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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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足跡

「ちょっとあんたら、手伝ってくれ。一番体の大きなあんただけでいいや」

 後ろからの声にびくりとする。振り返るとフードの下から顎髭を覗かせた男が、丸太を運んでいる最中だった。彼の指差す先にいるヘクターは自分のことか、と手で確認する。男は頷いた。

「……ちょっと行ってくる。ゆっくり回っててくれ」

 ヘクターはそう言うと、男の元へ歩いて行った。不安が湧くわたしの背中をローザが一度だけ、軽く叩く。

「行きましょう」

 その声にわたしも頷いて返した。戦いの術を持たない村人ばかりだと思うが、敵陣の中にいると思うと心臓の鼓動は早まりっぱなしだ。わたしは乾いた喉を定期的に鳴らしていた。そして思い出す。戦いの術を持つ人物ならいるはずだった。今も、また新しい駐在員が派遣されているのだ。彼はこの騒ぎの中、どうしているんだろう。

 一度思いつくと気持ちが焦って行くばかりになる。先頭を行くフロロに小走りで追いつくと、彼の肩を叩いた。

「待って! 教会の前にやっぱり駐在所まで行こう」

 わたしの声にフロロのはっとした顔が振り返り、見上げてくる。

「……確かにそうだ、イワンの身が心配だ」

 ニームは低く呟き、足が速くなる。それをフロロが手で制した。

「急くなよ。気付かれるぜ」

 フロロの言葉にニームは慌てて周りを見回しそうになり、それを半分で止めて頭をかいた。周りでは今も村人が忙しそうに動き回っている。マリュレーの者なのか、近隣の者なのかは全員が白いローブ姿なのでわからない。ここにいる全員がそんな意識なのかもしれない。紛れこむわたし達に気付かないように。

 人の多い教会前の中央広場を避け、ぐるりと回る形で南側にある駐在所を目指す。それでも見回りの姿や、たった今到着した、といった雰囲気の白ローブが広場方向へ歩いている。このままじゃさすがにわたし達を怪しむ動きが出てくる気がする。

 と思ったのだが、肝心の駐在所までやってくると人の気配が途切れる。それでもいつ見張りが回ってくるかわからないので、全員で飛び込むように小さな小屋に身を滑らせた。

「……いないな」

 誰も座っていない丸椅子を見て、ニームが呟く。ミマが急いで奥の部屋を覗き込み、「こっちもいないっす」と落胆した顔を見せる。そこへフロロ、アルフレートと続いていった。奥に入るなり、フロロが声をあげる。

「おっと、こりゃまずいな」

 それを聞き、わたしも小走りで奥に向かった。そして部屋の状態に息を呑む。

「何よ、これ」

 元々大した物も無い部屋だったが、あらゆるものが倒れて散乱している。机や衣装棚、書類入れも全て引き出しが抜かれ、床に転がっていた。そして部屋の一番奥を見てまた息を呑む。何か黒い液状のものが撒かれている。

「……インク?」

 その場を調べているフロロに近寄りながら、わたしは問題の染みを見る。床だけにとどまらず、壁にまで飛散している様子は意図的に『ぶちまけた』といった雰囲気だ。インク特有の油くささは無い。何か植物が発酵したような香りが広がっている。アルフレートが呼び出した小さな光の妖精が照らし出して気づく。黒ではなく濃紺、藍色だ。

「サイヴァ教団を匂わせたか、本当に教団の仕業なのか、だねえ」

 染みを指で掬い、確認しながらフロロが言った。そしてこちらを手招きする。

「血だまりを隠してる。死体がないってことは『死』を隠蔽したいのさ」

「もしくは死んでいないかもしれんぞ」

 ニームが素っ気なく反論した。染みの中央をじっと見ると、確かに違う色合いが溶け込んでいるような気もする。ここで血を流すようなことがあり、新駐在員イワンがいないのであれば彼の身が心配だ。でも問題は誰が彼を襲ったのか、だった。ジョセフの時はハーネルだったけど、あの獣人はもういないのだから。

「この散らかりよう見る限り、侵入者は『目的の物』を見つけていない」

 アルフレートの低い声がわたし達を振り返らせた。視線を受けたアルフレートは腰に手を当て、フロロに語りかける。

「神経質な男が置いていった物を探すとすれば、お前ならどこを探す?」

「神経質な男?」

 そう言って眉を寄せたフロロが、次の瞬間には弾かれたように部屋を飛び出していた。隣の部屋で待っていたローザの「ちょっとびっくりさせないでよ!」といった悲鳴が響いた。

 わたし達が追いかけると、フロロは最初に見た丸椅子に足を掛け、入り口脇に設置してある机に飛び乗っていた。駐在員たちが使用する事務デスクだろう。ペンや書類が転がり、その前の壁にも汚い字のメモ、日程表や村の地図が貼り付けてある。その中の日程表に手を伸ばすと、フロロは振り返りニヤッと笑った。

「神経質な男は『完璧でいよう』として神経質になる。実際は臆病で常に不安に襲われてるんだ。完璧でなかったらどうしよう、ってな。失敗したら、弱いところを見せたら、うっかり忘れたら、って具合だ。だから神経質な人間が隠しものをするとしたら『忘れないように常に自分の視界に入るところ』だ」

 得意げな猫男が日程表を破りとると、壁板にわたしから見てもわかる切れ目が入っていた。それをフロロが取り外すと、ペン立てくらいなら置けるかも、といった空間が現れる。

「なるほど、そんなところだったか。さすが本職、と褒めてやろう。……そしてこれが、ジョセフの言い逃したことだ」

 アルフレートが壁の隙間から取り出したのは握り拳ほどありそうな鉄の塊とくしゃくしゃに丸まった紙だった。それを広げて中をちらりと見ると、再び丸めてからわたしに投げてくる。

「……『日程表の裏』」

 わたしは広げたメモを読み上げる。書いてあったのはこれだけだ。意味を考えるが首をひねってしまう。日程表の裏、とは今このメモを取り出した場所のことだし、なぜこんなメモを残したのか。書いた人物はわかる。角ばった丁寧な字はこんなメモ書きにも適用されている。業務日誌にもあった最初の駐在員フレオの書く文字に違いない。黙ったままのわたしの手元からアルフレートはメモを取る。

「書いた人物はわかるな? そう、最初の駐在員だ。このメモを見たジョセフは書かれた通り、日程表の裏を見た。そしてこの空間を見つける。中にあった物を取り出し、この謎の物体を見るが何かわからない。それでジョセフはガサツな性格通りに、謎の物体を戻すついでに手に持っていたメモ紙を丸めて投げ入れた。本人も無意識だったろう。でも幸いにしてその行為によって、最初の駐在員が見つけた謎の物体も侵入者から守られたわけだ」

「侵入者って……誰? 村の人かしら」

 ローザがそう呟いてから、村方向から身を隠すように一歩下がる。イルヴァがその頭を「よちよち」と撫でた。

「それよりこっちよ。これ、何なの?」

 わたしはアルフレートの手元を指差す。真っ黒で錆の浮いた金属は松明のような形にも見えるし、人形を模したようにも見える。装飾に空いた穴に麻ヒモが通され、こちらにも何かメモが吊り下げてあった。

「これは鍵だ。お前たちが古代、と呼ぶ時代の末期あたりのものだな」

「これが!? 何でこんな形にしたのかしらね」

 驚くわたしにアルフレートはふん、と鼻を鳴らす。

「お前、サントリナの石っころ見ただろう? あれといい、古代人はセンスが悪んじゃないのか?」

 この場に古代人の魂が漂っているとすれば祟られそうなセリフを吐くアルフレート。そのままこちらもわたしに投げてくる。

「持っていろ。御守り代わりになるかもしれんぞ」

 あっさり渡されるところを見ると、そこはあんまり効果は期待できそうにない。わたしの手の中にあるそれはずっしりと重く、ざらりとした質感が皮膚に張り付くようだった。

「それには何て書いてあるんだね?」

 ニームが鍵からぶら下がるメモを指差す。

「えっと……『拾得場所、タラールの森』だって」

 思わずみんなで顔を見合う。魔女が住んでた森に落ちていた古代時代の鍵、ねえ。またうっかりすると爆発するんじゃないわよね。わたしは嫌な予感に汗をかく。

「落し物として保管してたってことね」

 ローザが言うとアルフレートが補完するように続ける。

「最初は村人の落し物として管理していたはずが、何か感じ取って村人からは隠していたわけだ。それを後任に残して自分は消えた」

「フレオもイワンも、何とか生存していてくれないだろうか……」

 ニームが重い溜息を響かせた。

「ここにいたのか」

 入り口からの声に全員が振り返る。フードから青い目を覗かせる人物、ヘクターは表を窺うように見回した後、こちらに入ってくる。

「ちょっと見てもらえないか?」

 そう言いながら表を指差した。

「何か見つけたか?」

 アルフレートの問いにヘクターは何度か頷く。それを見て、すぐに向かおうとするアルフレート、ニームに残りもついていく。

 駐在所を出た直後だった。フロロがしゃがみ込み、地面をじっと見ている。彼の頭越しにわたしも覗き込む。どこかで見た、親指ほどの穴ぼこが点在していた。綺麗な断面の枝を地面に押し付けたら、こんな跡になるだろう。

「おおっと、これはねえ……」

 奇妙な穴を指でなぞり、フロロは何とも嬉しそうに笑った。「何それ」と聞く前に、先を行くアルフレート達を追いかけるために駆け出してしまう。わたしも置いていかれないよう、慌てて続く。

 広場方向に戻りながら、大きな通りは避けるように小道に入る。といっても小さな村だ。脇道もそれほどない。もう少しで竜の爪亭付近だな、と思った時だった。今度はアルフレートの足が止まる。そのまま脇に伸びる農道に顔を向けると、置いてある大きな物体に近寄って行った。それは目のつまった麻布で覆われていたが車輪が下から覗いている。それほど大きくない荷馬車だ。

 アルフレートは覆いを掴むと、器用にめくり上げる。彼の前に現れた荷馬車のワゴンには『芙蓉の香亭』とあった。

「あれ、これってどっかで……」

 なかなか思い出せないわたしに、時間がない、とばかりにアルフレートは被せてくる。

「クレイトン邸の窓から見たはずだ」

「あっ! そうだそうだ! 食事を運んでた馬車よね。なんでこれがここに……」

 質問しながら、目がアルフレートの向こう側に動く。畑の奥に黒い屋根と奇妙なオブジェ、竜の爪が見えた。その瞬間、竜の爪亭マスターの顔、そして義足が思い浮かぶ。

「義足の跡だ……」

 先ほどの駐在所入り口、そして中の惨状を見て呻く。全てが混ざり合い、くっ付いていく。戦いの術を持つ者ならここにもいたじゃないか。元冒険者だという彼が。それにリーツコッグ郊外の丘でも見ている。つけられてたってことだ、と思いつき、今更鳥肌が立つ。アルフレートは布を戻しながら呟く。

「村とクレイトン邸の魔女共の橋渡し役が絶対にいるな、とは思っていたんだがな。奴しか適任がいない」

「ハーネルたちじゃなかったのね」

 ローザの質問にわたしは首を振った。

「時期が合わないのよ。楡の木会が動き始めた時、ハーネルたちはまだラグディスにいたはず」

 わたしの歯嚙みにローザは「確かに」と頷いた。

「あの獣人と神官は仲間を見つけて、騒ぎに乗ってるだけだな。お互いどの程度の信頼度なのかわからん。突くとすればそこだ」

 アルフレートの発言にみんな大きく頷く。道筋が見えた、と思っていいんだろうか。

「どうも変な奴だとは思ってたのよ……。義足に慣れてるんだか慣れてないんだかわからない動きが多かったし、やたらわたし達に肉を食わせようとしてきたし……」

 ぶつくさ言うわたしの頭をアルフレートが叩く。

「全部今更だ。急ぐぞ」

「だって悔しいじゃないの、出し抜かれたみたいで……」

 わたしの頭の中、マスターのニヒルな笑みを浮かべてこちらを見る顔が、残忍な笑みを浮かべてこちらを睨む顔に変わっていった。

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