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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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魔女から始まるオカルティズム

 翌朝、寝不足の目を擦りながらわたしはローザに説明する。

「フォルフ神官……もう神官をつける必要ないわね。フォルフが楡の木会のローブを着ていたってことね?」

 ローザからの確認にわたしは頷く。メイドのモーリーンの運んできた朝食を囲み、昨晩の話をしていたのだ。ちなみに出された料理はこれまでと変わらない、無難なものだった。オートミール入り丸パン、スクランブルエッグとカリカリベーコン、黒すぐりのゼリー、果物、紅茶にオレンジジュース……そんなメニューを前にわたしは呟く。

「あの偽家族が楡の木会のメンバー、ってことでもなさそうなのよね」

「そう?まだわからないじゃない」

 ローザの返事にわたしは紅茶のカップを持ち上げた。

「例えば紅茶。これは南エデュリニア原産でアルケイディアを経由してローラスまで渡ってきたものだから、楡の木会ではご法度でしょ。この朝食自体、構成からしてケニスランド式のものだもの。卵料理とベーコン、ゼリーと紅茶、フルーツジュースを並べるとケニスランドの紳士は起き上がる、ってね」

「ああそっか、楡の木会はローラス固有の文化にこだわってるんだもんね」

 そこまで言うとローザは考えるように天井を見上げる。そしてわたしを見た。

「そういえばさ、ジョセフの日記でも教会でも、物が盗まれるって言ってたじゃない?あれって他の国由来のものだったりしない?」

「そういえば……」

 わたしは日記の内容と神父の言っていた盗難品を思い出そうとする。その時、

「よくわかったな」

 遠慮のない声とずかずか入ってくる足音。振り向かなくてもわかる。

「なんであんたは毎回ノックも出来ないのよ」

 わたしのため息を無視してアルフレートは人の皿からイチゴをつまみ上げ、口に入れた。最後にゆっくり食べようと思っていたわたしはムッとする。

「勝手に食べないでよ。……舶来品が盗まれるってことは、あの村に楡の木会の人間がいるってことでいいのよね」

「目立った支部はなかったがな」

 アルフレートの答えはわたしが気になっていたものだった。ブレージュの街で出会った楡の木会員といい街で見かけたマークといい、悪目立ちする彼らの影がない。でも関連はしているはず、と唸ってしまう。そんなわたしを尻目に二人は話し出した。

「今日はどうするんだ?」

「それなのよ、どう考えてもあの……例の家族が怪しいわけだから、村にも行きたいけど、屋敷の動きも気になるのよね。フロロが戻らないのが痛いわあ。どうせお父様にこき使われてるんだろうけど、こっちのことも考えて欲しいわよね!」

「今更急いでもしょうがない。我々が村にいたっていなくなる奴はいなくなるんだ」

 相変わらず冷めた物言いのアルフレートにわたしは尋ねる。

「ならちょうどいいわ。あんたに聞きたかったのよね」

「何をだ?」

「この前からちょいちょい出てくる『伝説』の話。ニーム達はあくまでも伝説に過ぎない、ってスタンスみたいだけど、実話なの?」

 わたしの質問に腕を組んで考えるアルフレート。それを見守っていると、おもむろに口を開いた。

「私だって本当のところを知っているわけじゃない。残念ながら私も生まれる前の話なんでね」

 そう話し出した時、扉がノックされる。

「アルフレート、ご飯もういいの?」

 遠慮がちに顔を覗かせるヘクターに、わたしは手招きした。




「昔、この一帯に八人の魔女の伝説があった。なぜ八人なのか。単に血の繋がった一族だという説もあるが、一番の理由はこの魔女たちがサイヴァの崇拝者だからだ。森の奥深くに住み、森周辺の住民に恐れられていた。なぜ恐れられていたか。それは魔女に近づいた者がことごとくいなくなるからだ。彼らが何をされていたか、は少々グロテスクな曰くなのでここでは省略しておくか」

 アルフレートの言葉にローザがさっとわたしの耳を塞ぐ。ちょっと、と文句を言おうとする間にアルフレートの口が動く。

「女……魔力を…………して……男なら……まじわ………………子供を……柔らかい……食って……幼子は……」

 慌ててローザの手を振り払うが、ローザ、ヘクターの顔が少々青ざめているのに気づいて躊躇する。その間にアルフレートは次の話に移ってしまった。気になる……が、しょうがない、と座り直した。

「と、まあ魔女に近づくと生気が取られる、といった噂があった。今以上に呪や魔法、魔術師といったものに神聖さや敬意、または恐怖、畏怖を持った人間が多かった時代だ。村の人間は決して魔女のいる森には近づかなかった。しかし、ここで大きな事件が起きる。この前も話した笛吹き男の話……。突然、村に現れた吟遊詩人の男が、笛を吹きながら村を歩き回った。そしてその音色に誘われて村中の人間が男の後を追い、行進したんだ。全員が揃って森に消え、戻らなかった。笛吹き男も姿を消し、残るは時折、森に響く笛の音だけ。不気味な伝説のあるこの地にやってきたのが、当時も今も有名な勇者マリク一行だ。知ってるか?」

「知ってるわよ。マリクの活躍を描いた本なら何冊も持ってるもの」

 わたしは答えながら、家の本棚にあるタイトルを指折り数える。数いる勇者の中でもマリクはぶっちぎりで有名、かつ人気がある。彼の生きていた時代はわたし達の生きる時代よりも数百年前になるが、それでも彼のようになりたい、と憧れる人間は多い。

「それは結構、今も人気者の勇者マリクが、長年の宿敵を追ってこの地にやってきた。彼の目的は邪神降ろしの呪をやっていた魔女達を討つことだった。そしてそれがなされたのが、ここというわけだ」

「え、嘘よ、だってマリクってアルケイディアの人じゃない」

「そう、アルケイディアの人間だ。マリクがアルケイディアを強大な帝国とするのに、どうしてもやらなければならなかったのが邪神サイヴァの弱体化だったんだが、その彼がなぜローラスに渡って魔女を討つに至ったのか、がわかっていない。だから近年になって書かれた彼の冒険譚では魔女伝説そのものもアルケイディアの話になってる。でも私が大昔に読んだ書物では、確かにローラスの田舎村が舞台になっていた。そしてここには魔女の伝説がかろうじて残っている」

 だからアルフレートはニーム達に少々噛み付いていたのか……。しかし、真実がわからないからといって、歴史になぜそんな歪みを作ってしまうのか。それがまた重要な事実を歪めてしまうかもしれないのに。わたしは納得いかない気持ちを押し込め、アルフレートに頷いた。

「とにかく、そういうことなのね、わかったわ」

「よし、では話を魔女伝説に戻そう。なぜ魔女に近づくと姿が消えたのだと思う?」

「邪神への生け贄かしらね?」

 ローザが首をかしげる。『生け贄』という言葉で、わたしは思い出す光景があった。ラグディスでの事件でのこと。火のルビーの復活か、となった時だった。孤児院に連れ去られたミーナとハンナさんが意識を失った状態でベッドに横たわり、二人のマナがどんどん吸い出されていったのだ。あの光景はまさに、生け贄からの生気が邪神へと流れていっている様子を、見ているかのようだった。まさか、そういうことなんだろうか。

「ラグディスでの悲劇と同じってこと?連れ去られた人間は邪神への生け贄にされたり、『足』にされたりってこと?」

 わたしが聞くとアルフレートは立ち上がり、紅茶を飲みながらゆっくり窓際へ歩いていく。

「ラグディスの悲劇のように幼い子供が犠牲になり、洗脳されて『足』にされるのではなく、犠牲者が大人だったとしたら? 彼らは赤子と違って体力があり、自分で考える知能もある。赤子が成長するまでの長い時間も必要としないし、邪神への餌……マナもたっぷりある。そして、彼らは自らの判断で動いているとしたら。正しいことだとして動いているとしたら?」

 アルフレートのゆったりとした問いかけにわたしとローザが震える。ヘクターが口を開いた。

「アルフレートはどう考えてるんだ? ここの家族が魔女だと思ってるのか?」

 単刀直入であり、誰もが思いながら口にしなかったことだった。アルフレートは嬉しそうにヘクターを眺め、頷いた。

「それって……」

 わたしがそう言いかけた時、とんとん、とノックの音が響く。わたしは緊張していたのか、ビビって飛び上がってしまった。ヘクターが立ち上がり、ドアを開ける。

「どうしたのよ、ホールに誰もこないんだもん。……なんかあった?」

 不安げな顔をのぞかせたのはヴィクトリアだった。その後ろからイルヴァとシリルも顔を出す。わたしはほっと息を吐く。

「そろそろ出発しとかないとね」

「二手に分かれないか?」

 ヘクターの声にわたしは立ち上がりかけた腰を再び椅子に下し、振り向いた。

「カイのところにも行かなきゃいけないけど、ここに残るメンバーもいた方がいい。危険かもしれないけど」

 迷いの残る声でそう提案して、ヘクターはメンバーの顔を見回した。誰が残るべきか、を判断しようとしたのだろう。それをアルフレートが遮った。

「私と出来損ない魔女二人が残る。残りは教会に行っててくれ」

 しばらく言葉の意味を考える沈黙が続く。

「だ、誰が出来損ないよ!」

と、わたし。

「ちょ、え、なに、まさか私じゃないわよね!?」

と、ヴィクトリアが叫ぶ。残りのメンバーは心配そうな顔をするものの否定しない。ヘクターでさえ「大丈夫かな」と呟くのみなのに傷つく。アルフレートから見れば、学園の魔術師なんてみんな出来損ないなんだろうから卑怯だ。

「なんでこの三人?」

 ローザが当然の質問をする。アルフレートは嫌そうに鼻を鳴らした。

「こういう時に限って盗賊がいないんじゃしょうがない。まあ調べたい物は学術書なんだがな。クレイトン卿の所有の書物を見たい」

 ローザが手を叩いた。

「あ、サイヴァ教の儀式ね? 確かに詳しく見ておけば何かわかってきそう。あたしはそんなの読みたくもないし」

「そう、卿はその道のエキスパートだったんだ。関連書物も彼自身の研究結果だって嫌ってほどあるはず。それに調べるのは我々だけじゃない。調べることにも『その道のエキスパート』がいるじゃないか」

 誰?と聞きそうになる前に、また扉がノックされる。開いた先、揃って首をかしげる小さな姿。

「準備は整いましたかな?」

 真ん中に立つニームが不思議そうにこちらを見ていた。




 部屋にいるメンバーが入れ替わり、窓から身を乗り出して出発メンバーを見送る。馬車に乗るイルヴァが名残惜しそうにわたしに手を振っていた。

「卿の書物を調べるとな? ということは彼の書斎でいいだろうか。ちょうど我々も見たいと思っていたんだ」

 丸テーブルに着くニームは、アルフレートの方へ身を乗り出す。

「問題は『魔女共』がおとなしく見守ってくれるかどうかだ」

 アルフレートの言葉に長兄のスーパが飛び上がった。

「マジョマジョ、魔女……」

「シー、兄者、静かに」

 わたしはまた窓の外に目をやる。今も執事のホルスが出発の馬車を油断なく見ている。裏の勝手口からもメイドのモーリーンの頭が覗いているのが伺えた。姉妹たちも屋敷の窓から見ているのかもしれない。もしくは『なぜか』居残ったわたしたちに注意を払っているに違いないのだ。

「あの、水を差すようで申し訳ないんだけど」

「なんです? お嬢さん」

 恐る恐るといった様子で話しに入るヴィクトリアに、ニームは振り返った。ヴィクトリアは手をこすり合わせながら口を開く。

「書斎なんだけど……どうしても見つからないの」

 その言葉に全員がハッとして彼女を見る。

「そういえばあんた、いろいろ探し回ってたな」

 アルフレートがヴィクトリアをジロジロと眺める。ヴィクトリアはその視線に居心地悪そうに身をよじる。

「そうなのよ……。まだみんなに本当のこと言う前に、伯父様とのやりとりの手紙を見つけたかったのと、父から頼まれたこともあったから……」

 頼まれたからガサ入れって……なんか怪しげな想像をしちゃうんですが。

「と、とにかく伯父様の書斎自体が見つからないのよ。仕事が仕事だから、そりゃあ立派な書斎があったんだけど、見つからないのよ。私も記憶がはっきりするほどここには来てないし」

「ふうん……」

 アルフレートからの遠慮ない好奇の視線に、ヴィクトリアは面白いほど顔が赤くなった。反論しようとする彼女を遮って、アルフレートは指を立てた。

「埃っぽい仕事は嫌いなんだがしょうがない。まずはそこからだな」

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