それぞれの思惑、懺悔
「蒼城の丘に神の息吹が走り、彼はマナに包まれる。芽吹きの匂いは涙を拭い、安堵の雨がやってくる。彼の魂の平穏を願いたまえ。稲穂の影より、フローが現れるであろう……」
神父の祈りが続き、時折小さな鐘が震え、澄んだ音を響かせる。少ない人数だが村人も訪れて、地面の中に横たわるジョセフの棺の上に白の花を投げていた。その中にあの『竜の爪亭』の店主もいる。泥濘む墓地は足の悪い彼には辛いようで、区分けの柵に腰を下ろしていた。
「彼に祈りを」
神父の声が一段階大きくなった。その場にいる全員が目を瞑り、手を合わせて祈る。わたしも彼の顔を思い出し、祈る。きっと何があったのか解明してみせる。あなたが何を伝えようとしたのか、きっと掴んでみせるから。
目を開けるとすでに棺の上に土がかけられ始めていた。教会の小間使いと思われる少年と、年いった農夫の二人がスコップを振るっている。その横で、竜の爪亭の店主が神父に一本の瓶を手渡していた。声がここまで聞こえてくる。
「供えてっていいかな? 酒が好きな人だったから」
「ジョセフも喜ぶでしょう。中身は?」
「エールだ。そんなに良い物じゃないけどさ」
わたしの後ろではカイとアルフレートが会話を始めた。
「旦那、ここに来てる村人なら、何か話聞けねえかな? 駐在員に花を手向けに来るくらいだし」
「……どうかな、一応、顔を覚えておいても良いかもしれん」
「了解」
カイが見る先、疲れた顔をした村人が新しく追加される墓を見守る姿がある。トカゲのモクモク族達も帽子を脱ぎ、胸に手を当て敬礼していた。わたしは祈りを続けるローザの元へ行く。
わたしの気配に気づいたのか、青い瞳がこちらを向いた。その顔にわたしは尋ねる。
「そっちはどうだった?」
「案の定、ダメだったわ。話を聞かせてくれた所はゼロ。収穫もないし、警戒させただけかも」
「すまない」
一緒に回っていたシリルも頭を下げる。わたしは慌ててそれを止めた。
「別れる前に言ったじゃない、駄目元だって」
「でも、君らはずっとうまくやってきている。問題があれば自分達じゃないかと、思う」
その言葉にわたしとローザは顔を見合わせる。そんな風に考えるなんて。
「わたし達だってしっちゃかめっちゃかやってるだけだよ。うまく、綺麗になんていっつも出来てない」
わたしが言うとシリルは考える間を見せた後、頷いた。
「そうか、そういうものかもしれないな」
そうこぼす。ローザちゃんと並んでいる姿を見て気がついた。シリルって戦士にしては大きい方ではないな。身長もローザちゃんと同じくらい。ビューティーオカマに比べれば体格がいいが、本来は線の細い人かもしれない。
「何か自分達が足を引っ張ってると思うことでもあった?」
ローザが帰る気配を見せている村人に目をやりながら尋ねと、シリルはまた考える顔に戻ってしまった。教会の鐘が鳴る。墓地の入り口に見張りとして立つヘクターとイルヴァの髪が風に揺れて綺麗だった。
「……あの獣人と戦闘になった時、相手はもちろん、ヘクター・ブラックモアの剣先も目で追えない瞬間が多かった。イルヴァ・フリュクベリにしても大きな動きに見えて無駄がない。随分戦い慣れしている。それに気づいた瞬間、あの場にいるのが怖くなった」
ぼそぼそと言うシリルの仲間への評価に、わたしは自慢に胸を張りそうになる。が、そういうことじゃない。シリルの腕前はまだよくわからないけど、自信を無くされても困る。
「でもアンタ、神官戦士でしょう?あの二人には無い力もってるじゃない」
ローザがニコニコとしながらシリルの胸元を指差した。磨かれた革鎧の上できらめくロザリオがあった。十字の下部分が長い金色のロザリオは、太めの鎖によって揺れている。
「アムトラのシンボル、剣だ。アムトラは退くことを許さない、勇ましい神だ。……柄にもなく弱気なところを見せてしまった。すまない」
「ううん、仲間になれたようで嬉しいよ」
わたしが正直に言うと、勇ましさを体現したような眉が、また美しい線を描いた。
「仲間か……。俺達も弱さを見せなきゃいけなかったんだ」
過去形になってしまっているセリフにわたしは思う。まだ間に合うよ。きっとこれから良い関係になれるはず。何なら新しいメンバー集めも協力してあげてもいいな、と考え始めていた。
視線を動かした先、ヴィクトリアがいる。こちらを伺うような顔で見ていたが、わたしと目が合った瞬間、踵を返して行ってしまった。わたしとヴィクトリアの関係の方が問題が根深そうではないか。
今日も薄暗い村を湿った風が吹き抜ける。昨日よりもさらに冷えた気温にわたしは腕を抱え込んだ。もう秋に向かっていると考えた方がいいのかもしれない。
「ローザちゃん、フローラ貸して。ストール持ってくるわ」
シリルに聞こえないよう小声で聞くと、ローザのポケットから出てきた小さなイグアナを受け取る。ローザに指で合図し、わたしは人気のない教会裏手に回ることにした。
「はい、フローラちゃん、ついでにあんたの餌も持ってくるから、動くんじゃありませんよ?」
日向になっている切り株に乗せると、フローラはわたしの顔を見て首を傾げる。だんだん可愛く見えてきたから困る。
頭の上のスイッチを触り、軽い浮遊感の後にフローラの中に入る。薄暗い中に仲間の荷物が散乱していた。
「なんでまた謎の拡張になっちゃったのかしらね」
中を見回し、わたしはぼやく。そう、フローラはここ一週間ほどで急成長を見せ、内部の広さがこれまでの1.5倍ほどになったのだ(フロロ談)。それはいいのだが、なぜか操縦室と何も無い小部屋の二部屋だったのが『三部屋に分かれた』のである。つまり一部屋が狭くなっている。今までは何とか横になれたりするスペースもあったというのに、それも出来ないほど、単なる物置サイズになってしまったのだ。
「まさかこのまま小部屋が増え続けるだけにならないわよね」
ブツブツ呟きながら、わたしは転がったカバンからストールを引っ張り出し、さっさと出口へと向かった。
「ふう……」
戻った外界に目を細める。ストールを巻こうとした時だった。
「マジかよ、それ」
聞こえた声にギクリと肩が震える。ゆっくりと振り返ると、こちらを指差すカイがいた。
「えっと、見ちゃった?」
「見ちゃった」
わたしの質問に笑顔で答えるカイ。まずい……のか?
「そんな顔すんなって。大丈夫、言いふらさねえよ」
カイはそう言ってわたしの頭をポンポンと叩いた後、フローラを指差した。
「俺にも試させてくれたら、な」
「うわ、すげえ!」
新鮮な反応を見せてくれたカイは、珍しくはしゃいだ様子でフローラの中を見回している。思わず連れてきちゃったけど、よかったんだろうか?
「これはすごい、いいなあ」
操縦室から見える景色に仕切りと感嘆している。そういう反応を見ていると悪い気はしない。私の拙い説明に、すぐフローラの仕組みを理解したりと頭のいい人だと思う。わたしもカイの横に立つとフローラ目線からの村を眺めた。
「……カイはどうして冒険者になろうと思ったの?」
「気になるか?」
わたしの質問を笑うカイに、「まあね」と返した。するとカイは操縦席にどさりと座る。お行儀悪く前に足を伸ばすのを見ても、あまり不快感はない。きちんとした仕草をされる方が似合わないからかもしれない。
「……『ダッカーズファング』って知ってるか?」
初耳な固有名詞にわたしは首を振る。
「ダッカーって、ダッカー海峡の?」
「そう、昔はダッカー海峡で海賊業やってた連中だ。今は陸に上がって盗賊業やってる」
「それが……あなた達?」
カイが頷いた。カイは盗賊ギルドの中にあるチームの一つの構成員だ、とかフロロが言ってたっけ。元海賊だなんて、かっこいいような、怖いような。
「また海に戻るべく金を稼ぐんだ。一族みんなの願いはまた海で暮らすこと。……それが表向きの理由」
「それが表向き?」
「そそ、本音は単に冒険業に憧れてるからさ。見知らぬ土地目指して、宝の地図を見ながら洞窟探検、ドラゴン退治……。似合わないだろ」
「そんなことないけど、表向きの理由と本音があべこべみたい」
わたしは思わず笑ってしまった。それを見てカイは満足そうに目を細めた。
「普段はこんな話しないけどな。あんたら、こっちのパーティーのお守り頼まれたみたいだから、特別」
カイの言葉に笑いが引っ込む。気付かれてたわけか。盗賊である彼にはバレバレだったのかもしれないけど。ついでに、とわたしは聞いてみることにする。
「どうしてヴィクトリア達と組むことになったの?」
「まあそれは成り行きとしか言いようがねえなあ。言うと誤解されそうな話なんだけどギルドの仕事でさ、都市部にいるクレイトン家の財産を調べることになったんだ」
そんな仕事まであるのか、とわたしは目を大きくする。我が家には関係ない話ではあるが、気になるのは調べた後どうするんだろう、ということだ。
「あからさまな違法行為はないけど、善人から見るといい顔できないような金の転がし方してるからな。それで一族のこと知ったのと、学園にその一族の娘がいるんで気になったんだ」
「んで、ナンパしたの?」
「ナンパって言われたらそうかもしれねえ。あんた女にしちゃ面白い言い方すんな?」
カイは口を大きく開けて笑った。そりゃ『元ネタ』は学園の大男だもんね。
「最初は金の関係で下心あったのは否定できねえな。でも今は仲間の意識はあるつもりだぜ、これでもな」
「……そう思うくらいヴィクトリアはいい子?」
わたしの質問にカイは黙ってこちらを見る。そして「ふうん……」と呟くと、身を起こした。
「なあ? 俺はヴィクトリアがあんたに当たる理由を知っている。でもそれを今ポンと話したところで、あんたは納得しないだろうし、俺が話していい事でもないんだ。……わかるかい?」
思っても見ない言葉にわたしは返せなくなった。それはわたしに自分で聞け、と言っているんだろうか。黙っているわたしの頭をポンと叩くと、カイは椅子から起き上がる。
「聞けばあんたがヴィクトリアを許すか許さないか、は五分五分だと思う。でも今話してみて、あんたなら許しちゃうんだろうな、と思った」
そう言いながら、カイはスイッチを触り、出て行ってしまう。結局何も返せなかったわたしは、言いようのないわだかまりを喉元に残したまま、青白いライトの室内を見るだけだった。
「では何も連絡なしにクレイトン氏はいなくなったと?」
「そうよ」
トカゲのニームからの質問に不機嫌に答えるヴィクトリア。あまりしつこくは聞きにくいと思ったのか、ニームは「フィオーネね」と呟いただけで終わらせた。
馴染みの馬車を待つついでに、ブレージュから急遽やってくる新しい警備隊駐在員に会うことにした。今回もまた一人だけやってくるということだ。理由は、
「大挙して押し寄せて村人を警戒させたくない」
ニームはそう語るが、どうも疑わしい。羊の放牧された芝生を囲む柵に、腰掛けるアルフレートへわたしは小声で話しかけた。
「本当だと思う?だって前任が二人いなくなって、まだそんな悠長なこと……」
そこでアルフレートが立ち上がる。
「だから彼等が来たんだろう。この事件が力で押さえつけるんじゃなく、頭脳戦になると踏んでる。それに押さえつけるだけの隊員が割けないんだ」
アルフレートは南を指差す。
「フィオーネにお偉いさんが集まってるって言ったな? それなら隊員はブレージュや南西側国境に集めて動かせないはずだ。それと」
今度は北東方面を指差した。
「こっちはお前も知ってるはずだぞ?」
「は?」と間抜けな返事をするわたしを無視してアルフレートは勝手に続ける。
「サントリナ側の不穏な動きに北側の隊員は大部分が国境に集まっている。それに、ラグディスにはお隣の王子様がまともな警備も付けずにやって来てるらしいな?」
わたしの頭の中、少し前の日々に怒涛に起きた出来事が浮かんでいく。
「そ、それに対応する為に?」
「当たり前だろ? 王子に何かあったらそれこそ国際問題だ」
わたしはエミールの金髪を思い出す。なんか自分達で自分達の首絞めた感じになっちゃったような。サントリナの問題もここの事件もわたし達のせいではないのだけど。
しかしアルフレートの話だと、あのトカゲ五兄弟は数多くの警備隊員が来るよりも頭脳では有能だというような言い回しになってたけど、本当にそうなんだろうか。今の所その片鱗は見れていないわたしは、何とも不安な目で彼等が呑気に日に当たる姿を眺めてしまった。
「報告を受けてやって参りました」
一頭の馬に乗って現れた、青色のシャコー帽を被った隊員を見て思う。太い首と制服が破れそうな立派な体格、軽やかに馬から降りる動作を見ても、こっちの方が有能そうなんだけど。
「ご苦労」
わたしの気持ちなど知らずに、トカゲ達はエヘンと胸を張るのだった。