにもアルフレートが嫌いそうな『正義の味方』感の強い二人だもんな。苦笑するような口元を見せながら神官騎士が頷いた。

「状況把握の共有と、身分提示の代わりになると思うのでね。……昨日からマリュレー周辺にいる冒険者には、この地を離れるよう勧告していたんだが、聞かなかったか?」

「昨日はリーツコッグにいました」

「なるほど、あの村は災害後だったので使者を出さなかったはずだ。それでだな」

 また頷く仕草を重ねる神官騎士とは違い、わたしにはモヤモヤとしたものが胸に残る。わたし達が追い出されたタイミングで聖騎士団が勧告に来ていた、というのは偶然なんだろうか。偶然な訳がないのはわかっているのだが、それでも疑問が残る。酒場のマスターはわたし達を追い出したかったんじゃないんだろうか。勧告から遠ざけたかったのなら、この地に残ることを望んでいた、とも取れる。

「事情はわかった。我々にできることはあるかな?」

 ニームの申し出に、二人のラシャ信者は顔を見合う。

「その子をクレイトン議員の屋敷に連れて行くのはなぜです?」

 質問で返されてしまった。ここまでくると変に隠し事をしても話がややこしくなるだけだ、と思ったわたしは正直に答える。

「議員の姪が屋敷にいるから、合流したいの。それにこの子は村に戻れない。今夜の儀式の話を知って、村の人と喧嘩になってしまったから」

「なるほど、反対派の人もいるわけですね」

 反対派……と言えるんだろうか。賛成、反対ではなく何も知らない人が大半なんじゃないだろうか。

「それなら、そういった方達が分かれば同じように救出していただきたい。我々は破魔の術式の準備に追われていて、そこまで手を回せないのです」

「……わかったわ」

 会話の内容からして、彼らはマリュレーの村人が主導者だと思っている。それでいいんだろうか。

「しかし、クレイトン邸に行くのはやめた方がいいかと」

 若いプリーストは自分の発言で顔を見合わせるわたし達を見回す。

「ここに来てわかりました。クレイトン邸が瘴気の発生源になっている。クレイトン議員が先導しているのかもしれません」

「そ、それは……」

 クレイトン氏はここにはいないはず、という説明を始めるとまた長くなる。口ごもると、わたしは「わかりました」と素直に頷いておいた。

「一つ聞きたい」

 立ち去ろうとした二人にアルフレートが声をかける。二人はゆったりと振り返った。

「単なる農民の集団に、サイヴァを降ろす力があると思っているのか? ちょろちょろと暗躍している邪神官はいるようだが、たかだか数人だ。神々の時代においても気まぐれ程度にしか、この地に関わらなかったとされる女神が、寂れた村の農夫たちの祈りによって降りてくるとでも?」

 僅かな沈黙が辺りを覆う。神官騎士が口を開いた。

「ありえないだろうな」

 当然のように答えた後、付け加える。

「しかし邪神降ろしは行われる。だから我々がここにいるのだ」

「方法は関係ないと? サイヴァの神官たちがどんなやり方をもって、脆弱な餌で扱いの難しい神を振り向かせようとしているのか、興味もないと?」

 アルフレートの詰問に若いプリーストが反論しようとする。それを神官騎士が止める。

「……正直、時間がないのだ。我々が察知するのは『マリュレーにおいて、サイヴァ降神の儀式が行われる』ということのみだ。そしてこの方法で大昔から何度か行われている邪神官たちの動きを、その都度止めている」

「力で押さえつけるだけだな。わかった、そうやって歴史を繰り返していればいい」

 あまりのいいようにローザが慌ててアルフレートの口を押さえる。言われた本人達はただただ驚いてしまったようで、目を丸くして肩をすくめていた。




「……嘘、じゃないわよね」

 すでに小さくなりつつあるカンテラの光を振り返りつつ、わたしは小声で言った。

「ラシャ教は嘘に厳しいからねえ。っていうより嘘でごまかす必要を感じない、って人が多いというか。だから今の話は信用していいはずよ」

 ローザが強い非難はしにくい、といった様子でぼかすとフロロが笑う。

「正義は我にあり、ってのが一番強い宗教だからな。まっすぐで良い奴も多いけど、扱いにくい奴も多いのがラシャ信者だ。俺らがコソコソ動きまわってるうちに、超巨大魔法陣とかき集めた信者の力技で抑え込もうっていうんだから、奴ららしいやり方だよ」

「でもさあ、やっぱり主役になるのは……マリク役になるのはあの人たちの方だよね」

 わたしは裏方役として動いている自分を俯瞰して見ているような感覚がしつつぼやいた。

「わからんぞ。数百年後に語り継がれているとすれば、『こっちのアナザーストーリーの方が好き』っていうコアなファンがついてるかもしれん」

 機嫌は直ったのか、アルフレートが鼻で笑うと、ローザが疲れた様子で、

「だといいわねえ」

とつぶやいた。




 もう直ぐ邸に着く、という辺りまで登ってきた時だった。フロロが藪の方へ入っていく。そして気配を感じ取っていたのか、邸方向を見て座り込むトカゲ三人を見つけ、声をかけた。

「何やってんだよ」

「きゃー!」

 甲高い悲鳴で答えたのはヴィクトリアたちについて行ったはずの三人。こちらの顔を見ると安堵の表情を浮かべたものの、すぐに焦った顔に変わる。周りを見てもヴィクトリアたちはいない。わたしはもじもじするトカゲ三人に尋ねる。

「三人だけ? ヴィクトリアたちはどうしたの?」

「えっとですね……」

 気取った喋り方をするのはスーパだったか。兄であるニームの顔を気まずそうに見てから説明を始めた。

「はぐれたのです。ちょおっとしたアクシデントがあったもので、ヴィクトリア嬢とシリル殿は邸内にいるものと思われます。カイ殿は魔女たちの乗った馬車を追って村方向へと。そしてリュシアン殿は我々にここで待つように言うと邸内へと……」

「鱗肌で卵から生まれた兄弟よ! なんと情けない。何があったんだ?」

「怒らないでくださいよ、兄者。皆さんと別れた後、すぐにこちらへやってきたんですが、あの魔女たちは待ち構えていたかのように現れたのです。そしてヴィクトリア嬢を捕まえ、それを追いかけたシリル殿も捕捉、素早く身を隠したカイ殿、リュシアン殿と我々は助かったのですが、魔女たちはお二人を邸内に連れて行った後に、自分たちだけ戻ってきたかと思うと村方向へ馬車で行ってしまったのです」

「それを追いかけてカイもいなくなったってことね?」

 わたしの質問に三人は揃って頷く。そこへアルフレートが割って入ってきた。

「いくつか質問させろ。馬車で出て行ったのは館にいた全員か?」

 顔を近づけるエルフに身を引きつつ、スーパは答える。

「魔女たちだけだったはずだ」

 それに対し、アルフレートは目を細めて「本当だな?」とさらに顔を寄せた。ニームはぽりぽりと頬をかく。

「……実は我々は人間の顔認識がすこーし苦手だ。しかし魔女だけだったのは断言できる。女性だけだったはずだ。御者役もあの無愛想なメイドだったからな」

「ヴィクトリアたちが『荷物になって』同乗した可能性もないな?」

「ない。荷物はおろか手ぶらだった」

 ではヴィクトリアとシリルが邸内に捉えられている、と考えていいんだろうか。わたしは藪の間から見えるクレイトン邸を改めて見る。真っ暗な中、僅かな月明かりを背景にシルエットを浮かび上がらせる館は、初めて見た時よりも無人になって長いような雰囲気に見えてしまった。

「学園長、無事だといいけど」

 わたしの呟きにローザが眉を寄せる。

「多分、中で勝手にお茶でも飲んでるんじゃないの?」

「……なんかもう超人も通り越して、単なる変人ね」

「今頃気づいたの?」

 息子のボロクソの評価に気の毒になりつつ、もう一度邸を見て思いつく。

「あ、ジョンはちょっと一緒に来て」

 戸惑う顔の少年の手を掴むと、わたしはローザの肩に手を伸ばす。首を傾げるフローラのスイッチに触れ、内部へと入った。




「え、何?」

 ジョンの小声と共に、青い光の中、目の前にヤン神父が現れる。手を合わせ、心配そうにこちらを見ていた。

「し、神父様」

「ジョン、大丈夫です。見ていましたよ。よく頑張りました。あとはここで待ちましょう。きっといい方向に進むはずです」

 少年の肩をたたく神父と、未だ戸惑いの顔のままの少年にわたしは声をかけた。

「じゃあここで話でもしていて。危険がなくなったら出てきてもらうわ」

 そう言うと、わたしは深く息を吸い、時間をかけて吐き出す。次はヴィクトリアたちを探さなくては。一歩進めばまた問題が起きている。でもきっとゴールには近づいてるはず。

 わたしはゴールライン、手招きをするフォルフ神官を想像してしまい、慌てて頭を振った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ