モクモクと集まる
「余計な動きはするなよ? 奴らの目的がわからん。まだ様子をみたい」
そう言いながら部屋を出るアルフレートにわたしは続く。
「わたしの話、信じるのね?」
夢だろ、と言われれば反論できない状況の話をすんなり信じるアルフレートに、わたしは結構嬉しかったりする。
「お前は出来損ないのくせに図々しいし気持ち悪い恋愛脳だが、嘘はつかない」
前言撤回、全然嬉しくない。キーっと掴みかかるわたしを手で制すると、アルフレートは廊下の窓から表を指差した。こっちは屋敷の東側に当たる。覗きこむと、荷台の大きな馬車が停まっていた。幌の部分に『芙蓉の香亭』とある。
「何あれ?」
「我々の食事だ。昨日も皿を取りに来てたんで気がついた」
食事を外部に頼んでいたのか。どうりで冷めているはずだ。スープくらい温め直してくれてもいいのに、と考えたりするが、あのメイドに余計な手を加えられる方が怖いかもしれない。
「執事や侍女なんて上級使用人がいるのに、料理人がいないなんてことあるか。この屋敷は異常だよ」
アルフレートの言葉にわたしも頷く。じゃあホルスとモーリン、彼らも何者なんだろう。普通に働いている善人です、とは考えにくい。全員が敵?と想像し、急に屋敷内の空気が粘り気のある不快なものに感じ、わたしは腕をさすった。
マリュレーの村へ向かう馬車の中、わたしはじっとヴィクトリアを見る。不機嫌そうに表の景色を見たり、たまにシリルに文句を言ったりしている。いつもの姿だ。幻術に嵌っていたり、精神に異常をきたしていたりといったようには見えない。アルフレートの肯定がなければ自分でも夢だったかも、と流してしまいそうだ。
それにしても教室内ではここまでいつも不機嫌そうじゃないんだけどな。やっぱりわたしがいるからだろうか。ローザ、アルフレートとも特に問題なく話しているし、イルヴァには同部屋を申し出るぐらいだ。イルヴァに比べたらわたしの方がまともな人間だと思っていたんだが……。
「まずは駐在所に行った方がいいわよね? カイは大丈夫なのかしら」
見えてきた村を前にローザが首を傾げた。結局、朝になっても戻っていなかったのだから、確かに心配だ。
「カイなら心配いらない。ピンチになるところを絶対に見せない男なんだ」
シリルはそう言うが、誰でもピンチにはなりたくないがなってしまうものなんだと思うけど。まあ彼なりの信頼の言葉なんだろう。
「二手に分かれない? ぞろぞろ行ってもあれだし」
わたしはそう提案してみる。昨日の出来事もある。慎重にいかなければならないはずだ。するとイルヴァが派手な模様のブリキ缶を出してくる。この前のとはまた別のお菓子だ。ハート型と『フルーツチョコレート』の文字がカラフルに踊っている。
「オレンジヨーグルト味とバナナ味が残ってます。ちょうど7個残ってますよ」
なるほど、くじ代わりにしてチーム分けか。……もっと普通の味が良かったと思うのは贅沢だろうか。
結果、オレンジヨーグルトを引いたのが、
「うげ、オレンジのチョコ?」
指先でチョコを嫌そうに摘み上げるヴィクトリア。
「まあまあイケる」
もぐもぐと口を動かすヘクター。かわいい。
「本当だ、思ったより悪くない」
味覚の再発見をしたわたし。そしてチョコを無言で表に放り投げたアルフレートの四人。一方、バナナ味が、
「バナナ味のお菓子って苦手なのよね」
顔をしかめるローザ。
「バナナはヴィッタ島、メリムデ地方、あとはパエルニスタでもとれるんだ」
意外とうるさい男、シリル。
「うーん、やっぱりチョコは『スパイス&レベッカ』ですねえ」
チョコを頬張り幸せそうなイルヴァ、の三人。案の定、
「ちょっと! この三人!? やり直させてよ!」
ローザが吠える。ちょっとかわいそうな気もするが、こっちはこっちで気まずい組み合わせでもある。しかし、
「キリないだろ、諦めろ」
と、アルフレートに一蹴されてしまった。
村の看板がきいきいと寂しげな音を立てる中、駐在所の前に立ち、わたし達は顔を見合わせる。こちらは駐在所に忍び込むチーム。ローザ達には昨日、回れなかった行方不明者の家族の家に行ってもらっている。駄目元で行ってみるという、つまらない仕事の方を押し付けてしまったようで申し訳ない。
「……カイはいないわね」
半ばわかってはいたのだが、わたしはそう言って仲間の反応を見る。
「どこか別のところで待ってるのかなあ、探さないと」
ヘクターの言葉にヴィクトリアは首を振った。
「どうせあの飲み屋じゃないの?いっつもマイペースな奴だもん」
そう言うと「私達も行かない?」などと言いながら、ヘクターの腕を取る。
「ちょっといい加減にしてよ、ヴィクトリア!」
わたしがヴィクトリアのローブを引っ張り、威嚇している横をアルフレートが素通りする。
「勝手に行け、私は忙しい」
あっさり言うと、さっさと駐在所の中に入っていく。ヴィクトリアが肩をすくめた。
「冗談なのに、こわぁ」
「冗談!? 冗談って白状したわね!?」
なおも食いつくわたしを無視してヴィクトリアも中へ入っていった。カッカした頭を振りつつわたしも続く。
「俺は見張りに残るよ。あいつが来ないとも限らない」
ヘクターの言葉に、わたしは振り返り頷いた。そして思いつく。ジョセフが殺されたのは、あの獣人の成り行きじゃなく、何かもっと重要な何かを知っていたジョセフの、口封じのためだったら?そんな重大な何かを掴んでいる人物には見えなかったが、本人も気づいていない何かを知らぬうちに掴んでいたんだとしたら。ぞわりとし、わたしは村を見る。暗雲に覆われ、今日も薄暗い中を農夫と羊が歩いていた。飼葉がチリチリと舞う中から、ハーネルが飛び出してきそうだった。
「ちょっと、どういうことよ!」
ヴィクトリアの声にびくりとし、わたしは慌てて駐在所内に入る。ジョセフが座っていたくたびれた感のある椅子を見ると切なくなった。それを通り越し、奥の部屋に向かう。踏み込むとそこは住居になっているようだった。簡単な設備だけのようだが、ベッドもあるし棚、水場、保冷箱もある。
「私に聞かれても知るか。全く、どこがピンチにならない男なんだ?」
アルフレートが言いながらわたしに何かを投げてきた。受け取ったものは万年筆だ。クリップ部分に一枚の羊皮紙が挟み込まれている。そこには、
「『仲間は預かった。至急、マナーハウスまで来られよ』……これって敵に捕まっちゃったってこと!?」
わたしは仲間の顔を見た。アルフレートは首を振る。
「さあね、敵かどうかはわからん。『返して欲しくば……』なんていう交換条件がない。ただ我々に会いたいだけかもしれん。とりあえず行ってみるぞ」
「行ってみるって、ローザちゃん達と合流しないでいいの? ……ってもう!」
人の話を聞かずにさっさと行ってしまうアルフレートにわたしは舌打ちする。それをヴィクトリアも追いかけて行ってしまった。
「どうしたの?」
早足の三人を見ながらヘクターが聞いてくる。わたしは彼に手短に説明すると、羊皮紙を万年筆ごとポーチに突っ込んだ。
「突っ込んで行って大丈夫なのか?」
ヘクターが当然の疑問を投げかけるが、泥濘む道を先に行くアルフレートは肩をすくめただけだった。ヴィクトリアなんぞ歩き続けるだけで振り向きもしない。あなたのお仲間なんですけど、心配じゃないの?と聞きたい。
やがて見えてきた荘園主の館に、アルフレートが指をさす。目を薄めてみると、館の前に小さな生き物がポツンと佇むのが見て取れた。
「あ、あれって……」
どこか見覚えがある姿にわたしは駆け足になった。扉の前の生き物も近づくわたし達に気づいたのか、大きな瞳をギョロギョロ動かす。
「大食い女でねか」
「どんどん話広げないでよ!」
妙に愛嬌のある横長の顔のトカゲ族はわたしの突っ込みにびくりとした。話し方からして『兄者』と呼ばれていたやつだ。モクモク族だっけ。
「お、お、脅かしても仲間は解放しないでよ。は、は、話しを聞いてからでよ」
ビクビクする長兄(?)にわたし達は顔を見合わせる。わたし達の話を聞きたいと?というかカイはこんな弱々しい種族に捕まったんだろうか。
おっかなびっくり手招きするトカゲ族についてマナーハウス内に入る。ひんやりした室内、妙に楽しそうな話し声が聞こえた。向かっているのはその声のする方である。「入れ」と手で示された部屋は昨日、わたし達が話し合いに利用した部屋だった。
「ちょっと、カイ!」
ヴィクトリアが抗議の声を上げる先、床にあぐらをかいたカイが呑気に手を挙げた。周りには残りのモクモク族がいる。全員でトランプに興じていたようだ。カードとコインが散らばっている。
「おー、お早いお着きで」
のんびりした声で答えたカイだったが、睨むわたしとヴィクトリアの顔に気づいたのか、説明を始める。
「俺らの話を聞きたいって言うんだけどさ、勝手にペラペラしゃべっていいもんかわかんねえし、それ言ったら『黙秘というなら一緒に来い』ってここに連れてこられたんだ」
カイの顔を見て思う。強制的に、というより面白がってついて来たんだな?
「それで、なぜ我々の話を聞きたいんだ?」
アルフレートの問いにはカードを扇状に持ったトカゲが答える。
「我々は『ローラス警備隊広域捜査部』だ。そう言えばここに何をしに来ているのかお分かりかな?」
長兄と違って随分気取った話し方をする。しかし縦長の瞳孔を動かすこの異種族が、何やら聞いた事のない役職のお偉いさんだとは。
「名前からして単なる駐在員とは違うみたいね?」
わたしの問いに五人は揃ってこくこくと頷いている。わたしは質問を続ける。
「その、単なる警備隊ではないあなた達が来るほど、ここはまずい状況だと思っていいのかしら?」
「その通り、前駐在員からの報告で失踪者が出ているのは分かっていたが、その報告をした肝心の駐在員が消された可能性がある。なぜなら通常は後任との引き継ぎを終わらせた後、本部に帰り細やかな報告書を出さねばならない。それが成されぬまま、彼の足取りはぱったり消えてしまった。これは由々しき事態である。警備隊が消されたというのは『地域を守るべくいる存在を、邪魔だと思う者が存在する』という意味だからだ」
長々とした講釈を終え、トカゲはエヘン、と胸を張る。見かけのせいかあまり気には触らないが、本当に任せられるのか疑問ではある。
「後任が一人だけだったのは何でなの?事件があったのは分かってたのに」
わたしからの非難にトカゲ達は顔を見合わせる。プシュプシュと鼻を鳴らした後、先程のトカゲが再び口を開いた。
「彼はとりあえずの派遣だったのだ。彼が代わりに村に入った後、前任のフレオから詳しい話を聞き、動きを決める予定だった。まさか駐在員が狙われるような凶悪事件だとは認識していなかったものでな。ぐずぐずしてる間に記者には嗅ぎつけられるわ、噂が先行してすっかり村を訪れる者がいなくなるわで、村人も迷惑している者が大半なのだ。だが今は違う。よって我々がここにいるのだ」
一応、論理立ってはいるかなと思う。わたしはアルフレートの顔を見た。
「つまり捜査の一環として話を聞かせろ、と。我々への見返りはなんだ?」
何やら含みのある言い方に、トカゲ達はまた顔を見合わせる。肩を竦めたり、首を振る仕草を見せた後にアルフレートに向き直った。
「見て分かると思うが、我々は潜入と捜査に特化した隊員である。そして武力は無い。その面で協力願えないだろうか?」
「つまり護衛か?」
「そうだ。そして見返りは我々からも情報を出すこと。つまり協力関係を申し入れたい。警備隊内部の情報は伝えられないが、事件の情報はお伝えしよう。……後は君らが村に滞在することを許可する」
後半は言いにくそうであった。つまり彼等としても『許可しよう』なんつー偉そうなことは言いたく無いが、警備隊という立場上、そう言わなくてはならないわけか。色々引っかかるところはあるものの、今の所わたし達にマイナス要素はない。
「アルフレート・ロイエンタールだ」
話を受けた、という印にアルフレートが握手の手を差し出す。ヘクター、ヴィクトリアもそれに続き、トカゲ達との握手大会になる。
「リジア・ファウラーよ」
わたしの名前を伝えると、代わりに彼等が名前を口にし出す。
「ニーム」
「スーパ」
「ヌーグ」
「リズウ」
「ミマ」
全員同じ容姿な上に聞きなれない音の名前。わたしは脳を通過していく紹介にひきつる。
「お、覚えていたら呼ばせてもらうわ」
そう答え、小さくひんやりする手と握手した。
「さて」
かしこまった口調のニームがみんなの顔を見回した。
「君らは州議会員アーロン・クレイトン氏の館にいるな?よければ案内してもらえないだろうか」
それを許可するのはヴィクトリアになるだろう。わたし、ヘクター、アルフレートと順にヴィクトリアを見ると、彼女は肩をすくめた。
「いいんじゃないの? 伯父様はいないわけだけど」
領主の不在を聞き、トカゲ達はまた顔を見合わせる。が、「構わない」と頷いた。
「向かうのは教会に行ってからでいいかしら。ジョセフを埋葬するのに立ち会いたいの」
わたしの申し出にはもちろんとばかりに大きな頷きが返ってくる。これで奇妙な一団が出来上がったわけだ。
部屋をぞろぞろと出ようとする中にヴィクトリアが入ろうとしない。ボンヤリと天井を眺める彼女にカイが呼びかけた。
「どうした? 眠いのかよ」
それに対し気だるそうに反応すると、ヴィクトリアは無言でわたし達の後に続いた。




