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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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魔女っ子、トカゲを使役する

「ありがとうございました、神官さま」

 幼い男の子を抱いた女性がローザに深々と頭を下げる。

「いいのよお、みんなを守るのがあたしの役目。愛の戦士なんだからね!」

 ニコニコとするローザをヤン神父が、これまたいい笑顔で見守る。教会に集められた女性や子供、老人は全部で百人近くいたらしい。それをまとめていたローザちゃんは父親譲りの統括力を持っているのだろう。『神官さま』呼びをからかうつもりでいた自分が恥ずかしい。そして怪我人らしい怪我人も出なかったことが、何よりわたしを安堵させた。わたし達がこの村に騒動を持ち込んだようなものだ。大きな損害が出ていたらいたたまれない。

 マリュレーの教会よりも古い、大きな教会はこちらもステンドグラスにフローの美しい姿が滑らかなタッチで描かれていた。落ち着きを取り戻した村へ帰っていく人々の声でざわつく中、小さな手がわたしのローブを引っ張った。

「鐘楼堂へ登る階段はあそこにある扉からだそうだ」

 ニームが礼拝堂の右手にある小さめの扉を指差す。

「行ってみるか?」

 大きくギョロつく金色の目に、わたしは頷いてみせた。




「入り口はここ一つ、屋外からは上がれないはずだ、と修道士が」

 珪藻土で塗り固められた壁に手をかけながら、急階段を上がっていく。先を行くニームはさすがに身長のせいかきつそうだ。よじ登るような形になりながら一段一段を上がる。

後ろから持ち上げてやりたくなるが、プライドを傷つけそうな気がしてやめておく。

「ふう」

 ニームのため息と共に階段は終わる。木の扉を老婆の小言のような音を立てながら開け放つと、建物の割に立派な鐘楼が現れた。

「へー、こうなってるんだ」

 釣り上げられた鐘は金属の棒とくっついていて、幾つかの駆動部を経て垂れ下がるロープへとつながっている。そのロープもわたしの腕ぐらいある。鳴らすのはかなり大掛かりの作業になるわけだ。

 ニームは入り口が他にないことを確認しながら真四角の空間を歩いていく。

「深夜は定刻の鐘は鳴らさないことになっているらしい。管理人であるシスターと修道士も不思議がっていた」

「……でしょうね」

 ため息混じりに答えながら、わたしはアイアン製の柵に腕をかけた。再び静けさに沈んでいく村を眺める。

「何やら訳ありだな?」

 目を細めたニームがわたしを見ている。

「フォルフという男よ」

 わたしはそう切り出し、彼にラグディスでの物語をなるべく簡潔に話せるよう、頭を整理し始めた。その様子に感じ取るものがあったのか、何か考える仕草を見せてからニームは手帳を胸ポケットにしまい込んだ。




「つまりラグディスでの騒乱を引き起こした男がフォルフという魔術師で、あの獣人の仲間ということだな?」

 ニームの問いにわたしは唸る。

「仲良くない仲間、って感じだったわね。フォルフがリーダーの雰囲気もあったけど、よく分からないわ」

「ううむ、しかし何者なのだ……。変幻自在に出没し、マッドゴーレムを無数に生み出す雨雲を作る男とは。確かに人間とは思えん」

「『七人』」

 自分で言ってぞわりとする。ニームに「それは?」と聞かれるも、わたしもよくわからない。わたしにこの言葉を教えてくれた人も、もうこの世にいない。

「フォルフは『自分はこの地にいるぞ』ってアピールしたかったんじゃないかと思う。だからわたし達も知ってる術を使ってきたのかも」

「何でまた?」

「……わからない」

 それ以上考えるのを拒否するように、頭がぼーっとしてくる。なるべく簡潔に、と思ったのだがラグディスでの話をしている間に空が明るくなってきてしまった。わたしはニームに向き直る。

「それで、あなた達にお願いがあるんだけど、その『七人』についても調べてみてもらえない? 出来たらそのままわたしに情報くれると嬉しいんだけど」

 ニームは目をパチパチさせる。

「それは今回の件だけでなく、今後も定期的に我々と情報取引をしたいという申し出かな?」

「その通りよ。単なる学生から図々しいと思うけど」

 ニームはゆっくりと首を振った。

「我々はその『七人』とやらの言葉も知らなかったわけだ。話通りだとすると、その化け物たちがローラス内の犯罪の何割を引き起こしているのか、考えるだけでゾッとする。君たちに我々も及ばない力があることは事実。申し出、受けさせていただこう」

「ありがとう」

 わたしはにーっと笑うニームと握手する。小さくひんやりとする手だったが、なぜかホッとする。

「トカゲ同盟ね! うちのマスコットもイグアナだし」

「……もうちょっとネーミングなんとかならんか。我々はモクモク族としての誇りがある」

 また目を細めるニームに「まあいいじゃない」と返し、わたしは宿へ帰ることにした。




 翌日、目を覚ましたのは案の定、昼近くだった。久々にぐんと上がった気温に不快な首筋を拭う。きしむベッドから足を下ろすと、隣ではイルヴァがまだ寝ていた。相変わらず眠り姫のように美しい寝姿である。そして眠り姫のごとく目を覚まさないのだから、勝手に起きるまで放っておくことにする。

「地下の食堂行くわよ、ご主人がおごってくださるそうだから」

 ローザがわたしにタオルを投げてくる。早く顔を洗えということだろう。

「おごってくれるって、また何で?」

「昨日のあれこれのお礼よ。ここの宿のご主人、あたし達の戦闘の様子をずっと窓から見てたんですって」

 ローザの話にほー、と頷く。こういう話は単純に嬉しい。冒険者として一人前の活躍が出来ているような気がしてくるのだ。

「ほら、ヴィクトリアも顔洗ってきなさい」

 ローザがのっそり起き上ったヴィクトリアにもタオルを投げる。顔で受け止めたヴィクトリアはそれをぎこちなく取ると、

「あ、ありがとう」

 仏頂面だが赤い顔で答えた。女子部屋だが彼女にとっては落ち着かない環境のようだ。でもローザちゃんを男子部屋に行け、っていうのもかわいそうだしなあ。




 食堂に下りると、ヘクター達の他にもドワーフなどの工夫、一緒に戦っていた冒険者、昨日のガナン族の男の姿などもある。宿のご主人の大盤振る舞いだ。ドワーフのおじさんはここぞとばかりに昼間からエールを喉に流し込んでいる。ガナン族の男に手を振ると、満面の笑みで振り返してくれた。ガナン族の人は強面だがとても気さくな人が多い。

 全員が席に着いたタイミングで、ヤン神父が沈んだ顔で降りてくる。ミマが、

「説得、うまくいかなかったみたいっすね」

とつぶやいた。

「駄目でした。私も一緒に村に帰る、とも言ってみたんですが」

 同じテーブルにつき、首を振る神父にわたしは尋ねる。

「あ、昨日のジョンの話? マリュレーに戻るように言ってみたの?」

「そうです。村に戻るように、というより、あの……例の団体を抜けるように、と」

 なるほど、そりゃ簡単には説得できないだろう。あの年頃の少年を年単位で洗脳していた考えを、一晩で変えるのは無理だ。村に戻ったところでマリュレーが楡の木会の本部なんだから、それも意味がない話だったりする。

「でも神父さんが戻ったら危ないんじゃない? 教会に押し入ろうとしてたくらいなんだし」

 わたしが言うとヤン神父は長いため息の後、首を傾げる。

「それが……自分で言うのも何ですが、襲われる理由がわからないのです。私はもうマリュレーの教会に勤めて何十年となります。村の方と対立した覚えもないのです。それに私を襲うのであれば、何も夜中に忍び込まなくとも、昼間いくらでも教会周りを出歩いていますから」

「確かにそうね」

 ローザが唸る。カイが人差し指を立てた。

「教会の中に用があったんじゃねえの? 鍵かけてたし」

 それを聞き、全員がじっとカイを見る。見られた本人はその視線に気づくと、ぽりぽりと頭をかいた。

「まあそうなると、ここに逃げてきた俺がバカみたいになるけどな」

「ちょっとー!」

 ヴィクトリアが抗議の声をあげ、みんながまあまあ、と諌める。アルフレートがいないと話し合いがどうもしまらないな、とわたしは空いた席を眺めた。

「マリュレーに戻るべきか、待つべきか。結局、全員追い出された形になったわけだ」

 ポツリつぶやきながら、肘をついた手の指を噛むヘクターがいた。その言葉がやけにわたしの耳に残るものとなった。




 答えの出ないまま食事も終わり、部屋に戻ることになってしまった。トカゲたちは今日も精力的に動き回るらしく、すでに宿の入り口に集合している。それを眺めながら階段を上がろうとしていると後ろから呼び止められる。

「すまん、少し相談がある」

 シリルだ。難しい顔をしているようだが、いつも難しい顔なので特に気にもせず「いいよー」と答える。周りの目を気にするよう顔を動かし、ヴィクトリアが部屋に戻るのを見届ける。その様子を見て彼女関係の話だな、と気付いた。

「広場の噴水はどう? 今日はちょっと暑そうだけど」

「申し訳ない」

 頭を下げるシリルにわたしは苦笑する。

「そんな恐縮されても困るんだけど」

「いや、ヘクター・ブラックモアに妙な勘違いをさせたら申し訳ないと思ったんだ」

「……あんたがそういう気遣い見せるのは相当意外だったわ」

 わたしは頬を引きつらせつつ、宿の入り口をくぐった。




「で? どういう相談なの?」

 わたしはシリルにおごってもらった屋台のジュースを飲みながらたずねる。太陽の光が水に反射する噴水の縁、隣に腰掛けるシリルは切り口を考える間を見せた。

「実は俺はヴィクトリアに秘密がある」

「あら意外な」

 わたしは目を大きくして、瓶を脇に置く。シリルは一つ頷くと、続きを話し始めた。

「三人目に抜けた仲間のことだ。フラヴィ・ボージェ、プリーストだ。ヴィクトリアの親友で、一番大切な仲間だったはず。彼女の様子が最近特におかしいのは、伯父のこともあるだろうが、多分彼女が抜けたことが大きい。……そして抜けた原因は、多分俺だ」

 ヴィクトリアの落ち着かない様子はローザちゃんのことが原因だとばかり思っていたわたしは驚く。また言葉を探す様子になるシリルを待ちながら、わたしはフラヴィを思い出す。確か金髪のふわふわした雰囲気の子じゃなかったかなあ。ローザちゃんに聞けば詳しくわかるんだけど。

「彼女の信仰するのはラシャ。厳格な神を信仰するのにふさわしい真面目さだが、周りに与える彼女自身の雰囲気はとても優しい人だ。そして俺の婚約者でもある」

 それを聞き、わたしはブホッとジュースを吹き出す。

「こ、婚約!?けけ、結婚すんの!?」

 わたしが隣の真面目くさった顔の男に叫ぶと、何人かの村人が見てくる。なんか勘違いされそうだわ。

「まだ学生の身だ。具体的な段階に入ったわけじゃない。でもお互い好きで付き合うことになったんだ。婚約という形をとるのは当然のことだろう」

 胸を張るシリルを異界人としか思えなくなってくる。婚約……話しがぶっ飛びすぎててわからない。

「で、なんで婚約までした彼女がパーティーを抜けちゃったの?」

 聞きながら「痴情のもつれとかだったら相談の趣旨が変わってくるな」と懸念する。はっきり言って婚約までいってる二人の恋愛相談なんか、わたしには荷が重すぎる。

「彼女と俺は信仰する神こそ違うが、お互いに尊重し合ってた。最低限、相手の信仰も受け入れるようにしていたし、考えを押し付けあうことも避けた。でもパーティーの形が崩れてしまった時に彼女が言い出した。『ミサに出席したいからしばらくパーティーを抜けたい』と」

「あらら、それってもしかしてメンバーが二人抜けちゃった後?」

 わたしの問いにシリルは頷く。

「そうだ、ラシャ神に限らずプリーストはミサと呼ばれる典礼に、参加することは多い。宗教によって決められた日が年に数回あったり、不定期にあったり。でもフラヴィの場合、タイミングとしては最悪だった。後一人でも抜ければパーティーとしての形が保てないこと。彼女が後押しになった場合のヴィクトリアの精神状態。そして前メンバーが抜けた原因が、俺が理由の喧嘩であること。だから俺はヴィクトリアに恩義に似たものがあった。……だからどうしてもヴィクトリアの肩を持ってしまった」

 そこまで言うと数回頭を振る。

「いや、ヴィクトリアの肩を持ったわけでなく、俺がフラヴィに行って欲しくなかった。でもその反対する理由にヴィクトリアの名前を出したんだ。そして『俺なら行かない。俺はミサより仲間をとる』と言ってしまった。そしてフラヴィは悲痛な顔のまま、去ってしまったんだ」

「ううーむ、結構ヘビーな話ね」

 わたしは間抜けな返事をしつつ、頬を手で覆った。広場には子供の声が響き、昼ご飯のいい匂いが漂い、どこかの工事が完成した喜びの声も聞こえる。そんな中、重い話は続けられた。

「ヴィクトリアは俺とフラヴィの関係も、喧嘩の話も、彼女が抜けていった理由も知らない。カイにはそれとなく伝えたら、すでに全て知っているようだった。ミサについても教えてもらったんだが、ラシャ神のミサの中でもこの時期のものはかなり大規模のもので、今年のものは特に重要視されてるようだった」

「それってどこでやるの? やっぱり神殿とかなのかな」

「いや、実は偶然にもこの近くらしいんだ。ブレージュ郊外と聞いたから」

「へえ、じゃあサラは参加できなかったんだろうな……」

 わたしが出した名前に聞き覚えがないからか、シリルは少し首をかしげる。「こっちの話」と伝えた後、わたしは深呼吸した。

「わたしが偉そうに言うことじゃないかもしれないけど、一個言いたいのは絶対にあなたのせいじゃないと思うし、そう考えちゃダメよ。そういう考えがパーティーをバラバラにするんだと思う。数人が集まって行動するのって、ただでさえもつれやすい、衝突しやすいものなんだから喧嘩の一つや二つあるものだし。誰が悪い、じゃなくて何が悪かったか、なのよ」

 これはアントンたちを見ていても思ったことだった。アントンが悪い、サラが悪い、だと『では排除しよう』になる。でもどこが悪いポイントなのか、に視点を変えるだけで『ではそこを改善しよう』になると思うのだ。

「最初は相性悪い変なパーティーだな、って思ってたんだけど、あなた達はあなた達の独特の空気があって、それがいい味出してると思うのよね。だから諦めムードになるのは早いわよ!なんならフラヴィを説得するの、協力してもいいし」

 わたしの拙い慰めにも効果はあったようで、シリルはしきりに頷いている、

「よろしく頼む。ヴィクトリアにはまだ、教えるのは躊躇われるんだ。あの状態だし」

「それはわたしも同感よ。なんでもぶちまければいいってもんでもないしね」

 話がひと段落して、再び広場の喧騒に意識が移る。青い空といい気持ちがいい。のんびりしてる場合じゃないけど、またヘクターを誘って出てこようかなあ、などと考えていると、

「あ、ちなみにフラヴィは女性だ」

「んなことわかってるわ!」

 おとぼけすぎるシリルの付け足しに、わたしは彼の頭を叩いてしまった。

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