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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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活動内容

「なるほど、そういう話なら面白い」

 わたしの話を聞き終え、ニームは口角を上げながら、やけにカラフルで毛の生えた物体を口に入れた。彼らの食事に付き合いながら、先ほどの神父の案を伝えたのだが反応は良いようだ。

 しかし、とわたしはテーブルに並ぶ料理を見ながら顔が引きつるのを我慢する。どうやら異種族向けメニューも豊富な店だったらしく、わたしから見たら『ゲテモノ』としか言えない物をニーム達は嬉しそうに口に運んでいた。羽のついた小虫を揚げた物は喉に引っ掛かりそうだし、グリーンサラダには丸々とした芋虫が乗っている。これ以上観察すると、彼らと話すのも嫌になりそうなので、なるべくテーブルの料理は目に入れないようにしながら話すことにする。

「本当? わたしもそろそろ強引に接触してもいいんじゃないかと思うの。だけど今はうちの『頭脳(ブレーン)』がいないわけだから、聞き込みに慣れてるあなた達にお願いしたいのよ」

「もちろん構わない。ただ、あまりぞろぞろ行っても向こうの口が堅くなる。同行するのであれば人数を絞ってもらえるとありがたいな」

「じゃあ……あたしとリジア、うちのリーダーが行くわ。護衛って顔してればいいわよね?」

 ローザの提案にニーム達は頷く。他のメンバーも異論は無いようで頷いた。

「それじゃまずは白ローブ姿を探すところかしらね」

 わたしが言うとニームが口をナプキンで上品に拭きながら手で制してくる。

「町や村の偵察はシーフにも負けんよ。『楡の木会』のリーツコッグ支部と思われる場所はすでに見つけてある。……リズウ」

「見つけた見つけた! リズウ見つけた!」

 ニームの呼びかけにリズウが「うえへええ」と奇妙な笑いを混ぜながら応える。彼らもフロロやカイと畑違いなだけで、捜査のプロフェッショナルということか。

「アルフレートにいい結果報告といこう」

 ヘクターにそう背中を叩かれた。わたしの表情が硬いことに気づいたのかもしれない。

「これ、食べてみていいですか?」

 皿の上で動く物体を指差すイルヴァに、

「本気か」

 シリルが引いていた。




「『大食い女』から『ゲテモノ大食い女』にランク上げするべきよ。胃がブラックホールよ。口が魔界に繋がってるのよ。イルヴァの中は精神世界(イデア)なのよ」

 よくわからないことを早口で言いながら、ローザは鳥肌のたった腕をさすった。おぞましい光景を思い出したらしい。人通りもまばらで復旧もまだと思われる舗装の乱れた通りは、夜になって冷えてきた。わたしもローブに身を包む。

「シー」

 ニームが静かにするよう合図すると、合わせたようなタイミングで通りの向こうにある建物から白いローブ姿が出てくる。木造二階建ての民家を改造して、入り口だけは広くしたようなややアンバランスな造りだ。少し驚いたが、控えめながらはっきりと『楡の木会』と書かれた木の板が扉の上部で揺れている。隠れ家ではないのだ。出てきた人物は通りの反対側の脇道にいたわたし達には気づかなかったようで、そのまま土がむき出しになった道を歩き出した。

 もしかしたら宿の窓から見た人物と同じか?と思う。背格好は小さく細い。子供だとしたら少々やりにくいかもしれない。

 ニームが人差し指を振って合図する。『つけるぞ』ということだ。振り向かれたら顔の判別は難しいが、見失うことはない距離感で白ローブについていく。目的ははっきりしているのか、迷う素振りもなく真っ直ぐ村の大通りの方へ進んでいた。

「また印を付けに向かうらしいな。願ってもないことだが、被害に遭われる店主か家主は気の毒だ」

 ニームがそんなことをつぶやく。わたしは深く頷いた。

 動きが見えたのは大通りに入ってすぐだった。昼間と同じように何度かあたりを見回す素振りを見せ、こちらは慌てて建物の陰に隠れる。そして脇にある小道へと身を滑らせていった白ローブを追う。小道をもう一度曲がった先に見えた『輸入雑貨』の看板の前で止まると、おもむろに懐から取り出した太めのペンのようなものを使い出す。木枠の黒板に入荷したての商品名が並ぶものに、例の奇妙なマークを描ききったところでニームの声が響いた。

「待て」

 その声と共にマークを描き終えた腕をヘクターが抑える。ローブ姿の人物が面白いようにびくりと震えた。

「ローラス警備隊だ。他人の住居建築物への落書きは禁止されているぞ。んん?」

 ニームは言いながら大きなメダルを見せつけていた。ローラス警備隊の紋章が見て取れる。彼らの身分証明らしい。

「う、あ……」

 そう呻いた白ローブの人物の顔を、覗き込んだニームとヘクターの顔が驚いたように眉が上がる。わたしも後ろから声を漏らしそうになってしまった。子供だったら、とは少し危惧していたが、フードの中から現れた顔は本当にそうだったのだ。

 身長こそわたしよりあるが、顔の幼さからして確実に年下の男の子だ。刈り込んだ赤髪にそばかす、黒ずんだ手先からして日々労働に従事しているのがわかる。

 かわいそうになるほど怯えた様子にニームも少しの間、黙ってしまったが、気を取り直したようで手帳を取り出す。

「名前は?」

「……チャド・スミス」

「偽名だな?」

 少年は黙り込む。ニームも困ったようにペンを振っていた。今、やりたいのはこの少年への断罪ではない。彼がやってることの事情が知りたいのだ。しかし最初に聞き込みの体で入った為に迷っているようだった。

「まあいい。この白ローブ姿を最近よく目にするが、仲間か?」

 この質問には少しの迷いの後に頷く。

「楡の木会か?」

 だいぶ思い切った質問に思えたが、ニームの問いに少年はまた恐る恐る頷く。隠す気は無いらしい。

「もう一度聞くぞ? 名前は? 言わないとしたら我々の仕事が少々増え、その間、君は留置所で待つことになるぞ、んん?」

 ペンを振るニームの手元をしばらく見ていた少年は蚊の鳴くような声を出す。

「ジョン・デイビーズ」

 聞き覚えのある名前に「あ」とつぶやいたのはわたしだけではなかった。ローザも慌てて口を押さえている。その反応に不思議そうな顔をしていたニームだったが、ミマが耳打ちすると驚いた顔でまた少年の顔を見上げていた。

「……場所を変えましょう。もっとゆっくりできるところがいいわ」

 わたしの提案にニームは頷く。この状況じゃ少年の緊張がピークにあるばかりでまともに話を聞けそうにない。

「じゃあ行こう。大丈夫だ、ちょっと話を聞くだけだから」

 そう言うヘクターに背中を押されて歩き出す少年の、ローブから微かに匂う甘い香りに何かを思い出しそうになるが、はっきりとした形にはならなかった。




 何の装飾もない無骨さだけが漂う宿の室内、窓際に置かれた物書き用のデスクのイスを引っ張り出して少年ジョンを座らせる。部屋で待っていた神父は少年の顔を見ると驚いて駆け寄った。

「ジョン! 何をしているのです、君は」

「し、神父様」

「お父さんは大変、君を心配しておいでだよ? さあマリュレーに帰ろう」

 二人の会話を前にわたしはローザに耳打ちする。

「やっぱり村の子だったわね。失踪者名簿にあった名前だと思ったのよ」

 頷くローザとは対照的にジョンは静かに首を振った。

「いや、神父様、父さんは心配してなんかないんです。僕がここにいることも知ってるから」

 神父は目を大きくした後、少年の腕を取っていた手を離す。そして悲しげに頭を振った。

「……楡の木会とやらの活動のためですか? 何もこんな若い君が来なくても」

「いいえ、僕は幸せなんです。家にいても役に立てないから」

「ジョン君、君をここに送り込んだのは父上だというのだね?」

 割り込んだニームにジョンは少し不愉快そうに眉を寄せる。

「父さんが決めたことじゃないけど、許可出したのは父さんだから、そうと言えばそうかな」

「許可とは楡の木会に? マリュレーの住民は皆、楡の木会の会員かね?」

「……なんで? なんでそんなこと聞くの?」

 ジョンは上目遣いにニームを睨んだ。わたしも口を挟みたいが、どう聞き出せばこの少年の機嫌を損ねないか難しい。しかしニームは怯むことなく大きな咳払いをして見せた。

「いいかね? 君は私の眼の前で器物損壊を犯したわけだ。しかしここで楡の木会について素直に話してくれたら、そのことについては悪いようにしない」

 ニームがペンで少年の顔を指すと、ジョンは目を大きくして前のめりになる。食いついたようだ。しかし迷いはあるようで黙っている。しばらく沈黙が続いた。

 折れたのはやはりジョンの方だった。深く息を吐き出すと、

「わかったよ。僕が知ってる範囲でいいなら話すけど、他のメンバーに押しかけたりしないでくれよ」

 トカゲ達が頷く横、わたしはひっそりと落胆する。話す、ということは話せるような事実しかないからだ。それを顔には出さないようにしながら会話に参加する。

「まずはそうだな、いつ頃から楡の木会に参加している?」

 ニームの問いに少年は「えっと」と呟きながら考える。

「僕が参加したのは去年の夏から。会員である隣の家のファーカーさんに誓いを立てて議事録に血判を押したんだ」

「血判? 嫌じゃなかったかね?」

「いや、大人の仲間入りみたいな感覚で嬉しかった」

「……君の親も参加している? ファーカーさんとは何者だ? 楡の木会のリーダーか?」

「うちの親は二人とも参加してる。兄さん達もだ。ファーカーさんは別にリーダーじゃない。隣の家の人、としか言いようがないな。ファーカーさんだって他の誰かの紹介で入ったはずだよ」

 ここでローザがわたしに小声で囁く。

「皆、何となく『良いもの』って感覚で参加してるっぽいわね。多分、この子からはそれ以上聞けないわ。いや、皆そんなものかも」

 ニームも同じ判断なのだろう。渋い顔でペンを揺らしていたが、

「質問を変えよう」

と話を変えた。

「楡の木会の活動内容は? まさかあの『落書き』だけじゃないだろうね?」

「落書きじゃ……。あれは普及していない場所へのマーカーなんです。あれを目印に会員の中でも普及活動の班の人たちが『教え』に行くんです」

「ふうん、で、私も明日から楡の木会に参加したいとすれば何をすればいいのかな? 同じような普及活動?」

「それもあるし、あとはローラスの歴史を調べたり『教え』に則った生活を送るには共同生活みたいになるんで、住居の管理だとか物品の管理とか。色んな支部の人との会合もあるし……」

「ふん、何もしてないのと同じではないか」

 ヌーグの暴言をミマが口を塞いで止める。少年も答えながら思うことがあるのか言い返しはしなかった。

「それで? 君らがローラス固有の物、暮らしにこだわっているのは知っているが、具体的にどんな1日を過ごしているのかな?」

 ニームがまた質問する。ジョンは思い返すように唇を湿らせていた。

「ええと、まず井戸の水か川の水を汲んできて顔、手、口を洗うんだ。その後、お香を焚いて身を清めながら『教え』を反復する。教えはローラスの歴史の始まりと、昔ながらの暮らしをすることで得られる健康とか悟りのことだよ。朝食は一人で取る。後はさっき言ったような活動の後、夕食。これは活動地域ごとの集団でまとまって食べるんだ。それで朝やったことをもう一度繰り返して寝る。……これは僕がまだ俗世界に身を置いてるからやってることで、もっと経験を積んだ人たちは次の段階にいくんだ」

「ぞ、俗世界か。次の段階とは何かね?」

「最終的には森で暮らすんだよ」

「森で?」

 わたしは思わず問い返す。少年の澄んだ瞳がわたしを捉えた。

「そう、古代のローラス人は森で生きて日々の糧を補っていた。だから僕らも森に帰るべきなんだ」

 わたしは背中がゾクゾクとしてくる。

「森ならどこでもいいのかしら?」

「さあ。僕が帰るべきところなら決まってる。タラールの森に帰るんだ。村じゃ警備隊がうるさかったけどね。だから、あいつらは要らなかったんだ」

 わたし、それにニームも言葉を失う。ただ目の前には少年の無垢な瞳が光を放っているようだった。




「ままごとだわ」

 廊下に出るとローザが呟く。それは激しい嫌悪を示すようなものではなく、どことなく悲しそうだった。

「活動内容も、あの子の話し方も宗教の真似をしたままごとよ。でも、思ったより危険かもしれない」

「どういうことだ?」

 ヘクターが聞くとローザは小さく息ついた。

「白いローブも最初は意味のないものか、サイヴァのシンボルと真逆のものを選んだのかと思ったんだけど、もしかしたらフローやラシャの信者と近いものにしているのかもしれない。教えもデタラメとはいえ近い部分もある」

 わたしはその答えに、なぜ近づけているのかを想像し、首を振った。そして少年とニームたちの残る部屋の扉を見る。

「無関係だといいのですが」

 わたしの考えを見透かしたようにヤン神父がつぶやいた。

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