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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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箱と嘘つき

「こっちだ」

 ヘクターの案内に全員でついて行く。あまりせかせか動いていても浮いてしまう。慌てず、遅れないように足を動かす。

 広場の脇を通る時はより慎重になる。目立たぬよう、気配を潜めて、脇目で様子を窺った。忙しそうであったり、手持ち無沙汰な様子であったりするローブ姿の人間を遠巻きに見る。やはり中には子供もいる。遅い時間だというのに母の背中に縛り付けられて足が揺れていた。

 広場中央には大きな焚き火が準備されている。組み木をし、かなりの高さまで火が届きそうだ。その周りにはテーブルが置かれ、パンやチーズが並んでいた。酒樽があちこちにあったりと、本当に収穫祭の雰囲気だ。いや、これは本当に収穫祭なのだろう。少なくともここにいる彼らはそうだと信じている。問題はこれを主導した者の思惑だった。

「見つかるとまずいかもしれない。……裏に回ろう」

 そう言ってヘクターが一瞬、指をさした建物は村の中でもかなり大きな家だった。周りは平屋ばかりだがその家は二階建てであり、同じくらい大きな納屋まである。敷地に入ったすぐに「アップルガース」と書かれた板が杭の上で揺れていた。

 昼間は羊が放れている囲いをぐるりと回り、家の裏手にやってきた。目的の場所は家でなく納屋の方だったようだ。ヘクターはそちらの入り口に近づいていく。

「……もし誰か来たら、『手伝いに来た』とかで誤魔化してくれ」

 振り返る彼にみんな頷いた。納屋の扉が低い悲鳴のような音を立てて開かれる。しかし今は誰もいないようだ。広い中にフロロくらいなら入ってしまいそうな木箱がたくさん積み上げられ並んでいる。見るなりフロロが駆け寄った。

「……やっぱりな。見覚えあると思った。これ全部、フィオーネからの『例の荷物』だぜ」

 そしてジャケットの裏ポケットを探るとナイフを取り出す。刃を立てて、木箱をこじ開けようとするが力が足らなかったようだ。ヘクターが代わりに柄を取り、蓋になっている板を一枚取り外す。さらに中には麻袋が入っていて、それを弄るとガサガサという乾燥した音とハーブの匂い。

「お役人さんが一緒だと便利だね。証人席には是非呼んでくれ」

 フロロが中にあったランフィネを嬉しそうに取り出し、トカゲ二人に見せる。ミマが溜息をつきながら封筒を取り出している。

「こちらからも是非お願いしよう」

 言葉とは裏腹に、とても疲れた様子でニームは首を振りながら、ランフィネの葉を封筒にしまった。

「まだ禁止薬物には指定されていないが、そのきっかけにはなるだろうな。それにどう考えても、関税逃れの品だ」

「これ全部なの?」

 ニームの呆れ声に、わたしは納屋の中を見回した。農具なども置かれているが、大半を埋めているのがこの木箱だ。

「問題はもう結構な量を運んでた、ってこと」

 ヘクターが腕組みしながら言うと、アルフレートが笑う。

「それじゃもうすぐここに溢れかえってる人間が、揃ってトランス状態になるのが見れるぞ」

「笑い事じゃないわよ」

 ローザがそう窘めた時だった。

「やばい、誰か来るぜ! 隠れろ!」

 フロロの慌てた声にみんな飛び上がり、納屋の奥へと駆ける。そのまま物陰に隠れるとじっと身を潜めた。

 ……事前の打ち合わせと行動が違うじゃん。フロロも思い出したのか、隣で頭を掻いている。このまま隠れることにするか、でもそれだと見つかった時に言い訳がないな、と考えているうちに、わたしの耳にも複数人の声が聞こえ始めた。

「お前はまだそんなこと言ってるのか!」

 そう言いながら荒々しく扉を開け、入ってきたのは若い……とは言ってもわたし達よりはだいぶ年上の青年だった。フードを暑苦しそうに取ったので顔が見える。短く刈り込んだ金髪と日に焼けた肌が手に持ったランタンに照らされていた。太い顎が頑固そうだな、と感じさせる。

「違う、聞いてよトム……」

 続けて入ってきたのは線の細い少年のシルエットだった。こちらはフードを目深にかぶったままだ。なんとか説得しようとしているように、手を忙しなく動かしている。

「お前がそんないい加減な気持ちで会にいるんだとしたら、俺だけじゃない、みんながっかりするぞ!」

「僕は、違うよ、ただ気になったんだよ」

 少年は一息入れると、声を整えた。

「今夜の儀式が終わったら、タラールの森の神様がみんなを幸せにしてくれるっていうのは本当なの?」

 この声を聞いてわかる。少年はジョン・デイビーズだ。いつの間にこっちに、と思わず立ち上がりかける。それをフロロが止めてきた。手で謝罪のジェスチャーをしつつ、坐り直す。

「お前だってフロー様の豊穣祭は毎年、準備から参加してたじゃないか。神様が本当に現れてくれるかどうかはわからないけど、効果はあるって幹部の人も言ってるんだ。それに祭りはみんなでやることに意味があるんだよ」

 呆れた顔を大げさに見せながら、青年はジョンに肩をすくめる。ジョンは少しの間、黙ってしまったが、また反論を始めた。

「だって、楡の木会は信仰とは違うって話だったじゃないか。古い時代の生き方には健康になって豊かになって、幸せになる教えがいっぱいだから、それは宗教じゃなくうまく生きるための教えだ、って言ってたのに。……タラールの森の神って何? フロー様じゃないなら、僕は参加できないよ」

「何で一々そんなこと気にするんだ!」

「話が違うからだよ! どうして? みんなフロー様にお祈りして畑耕してたじゃないか。神父さまにも……申し訳ないよ」

「ヤン神父はこんな貧乏村に呆れて出て行った裏切り者だぞ!」

 青年の振り上げた拳が、勢いのあまりジョンに当たる。小さい悲鳴をあげてジョンは倒れこんだ。わざとではないのだろう。青年の焦った顔からもそれはわかる。でもわたしは会話の内容もあり、飛び出していきたいくらいに頭に血が上っていた。

「うわ、やべ」

 フロロの小声とわたしの息を飲む音がかぶる。

「イルヴァ!」

 ローザの悲鳴が響いた。青年に飛びかかったイルヴァが、そのままウォーハンマーを振るう。青年は面白いぐらい吹っ飛び、派手な音を撒き散らしながら木箱を粉砕し、倒れた。起き上がる気配はない。完全に気を失っているようだ。全てが一瞬の出来事であった。本気の力ではないのはわかる。……本気で殴っていたら青年の頭はミンチになっていたはずだから。

「子供に暴力なんてプンプンですよ〜許しません」

「プンプン、じゃないわよ! どうすんのよこれ!」

 腰に手を当て、青年を指差すイルヴァにローザが怒鳴る。わたしは頰を抑えて唖然としているジョンに近づいた。

「大丈夫?」

「大丈夫……なんでここに」

 ジョンはわたしが伸ばした手を躊躇しつつ掴む。ジョンの頬は少し赤くなっているが問題なさそうだ。

「さっきあなたが言ってた『儀式』とやらを止めに来たのよ。あなたこそいつ来てたの?」

「ついさっき、トムたちと。豊穣祭に参加することは元々決まってたから」

 フロロの「静かに」という声に、わたしとジョンは会話を止める。フロロが耳を動かしている。何か聞き取っているのだ。

「……広場の方で今の騒ぎを聞き取った奴がいる。今のうちに出ておいた方がいいぜ」

 全員で顔を見合う。ヘクターが扉を指差した。

「急げ」

 その声に全員駈け出す。倒れたトムを飛び越えながら扉に向かう最中、アルフレートが「こい」と言いながらジョンの腕を掴んだ。

 表に飛び出すと火の匂いがする。焚き火に火が付いていた。空に届く勢いで炎を上げる広場と、その周りで揺らめく人々のシルエットが見えた。

 先頭を行くフロロにみんな必死でついていく。このまま村の外に出ようとしているようだ。途中、後ろが騒がしくなる。倒れたトムを見つけたのだろう。この状況なら村を出る判断は正しかった。




「も、もういいんじゃない?」

 ローザの苦しそうな喘ぎに、フロロの足が止まる。みんなそれに倣って足を止め、ハアハア、と荒れる息を整えた。真っ暗な中に呼吸音だけが響く。

「どの辺なの?」

 わたしは尋ねながら月の位置を確かめるも、よくわからない。アルフレートの呼び出したウィスプの淡い光が、フロロの顔を照らした。

「クレイトン邸に向かって走ったんだけど、どの辺かまでは分かんね」

「なら邸に向かいましょう。ヴィクトリアたちと合流しないと」

 わたしの提案に再び歩き出す。アルフレートがジョンの背中を叩く。するとジョンはフードを取りつつ口を開いた。

「……どうせ今戻っても、トムのことを責められるのは僕だ。一緒に行くよ」

「賢いね。じゃあ邸までに今日の『儀式』について教えてもらおうか」

 アルフレートが言うと、ジョンの足がまた止まる。

「そう言われても、君たちを満足させられるようなことは知らないかもしれないよ?」

「構わん。どういう趣旨で、何をする予定だったか、を教えてくれればいい。どうせそれしか知らんだろ。知ってることをとにかく話せ」

 素っ気ないエルフに、ジョンは「そりゃそうだけど」とつぶやいた。

「……今日はもう知ってると思うけど、豊穣祭だったんだ。マリュレーの豊穣祭は毎年、フロー神を祀るお祭りをしてて、一年かけて用意したご馳走を食べる日だったんだ。今年はもう春に終えたんだけどね。でも今年はもう一度秋に、今度は楡の木会主導の祭りをやるって話が出た。急だからご馳走なんかは会が用意するし、僕はもうリーツコッグの村に出ている予定だったけど、その日は帰っていいって話だったから嬉しかった。豊穣祭はフロー様に『一年ありがとう、今年もよろしく』ってお祈りをする祭りだから、何をするのかは不思議だったんだけど、まあご馳走を食べて騒げる日なんだろうなって思ってた」

 山に入り、地面が急勾配になってくる。ジョンは呼吸を整えつつ、話を続けた。

「今日までそんな話しか聞いてなかったんだ。ただ会のみんなが集まる大きな祭りだとは聞いてたから、そんなことってなかったし、どのくらいの人がいるんだろう、とかどんな人がいるのかな、とか考えてた。マリュレー以外の会員はほとんど知らなかったから。そしたら今日になって、トムが……トムは一緒にリーツコッグに派遣されてた仲間なんだけど、それで一緒に馬車でマリュレーに帰ることになってたんだ。馬車の中で『タラールの森の神様が出てくるなんて、ワクワクするな』って言い出したんだ」

「なるほどね、それで納屋での会話につながると」

 わたしの相槌にジョンは頷いた。

「僕らはちゃんとしたフロー信者ではないんだ。でも洗礼は受けてるし、毎日お祈りはしてる。農村の人間はみんなそんな感じだよ。熱心に信仰してるわけじゃないけど、身近にいて助けてくれるのはフロー様なんだ。だから神父さまを頼ってるし、慕ってたのに」

 そこで一度喉を鳴らす。ローザが「十分、ちゃんとした教徒じゃない」と頷いていた。

「僕はヤン神父が裏切って逃げてきたんじゃないことは知ってる。僕のことを心配してくれてたからね。期待には答えられなかったけど、神父さまは悪い人じゃない。トムは間違ってる」

 わたしはローザと顔を合わせる。ヤン神父に今の言葉を聞かせてあげたかったな、と思う。ローザちゃんの肩にいるというのになあ。でも、ジョンはきっと神父のおかげで村のおかしな点に気付き始めている。

「タラールの森の神っていうのは初めて聞いたの?」

 ローザの質問にジョンは頷く。

「今日、初めて聞いた。領主様が村に来て儀式を始めるから、一緒に祈ればいいって。地面深くにいる神様に祈ると、神様が現れてみんなを幸せにするからってさ。トムは『きっと今まで以上に豊作を約束してくれるんだろう』って言ってたけど……初めて聞いた神様がそんな約束してくれるとは思えないし、こっちだって知りもしない神に祈れないよ」

「領主が……村に来る?」

 わたしは思わず反復する。薄明かりの中、みんな疑問でいっぱいだ、という顔で見合った。その時、視界の隅で何かが揺れる。その方向に目を向けると、木陰の中に光源が見える。邸はまだまだ先のはずだ。その光源は揺れていて、誰かが持つカンテラか何かだとわかる。こんな山の中に、この時間にうろつくとすれば商人や旅人とは思えなかった。

 身構える中、現れた人物は二人。向こうもこちらの出現にギクリと肩を震わせた。

「何者だ!」

 相手の強い声と剣柄に手をかける仕草に、ヘクターもまた構える。急に現れた光に目が追いつかないが、凝らして見ると二人とも聖職者の姿だった。魔女ではないことにとりあえず息をつく。

 一人は胸鎧に白いマント、剣に手を伸ばす姿の神官戦士の男性だ。胸鎧の中央に光るシンボルは正十字。ラシャの神官だった。隣もまだ若い男性である。こちらはゆったりとしたローブと手には錫杖。もう片方の手にカンテラを持っている。

「……君たちは?」

 構えた相手がわたし達のような子供だったからか、二人とも戸惑いの顔に変わる。しかしジョンに目をやった瞬間、また強い警戒の色に戻ってしまった。

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