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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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懺悔

 ホルスの用意した馬車に乗り込み、わたし達はマリュレーの村へと降りていた。その出発の仕方と言ったらまさに追い立てられるようで、いつの間にか準備されていた馬車に渋々乗り込むしかなかった。

「なんであの使用人の建物に書斎があると思ったの?」

 わたしは横目でアルフレートを見る。何か考え事をしていたらしいエルフは窓の外に向けた視線をなかなか戻さなかったが、じきにわたしへと向きなおる。

「カイの態度だ。書斎の話をした時、別段、格別な発見のようには話していなかった。隠し扉の奥だったり、地下の穴倉にあるような状況だったら、それを面白おかしく話すような男じゃないか。なのに彼は普通の話のように『書斎の本もすごかったぜ』なんて言ってたんだ」

「ってことは普通に存在する部屋ってことよね?ヴィクトリアも見つけられなかったのに」

 わたしに名前を出されたからか、ヴィクトリアは「嘘じゃないわよ!」と顔を赤くした。それをトカゲのヌーグ、リズウが鼻をスピスピ鳴らしながらクスクスと笑う。

「そう、それにそこの小動物もね」

「ぼ、僕のことっすかね」

 アルフレートの言葉にミマが自分の顔を指差す。アルフレートは軽く頷くとまた視線は表に移し、話し出す。

「普通にあるはずなのに、その二人は見つけられず、カイには発見されている。なぜなら見つけられなかった二人は無意識に『あるはずがない』と除外しているエリアだからだ。使用人の部屋か食糧貯蔵庫が別棟であるな、と睨んだらその通りだった。カイは上流階級の出じゃない。いい意味で境界線がないんだ」

「な、なるほど」

 ニームがうぬぬ、と唸る。ミマは素直に感心顔だ。

「とりあえず、本当にあの建物にあるんだとしてもカイを連れてこなきゃ。……あの門番がいるんじゃ、わたし達じゃ踏み込めないわよ。まったく、フロロがいないとこうも不便とはね」

 わたしが言う『門番』とは執事ホルスのことだ。彼が何者なのか、あの家族が本当に伝説の魔女なのかわからないが、迂闊に喧嘩は売れない。彼らの力量が読めないのもあるが、何より喧嘩を売ったところで事件解明までの駒が圧倒的に足りない。何となーくあの一家と村の人間が怪しく、何となーく楡の木会が関わってるふうであり、フォルフやハーネルといったサイヴァ教団の連中が怪しく動き回ってるっぽい、といったことがわかっているだけだ。

「なんか、いつも通りとんでもない展開だわ」

 ポツリつぶやくわたしの独り言をアルフレートが拾う。

「今更か? 『トラブルメイカー』」

「う、うるさいわね」

 顔を赤くするわたしにヴィクトリアが眉をひそめた。

「トラブルメイカー?」

「気にしないでいいの!」

 狭い車内に響くわたしの声に、トカゲ達はまたも鼻を鳴らし始めるのだった。




 もう直ぐ村に着く、という気配を見覚えのある地形から感じ取った時だった。

「あれ、おかしいな」

 御者席から聞こえる間の抜けた声にアルフレートが腰を浮かす。車体の隙間から前方にいる御者の男性に声をかけた。

「どうした?」

「いえね、この時間帯だといつもなら家畜が放牧されてるはずなのにいないし、村の方が騒がしいんでねぇ」

 その答えにアルフレートは顎に手を当て、わたしは窓の外を見る。

「ゆっくり近づいてくれ」

「へえ」

 アルフレートの指示に馬車はスピードを落とす。平地まで降りてきたので村の入り口は目と鼻の先だ。わたしの目にも村に人々がうろつく様子が見えてくる。こんなにも戸外に出てきている村人を見るのは初めてだった。

「なんか……様子が変じゃない?」

 ヴィクトリアが声を漏らす。不安げに窓の桟を握る姿にわたしも胸がざわついてきた。昼間だというのに松明を持った村人を見て、昨晩の村を離れた時を思い出す。青白い炎と白く浮き上がる人々の顔を。

 そのうち、こちらの存在に気づいたのか、指をさしてくる。集団で隊列を作るように躙り寄る姿に、ニームが立ち上がった。

「これはいかん、馬車を引き返してくれ!」

 その声と、村からの怒声がぶつかった。

「神父様をどこへやった!」

 わたしとヴィクトリアは思わず顔を見合わせる。それを引き金に馬車へ浴びせられる声はひどくなっていった。

「お前らなのはわかってるんだぞ!」

「そうだ!神父様を返せ!」

「どこへやったんだ!」

 鋤や鍬を手に向かってくる村人に、わたしは身を硬くする。すると、

「きゃー!」

 ヴィクトリアの悲鳴と共に窓が割れ、足元に小石が転がった。一瞬、頭が真っ白になる。

「馬車を出せ!」

 アルフレートの怒鳴り声に馬車が答える。馬の嘶きの後、勢いよくスピードを上げた。村の敷地に沿うような形で西に駆け出した時だった。

「こっちへ!」

 誰かが馬で並走している。数秒、馬車の隣を走った後は前方に出る。こちらに来い、と言っているのだ。その誘導をしてくれたのは『竜の爪亭』のマスターだった。縛った後ろ髪と義足が見える。

「見て!」

 ヴィクトリアが後ろを指す。すると後ろからも馬や牛に乗った村人が追いかけてきているのが見えた。わたしは喉を鳴らす。どうどうと言う怒声と蹄の音の混じる喧騒が肌をひりつかせた。

 しばらくの間、マスターの馬、馬車、追う村人という奇妙な列が続く。それを破ったのは、

「ダークミスト」

 アルフレートがそう呟き、指をパチンとならす。すると馬車の後方に黒い霧の塊が現れたではないか。かすかにどよめきの声が聞こえる。見覚えのある黒の塊にわたしはパクパクと口を動かしながらアルフレートを見た。

「ずいぶん前に我々がくらった術だ。いい足止めになっただろ」

 その通りだったようで霧を抜け出してくる様子はない。その間にマスターの誘導は追っ手をくらますような動きを見せ、隆起した丘の陰に隠れるように曲がっていった。マスターの馬、馬車共に歩みをゆったりさせ、蹄の音以外は聞こえない静寂が戻ってきた。

 マスターの馬が止まり、馬上からこちらを見ている顔にわたしは手を振ると、馬車が止まるのを待って降りる。出迎えてくれたマスターの人懐こい顔が、緊張で硬くなっていた。

「どうもありがとう。なんか……神父を探してたみたいなんだけど、どこに行ったか知ってる?」

 わたしの問いに苦笑するとマスターは北と思われる方向を指差した。

「リーツコッグの村だ。しばらくそっちに避難すると言ってた」

「言ってたって、カイが?」

 唐突の話にわたしが驚くと、マスターは深く頷いた。

「教会付近をうろつく住人があんまりにも多いんで、あの盗賊の彼が連れて行くと言っていたんだ。朝に来たお仲間にも伝えといたぜ」

「それで、みんなリーツコッグに向かったってこと?」

 わたしは怪訝さを眉で表す。伝わったのか、マスターはしばらく地面に目を移した後、わたしを見た。

「……俺が向かってくれと頼んだ。神父を守って欲しかったんでね」

「どういうことだ?」

 ニームが前に出る。わたしもどうも話が飲み込めず、マスターの目を見つめた。

「神父はジョセフとフレオ、二人の駐在人を殺した犯人を知ってる可能性がある。理由は懺悔だ。わかるだろ?」

 ニームは慌ただしくカバンを開けると、手帳を引っ張り出し、メモを取る。

「……犯行の後、教会に懺悔に行ったということか。神父は気づいていないのか、気づいていて我々には黙っていたのか。しかしまた、その懺悔の相手を今度は手にかけると?」

 それに答えようとしたマスターの口が止まる。そして村の方向をに目をやった。つられてみると、マリュレーと思しき場所から狼煙のような白いものが空へ上がっていくのが見える。

「みんなだいぶ気が立ってるな。しばらくは村に近寄らない方がいい」

 その一言を残すと、マスターは馬の向きを変えて駆け出してしまう。もっと情報の欲しかったわたしは呼び止めようと、手を伸ばした。が、ニームにローブを引っ張られて止められる。

「戻るのが遅くなると、今度は彼が危ないのかもしれない」

 首を振るニームのガラス玉のような瞳を見て、わたしは渋々ながら頷いた。そのやりとりに対してなのか、ヴィクトリアがいらだたしげな声を上げる。

「何がどうなってるのよ……。カイも勝手に移動しないで、もう少し待ってくれればいいのに」

「それだけ切羽詰まってたのかしらね?神父を狙うような動きが見えたのかな。でも村の人って神父さんのこと『神父様』って呼んでたのよ? 危害加えようって人に様付けするかな……」

 わたしの疑問にひどく冷静な声が返ってくる。

「懺悔の相手が欲しかったのかもしれない」

 アルフレートの言葉の意味を考え、ざわざわとしたものが胸に溢れてくる。

「それって、やばいんでね?」

 トカゲのリズウの妙にしゃがれた声が、日当たりのいい地面に響いていった。

 怖いこと考えるのはやめよ、と首を振る。馬の嘶きで馬車の存在を思い出す。

「じゃあ、リーツコッグまでお願いできます?」

「へえ、あっしは構わないですよ」

 御者の半分惚けた返事に頷き、ぞろぞろと馬車に戻っていった時だった。ぞわりとする気配に馬車に入りかけた体を起こし、慌てて辺りを見回す。冷たく、猫のざらりとした舌で舐めあげられたような視線。背後からの殺気。

「嘘……」

 わたしは呻く。現れた人物に対して、一瞬にして汗が吹き出る。

「またこいつ!?」

 ヴィクトリアの声に、抜き身のソードを嬉しそうに舐めたのは獣人ハーネルだった。同じように剣を抜く相手が、今はいない。戦士たちはみんな別行動の末にリーツコッグに行ってしまったのだ。どう反応するべきか、目くらましを打って逃げるのか、馬車を強行発車させるのか。しかし何を考えても一瞬であの黄金の剣に倒れる自分しか浮かばない。

「申し訳ないねえ! こっちも仕事なんでね」

 ハーネルの大きな声に全員がびくりと震えた。その中、

「しょうがない、私が相手になるか」

 アルフレートがそう言うとグイグイと背中を押してくる。倒れるように馬車に入り、慌てて窓から顔を出す。アルフレートが手を突き出すと、彼の周囲に光の精霊らしき姿がいくつも漂い始めた。

「旦那が相手してくれるのか。斬り合いがいいんだが、まあしゃーない」

 いつもと同じ、憎らしいほど飄々とした獣人の声。

「だ、大丈夫なの?」

 わたしの声は震えていた。アルフレートはこちらを見ない。

「1日経って帰らなかったら骨でも拾いに来てくれ。おい! 馬車を出せ」

「ちょっと!」

「へ、へえ……」

 わたしと御者の声が被り、一瞬の迷いを見せた後、馬車は走り出した。わたしは窓から上半身を出して、振り返る。ハーネルの轟のような掛け声と、アルフレートが林の方へ駆け出すのが見えた。二人が木々に隠れて見えなくなると、まばゆい閃光が現れては消える。

「アルフレート殿なら大丈夫。リーツコッグに着いたら彼の分の食事も用意しておこう」

 ニームがわたしの手の甲に、自分の小さな手を重ねた。

「魚!」

 リズウの元気な声にわたしは頷いてみせた。




 リーツコッグはマリュレーからかなり近い村だった。二つのなだらかな山に挟まれた形に、これで土砂災害が起きたのか、と思う。今も工事の音が騒がしい。木材を肩に担ぐ男たちや、手押し車を運ぶ女性もいる。ドワーフなど力仕事の専門家も救援にきているようだった。

 前金はもらっている、という馬車の御者にニームが多めのお礼を渡していた。トラブルに巻き込まれた形の御者の男は、笑顔で帽子を振っていた。

「リジア! 来たのね」

 村の入り口で待っていたのか、ローザが駆けてくる。一緒にいるヘクターの顔を見た瞬間、ほっとしたのか目が潤んできた。情けない、と泣くのをこらえていると、

「ちょ、ちょっとどうしたのよ」

 ローザがわたしの隣を見て、慌てている。しゃがみ込み、泣きじゃくるヴィクトリアがいた。

「ごめん……全部私のせいだ。ごめんなさい、アルフレートが……」

 ローザの顔がこわばる。わたしは目の前に立つヘクターの顔を見上げた。

「ハーネルが現れたの。それで……」

「俺が行くよ」

 その即答にローザがヘクターの襟ぐりをつかんで止める。

「今から行ってどうすんのよ! ……大丈夫、あのエルフがやられるわけないでしょ。それより今はここで固まって待ちましょう」

 アルフレートがいても同じことを言うだろう。わたしは頷くと同時に、こらえていた涙の一筋がこぼれるのを、慌てて手で拭った。

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