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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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天然の野望

 青い光が照らされる中、わたしは突っ立ったままになっているシリルに声をかける。

「そこ、その椅子に寝かせてあげて。……そそ、その部屋ね」

 役に立たない操縦席を案内すると、散らかり放題のカバンなどを少し整理させる。イルヴァにおやつでも持って行ってやった方がいいかな。

「……大丈夫?」

 わたしは表情筋がなくなったままになっているシリルに尋ねた。するとハッとしたように動き出す。

「いや、理解を超えるもので反応ができなかった」

 気持ちはわかる。わたしはウンウンと頷いた。わたしなんて初めは中に入るのも嫌だったもんな。片付ける手を止めると、心配そうにヴィクトリアの顔を見るシリルが目に入る。

「意識は戻らないけど、体に異常はないから心配しないで、ってローザちゃんが言ってたよ。眠りを誘う魔法かハーブだと思うけど、元々疲れがあって効きすぎてるんじゃないかって」

「……アズナヴールは本当に腕がいいんだな」

 シリルはしきりに感嘆している。まあ「あのキャラ」のせいで霞んでるだけで、本来優等生だしな。それにわたしから見てもヴィクトリアの様子は顔色も良く、外傷もない。本当に深い眠りに落ちているといった雰囲気だった。イルヴァの話だと毎晩、何かしていたようだし、寝不足だったんだろうか。

「あ、みんな頑張って歩いてる。へへ、サボってっちゃおうか」

 フローラちゃんの目線からの景色にわたしは指差し、提案する。この目線だとフローラちゃんはローザの肩の上かな?

 シリルは驚いたような顔と戸惑った顔を交互に見せた後、頷いた。

「不満が出ないか心配だが、たまにはいいかもしれない」

 セリフまで角ばって聞こえるシリルにわたしは笑ってしまった。それに対し彼は頭をかく。

「正直、考えたことがないんだ」

「何を? あ、サボるって選択肢を?」

「そうだ、考えたこともないし、誘われたこともない」

 確かにこんな堅物、サボりに誘おうとは思わないもんなあ、と頷きそうになるが、本人の手前やめておく。どんな生活送ってきたらこんな性格になるんだろう。気になったわたしはカイにしたのと同じ質問をしてみることにする。

「シリルはどうして冒険者になろうと思ったの?」

 するとシリルはすぐに口を開けたものの、固まったままになり、その後は腕を組んだまま唸ってしまった。なんかまずいこと聞いただろうか。カイの方がすんなり答えてくれただけに、わたしには予想外の反応だった。

「ごめん、答えにくいなら無理に聞かないよ」

「いや、きっと笑うと思うんだ」

 そう言われると、ものすごく気になる反面、笑ったらまずいとも思う。わたしが「笑わないよ!」となかなか言えないでいると、

「俺は冒険者になって破天荒に生きたかったんだ」

と、はっきりした声でシリルは言った。……まずい。わたしは一生懸命、手の甲をつねる。が、そんな努力もむなしく、ブハッと吹き出してしまった。笑い転げるわたしをシリルが真面目くさった顔で見、その表情がおかしくてまた笑いが止まらなくなる。しばらくヒーヒーと苦しんだ後、わたしはシリルを見た。

「ごめん、その……」

「いや、いいんだ。ヴィクトリアも同じ反応をした」

 なんということだ、とわたしの笑いは引っ込む。まあ、今の回答で笑わない人なんていないでしょ。

 なんとも気まずい空気になる中、シリルは使い物にならない操作パネルに腰を預けた。

「俺の父も神官戦士なんだ。祖父も、そのまた祖父も」

「へええ、すごい、代々なのね」

「すごくはない。他に選択肢を思いつけなかっただけなんだ。唯一、自分で道を切り開いたのは四世代前の祖父だけだ」

「いやいや、それでもすごいことだよ。ローザちゃんで代々続く地位を守る、って大変さは見てるつもりだし」

「ああ……確かに、あの学園長の後を継ぐのは大変そうだ」

 そう言った後、シリルは目覚めないヴィクトリアの顔をじっと見ていた。その彼を眺める。

「……人と違う生き方をしたかったのね」

 わたしは呟いていた。考えてみるとわたしとシリルは対極の生き方なのかもしれない。わたしは『人と違う生き方を選ばざるをえなかった』人間だ。生きてるだけでトラブル舞い込む人間なんてそうそういそうにないし。

「恥ずかしながらそうなんだ。冒険者になって、秩序のない世界に飛び込みたかった」

「それはよくわかるよ。わたしも、明日はどこに行くか、何をしているのかわからないような生き方に憧れたから」

「いい言葉だな。覚えておこう」

 シリルはそう言って、珍しくにっこりと笑った。なかなか男前じゃないの。そしてまたヴィクトリアに視線を戻す彼を見て、わたしは尋ねる。

「ヴィクトリアが大事なのね」

 シリルは答えをまとめるように黙った後、ゆっくりと口を開く。

「そうだ。恋や愛だといったものではないけど、彼女には仲間としての恩を強く持っている。わがままだし、我が強いけど」

 あんまりそうは見えなかったのに、と返しそうになる。カイといい、わからないものだなあ。そう考えるわたしをシリルが見た。

「一人目に抜けた男の話をしただろう?」

「ああ、戦士の大男って言ってたわよね。ヴィクトリアと喧嘩したって」

「そう、彼が抜ける時、ヴィクトリアと延々言い争いをするのを他の仲間はぼんやり見ていたんだ。そしたら彼女が俺に向かって言った。泣きながら『あんたは自分がバカにされてるのに悔しくないのか』って」

 わたしは返す言葉を失う。それって、その抜けた男がシリルを下に見る発言が多くて、ヴィクトリアはシリルのために怒ったってことか。

「なんてバカにされてたの?」

「それが、よく覚えてないんだが戦士としての腕前や体の大きさをたまに言われてたみたいなんだ。カイにも『気付かなかったのか』って呆れられたんだが」

「……あなたがどんだけの天然ののんびり屋さんなのか、大体わかったわ」

「え?」

 声ははっきりした力強いものだが、返事としては間が抜けている。それを聞き流して前を見ていると、フローラに手を伸ばす影に気づいた。不機嫌顔のアルフレートだ。

「大変! 文句言われたら面倒よ」

 そう言ってわたしはシリルの腕を引っ張ると、慌てて表に出るためのスイッチに手を伸ばした。




 まずは報告書を、とアルフレートにせっつかれ、マナーハウスへと急ぐ。すでに夕刻となっているはずだが、雨雲に覆われていて一日中、同じような暗さだ。イルヴァはローザにもらったパウンドケーキを丸かじりしながら歩いている。頼み込んで一欠けだけ分けてもらった。

「マナーハウスって今は誰でも入れるんだろ? 持ってかれてるんじゃねえの?」

 カイがトカゲ達に尋ねながら扉を開けた。ニームが首を振る。

「大丈夫、我々にしか取れないと思う。まあ大したことは書いてないんだがな」

 ひんやりとした室内、見張りは誰もいないようで静まり返っていた。トカゲ達は迷うことなく奥に進み、昔は台所であったと思われる部屋、その中央で揃って手招きする。ぞろぞろと入っていき、中を見回した。今でも使われている形跡がある。お茶を沸かしたり、簡単な食事をとるのに使っていると思われた。

「ここだ」

 ニームが指差す先、丸い形の薪ストーブがあった。形からして近年になって付け足されたものだと思う。敷物として金属板が、石床にボルトでくくりつけられていた。その板と床の間にニームは手を突っ込む。細く小さな腕がすんなりと入り、紙の束を引き出した。

「なるほど、我々にしか取れない、ね。確かに」

 アルフレートが感心気に頷きながら報告書の束を受け取る。ちらりと見える範囲でも、神経質そうなかっちりとした文字が並んでいた。ニームはアルフレートを見上げ、首をすくめた。

「ただ内容は本当に我々が昨日話した範囲のことしか書いてないぞ。面白半分に持って行かれたら困るから、念のためにこんなことをしただけだ」

「いや」

 カイの声に全員が這いつくばった彼を見る。ストーブの乗った金属板、いや床を指でなぞっている。

「少なくとも誰かが持って行こうとした形跡はあるぜ?」

 カイの指先、石床が抉れていた。カイはその抉れと接している金属板も指でなぞる。

「何か釘抜きみたいなもんでも引っ掛けて無理やりひっくり返そうとしたな。犯人は不器用で堪え性の無い奴だ」

 カイが面白そうにせせら嗤う。わたしも床の傷を触った後、立ち上がった。

「教会に急いだ方がいいんじゃない? 肝心のジョセフの報告書は向こうにあるのよ?」

 みんなが頷く中、アルフレートはゆっくりと報告書を眺めている。

「大丈夫だろ、神父様は用心深い」

 わたしは教会の奥の部屋の入り口、大きな南京錠がつけられていた光景を思い出す。こんな匂わせることを言ったり、神父は信用できると言ったりよくわからない。

「まあ確かに、犯人が堪え性の無い奴だとしたら問題だ。行くとするか」

 アルフレートの言葉に、わたしは目が合ったカイと揃って肩をすくめる。それを気にもとめずに、エルフは軽やかな足取りで出て行ってしまった。




 トカゲ達と共にエルフを追いかけて村を歩く。すれ違う村民に睨まれて思う。彼らにとって悪役はこちらなのだな、と。突然やってきて引っ掻き回す、異分子。彼らは彼らの中での秩序があるのかもしれない。

 教会の前までやってくると、扉の前に神父が出ているのが見える。トカゲ達が立ち止まった。

「あの男は?」

 指差すのは神父と話している男、長髪に義足の男、『竜の爪亭』の店主だ。

「何してるのかしらね」

 彼らの足元に大きな木箱がある。それを巡って何か話しているようだが、言い争うような雰囲気とも違う。

「お、いいところに来たな」

 こちらに気づいた店主が手を挙げる。それに返しながらもう一度木箱を見た。伝票と一緒に氷系統の魔術の札が貼ってある。保冷箱だ。中に食材を入れて長時間運ぶものは、このような加工をされる。視線を辿ったのか、神父が木箱をポンと叩いた。

「オウグの肉だそうです。昨日、野菜をたくさん頂いたばかりなので断ったのですが」

「若い連中が大勢来たんだ。ちょうどいいや、受け取ってくださいよ。うちじゃ捌ききれないんでね」

 店主の笑顔に神父は苦笑するばかりだ。

「しかし私にもこんな量はとても……」

「あたしも手伝うわよ! お台所借りれるかしら」

 ローザが腕まくりする。隣ではイルヴァも大きな頷きを繰り返していた。

「決まりだな。……うちにもまた食いに来てくれよ?」

 店主の言葉にわたしは頷き返す。神父は村の人にも慕われているわけね。村の人がみんなサイヴァ教というわけではなさそうだ。

 店主は悪路にも関わらず、慣れているのか普通の人と同じくらいのスピードで去っていく。それをなんとなく見送っていると、

「それではお願いしますね。……お嬢さん、力持ちですねえ」

 木箱を軽々と持ち上げるイルヴァを、神父が中へ案内していた。

「ちょっと待て、そのまま開けると危ないぞ」

 アルフレートが木箱を置くよう指示する。氷の札がそのままだと開けた瞬間、木箱周辺が霜に覆われることになるだろう。単に札を破けばいい話なのだが、わたしは木箱に近づくと「見てて!」とみんなを見た。

「そいや!」

 わたしの掛け声と共に、札は破れ、バシュ!と景気のいい音と、軽いマナの暴走で教会内に風が巻き起こる。単に自分の魔力を押し付けてやった結果で、魔術の札がぶっ壊れただけなのだが、わたしは胸を張った。

「ジャジャーン」

 その声にみんなが拍手する。そんな中、アルフレートがバカ笑いを響かせた。驚いてみんなでそちらを見ると、咳払い一つしてこちらを見る。

「なに、お前は本当に逞しいな、と感心したんだ」

 尚も肩を揺らすアルフレートに、確かに型破りなことはしたがそんなに変なことだったか、と恥ずかしくなってきてしまった。

 ふとヘクターと目が合う。

「すごいねえ。リジアが家にいたら便利だと思うよ」

 思わぬ言葉にわたしは今度こそ赤面する。しかし言葉の意味に気付いていないようで、ヘクターはただにこにこと笑っていた。どうしてこう剣士達は天然ボケボケが多いのかしら。

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