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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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遅れてやってくる

「本当にここまででいいのかい?」

 月夜の下、馬上からリリアナが心配そうな目をむけている。わたしはゆっくりと頷いて返した。

「大丈夫、もうここの道を真っ直ぐ行けばリーツコッグだから」

 日に焼けてボロボロになった標識を指差す。三又になったそれは一つはブレージュ、もう一つはリーツコッグ、あと一つはマリュレーを指していた。わたしは行き先となるリーツコッグを指す東に足を向けながら、リリアナにお礼を言う。

「どうもありがとう、本当に助かったわ」

「いいよ、お礼なんて。自分が来る方向に同乗させただけだから。……気をつけなよ、森が騒がしかったことだし」

 リリアナの言葉に、わたしは先ほど聞いた獣の咆哮を思い出す。トポの村から聞こえてきたその声には、わたしは聞き覚えがあった。ハーネルのあの怒りの様子だと、本当に次、見つかったら命は無いかも。わたしの気持ちに反応するように生温い風が吹き抜けた。

 ぶるりと震える腕を摩ると、またリリアナの心配そうな顔と目が合ってしまう。

「じゃあ、本当に行くわ。どうもありがとう」

「……そうかい、じゃあまたどこかでね。……おっと、名前聞いとかなきゃ。次また会えるように、必ず名前は聞くようにしてるんだ」

 リリアナの話に「いい言葉だな」と思う。

「リジアよ。リジア・ファウラー」

「いい名前だね、じゃあ『またね』」

 リリアナの馬車がゆっくりと立ち去り、軋む車体とリリアナの年季の入った帽子が見えなくなった後、わたしは何度目かわからないため息をつく。気合いを入れるための深呼吸ともいう。

「下手に森の中隠れたりしない方がいいと思うのよね。標識が出てるってことは村まで大した距離はないはずなんだし、急げば大丈夫でしょ」

 右手に広がる鬱蒼とした森をちらりと見ながら、わたしは独り言で確認する。森の中って他のモンスターも出るだろうし、わたし一人じゃ危ない。もしハーネルが追いついてきたら木陰に隠れてるくらいじゃすぐに見つかるだろうし、それなら普通に街道の整備された道を急ぐべきだ。

 そんなことを自分で何度も再考し、確認したところで恐怖には勝てない。いやでも急ぎ足になり、最後には小走りになっていた。徐々に上がる息に思う。やっぱり無理言ってでも村まで送ってもらえば良かったかも。

 今更、涙目になったところでリリアナが追いかけてくるはずもなく、わたしは誰も見ていないのをいいことに、止まらなく流れる涙をそのままにしていた。そして鼻をすすった時だ。

「え……」

 自分の名前を呼ばれた気がする。立ち止まり、左手にある畑を見る。背の高いイネ科の植物が壁のように立ち塞がっていた。甘い匂いがするけど、何の草だろう。ふさふさした先端を見ると麦に見えるけど、麦ならここまで大きくない。しかしここに入ったら迷子になりそう。

 再びする声にわたしはまた植物を見上げ、耳を澄ます。痛く感じるほどの静寂の後、それをゆったり破る声。

「……ぃジアー」

「リジアー!」

 ヘクターの声だ!それにローザちゃん、イルヴァの声もする。わたしは堪らず駆け出し、畑の開いてる場所を探す。通路にうまく入り込むと声を張り上げた。

「ここよ! ここにいる!」

 並んでそびえる作物は迷路の壁のようだった。小道に落ちる葉を踏みしめるとまた甘い香りが鼻を掠める。

「リジア!? どこどこどこ!?」

 ローザちゃんの混乱の声もわたしを安堵させる。近いはずなんだが視界は遮られ続け、苛立ってくる。走り続け、何度か角を曲がった時だった。急に現れた人影にお互い後ろに飛び下がる。

『うおっと!』

 全く同じ頓狂な声を上げて尻餅をつく人物は、綺麗な青い瞳を大きくしてわたしを指差す。

「あ、あー! あー! あー! い、いたー!」

「声でかいわよ、ローザちゃん! 今回はそれに助けられたけど!」

「あ、あんたってばもう……」

 ひしっと抱きついてくるローザちゃんのバラの匂いに目が潤む。彼女をこんな思いにさせるのも、もう何度目なのか。

「あんたって子は本当にもう、心配ばっかさせて……」

「ごめんね、ローザちゃん」

「何度もいなくなるし、あの獣人に連れ去られたとかいうし、今回こそダメかも、なんて思っちゃったわよ……。まあ毎回無事に帰ってるくるんだからすごいわよね。まさに厄病神だわ」

 しげしげと感心顔で見てくるローザちゃんに涙も引っ込む。今回こそはわたしはちょっとも悪くないと思うんだけど。

「まあいいわ、探しに来てくれてありがとう。村に戻ってから説明するわ」

 疲れがどっと出たわたしはゆっくりと立ち上がるとローザちゃんの肩をたたく。「そうね」とこれまた疲れた顔が返ってきた。ローザは立ち上がるとローブについた藁などを払い、声を張る。

「イルヴァー! リーダー! リジアいたわよー!」

 静まり返る夜の畑に響く嬌声……いやオカマボイス。それに返事はない。あれ?と思い、わたしも声を上げるべく息を吸い込んだ。

「来るな!」

 ヘクターの緊迫した声にわたし、ローザは固まる。そして顔を見合った。

「こっちよ!」

 ローザの手まねきにわたしも走り出す。来るな、と言われてその通りには出来るはずもない。先ほど来た道を戻るように走り続ける。自分の荒い息の音に紛れて、鋼の衝突音も聞こえてきた。

「きゃああ」

 ローザが悲鳴をあげる。彼女の足元に人が転がってきたからだ。見るとそれは枯れ草と血で汚れたイルヴァで、わたしが声をかけるより早く立ち上がると、ハンマーを構えて駆け出していく。イルヴァの間延びした声が聞けないのは、本当に切羽詰まった状況の証拠。そしてその原因は干草の壁の向こうにあるはず。

 わたしとローザが街道に飛び出すと、予想通りの人物がヘクターを相手に剣を振っている。その人物、獣人ハーネルはわたしを見ると空気を震わせるような咆哮を上げた。

「殺してやるぞ、このクソガキ!」

 真っ黒な殺気がわたしを襲い、思わず腕で避ける仕草をしてしまう。静電気に似た触感が肌を焼く。素早さを増したハーネルの剣がヘクターに襲いかかり、奇妙なひねりを見せるとヘクターの体が吹っ飛ぶ。地面をこすりながら着地するヘクターにハーネルが叫んだ。

「退け!」

「誰が退くか」

 わたしの前で立ち上がりながらヘクターがつぶやき、ロングソードを構え直した。その間にもイルヴァが飛びかかり、巨大なウォーハンマーを器用に振り回す。怒りに燃えるハーネルに一太刀も与えられていないものの、獣人は確実に疲労していた。

 何度目になるのかイルヴァが後方に吹っ飛ぶ。そしてわたしとローザの間で起き上がり、額を拭った。ローザが素早く呪文を唱え、イルヴァの体が光り出す。すると軽さを復活させた動きで振り返る。

「ありがとです」

 わたしもハーネルと剣をぶつけ合うヘクターを援護したいもののうまい考えが浮かばない。ハーネルの方も焦れているようで表情がない。前に戦闘になった時よりも体が重いように見えた。しかし黄金の剣を振るえば、風圧で干草は吹っ飛び、地面からは土煙が舞う。一瞬の気の緩みも許さない太刀に必死に食らい付く戦士二人。

 わたしの前に入るヘクターとイルヴァ、それに苛立つハーネル、という構図が続く。こちらが防戦一方なのは変わらないが、致命的な一手も許してはいない。お互い突破口が見えないまま消耗して行った。

 だが、突如もたらされた馬の嘶きに、全員が弾かれたようにそちらを見た。手綱を引き、馬の横でこちらを見る女性はリリアナだった。

「やっぱり心配で引き返してきたんだけど……あんた、それ仲間かい?」

 白みつつある空の下、戸惑う顔でこちらを見るリリアナはわたしを囲むメンバーを順々に見、最後にハーネルを見た。続く獣の雄叫びにわたしは手を伸ばす。

「リリアナ! 逃げて!」

 リリアナがわたしの言葉に怪訝な顔を作るのと、ハーネルが飛んだのは同時だった。黒い影は一瞬にして彼女の元に走り、こちらに残忍な笑みを向ける。ハーネルに羽交い締めされたリリアナの苦しそうな顔と呻く声、そして彼女の首に当てられた金色の刃に総毛立つ。

「女を殺されたくなきゃ、ガキ、こっちに来い」

 低い低い憎悪まじりの声に、わたしはふらつく。リリアナは何も関係ない。会ったばかりのわたしをここまで送ってくれただけの人だ。善人であるがゆえに巻き込まれるなんて、そんな不条理を作り出したのはわたしだった。頭がガンガンする。一歩足を踏み出したわたしにローザが叫んだ。

「駄目よ!」

「リジア、行くな!」

 手で牽制するヘクターの顔を見て、わたしも呻いた。

「じゃあどうすれば……」

 ヘクターとイルヴァが武器を構え直し、ハーネルの腕に力が入る。その場にいる誰もが息を飲み、動きを止めた時だった。

「ぐ……」

 ハーネルの短いうめき声と、彼の剣がカシャリと寂しげな音を立てて、地面に落ちる乾いた音が響く。リリアナが崩れ落ちて膝を地面につけるのと、その横、ハーネルの胸部から生えた黒い槍にわたしは息を呑む。漆黒の槍は炎のような揺らめきをしばらくの間見せた後、ふっと消える。

 ハーネルが倒れ、その後はピクリとも動かなくなってしまった。その彼の向こうから聞き慣れた嫌味ったらしい声がする。

「全く自分のヒーローとしての能力が嫌になる。私ほど主役になるのが似合う、出来る男がいただろうか」

「アルフレート!」

 叫んだのはわたしだけでなくリリアナを除いた全員だ。その咳き込むリリアナにわたしは慌てて駆け寄る。すると倒れ込むハーネルの奥から、優雅なしぐさで歩いてくるのはアルフレート『らしき』人物だった。

「あ、あんた頭どうしたのよ」

 久々に姿を見せた彼を、わたしが震える指先で指すとアルフレートは「うるさい黙れ」とだけ言って腕を組む。アルフレートの髪は輝くばかりの銀髪になっていたのだ。髪色が変わっただけで本物のエルフみたい……というのは失礼か。

「え、何、どういうこと? 時間かけて髪染めに行ってたの?」

 ぽかんとしたローザの横、ヘクターがゆっくり歩いてくるとハーネルの横に膝をつく。しばらく確認する仕草を見せた後、立ち上がった。黙って首を振るヘクターに全員が静まり返る。

「……鈴の音しない?」

 ローザの言う通り、ラグディス郊外の時と同じ鈴の音がする。何度か澄んだ音を響かせた後の、最後の一音は苛立たしげにすら感じた。

「呼ぶ相手がいなくなったんだわ」

 動かないハーネルの骸にわたしは呟く。わたし達に圧倒的な力を見せつけてきた獣人の、あっけない最期だった。

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