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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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胎動

「学園長、女子部屋まで薔薇まみれにしないでいいですよ。寝てる間、ヴィクトリアがくしゃみ止まらなかったんだから」

「ちょっと静かにね、リジア……サークル・オブ・ピュリファイ」

 学園長の力ある言葉と共に、床に光の円が広がる。床から湧き出てくる光の粒が、わたし達一人一人を包むと体の中に入ってきた。

 すーっと波が引くように室内は元に戻る。これといって変化は感じないが、どうなんだろう。効いてるんだろうか?

 そんなことを考えるわたしの顔に学園長の顔が近付く。両手で下まぶたを軽く引っ張られ、じっと様子を見てくる。そして「よし、消えた」と診断された。

「こんなもんかな。これで突然、操り人形にされる、なんてことはないはずだよ」

「ありがとうございます」

 わたしは微笑む学園長にお礼を言った。今、かけてもらった呪文に対してである。体内に蓄積されていたであろう「ランフィネ」の成分を、綺麗さっぱり浄化してもらったのだ。

「おそらく食事やお茶、お香なんかから摂取していたはずだ。量が多そうなのはリジア、ヴィクトリアのソーサラー組だね。多分、狙い撃ちされたんだ」

「な、なんで」

 顔が引きつるヴィクトリアに学園長は続ける。

「魔女だから、だね。彼女たちから見ると魔女はみんな自分たちの部下なんだよ。……全く摂取がなさそうだったのはアルフレートくんかな」

 学園長が言うとアルフレートはおどけるように首を傾げた。

「私も同じ食事を取っていたのに、おかしいな」

「向こうが諦めたんだよ。欲張ってエルフまで操ってやろうとしてたら、すぐに気づかれてた。だろう? 体内のマナの変化なんて人間にはわからないけど、君なら違うからね」

 そのやりとりに落胆する人物が一人。

「知らなかったとはいえ、気づかないなんてショックだわあ」

 両手で頬を抑えるローザに学園長は「修行だね」と笑いかけた。

「我々も相当、お茶を飲んだはずなんだが」

 ニームの問いにはフロロが答える。

「たぶん『耐性』だね。植物の毒に対して爬虫類のあんたらは一番強い」

 爬虫類、という言い方が気にくわないように首を傾げたり、肩をすくめたりしていたが、五人は揃って頷いた。種族によっては色々な耐性があるとは知っていたけど、便利なもんだなあ。何もない人間からは羨ましいと思う。

 カーテンをつまみ上げ、表を見ていたカイが振り返る。

「そろそろ頃合いじゃないか?」

 夕焼けの赤が微かに残る程度になっている。身支度と整えて宿を出る頃には、すっかり日が沈んでいるはずだ。仮眠程度の時間しか確保できずに正直、睡眠は足りていないが興奮からか頭は冴えていた。

 かちゃり、と扉が音を立てる。

「おお、アズナヴール大神官ではないですか」

 呼び出されたヤン神父が、入ってくるなり学園長の手を取る。そして深く深く頭を下げた。

「まさかこんな間近にお会いできる日がくるとは……」

「マリュレーでのお勤め、大変ご苦労様でした。神父の言葉で救われる村人も多いはずです。共に参りましょう」

 学園長からそう声をかけられ、顔を上げた神父の目にはうっすら涙が滲んでいた。

「……一緒に行って大丈夫だと思う?」

 わたしはローザに耳打ちする。するとローザは自分の肩を指差した。

「フローラの中にいてもらうわ。どのみち馬車一台にするには人数が多すぎる」

 なるほど、とわたしは頷いた。イルヴァやフロロも欠伸しながらフローラに手を伸ばしてくる。村までは寝ていく気満々だ。

「さて、行くか」

 シリルが扉の前に立ち、よく通る声で呼びかける。その正義に燃える瞳に、みんなは深く頷いた。




「いやはや、ウェリスペルトの大神官さまのお名前はよくお聞きしますが、こんなにお若い方だとは知りませんでしたよ」

 揺れる幌馬車内、ニームが学園長に話しかける。ローザがゆっくりと首を振った。

「見た目より若くないから、騙されちゃダメよ」

 ニームとリズウが顔を見合い、鼻を鳴らす。人間は難しい、なんて話をしているのかもしれない。馬を先導するアルフレートのウィスプの光も、馬車内までは届かない。暗闇の中だと学園長とローザの違いだなんて、わたしから見ても身長くらいだ。その親友そっくりな顔にわたしは尋ねる。

「学園長はフロロと一緒にマリュレーに行ったんですよね? 何かおかしな動きはありませんでした?」

「昨日、君たちに合流しようと思ったからね。うーん、どうだろうな。寂しい村だとは思ったけど、魔女が住んでいたり、邪神降ろしの準備をしているようには見えなかったね。農村でよく見る豊穣のお祭りでもやるのかな? という準備はあったけど」

「豊穣の祭?」

 わたしの返しにローザが「そういえば」と頷く。

「そんな話あったような。あの姉妹の誰かが『祭りが近いから見ていけば?』なんて言ってたわよ。この話だったのかも。……準備って、具体的にはどんな?」

「村の中心から東の方向に向けて松明が並んでいたのと、広場にかなり大掛かりな焚き火の準備があったね。あとはフローの教会に飾り付けがあったから豊穣の祭かな、と思ったんだ」

 学園長は笑顔だが、わたしはぞわぞわとしてくる。ヤン神父はそんな話、一切してなかったもの。フローの教会の神父が知らない豊穣祭。その飾り付けって何?でもサイヴァの儀式の装飾だとしたら、この人が知らないことはないと思うんだけど。と、わたしは学園長の顔を見る。

「……なんか楽しんでません?」

「何がかな? ふふふ」

 わたしが学園長に追求しようとした時、前方から声がかかる。

「見えてきたぜ」

 カイの言葉にわたしは車体と幌をつなぐロープの隙間から表を見る。真っ暗な中に浮かび上がる青い炎がいくつもあった。

「あの松明、何で青いのかしら」

 鼻で空気を吸い込み、匂いを嗅ぐ。夜の湿っぽい空気が感じ取れただけだった。




「この辺から歩くぜ」

 カイがいいながら馬車を飛び降りる。薄い月明かりによって出来るカイの影が、黒猫のようだった。残りのメンバーは馬車が完全に止まってからぞろぞろと降りていく。丘の下にマリュレーの村が見えた。村の中心部にある教会周辺が明るい。学園長が言っていたように祭りの装飾でもされているのか松明が揺れているようだ。その光は東方向にポツポツと伸びている。

「東はタラールの森だわ」

 わたしは一人で呟いていた。ここと村を挟んで反対側にはクレイトン邸がある。邸の明かりまでは見えないが、夜の闇よりもなお暗いものが漂っている気がした。わたしは星の出ていない薄雲に覆われた空を見上げて息を吸い込んだ。

「じゃあ事前に話し合ったように、二手に分かれるわよ」

 わたしの言葉に全員が振り返る。ヤン神父は念のため、フローラの中で待機したままだ。

「ヴィクトリアたちと学園長、それにニームたちの半数はクレイトン邸に向かう。目的はクレイトン家族の行方の手がかりを探すことと、魔女たちの動向を窺うこと。魔女たちに気付かれそうならすぐに撤退して」

「わかったわ」

 ヴィクトリアははっきりと頷く。わたし主導の動きにも反論がないところを見ると、腹をくくったのかもしれない。勝手に役割を与えられた学園長は黙ってにこにこと頷いていた。

「……こっちのパーティーとニームたちの残りメンバーは村の捜索。村人の動向を見ることと楡の木会の動きを確認して阻止すること。こっちの方が広範囲だから、また人数を分けるかもしれないけど、基本一緒に行動しましょう。まずは教会を目指すわ」

「わかった」

「オーケーよ!」

 ヘクター、ローザがそれぞれ力強い返事を響かせた。話が終わるやいなや、フロロが素早く動き出す。小さな背丈をさらに小さくかがめ、丘を下り始めた。置いていかれては大変、と残りも続く。

「気をつけてくれ」

 背後のシリルからの呼びかけに、わたしは親指を立てて答えた。ふと顔を動かした先、村とは遠い北方向にも明かりが見えた気がする。

「青色じゃないし……通りの商人かしらね」

 誰にも聞かれない程度の低いつぶやきをもらした。




「これ……マリュレーだけの人数じゃないわね」

 木陰に隠れたローザの声に、わたしは頷く。村のすぐそばまで降りてきたはいいが、村の内部どころか周辺にまで人が溢れていたのだ。その全てが白いローブを羽織り、頭までフードですっぽり覆っている。今は慌てて全員、茂みに隠れているものの、これじゃまともに動けない。

「どうする?我々とフロロ殿なら潜入できるかもしれんが」

 ニームが顔にかかる小枝をうっとおしそうに払いながら、こちらに尋ねてきた。隣では同じくこちらについてきたミマが瞬きをしている。

「いや……わたし達はここでぼんやり待ってます、ってわけにもいかないし、何か方法を考えるわ」

 わたしがそう答えると、なにやらぶつくさ言っていたアルフレートが腕を伸ばす。彼の指先から放たれたウィスプがふわりふわりと漂いながら街道に行き、ちょうど通りかかった白ローブにまとわりついた。その男は最初、訝しげな様子でウィスプを眺めていたが、誘うように飛ぶウィスプに、誘導される形でこちらにやってくる。息を飲むわたし達の眼の前で、恍惚の表情を浮かべてだらしない口元を晒している男がそのままウィスプをじっと見ていた。

「脱げ」

 アルフレートの指令に「はい」とだけ答えて、すぐにローブを脱ぐ。すぐさま、

「パラライズ・ヴァイン」

と、アルフレートの呪文は続き、枝からスルスルと伸びてきた蔦が男を縛り上げた。

「ご苦労」

 悪魔のような笑顔を向けて、腑抜けの顔のままの男に指先を突きつけると、男は言葉もなく気を失ってしまった。なにこれ、怖すぎるんだけど。ちょっと前までの状態の自分を思い出すと笑えない。

「さて、行くか」

 すっかりローブを着終えたアルフレートが茂みを出て行こうとするのを、ローザが襟首掴んでつれ戻す。

「あんたのその究極のマイペースなんとかならない? あたしたちどうすんのよ!」

 詰め寄るローザにアルフレートはローザの後ろを指差す。するとヘクターとイルヴァがそろそろと街道に出て行く姿があった。思わず口を押さえ、見守る。

 街道を歩く白ローブに背後から近づくと、ヘクターが羽交い締めにし、イルヴァが頭突きする。くたり、と動かなくなるローブ姿にフロロが喉をならした。

「なんで頭突きなんだよ。普通、鳩尾に一発とか首筋に手刀とかじゃねえの?」

「ってより、なんで手馴れてるのよ」

 ローザのツッコミには「まあまあ」と笑いながら答えるヘクターがいた。肩に気絶した男を背負いつつ笑顔を向ける。

「この調子で人数分行こうか」




 真っ暗な中を、着なれないローブに戸惑いながら八人は小走りに進む。フロロとトカゲの二人は、白いローブを破って頭からかぶっている。ローブのままだと大きすぎてまともに歩けないからだ。探せば子供のメンバーや小さな種族もいるんだろうが、そこまで時間もない。中を窺うようにチラ見しながら、村の外周を回る。動き回る人々が大勢見える他はよく分からない。青い松明を片手に見回る者、かがり火を立てている者、箱を運ぶ者もいるが、その目的は見えなかった。小麦の袋と思われるものが積んであったり、果物の籠がいくつも放置されているのを見ると、確かに豊穣祭の雰囲気を感じる。なぜこんな夜中に、という疑問は残るが。

「むしろマリュレーの村人以外も集まってるような、混乱した雰囲気でよかったわよ。ワチャワチャしてて、あたし達みたいなのがいても気付かれなさそう」

 ローザの言う通り、わたし達のような大人数が何もせずに歩き回っていても、こちらを気にするような動きはなかった。他にも何をしていいかわからないようで単にうろついている者が多いのだ。忙しなく動いている数人が、そういう人物を見つけては指示を出している。

「……何か言われたら、大人しく従いましょう。それでしばらくは様子を見る。知り合いに会わない限り、気付かれないわ。知り合いって知り合いもいないし」

 わたしの小声にみんな黙って頷いたようでフードが揺れた。

「じゃあ入るぜ」

 フロロが短く言い終えると、全員が一斉に足を持ち上げ、柵を越えた。

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