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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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虚ろに揺れ、消える

「どうかお気になさらず、我々は少々の葉っぱとフルーツでも頂けたら結構ですからね」

 トカゲのニームのうやうやしい挨拶に、メイドのモーリーンはぶすっとしながら頷いた。こんなにもわかりやすい迷惑そうな態度を、気づかないのか気づいていないフリなのか、トカゲ達は、

「帽子掛はどこかな?」

などと言って応接間内を見渡していた。再び雨の降り出した中、トカゲ達と戻ってきたクレイトン邸はひんやりと湿っていた。

 部屋に入ってきたクレイトン夫人にヴィクトリアがソファーから立ち上がる。

「おば様、すみません」

「何言ってるの、警備隊のお偉い方々ならきちんとおもてなししなきゃならないのは当たり前のことよ。それにあなたの気にすることじゃないわ」

 言葉とは裏腹に夫人の目は冷ややかだ。ただ焦りのようなものは感じない。本当に偽者なのだとすれば、彼女達は何者なんだろう。

 トカゲ達がホルスに部屋を案内されるのについて行き、わたし達も部屋に戻ることにした。階段を上る途中、

「後で僕らの部屋に集まって欲しいっす」

 トカゲの一人に小声で話しかけられる。話し方からしてニームではない。えーっと……名前忘れた。そんな態度はおくびにも出さずにわたしは頷いた。

 一度、自分たちの部屋に戻るとテーブルにあった果物をかじり、一息つく。いそいそとお茶の準備を始めたローザにわたしは尋ねた。

「今日の埋葬式、変なところはなかった?」

 ローザは少し考えた後、大きく首を振った。

「いいえ、模範的なフロー教の埋葬だったわね。まあ、フローの埋葬は無駄がほとんど無い簡素なものだから、アレンジしようが無いっていうのもあるけど」

 ということは、あそこは本物のフロー教会だと見ていいのか。あの村にあるくらいだから、裏の顔はサイヴァや他の密教、なんてこともあり得ると思ったのだが。あの人の良さそうな神父に騙されたら人間不信になりそうだけど。

 ローザの淹れてくれた温かいお茶で心身とも落ち着かせると、廊下からドアの開閉の音が聞こえてきた。

「もう集まるみたいね」

 わたしの一言にローザは窓の外の真っ暗な景色に目をやり、カップのお茶を飲み干す。そして立ち上がった。

「フロロはフィオーネに行けたのかしら……」

 ローザが呟いた。大丈夫だと思うけど、学園長は果たして来てくれるかどうか。「頑張ってね」の一言で送り返されるなんてことも想像できてしまうのが、あの人の怖いところ。

「連絡取り合う手段でも決めとけばよかったかもね」

 わたしはため息を漏らす。そんな会話と共に、トカゲ兄弟の部屋に向かった。




「あれがクレイトン夫人? なんとも不思議な空気の女性だな」

 並んで座るトカゲの真ん中、ニームが頭をかいた。円卓に着くのはトカゲの五人とわたしとローザ、アルフレート。残りは大きなベッドに腰掛けている。部屋を見回してわたしは尋ねる。

「ヴィクトリアは?」

「頭が痛いって、布団かぶってました。おぶってきた方がいいですかね?」

 同部屋のイルヴァが首をかしげる。わたしは首を振った。

「ならちょうどいい……って言ったら悪いけど、話したいことがあるのよ」

 みんなの注目を浴びる中、わたしは昨晩の出来事を話していった。




「その、途中で態度が変わった謎はよくわかんねえけど、確かに、あれは伯父一家じゃないって言ったんだな?」

 カイからの質問に、わたしは彼をまっすぐ見て頷いた。その返事にカイは考え込むようにベッドに倒れこみ、隣ではじっと前を見るシリルが腕を組んでいる。

「偽物ということか? じゃあ本物のクレイトン一家はどこに行ったんだ?」

 そうニームは目をパチクリさせた後、

「わからないから困っているのだな、失礼」

と、自分の口を押さえた。

「クレイトン卿がフィオーネにいるって話も怪しいっすね」

 ウンウンと頷くトカゲの名前をようやく思い出す。ミマだ。

「ということはクレイトン氏がいついなくなってしまったか、によって考え方が変わってくるな」

 腕を組んで唸るニームをわたしが見ていると、彼はパッと顔を上げる。

「事件の起こる前なのか、起こっている最中か、ここ最近の話なのか。なんせ彼は警備隊に村の捜査要請を出していない」

「なるほど、それによって卿が事件の第一被害者なのか、黒幕の一人なのか……ってな感じだな」

 アルフレートが頷いている。黒幕だとすれば新聞社に失踪事件が嗅ぎつかれた時点で、さっさとフィオーネに逃げたってことだろうか。フィオーネに行った、という話自体、夫人が言ったことなんだから本当だという確証は持てないが。被害者だとすれば、もしかしたらこの屋敷のどこかにいるのか、もう既にう、埋まって……。

 そこまで考えてわたしは急いで頭を振った。やっぱりこの屋敷に居続けるのって危ないんじゃなかろうか。夜なんて無防備なんだし……。

「あともう一つ、村にサイヴァ教の男がいた。ジョセフを刺した男だ」

 ヘクターが重い声を響かせる。ニームはしばらくテーブルを見て考えた後、

「なるほど」

と、目を細めた。

「となると、サイヴァ教の関与は否定できないな。もともとこんな事件だ。考えないわけじゃなかったが。君らも同意見ということでよろしいかな?」

 ニームの指差しに頷こうとしたわたしの横から、アルフレートが身を乗り出す。

「とぼけないでほしいね。あんた達が来たのもその理由のはずだ。この村の大昔の出来事……一人の笛吹き男によって村人全員が連れ去られた事件。全員が笛の音色の魔術によって、サイヴァ降臨のための生贄になったんだ」

 低音だが張りのある声に、トカゲたちの何人かがびくりとなる。その中でも冷静な顔を崩さなかったニームが口を開く。

「……半ば伝説の話だ」

 その声は苦々しげだった。わたしはアルフレートに尋ねる。

「それが来る前に言ってた、大昔の大きな事件の話?」

「そう、突然いなくなった村人の話だ。たまたま近くを通った商人の男が、笛の音色と夢遊病のような動きで行進する人々の証言をしたんだ。森の奥に消えていった村人を追って、当時の勇者たちが邪神降ろしの儀式をしていた魔女を討った。しかし村人は一人残らず犠牲になった後だった、っていう後味の悪い昔話だ」

 そう締めると、ニームの方に向き直る。

「確かに、良くある作り物の冒険譚の一つになっている話だ。でも警備隊の中でも特殊な存在だっていうあんた達がなぜ来た? 力はないが『探りの腕』はあると言ったな。そう、警備隊と言うよりは学者に見える」

 トカゲ達が『やりにくい相手だ』と言わんばかりに体を揺らし、鼻を鳴らし始めた。それをうるさそうに手を振りながらカイがむくりと起き上がる。

「それ、実話だとしたらどうすんだよ。笛の音の話、出てるんだぜ?」

 そう、ここの三女トレイシーも「オルカの笛」なんて言ってたっけ。それにジョセフともう一人、『竜の爪亭』の店主の話にも出てきていた。村の中に笛吹き男とやらがいる?その音に導かれて、どこかに消えてるとしたら、一体どこへ、何をしに?

「そうだ」

 わたしは手を叩くとニームを見る。

「ジョセフの部屋に日記とかなかった?」

「日記? 大雑把な男だったからな、個人のものは無かった。業務日誌もひどいもので……」

「そ、それそれ、ちょっと借りれない?」

 わたしの身の乗り出しにニームは首をかしげる。

「見るのだったら前任の隊員の物の方がいいんじゃないだろうか?」

「それも見たいけど、ジョセフのが見たいのよ」

 何かを言いかけて殺されたのはジョセフなのだ。彼の残した物を確かめたい。

「業務日誌は埋葬の時に神父に預かってもらったんだ。前任の物はマナーハウスに置いてある」

 ニームの返事を聞き、アルフレートが頷いた。

「出来ればそれも神父に預けるといい」

「神父に? まああの村で信用足るのは神父かもしれないが」

 それにはローザも頷く。

「あたしもそう思うわ。珍しいじゃないの、アルフレートがフローのご加護を期待するなんて」

 ローザがふんふん、と愉快そうに鼻をならすのに、アルフレートは露骨に顔を歪める。

「そうじゃない……」

 そう言いかけた時だった。ドアがノックされ、みんな押し黙る。扉に近かったヘクターが立ち上がり、ノブを回した。

「ご夕食の準備が整いました」

 恭しく頭を下げるホルスに、全員が立ち上がる。ひとまずタイムアップというところか。部屋を出るわたし達一人一人を見るホルスは、この屋敷で唯一、人の気配がするのだが、彼だって何者なのかわからない。ヘクターよりもさらに頭一つ分は大きいけど、若い時はどれだけ長身だったのかしら。

 うっすらと漂う食事の匂いに、今日からいきなりご飯が熱々になっていたりしないかなー、などと考えた後、廊下をひょこひょこと歩くトカゲの一人にわたしは話しかける。

「ねえ、本当にご飯は葉っぱだけでいいの?」

 するとどう答えるか考えるよう頭を動かした後、わたしを見る。

「我々の食事が草食も可能になったのはここ最近のことなんだ。本来は我々が四つ足で頑張っていた頃からの習性がある」

「……それは?」

 わたしはなんとも嫌な予感がしながらも尋ねた。トカゲはピッと指を立てて答えた。

「昆虫食だ」




 翌朝、不安からよく眠れなかったゆえの欠伸をしながら、ホールに集まった面々を見る。トカゲの五人もきっちり揃っているが、どうも人数が足りない。

「……あれ? ヴィクトリアは?」

 わたしは同部屋のイルヴァを見る。

「いませんでした」

 簡潔だがそれでは困る返答だ。昨晩は夕食の席にもいなかったのだ。そんなに具合が悪いんだろうか。

「いませんでした、ってどこ行くかとか聞いてないの?」

「聞いてません。昨日の夜から会ってませんもん」

「昨日の夜って……まさか夕食の後から?」

 ウンウンと頷くイルヴァにアルフレート以外の全員が固まる。全員がわたしとイルヴァの会話に注目するのがわかる。

「寝る前にいなかったら、気にならないかったの?」

「今日は静かに寝れるって嬉しくなっちゃいました」

 イルヴァはぺろっと舌を出す。……冷静に考えたらイルヴァに何を期待していたんだ。

「イルヴァが寝る時にはベッドにすらいなかった、ってことね?」

「そうですね、荷物はありましたけど」

「探そう」

 そうはっきりと発言したのはシリルだった。わたしの胸にも急激にざわざわとした不安が押し寄せる。蘇る一昨日の夜の記憶。突然部屋を訪れてきたヴィクトリア。その彼女の後ろに立つ青白い顔。虚ろな意識と猛烈な眠気……。

「探すって、どこを……?」

 ローザの質問に全員が同じ方向、すなわち屋敷の奥を見る。わたしはギクリと身が震えた。ホールの奥、大広間へと続くという廊下の前に光る目、目、目。クレイトン夫人と五人の姉妹が揃って立ち、青白い顔をこちらに向けていたのだ。

「どうなさったの?」

 夫人からの声かけに、わたしは喉を鳴らしていた。

「ヴィクトリアが、いないんです」

 そう答えるシリルの声も、心なしか乾いている。一瞬の間を置き、夫人たちが答える。

「奥にはいないわ」

「そう、いない」

「いないわ」

 ランタンの火が揺れるたびに彼女たちの影も揺れる。

「笛吹き男に連れられていってしまったのかもね」

 幼いヒルダの声に、わたしはその場にへたり込んでしまった。

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