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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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仲間

 だいぶ古さが滲み出ている木材の棚、錆びたホーロー鍋、使いまわされた雰囲気のおたまと木ベラ、火を熾す旧タイプのかまど……前方のヴィジョンに映る台所の景色をちらりと見てから、ローザは「座りましょ」と言ってローブの裾を摘んだ。操縦席に足を揃えて座るローザは、わたしから見るとやっぱりおばちゃんキャラが強烈すぎて異性には見えない。うーん、と唸る私を、

「何考えてるかわかるわよ」

と、睨んできた。

「いや、何と言っていいか……少しも考えてもみなかったことだし、わたしが鈍感なのもあるけど、わたしの中でローザちゃんは女の子だからさあ」

 わたしは頬をかく。

「あら、嬉しい」

 そう言って小首を傾げた後、ローザは前を見てため息ついた。

「……リジアはエミール王子に好きって言われた時、どう思ったの?」

 急な質問にわたしは自分の顔が赤くなるのがわかった。

「あれも予想しなかったことだったし、しかもいきなり求婚からだったからなあ。正直、驚きしかなかったかな」

「嫌だった?」

「そう言われると……」

 わたしは口ごもる。また頭の中で自分の気持ちを整理させると、改めて答える。

「嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌ではなかったよ。でも応えられないのは分かりきってるから、どうしよう、困るな、っていうのが正直な気持ちだったな」

「あたしも同じよ」

 綺麗なブルーアイズをこちらに向けるローザにハッとする。そうか、そうだよね。

「あたしね、実は女の子からそういう目を向けられるのは慣れてるのよ。自分で言うのもなんだけど、一目惚れっていうのかしらねえ。だから『あ、きたな』ってわかっちゃうわけ。でも大体はこの性格がわかればそういうのはなくなっちゃうのね。でも、彼女は違った」

 ローザはそう言うとまたフローラの目線に映る景色を見る。わたしもそちらに目を向けると、俯向くヴィクトリアと、そんな彼女を慰めるようなカイが立っているのが見えた。

「リジアに当たってるのも分かってた。多分、嫉妬だけじゃないのよ。一番は自分に苛立ってたんだと思う。だって好きな相手はこんななんだもん。みんなに笑われるようなオカマだし、オカマってことは女の子は恋愛では対象外なわけ。だからあたしには何も出来なかったわ。余計なことすればさらに波風立つのもわかってたし」

「そっか……」

 妙にしんみりとしてしまい、不覚にも涙が滲む。悲しい気持ちに襲われるのは誰に対してなんだろう。わたし自身なのか、ローザになのか、ヴィクトリアになのか。わたしはブラブラと揺らす自分の足を見ながらつぶやいた。

「人から好かれるのって、基本的には嬉しいことだと思うのね。そりゃ迷惑なだけの人もいるだろうけどさ。でもたった一人に向ける『好き』に選ばれるのって、ちょっと誇らしい気持ちになれない?」

「あたしもそう思うわよ。『ごめんね』って思いながら、ちょっと嬉しかったもの。とってもチャーミングな子だし」

 ローザはヴィクトリアを見ながらウフフ、と笑う。そして「それにね」と続けた。

「ある意味『同士』なのよ、あたしとヴィクトリアは。あたしもいつも、好きになる相手には『ごめんなさいね』って思ってるもの」

 それを聞き、わたしはまた泣きそうになる。誰か、神様フロー様、ローザちゃんを女の子に変えてくれないだろうか。でもローザは自分を自分として受け止めてる。わたしがそんなことを願う方がおこがましいのかもしれない。こんなにも強くて、凛としていて、料理がうまくてお裁縫も編み物もうまくて、気が利いておしゃれでおしゃべりで……。

「どこがよかったんだろうねえ、ヴィクトリア」

「どういう意味よ」

 つい出たわたしの呟きに、またもローザが睨んできた。




「あ、終わった?」

 フローラから出てきたわたし達を、台所の入口で待っていたのはヘクターだった。フローラをポケットに仕舞いながらローザが答える。

「大丈夫よ、お待たせしました」

「ヴィクトリアがクレイトン邸に戻るって言うんだ。今、みんなでそれでいいのか確認してるところ」

 わたしとローザは顔を見合わせる。クレイトン邸に戻るって……大丈夫なんだろうか。それとも何か考えがあって、だろうか。

 急いでダイニングテーブルのある部屋に戻ると、みんなに向かって何か説いていたヴィクトリアがこちらを見て一瞬、また頬を赤らめる。しかし険しい表情でそれを打ち消すと、まっすぐ前を向いた。

「クレイトン邸に戻るわ。あの屋敷をそのままにしておけない」

「それはそうだけど……大丈夫なの?」

「私はもう大丈夫よ」

 ヴィクトリアはわたしに大きく一度頷く。

「何で山の中で倒れてたりしたんだ?」

 シリルの質問には扉に向かいながら答える。

「移動しながら答えるわ、……神父さま、どうもありがとう」

「いえいえ、お嬢様」

 さっさと移動するヴィクトリアをヤン神父は目で追い、トカゲ達はぴょこぴょことついていく。他のメンバーも少しの間の後、歩き出した。それに最後尾でついていくわたしとローザに、神父がおずおずと手を挙げた。

「あの……神官様」

「どうしました?」

 振り返るローザに神父は自分の手の甲を擦った後、口を開く。

「実は、先ほどの皆さんのお話の中で気になる点が」

「……何かしら」

「はい、あのかわいそうな駐在員ジョセフの日記のことです。あの中で物が無くなると言う記述があったと思います」

「そうだったわね、それで?」

「私の勘違いだと申し訳ないのですが、教会でもそうなのです」

 困り顔の神父に、わたし達は目を合わせる。

「何がなくなったか覚えてます?」

 わたしが尋ねると、神父は指を折って数えた。

「ええと……ダークラムが瓶ごと、それにシュミシュミの砂糖漬け、綿帆布のエプロン、胡瓜の酢漬け、私の故郷の詩集……」

「あら素敵、故郷はどちらなの?」

「サントリナでございます、神官様」

 わたしは挙げられた品を覚えるよう小声で反復すると、神父にお礼を言った。

「どうかお気をつけて、夜は村の空気がピリピリするのです。住民を刺激するのもよくないかと」

 心配そうな神父に改めて礼を言うと、講堂に出る。するとカイが戻ってきていた。表を親指で差しながら通路を歩いてくる。

「俺が念のため残る。どうも表の空気が怪しい」

 そう言われ扉の外を見ると、すでに暗くなった景色に、青い松明の炎がいくつも揺らめいて教会を囲んでいた。




 もう帰るところだった、という御者に多めの料金を払い、幌馬車の荷台に乗せてもらう。雨は止んだが長雨のせいか、夜霧がここまで入り込んでくる。湿った空気は匂いまでしそうだった。揺られる中、ヴィクトリアが口を開いた。

「私、変な魔法かけられてたみたいね」

「そうみたいよ。わたし達の部屋に夜中来たこと、覚えてる?」

 わたしの質問にヴィクトリアは眉間にしわ寄せながら目を瞑る。

「……なんとなく、本当になんとなくね。言ったことは覚えてるのよ。あれは伯父一家じゃないって。でもその後、急にいろんな感情がぐるぐる回って、今度は『あれが伯父一家じゃないわけがない、そんなこと言う奴は敵に違いない』って気持ちがぐーーっと湧いてきて、目の前のリジアが本当に憎らしくなったのよね」

「いつもじゃないのか」

 シリルの空気を読まない合いの手に、みんな失笑、苦笑の嵐になる。ヴィクトリアは頬を引きつらせながら続けた。

「その後、そんな気落ちもすっと落ち着いて、ついでに何を話してたか、とか、あの一家を疑う気持ちも全部ついでに消えちゃったのよ。それが復活したのが、マナーハウスであなた達と会った時よ」

 そう言うとトカゲ達を指差した。困惑するようにお互いを見合うニーム達。

「我々と?何でだ?」

「それは……多分、伯父の話になったからだと思う。掴もうと思っても掴めない何かがもやもや湧き上がってきて、屋敷に着いた時にはすっかり記憶が戻ってたのよ。代わりにすごく具合が悪くて、頭も痛いし気持ち悪いし最悪だった」

「いなくなったのは何でなんだ?」

 シリルは少し怒っているように見えた。感情があまり表に出ないので掴みにくい。

「……やっぱりもう一度、あの家族達を見て確認したかったのと、どこかに伯父様がいるんじゃないかって思ったのよ。地下室もあるはずだし」

「地下室はワインセラーと納戸と使用人部屋だけだったぞ」

 屋敷内を探索したニームが張り切って答える。

「そう、じゃあ屋敷にはいないのね」

 ヴィクトリアは伯父の安否の不安がまたよぎったのか、目を伏せた。ローザがそんな彼女の肩を軽く叩く。

「んもう、だからって勝手に行動しちゃダメじゃない。みんな心配したのよー?」

「ご、ごめんなさい」

 顔が赤くなるヴィクトリアに、わたしはカイの言葉を思い出す。『あんたなら許しちゃうんだろうな』。多分彼はわたしを優しい人間だと思って言ったのではない。すぐに情でほだされる少々おバカな人間だと見抜いたからに違いない。

「それで、屋敷をうろついてる時に、その偽家族に捕まったってことか?」

 シリルはため息混じりだった。ヴィクトリアは彼に向き直ると頷く。

「そうなのよ。部屋を出て一階に降りて、すぐにあのモーリーンってメイドに見つかって、彼女が手を伸ばしてきたのまでは覚えてるんだけど、もう気付いたらあのイグアナだっけ?の中にいたってわけ。ごめん、本当にごめんね、シリル」

「初めて謝られた。謝罪できる人間だったんだな」

 素面で言うシリルにヴィクトリアはまた頬を引きつらせ、みんなため息をつく。ヘクターが肘でシリルを小突いていた。しかし今度はメイドに何かやられたとは。やっぱり使用人たちも普通じゃないみたいだ。

 みんなが考える顔の中、今までのすっきりした顔が消えてヴィクトリアは言いにくそうな雰囲気で口を開いた。

「あと……みんなに謝らなきゃいけないことがあるのよ」

「クレイトン卿から手紙なんてもらってない、そうだろ?」

 間髪入れないアルフレートの返事に、

「なんでわかったのよ……」

 ヴィクトリアは心底嫌そうに、エルフを睨みつけた。

「村の様子を知っていたり、神父の言葉からして村には何度か来ているようなのに、伯父の顔もろくに覚えていない。用はあるのに謁見も出来ない関係なんだろう」

 アルフレートはつまらなそうにそう言うと、指を軽く振った。光の精霊が馬車の中をほんのり照らしてくれる。

「手紙って……そもそもここに来ることになった依頼の手紙のこと?もらってないってどういうこと?」

 わたしは身を乗り出す。思わずヴィクトリア本人ではなくアルフレートに目線を向けてしまうが、ヴィクトリアが口を開いた。

「クレイトン家のすごくプライベートな話だから……。でも簡単に言えば我が家の暮らしのために伯父様の力を借りたいってことよ。でも伯父様はうちを始め、他の親戚ともあまり付き合いをしたくないと思ってるから、なかなか会ってもらえないの。だから村の事件の話を聞いて、親から行くように言われた。まだ可能性がある私がね」

「金の話か」

 アルフレートが遠慮ない言葉を吐く。ヴィクトリアはまた難しい顔になった。

「……それもある。でもそれだけじゃない、ウェリスペルトでの商売のために伯父様の、クレイトン家の名前がどうしても必要なのよ。ウェリスペルトの議員レイノルズ氏とそういう話になってるらしくて」

 その名前にわたしを始め、パーティーメンバーが吹き出す。こ、ここでその名前を聞くとは。

「知ってるの?」

 びっくりした顔のヴィクトリアに頷く。

「知ってるわ。最近、娘と絶縁状態になってるはずよ」

「入り婿で奥方には頭が上がらないはずだぞ」

 アルフレートもそう続けた。

「でも、だからって何で嘘ついたんだ」

 シリルの言葉にはわたしも同感だ。正直に言ってくれれば、と考えたところで理解する。正直に言っていれば、きっとわたしやうちのメンバーはここにはいない。シリル達だってわからない。なぜなら伯父の手紙がなければヴィクトリアの私用になるからだ。

「本当の話をすれば、まずここには来てないでしょう?少なくとも学園のクエストとしては来れてない」

 ヴィクトリアのなじる声にシリルはようやくわかったのか、押し黙る。が、すぐにまた口を開く。

「それでも本当のことを言って欲しかった。仲間なんだから」

 その言葉に、今度はヴィクトリアの方が黙ってしまった。

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