業務日誌
ローザの作った手料理が、出来た先から戦士達によって片付けられていく。お昼も食べずに随分遅くなってしまったからしょうがないとはいえ、作り手からしたらもうちょっと味わって欲しいんじゃないかな。
アルフレートとカイはエールを片手に談笑中だ。つまみの羊乳のチーズは匂いがきつく、ここまで臭ってくる。エールもチーズも村人からの頂き物だという。わたしは料理を自分の分、確保しつつ神父のヤンさんと話すことにする。
「すいません、こんなに大勢で押し掛けて」
「いえいえ、私こそあなた方のような若者と食事が出来て大変うれしいんですよ。しかもアズナヴール大神官の学園の方だったとは」
ヤン神父の言葉に、やっぱり有名人なんだなあ、とキラキラオーラの学園長の顔を思い出す。神父は乾いた手を一度鳴らすと、深いため息と共に学園長を賞賛する。
「あなた方にもラグディスでのあの方の説法を聞いていただきたかった。私は涙が出たのですよ。こんなにもフローを身近に感じ、深い愛に包まれた気持ちになることができるなんて、と」
「そ、そうなんですね」
わたしの中では素晴らしい人であり、偉大な人であるという認識と共に「なんかよくわかんないけどとにかくすげーけど、結構変なおっさん」というイメージもあるので、ヤン神父のノリには付き合いにくい。
「その大神官さまの『娘』の手料理よ。残さず食べてね」
ローザがテーブルに、湯気の立つ大皿をドスンと置いた。神父は笑顔で皿を拝む。大量のスパイスに絡められたオウグの肉がこんがりと焼かれていた。すでに配られたブラウンシチューといい、ローザちゃんは本当にいいお嫁さんになると思う。貰い手がいれば。
配膳を終えたローザが席に着くと、神父は一度スプーンを置き、部屋の奥へ引っ込む。そしてすぐに戻ってきた。手には何かの冊子がある。
「お預かりしていたこちらを」
「おお!申し訳ない、大変助かりましたぞ」
ニームがそれを受け取り、パラパラと目を通した後、アルフレートに渡した。紺色の厚紙が表紙の飾り気のない冊子。業務日誌だろう。アルフレートは同じようにパラパラと目を通すと、テーブルに向き直り、みんなに向けて読み始めた。
「白鬼の月二日、唐突な指令によりマリュレーに入る。私、ジョセフ・パインが指名されたのは単に隣村リーツコッグの出身だからである。……この後、『くそ』と書いてからインクをこぼして消してある。……初日から異常事態、前任のフレオ・マズゥが行方不明である。諸々の業務が滞る。村民に聞くと二、三日前から見ていないとのこと。首都への連絡の後、消え去った模様。不気味な村を前に恐れをなして逃げたとはローラス警備隊員として恥ずべきことである!
白鬼の月三日、私以外の隊員がやってこない。まさか派遣されていない?とりあえず応援を頼んだ後、アーロン・クレイトン氏の元に顔合わせに行く。『しっかりとした対応を望みます』の一言で、玄関先より帰される。それは構わない、構わない、構わない。気に食わない。噂通り間の抜けたウドの大木め。
白鬼の月四日、行方不明者リストを元に家族の家を回る。まともな話も聞けない。どうも捜索の意欲が無いように感じる。近隣からの新聞記者が来る。事件に進展なし、と追い返す。
白鬼の月八日、夜になると妙な鈴?の音が聞こえる。極小さい音だというのにどこにいても聞こえる。耳を塞いでもだ。誰なんだ!表に出ると村民が青い松明を持ってうろついている。聴取すると『護衛を兼ねた見回り』だとのこと。やはり警備隊員を増やしてもらわないことには、このようなことを止められずにいることになる。昼間も勝手にタラールの森に入っていくし、ここの村民は危機感が無い。
白鬼の月十一日、持ち込んだ私物が消えている。シェリー酒1メージュ1箱、ラム酒3本、綿の下着2枚、鼈甲の櫛、イカの燻製、畳鰯の塩漬け、ドライトマト、バナナ一房。……グルグル丸で囲って、『隊に請求!!』と書いてある。
白鬼の月十四日、前任フレオの業務日誌がようやく見つかる。事件発覚から本人が失踪する前までの流れを読む。クレイトン邸へ報告の後はどこに行ったかは書いていない。多分、故郷のメリムデの方だろう。あいつは外国人だった。だから帰るところがある。帰るところのある奴は駄目だ。
白鬼の月十五日、フレオの日誌を元にすると、どうも失踪者が増えている。家族の家に行くも、追い返される。家にいるといいのだが、どうもそうじゃない。特にアップルガースの長男なんて大男、隠せるもんじゃない。あそこの納屋はでかいが、中は穀物でいっぱいだ。
白鬼の月十六日、早速、新聞記者が来る。失踪者が増えたというと喜んでメモしていた。不幸を喜ぶハエ共め。犯人は見つかっていないし、恐ろしい獣人の影を見た、と言ったら青ざめて帰って行った。これでしばらくは静かになる。
白鬼の月十九日、ウェリスペルトよりプラティニ学園の冒険者グループが来る。……残念ながら日誌はここで終わりだ」
「えっ」
日付からして読めたことだが、期待した答えが無いまま終わりを告げられ、わたしは声を上げていた。しかし、ニームから聞いていた通り、業務日誌としてはひどいものだな。単にジョセフの不満日記じゃないの。
別にトカゲ達のせいではないのだが、がっかりしたわたし達の様子に彼らは顔を合わせて肩を落とす。その状況をアルフレートの声が破った。
「そう落胆することじゃない。いくつか面白いことがわかったじゃないか」
「前任のフリオって男は故郷に逃げた、ってこと?」
わたしの質問にアルフレートは強く首を振る。
「違う違う、そんなバカみたいに食べるから脳みそに血が行かないんだ。……いいか? まずジョセフはクレイトン卿に会ってる。『噂通り間の抜けたウドの大木』、ヴィクトリアが言っていた伯父の人となりに合致してるじゃないか」
それを聞いてわたしは膝を叩いた。
「……そういえば『竜の爪亭』の店主は『話を聞くたびにクレイトン卿の人物像はバラバラだった』って言ってたのよね。それって違う人物が入れ替わり立ち替わり訪問客の相手してたってことじゃない?」
「おそらく、そうだ。そしてジョセフは『本物のクレイトン卿』に会ってる」
「それって……卿は事件発覚後にも屋敷にいたってことよ」
ローザが重々しく言うと、トカゲ達は一斉に頷いた。
「それが事実ならば、極めて重く受け止めねばならん」
ニームが腕を組んで一つ鼻を鳴らした。込み入った話になってきたからか、ヤン神父は所在なさげになるが、みんなに飲み物を配ることにしたようだ。また一度引っ込むと、手に瓶を持って戻ってきた。
「あとは『タラールの森』だな」
カイがニヤリと笑う。
「こんな状況で薄暗い森にのこのこ入っていくなんて、もし失踪の原因が凶悪モンスターの徘徊だったら馬鹿としか言いようがないぜ。警備隊が止めるのにやめないなんて、よっぽど美味いキノコでもあるのかね?」
カイの冗談にローザが「それならありがたいけど」と苦笑した。
「ねえ」
わたしはそう言うとみんなを見回す。
「さっきのクレイトン卿の話で思い出したんだけど、ヴィクトリアは卿から手紙をもらってるのよね、この件で。それが本物の伯父が書いたのかどうかとか、他に隠された暗号があったりとか、何かわからないかな」
あの偽家族に脅されて書いた、とか色々考えられるのでは、と思ったのだ。それに頷くとアルフレートは胸元からクリーム色に煤けた紙の束を取り出す。
「あのお嬢さんが起きたら確認だな。まずはこっちだ」
前任の駐在員、フレオの業務日誌である。
「火蜥蜴の月十五日、週一度の戸別訪問の際に村の穀物倉庫番の男、トマス・ライトがいないことに気づく。母親の話だとブレージュに出かけているとのこと。思い返すと二、三日見た覚えがない。念のため、予定より帰宅が遅いのならば報告するよう、母親に伝える。夜、奇妙な笛のような鈴のような甲高い音がする。羊を呼び込むピブゴーンとは全く違う音である。見回るが、特に人の気配はなし。
火蜥蜴の月二十日、教会前通りのアン・ミラーの姿がない。(普段から山羊乳を分けてもらっているため、すぐに気付く)トマスも未だ帰宅していない。両家族とも事件事故の可能性は否定していたが、念のためにクレイトン卿へ報告に上がる。が、卿が不在のため叶わず。
火蜥蜴の月二十四日、村の最西端に住む大家族の五男、13歳の男の子ジョン・デイビーズがいなくなる。父親の話曰く、ブレージュに働きに出したとのこと。トマス、アンのこともあるので注視することにする。クレイトン邸のあるヒムの丘、タラールの森へ入ろうとする村民をそれぞれ注意する。
火蜥蜴の月二十七日、炭焼き人クリフ・ハッカーがいなくなる。独り身の男なのでいつから村にいないか不明。ここまで行方不明になった者誰一人戻らず。事件性ありとして首都に伝書鳩を飛ばす。その姿をフィルマーの新聞記者に見られる。リーツコッグの災害の被害を書きにきた模様。騒ぎが大きくなることが予想されるため、もう一度クレイトン卿に報告に上がる。卿より村の警備の見回り強化と村民を動揺させないことをお願いされる。
火蜥蜴の月二十八日、雑貨店の次男、ヒュー・スネルがいなくなる。これで五人目。クレイトン卿に報告」
「こちらの方が業務日誌としてはきちんとしてはいるものの、物足りなさを感じるな」
読み終わったアルフレートが紙をペラペラとめくった。ニーム達も頷いている。
「最後、報告ができたのかわからないっすね」
ミマの疑問にわたしも頷いた。
「それに村の人が何か知ってるっていう疑念も強まったわよね。人がいなくなるのに知らんぷりなのか、意図があるのか知らないけど、警備隊まで殺されちゃってるし」
わたしは自分で言いながら唸る。それをカイが破った。
「とりあえずタラールの森に行ってみようぜ。その前にヴィクトリアが起きてるか確認してさ」
「じゃあローザちゃん診てあげて」
わたしは立ち上がり、ローザに声をかける。話の流れからわたし、ローザとカイが顔を出してみることになった。
神父の許可をもらい、台所に入る。窓枠でコマツナを食べるフローラちゃんへ一斉に手を伸ばした。
「あら、やっぱり起きてないか」
何も変化のない室内と、操縦席で横になっているヴィクトリアのピンク頭がちらりと見える状況に、わたしは呟いた。カイがヴィクトリアの様子をちらりと見、そして前方のヴィジョンに目をやる。
「今日の寝床はどうすんだろうな」
カイからの質問にわたしはハッとする。言われて気づいたけど、クレイトン邸に帰らないとなると寝床がない。この村に宿屋なんて当然ないし、教会を間借りするのも、見た限りだとスペース的に無理そうだ。
「久々の野宿かしらねー」
ローザが間延びした声で答えた。本当に久々な気がして、それもいいかな、と思う。カイは「ちぇー」と不満そうだ。わたしがカイに今までの冒険の話を聞こうとした時だった。
「う……」
その呻きに三人は一斉に席を見る。眠りと覚醒の間で戦っている様子のヴィクトリアがいた。ローザがその手を取り、脈を見るように指を合わせた。そして、
「ヴィクトリア?」
そう呼びかけた。ヴィクトリアの目がうっすら開き、辺りをぼんやりと見てから目の前のローザを見る。そして何度か瞬きを見せた。
「キャーーーーーー!」
鼓膜を破る勢いの悲鳴にわたしは盛大に飛び上がる。驚きに跳ねる心臓を抑えていると、覚醒直後とは思えない素早さでヴィクトリアが飛び起き、隣の部屋へ行ってしまう。その顔はこの薄明かりの中でもわかるほど真っ赤だった。その後をカイが追う。
「悪い」
わたし達に手で謝罪を示すとヴィクトリアをなだめる声がする。そしてそのままスイッチに触れて表へ行ってしまった。
わたしは声も出せずにただ呆然としていた。そして『答え』がわかったことで興奮と同時に肩の力が抜けていく。ふと隣に立つローザの顔を見る。その表情は全て達観しているかのように動揺がない。ただ真っ直ぐに彼らの様子を見ていた、といった様子だった。
「あの……」
わたしは恐る恐る口を開く。
「知ってたの?えーっと、その、彼女の気持ち……」
「まあね」
親友のオカマの返事はあまりにも平静で、わたしの方が未だ静まらない心臓が痛いくらいだった。