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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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鐘楼からのお告げ

 聞き取りを終えたニームがため息と共に部屋に入ってくる。町の明かりも少なくなった時間帯、ろうそくの炎だけ残す室内で帽子掛けを見つけるのは苦労するようで、首をあちこちに動かした。

「駄目だな、要領を得ん。あの少年が直接、駐在員を手にかけたわけじゃないみたいだが、駐在員が消されたことははっきりと知っている」

 それだけでもほっとする。ジョンがやったのだとしたら後味が悪すぎる。そもそも警備隊員をあの細腕の少年が手にかけるというのは無理がある話だが。

「やったのは誰か、は頑なに言わない?」

 わたしの質問にはヌーグが首を振る。

「黙っているのではなく本当に知らないようだ。そしてそれを疑問にも思ってない。楡の木会にとって邪魔な人間だから消えた。それはあの少年にとっては、火が熱いのや氷が冷たいのと同じように当然の流れのようだ」

 ヌーグの小さな体から妙に低音の声が響く。ローザがため息をついた。

「その精神構造って『邪魔だから消してやろう』って段階踏むより、厄介で不気味だと思うわ」

「同意しよう。人間、正面から戦わなければならない時もあるんだ」

 シリルの返答に、どこかズレてるなあ、という感想を抱いていると、ヘクターが窓の外をじっと見ているのに気がついた。何かが目にとまった、というより苛立たしげに何かを待つような顔、仕草。わたしは堪らず話しかける。

「……少しだけでも村の周囲を歩いてアルフレートを待たない?村の様子も見れるし」

 ヘクターの顔は少し驚いたように固まった後、ほっと息つくように頷いた。ローザも珍しく茶化してこない。気丈な顔に少し不安がにじみ出ていた。

 部屋を出る際にヴィクトリアがベッドからこちらを見た。

「行ってらっしゃい。カイも今、村を見てきてるわ。お金貸してって言われても出しちゃダメよ」

 その疲労はしているが自然な言葉と顔に、彼女の様子も落ち着いてきているのだな、と思う。手を振って答えると、わたしとヘクターは宿を出た。




 星が落ちてきそう、と錯覚するような輝く粒に満たされた夜空に息を呑む。そうだ、ウェリスペルトは夜中でも町に灯が多いから、ここまで見事な星空は仰げないもんな。

 道路工事や土砂処理に追われていた昼間の残骸が残る景色を横に、わたしとヘクターは歩いていた。こんな場合でなければ最高のシチュエーションになるんだけど。

 リーツコッグの村は復興途中でも笑顔で溢れていた。昼間、道を歩いた時に聞こえてきた「慣れてるから」という言葉が印象に残る。日がある程度経っているのもあるだろうが、災害の悲惨さよりも立ち向かう人々のたくましさを見せつけられた村、リーツコッグ。それだけにマリュレーという非日常から逃れられた、という感覚が強い。

「どうしてすんなりこっちに来ちゃったんだろう」

 ヘクターの呟く疑問にわたしは足が止まる。そのわたしにヘクターが振り向いた。

「俺たちのことだよ。あのマスターに言われたとはいえ、リジアたちを待たないでこっちに来たのは迂闊だった。俺の判断ミスだ」

 わたしは「そんなことない」と否定したかったが、彼のことだ。受け入れてくれないだろう。ただ困った顔をするわたしにヘクターは首を振った。

「ごめん、こんなこと言う事自体、言い訳だよね」

「……悪いのはハーネル達であって、わたし達は誰も悪くないよ」

 そう伝えながら、自分の心に黒い靄が染み出す。『誰も』?わたしは悪くないんだろうか。

 村のはずれに向かう内、丘の上に出る。強めの風が気持ちいい。点々と残る大通りの明かりを見ながら伸びをした。するとヘクターに手首を取られ、どきりとする。

「リジアの体質のことはアルフレートから聞いた。不安がらなくていい。……薄々気づいてたから」

「え、き、気づいてたって」

 吃るわたしにヘクターはまた首を振った。

「いや、俺にはアルフレートみたいにマナが見えるわけでも、そういう知識があるわけでもないよ。ただ何となく、リジアが普通の子じゃないって思ってた。俺にはそういう風に感じた」

 それを聞いた瞬間、わたしの心から染みが消えていく。じんわりと温かい言葉。ふわふわと軽くなる心に目が滲む。愛の告白されたわけでもないのに、この人に自分が『特別』に映っただけで幸せに感じた。

 ヘクターが村の方を見る。月明かりに照らされる美しい顔と銀狼を思い起こさせるのような立ち姿に、勇者マリクもここまでの美形じゃなかったに違いない、なんて考える。今ならいくらじっと見ていても許される気がして、わたしはひたすら目に焼き付けていた。

「それに最初に気づくのが、伝えるのが、なんで俺じゃないんだろうって、アルフレートに嫉妬したんだ」

 一瞬耳を疑うセリフを、真面目な顔で語るヘクターにわたしは思わず大声で返す。

「ほほほほほほほほ本当にぃ!?」

 わたしの食いつきが予想以上だったのか、ヘクターは一瞬身を引きつつも頷く。

「う、うん、本当だよ」

「うへー! そっかあ……! いやあー! そう? 参ったなあーもう、うひひ……やだなあ、もう」

 デヘデヘ笑う顔が止められない。意味なくヘクターをバンバンと叩いてしまった。まさか自分の体質の話で、ローザちゃんの言う『ジェラシー作戦』が発動するとは。起点になったのがアルフレートというのが意外すぎるが、嬉しさのあまりどうでもいい。しかしその嫉妬の意味を、パーティーの仲間としてなのか個人としてなのかは怖いので聞かないでおく。

「いやあ、『目』になるのも悪くないもんですなあ」

「……リジアって本当に面白いなあ」

 これはあまり嬉しくない。唸りながら下を見た時、ふと気になる物が目に入る。木の枝をぽこぽこと地面に刺したような丸い跡。鹿か何かの足跡だろうか。それにしては小さいし蹄の形ではない。虫の巣?と屈んでみようとすると、薄雲が流れてきたのか真っ暗になる。

 ある現象を思い出したわたしは慌てて空を見上げる。雲が風に流れて月を隠したり出したりする、当たり前の景色があった。ほう、と息つく。安堵したのもつかの間、村の明かりが急激に増えているのに心臓の鼓動がじわじわと上がる。

「……何かあったな」

 ヘクターが駆け出す。そのあとを追いながら、わたしは悪い予感に肌がひりついていた。




 喧騒が聞こえ出す。武器を振るう音、悲鳴、何かが倒れる音。薄々予想していたとはいえ、少し前と打って変わってしまった村の光景に汗が止まらない。必死に鍬を振り回している村人にヘクターが駆け寄り、その対峙していたモンスターを素早く切り倒す。簡単に倒れてどろりと溶ける歪な人形。それは悪夢の蘇るものだった。

「これって……」

 皆まで言う前にまた、別の個体が近づいてくる。ヘクターがまた剣を走らせ、わたしは呪文を唱えだした。

「エネルギー・ボルト!」

 青白い光を波立たせながら力の塊が空を切る。別の村人に襲いかかっていた泥人形を弾き飛ばす。

「すまねえ、助かった」

 お礼を言う村人に頷きながらも跳ね返ってきた泥が気持ち悪くてしょうがない。地面を揺れ動かすような足音に、駆け寄ってくる村人を見るとガナン族だ。縦横共に大きな強面の異種族である。特徴的な赤茶の肌を泥で汚している。野良作業向きの格好に鎌という姿を見ると、彼も農民のようだ。

「あんたらも戦士か?ありがたい、妙なのが大量に押し寄せてきたみたいなんだが、村の人間じゃ四苦八苦なんだ」

「俺たちが片付ける。村の人はどこかに隠れてくれないか?」

 ヘクターの申し出にガナン族の男は首を振る。

「女子供は教会に匿った。男どもは元気のある奴は参加するさ」

「……わかった」

「教会にはちょうど宿に滞在してたっていう偉い神官さまが来てくれたんだ。その方がバリアみたいの張って守ってくださってる」

 それを聞き、わたしはブホッと吹き出す。宿、神官、ってローザちゃんのことじゃ……。村人の言い方にパーティー内でもえらく格差が出来たことを感じてしまった。

「俺は村の入り口に様子見に来たんだが、変なのは大通りの方が多い。すぐ向かおう」

 ガナン族の男に頷き、三人で走る。途中出くわした泥人形も漏らすことなくヘクターが片付けていく。わたしは空を見た。

「まだ雲がある。どんどん降ってくるわよ」

 その通り、と言わんばかりに目の前に3体ほど、べちゃりと不快な音を立てて泥人形が舞い落ちる。再び呪文の詠唱に入りながらわたしは思う。どこかにあの男がいるはず。この奇妙なパペットを降らせる雨雲を作り出す男、フォルフが村のどこかにいるはずなのだ。どうにかしなきゃいけないのは理解していても、なんとか出くわさないで済まないものか、と考えてしまう。

「待ってたぜ!」

 建物の屋上から派手な頭の男がこちらに叫んでいる。カイだ。両手に持った、刃が長めの短刀が光る。それを彼が振り回すと泥が飛ぶ。上にもいるということか。

「なるべく、離れないで」

 そう言うとヘクターは大通りへと向かうスピードを上げた。

 大通りは話に聞いていた通り、戦場になっていた。すぐに駆けつけたおかげか目立つ被害は出ていない。工事のために振るっていたツルハシを、泥人形相手に振り回すドワーフや、通りがかりと思われる冒険者、シリルとイルヴァもいる。元々、性能は大してよくない泥人形は集結した戦士たちによって面白いように倒れていく。が、慣れない動きをして必死になる農村民を見つけた。わたしは彼らのサポートに回ることにする。

「アクア・アロー!」

 力ある言葉と指を鳴らす音と共に生まれた十数本の水の矢が泥人形たちに襲いかかる。すると面白いように溶けて消えていくパペット達。「ぐえ!」という声が上がったことは気にしない。水の矢なんて泥で出来た人形でなければ大した威力はないはずだ。

 ちらりと目に入ったシリルの戦う姿も、相手が獣人でもなければ落ち着いたもので、歴戦の戦士にも見える綺麗な動きだった。イルヴァは相変わらず豪快、彼女の周りにだけ輪が出来たように空いている。ヴィクトリアもシリルと一緒に参加していた。学園では優等生の彼女だ。周りには被害が出ないようなピンポイントの威力の魔法を使い、着実に泥人形の数を減らしていっていた。

 戦況だけ見ればすぐに解決する、戦士たちの心地いい宴。しかしわたしは落ち着きなく辺りを見回していた。フォルフがいるはずなのだ。彼が動けば、一瞬にして状況は覆る。わたしは酔いそうになるほど辺りを見続ける。民家の屋根、宿のバルコニー、広場の噴水、商店の脇の路地。

「どこなの……」

 漏れる自分の声にぞくりとする。もしかしたらいないのではないか、そんな予感がかすめる。それは彼にとってこのような術など遠隔可能な簡単なものである、ということだった。そんなの人間の出来ることじゃない。

 ゴーン……と重低音だが澄んだ音が鳴り響く。村人たちがみんな、ハッとした顔である方向を見ていた。教会だ。頂点にある鐘楼堂に一つ、立派な鐘が見える。あれが鳴ったのだ。鐘を鳴らすようなちょうどキリのいい刻だったのか、と考える。

「違うわ」

 また声に出して呟いてしまう。鐘楼には誰もいない。こんな状況で鐘を鳴らす人物なんているわけないじゃないか。

 泥人形の最後の一体が土に帰る。それを全員が静かに見守っていた。

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