エルフの正体
「じゃあ今度こそ、『またね』。……仲間がいるっていいね」
にっこりと笑うリリアナは馬の上からわたし達を見回し、愛馬に声をかけた。
「ありがとう、リリアナ! またね!」
わたしの声掛けに何度も手を振ってくれた女商人は、できればこんな状況下ではなくゆっくりと語らいたいと思うほど、魅力的な女性だった。結局、巻き込んだくせに簡単な説明しかできないわたしに『気にしない、気にしない』と言ってくれたのだ。
その彼女の姿が見えなくなると、
「……さすがに疲れた。ずっと追ってたからな」
そう言ってアルフレートは畑のベンチに座り込む。上がりつつある朝日が彼の繊細な美髪を照らす。やっぱりその見た目は妖精そのもので、エルフのくせに都会の雑踏に馴染んだ感満載のアルフレートじゃないみたいだ。しばし不覚にも見とれてしまったが、アルフレートの言葉の意味を考えて目を見開く。
「ずっと、って……三日前に別れてからずっと!?」
「あと一息ってところで逃げられて、ずっと私から隠れていたのは知っていたんだが、細かい位置まで探れなくてな。何か大きな力の衝突が生まれて、姿を表すのを待ってた。やっぱりうちの戦士は腕がいい。この獣人を焦らせるのに十分だった」
言われてヘクター、イルヴァが頭をかく。しかしさらっと言われるが、ローザの「意味わかんない」のつぶやき通り、わたしにも意味わからん。アルフレートがハーネルを追い込んだことは理解出来たが、位置を探るとか、大きな力の衝突でわかるとか……修行積めば出来るんですかね?
「言っとくが苦労したんだぞ? この頭を見ろ」
お怒りのエルフに、
「あらやだあ、いきなりおじいちゃんじゃないの」
などとローザちゃんが軽口叩くものの、わたしはどういう仕組みなのかが気になって仕方がない。まじまじと見るわたしに気づいたのか、アルフレートは面倒くさそうに答える。
「こっちが私の本来の姿なんだ」
「やっぱり? エルフって本来、金髪かそんな銀髪なのよね。なんで黒髪になったの?」
「私への呪い、私の手枷だからだ」
アルフレートがそうはっきりとした声を響かせた次の瞬間、一度の瞬きの間に彼の姿はいつもの黒髪に戻っていた。
「の、呪いって……」
思わず上ずった声を出すわたしに、アルフレートは睨みの目つきをぶつけてくると、指をさしながら猛烈な勢いで迫ってくる。
「元はと言えばお前のバーさんのせいだっていうのにいちいちいちいちうるさい奴だな。顔がそっくりどころか反応まで一緒で腹が立つ」
「は、はあ? うちのおばあちゃんのせいだっていうの? そんな話初めて聞いたし、わたしのせいじゃないんだから怒らないでよ」
反論するわたしが気にくわないようで、アルフレートは尚もギャースカ騒いでくる。外見が戻った途端にいつものアルフレートだわ。でもわたしのせいじゃないのは本当だし、祖母には会ったことないんだから話も聞きようがないじゃないか。
騒ぐわたしとアルフレートを総シカトするようにイルヴァが伸びをし、首を傾げた。
「これでフロロが来れば久々に全員集まるんですけどねえ」
残念な響きにヘクターも頷く。
「早く集まりたいね。やっぱりこの6人が気が楽だ」
「あら、リーダーからそんな言葉出るなんて嬉しいじゃない」
ローザの声に、アルフレートはわたしへの罵倒を止める。そしてみんなを見回しつつ襟元を直した。
「ちょうどそろそろ詰めの段階だ。早いところ片付けて、イグアナ臭い家でお茶にするか」
胸を張るエルフに残りのみんなは顔を見合わせる。ローザが、
「……それってまさかウチのこと?」
とアルフレートを睨んだ。肩でフローラちゃんもしきりに首を傾げ、舌を出していた。
「あ、そうそう、確かに詰めの段階に入ったのかもしれない。そもそもの問題『村人の失踪理由』はわかったのよ。……戻りながら話すわ」
わたしはリーツコッグ方面を指差した。ヘクターが頷く。
「シリル達も心配してる」
そうだった。シリルと一緒のところを襲われたんだもの。彼の落ち込みも酷そうだな。誰と一緒でも結果は同じだった気がするけど、なんだか可哀想で詳しい様子は聞く気になれなかった。
わたしからリーツコッグでの楡の木会の活動、ジョン・デイビーズの話を聞き終えたアルフレートは顎を撫でていた。
「リーツコッグも範囲に入ってるか。この州でも南に固まってはいるが、かなり広範囲だな」
「楡の木会の活動範囲のこと? でもショックよね。結局、みんな勝手に出てっただけなんだもん。攫われたわけじゃないし」
そう零すわたしを、アルフレートは鼻で笑う。
「それはお前が勝手に『可哀想な村民を襲う悪い奴がいる』というイメージを持って動いていたからだ。最初から見え透いてたじゃないか。外部からの襲撃なら必ず被害者に家族単位か連れ添って出歩いていたような恋人同士、友人同士などが含まれる。7人いなくなって全部が単独、若い元気な奴ばかりだ」
「で、でもジョンなんてまだ子供よ?」
「子供の方が洗脳されやすい上に、正義の名目に弱い」
アルフレートからの真っ直ぐな視線にわたしは黙る。ジョンの希望に溢れているが危うい、不気味な光を灯した目を思い出していた。
「大昔の魔女伝説でもそうだ。最初にいなくなったのは子供たちだった。その後、その救出に向かった親たちも犠牲になったんだ」
誰かの息を飲む声が微かにする。そしてみんな黙ってしまった。リーツコッグの村がおぼろげに見えてきたところでわたしは口を開く。
「その大昔の話、もう一度きちんと聞かせてくれない?」
「いいだろう」
アルフレートは深く息を吐き出す。
「何度も言うが、私もこの目で見たわけじゃない。ただ昔の文献を知っているだけだ。それをつなぎ合わせて、私なりの答えを出しただけだぞ。……森深くに住む邪悪な魔女たちの話はしたな?その長く続く伝承に変化が訪れる。今から400年前、ちょうどマリクたち勇者の時代だ」
わたしの脳内に児童書の挿絵のマリクが現れた。茶髪に榛色の瞳をした若者で、類い稀な剣の腕前、屈託のない笑顔、そして何より探究心の塊だった男。人類の歴史上、世界を変えた、と言われる賢人、勇者の中でも一番に有名かつ人気のある剣士だ。
「ここローラスは混沌期だった。王の力が弱まり、各諸侯による戦乱の時代。当然、民衆の生活は苦しかった。それを背景に出た、ある話。『魔女の力を借りて、現王朝を倒さないか?』というものだ。当時のローラス王は現代の歴史家にとっちゃ、別段悪い王様じゃないが同時代の民衆にすれば別だ。苦しい生活を変える、何かのきっかけを欲していた。マリュレーも他の農村と同じく貧困に喘いでいた。そして村に現れたある男……、子供達を『勇者になりたくないか?』といった言葉で誘い出し、森へと連れ出したんだ。この男の存在がのちに『笛吹き男』に変化する」
「それで……どうなったの?」
わたしは聞きながら喉を鳴らす。村からの工事の音が聞こえ出していた。
「ラグディスでの火のルビーを使った、邪神召喚は覚えているな?」
わたし始め、メンバーは頷く。それを見てからアルフレートは続けた。
「火のルビーという依り代……あれは神の一部分とも言われているが、それを使い邪神サイヴァを喚び寄せた。そのためにサイヴァの腹心となる8人の神官は、マナを吸い取られ、女王がそれをサイヴァに捧げるわけだ。大昔のローラスでも、8人の魔女たちはそれをやろうとしていた。その現場に居合わせて阻止したのが勇者マリクだ。マリクがなぜローラスの魔女を知ったのか、どういう経緯で来たのかはわからん。ただ言えるのは、その召喚の経緯で村人は全員死んだってことだ」
また思い沈黙が続く。それを破るよう、
「一つ聞いていいか?」
ヘクターが手を挙げると、アルフレートは「どうぞ」と促した。
「ラグディスで犠牲になりそうだったのはミーナやハンナさん、神官8人だ。その大昔の話ではどうして村人が犠牲になったんだ?」
「いい質問だ」
アルフレートは機嫌良さそうにふんふん、と鼻を鳴らす。
「犠牲になる存在の相違の他にも、色々と違いが見えてくる。依り代の存在は? 女王役は誰だ? そしてその理由がわからない。なぜか、は我々がサイヴァ教における神降ろしのやり方など知らないからだ。だからこそ、専門家であるヴィクトリアの伯父貴の書斎が見たいのさ」
わたしは「あ」と漏らす。そういや邪魔が入ってしまって駄目だったままだわ。それにしてもアルフレートの読み通りだとすれば、なぜあんな使用人の棟に書斎があるんだろう。クレイトン卿がいなくなってから移されたんだろうか。
「あともう一つ気になるんだけど」
今度はローザが手を挙げる。
「マリュレーを中心に楡の木会を展開して、人を集めてるわけよね? それはきっと儀式に必要なんだと思うんだけど、どうしてマリュレーなんて小さな村にこだわるのかしら。人が必要なら大きな町でもいいじゃない。ブレージュも近いんだし」
「とてもいい質問だ。私の生徒は出来が良くて嬉しくなるね」
そう恍惚の表情を作るアルフレートに、「誰が生徒よ」とローザ。しかし気にすることなくアルフレートの講義は続く。
「私が疑問に思っていたのも、まさにその点だ。小さな村にこだわる点なら利点がないとも言えない。警備隊の目をごまかしたい、とかな。それは今回も活かせている。少しづつ消える農民なんて、やる気のない警備兵一人なら普通は気づかないままだ。ただ運がないことに担当していたのは几帳面な記憶力のいい男だった。それが犠牲者2名に繋がったんだから皮肉なもんだがね。……話を元に戻すか。人目を気にする理由だとすれば、やはりマリュレーにこだわる理由がわからない。なぜならあの村で人が消えれば、大昔の魔女伝説を誰もが思い出すからだ。もっと全く別の場所で始めれば良かったんだ。じゃあなぜ、あの魔女どもはマリュレーにこだわるんだ? なぜマリュレーに縛られている?」
アルフレートの講義の終わりとともに村に入る。今日も土砂の片付けや、建物の修繕を進めていた。そろそろ追い込み、といった雰囲気で、それだけに一昨日のモンスター襲来は余計な手間が増えたのではないか、と胸が痛い。何人かの見知った顔に会釈して返す。そんな流れの中、人の駆けて来る音に振り返った。
鬼の形相、といった顔でこちらに向かってくるのはシリルだった。顔色で彼も寝ていないのがわかる。わたしの前にたどり着くや否や、素早く土下座した。
「すまない! 本当に申し訳が立たないことをしでかしてしまった!」
「や、やめてよ、それ言うならわたしこそ……」
トラブルに巻き込んだのはこちらの方だ、という思いがある。言葉を濁すわたしに再びシリルは頭を下げる。それを止めたのはヘクターだった。
「リジアは無事だったんだ。あまり負い目に感じないでほしい」
「それ、自分にも同じこと言い聞かせてるって顔だな」
後ろからの声に全員が振り返る。ニヤッと笑うカイがいた。
「とりあえず宿に戻って飯食おうぜ。ぶっ倒れたヴィクトリアがいる」
カイのセリフにわたしは思わず「えっ」とつぶやく。カイが頷いた。
「疲れで休んでるだけだから大丈夫だぜ。一晩中、探してたんだ。そもそも事件に巻き込んだ責任感じてるみたいなんだ」
「大丈夫ですよお、リジアは丈夫ですから」
イルヴァののんびりとしたフォローに、一瞬の間を置いてカイとシリルも笑っていた。
では向かいますか、とみんなの足が村の中心に向く中、わたしはアルフレートの隣に立つ。彼の珍しく汚れたシャツを見て何とも言えない思いにかられる中、その腕を軽く叩いた。振り返るアルフレートにわたしは言う。
「おばあちゃんの話、今度聞かせてくれない? 話したくないなら無理にとは言わないけど」
「……考えておく」
ふう、というため息まじりの返答があった。はっきりと言われたわけではないが、あまりベラベラと話す気になれない、といった様子は前から分かっていた。わたしは苦笑する。
「お前の祖母も『目』だった」
アルフレートの低い声にわたしはハッとして彼の顔を見上げる。鋭い目つきが、今は向かう先に真っ直ぐ向けられている。
「『目』は遺伝しない、存在の理由もわからないままだ。だが、お前には受け継がれた。……そして私にも『また』出会った」
語るアルフレートはわたしの顔は見ない。どう反応すればいいか、何を聞けばいいか答えが出てこなかった。
「その意味をよく考えて欲しい。……私も考え続けている」
その言葉を最後に、彼は黙ってしまった。わたしもまた、返事も相槌すらも出来ないまま、ただみんなに合わせて歩くだけだった。