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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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真夜中の訪問

 ベッドに腰掛け、足を伸ばす。隣のベッドで同じ仕草をするローザにわたしは声をかけた。

「今日は本当にお疲れ様」

 ローザは憂いを混ぜたような笑みで首を振る。

「あたしもまだまだね……。初めから助けられない状態なのはわかっていたんだけど、動揺を引きずっちゃったわ」

「そんなの誰でもそうだよ。というか……慣れてはいけないことだと思う」

 人の、生き物の死に対して麻痺してしまう、というのは人が人であることとして一番避けなければいけないことではないのか、と思うのだ。冒険者なんて道を選んだ時点で、そんなのは甘い考えなのかもしれない。でもわたしの考えはそうだった。

「でもね、あたしは神官でありパーティーの治癒者なの。一番慈悲深い人間でいなきゃいけないのと同時に、ああいう場で一番冷静で、ある時には冷徹でもいなきゃいけないと思うのよ。矛盾してるけど、そうだと思うの」

 淡々と語るローザの横顔は美しい。やっぱりあの学園長の息子、いや娘だなあと思う。

「しかしまあ、あのハーネルって獣人が出てきちゃうとはね」

 寝支度に入りながらローザがこぼす。マッサージオイルのいい匂いが広がった。手も足も女のわたし以上に手間を掛けられ、綺麗である。

「サイヴァ教が関わってくるのは避けられなくなっちゃった、ってことよ」

 言いながら、わたしは枕を背もたれにヘッドボードへ凭れかかる。深いため息と共に出した言葉は自分への喚起も含まれていた。

「……でもあの『楡の木会』の男達は白ローブだったわよね?」

 顔のマッサージに入りながらローザがこちらを見た。わたしも首をひねる。

「うーん、そうなのよ。やっぱり関係なかったってことなのかなあ」

 サイヴァ教といえば深い青、藍色がシンボルカラーだ。闇に紛れれば一見、黒に見えるこの色は気づけば周囲に溶け込み、混沌をばらまいていく彼らによく合った色だと思う。

「ああいった新しい主義主張を掲げる団体はより過激に、より厳しくなっていきがちなのよ。そういう流れをサイヴァ教信者達に付け込まれたっていう線も捨てきれないわよ」

 ローザの、ともすれば他宗教への批判のように聞こえる発言に、わたしは頷くのをためらう。生ぬるい、といった表情を読まれていたのか、ローザが睨んできた。

「何よ、その顔……身内擁護じゃないけどね、フローみたいに古い神々はやっぱりそれだけ年月かけて宗教自体がこなれてきてるのよ。それだけ高レベルの神官達も多くなるわけだしね。だから間違いも少ないわけ」

「なるほどなるほど」

 そういう説明を聞くと納得せざるを得ない。六大神のように人間と長い間、関わり深い神の方が、こちらのことをよくご存知、とも言える。ローザちゃん始め、信仰者も身なりから振舞いまできちんとした人の多いイメージもある。迷いや煩悩の多いわたしは、少しは神の教えに触れた方がいいのかしれない。




 ふ、と目が覚める。直前に見ていた夢も覚えていないほど、急激な目の冴えに自分でもびっくりする。窓の外の気配を探るが、どう見てもまだ夜明け前である。つまり夜中だ。

 うわ、嫌だな。そう考えながら頬をこすった。よりによってなぜこの屋敷でこんな展開になるんだ。しかしトイレに行きたいようなこともないし、あるのは少々の喉の渇きだけだった。それぐらいなら自前の水筒で済む。

 カバンを手繰り寄せ、括り付けていた水筒を外す。行儀悪くベッドの上であぐらをかいたまま水を飲み干した時だった。トントン、ノックの音がし、わたしはむせ返りそうになる。

「誰よ……もう」

 自分にしか聞こえないレベルのつぶやき声で罵倒し、靴を探す。扉に向かうべく立ち上がろうとしたところで、頭に嫌な光景を思い浮かべる。クレイトンの姉妹が目を光らせて立っていたらどうしよう。一方で別の考えも浮かぶ。……ヘクターだったら?眠れないから話し相手が欲しいとか、そんな展開もあるかもしれない。そうだ、そうかもしれない。無いとは言い切れない。

 心のどこかでは「んなことあるか」とわかっていつつも、気になると確かめずにはいられない。そろそろと忍び足で近づき、扉に手をかける。ローザを起こして一緒に出てもらう、という考えも浮かぶが、表にいるのがヘクターだったらもったい無い。ノブを回す瞬間、また姉妹達が目を赤く発光させながら立っている光景を浮かべてしまい、全身に鳥肌が立つ。が、すでに回し始めていた手を止めることはできなかった。

「……はい?」

 そろそろと開くドアの隙間から廊下の景色を視覚に入れていく。目の前に立っていた人物の全身像が見えると、わたしはびくりとして後ずさりしそうになった。

「ヴィ、ヴィクトリア」

 真っ白の顔のピンク髪女が立っているのだからビビりたくもなる。まさかわたしとローザの部屋に訪ねてくるなんて、夢遊病じゃないわよね?表情のない、陶器のような顔と昼間と同じ装い。着替えなかったようだ。

「何よ、どうしたの?」

 全部を言い終わる前に、わたしは肩を掴まれた。弱々しくだが、先ほど以上にびくりと体を震わせてしまった。

「あんな人達知らない」

「え?」

 わたしの肩を掴むヴィクトリアの手は微かに震えていた。唇は青く、顔全体も紙のように白い。

「知らないのよ、知らない人なの。伯父一家はあんな人達じゃなかった! 誰なの、あの人達……」

 囁くような小声だが、喚くような口調は、こっちが責められている気がしてしまう。だが彼女の動揺具合にこちらも慌ててしまった。

「落ち着いて! それ、確かなの?」

 わたしが言うとヴィクトリアはピタリと動きを止める。

「……チケットの話、聞いてなかったの?」

 榛色の瞳が上目遣いでこちらを見る。チケット?わたしがもう一度尋ねようとした時だった。

「ヴィクトリア」

 後ろからの声にわたし、そしてヴィクトリアも飛び上がり、体を硬直させる。ギギギ、と音でも立てそうなほどぎこちなく廊下の方へ目を向けていった。

 ヴィクトリアの後ろ、廊下にいたのはウェンディだった。手に持ったランプの光に照らされて、影がゆらゆらと揺れている。小刻みなその揺れは、何かの魔術に嵌められる錯覚がした。

「こんな夜中にお友達の部屋に行くのは良くないわよ。さ、もう寝ましょう」

 一瞬の間の後、ヴィクトリアはすんなりとウェンディの言葉に従う素振りを見せる。驚いたわたしは思わず声をかけた。

「ちょっと、ヴィクトリア……」

「話しかけないでよ、出来損ない」

 冷えた目がこちらを睨む。彼女の腕を取ろうとした自分の手が止まった。吐き掛けられた言葉によって、わたしは一気に無気力感に襲われる。そのままゆったりと去っていく二人。ヴィクトリアの背中に手を当て、なだめるような仕草のウェンディと素直に歩くヴィクトリアを見送ると、わたしは扉を閉めた。

「な、何なのよ。何なの?」

 このままではよくないことはわかっているのだが、ヴィクトリアから言われた言葉がぐるぐると頭を回り、深く物事を考えられない。不自然なほど沸き立つ頭に疲れ、次に襲ってきたのは強烈な睡魔だった。

「何なのよ……」

 わたしを振り回さないで、その言葉は口から出せなかった。そのままわたしはベッドに倒れ込むと、眠りに落ちていった。




 目が覚めるときちんと布団に入ってる自分に気づく。腹筋をフル稼働させて飛び起き、自分の体、脱ぎ捨てたはずのブーツ、閉めたか曖昧なドアを順に見た。着衣に不自然なほどの乱れはないし、ブーツはきちんと揃ってはいないものの両足同じ場所にある。ドアは閉まっているが、隣のローザがすでにローブを着込んだ姿で立っているので彼女が閉めたのかもしれない。

「ドア、閉まってた?」

「は? 閉まってたわよ。……なんかすごい顔してるけど、大丈夫?」

 ローザの返事を聞き、わたしは顔を触る。少し寝汗をかいていた。昨夜のことを少しずつ思い出していき、比例してじわじわと不安が広がる。ヴィクトリアはどうなったの!?

 ローブを羽織るとわたしは廊下に飛び出した。途端に目に入り込む男女の姿。わたし達の部屋の前をわざわざ選び、真ん前で会話をするヴィクトリアとヘクターがいた。わたしの顔を見るなりにやっと挑発的な笑顔を見せ、ヴィクトリアはヘクターと離れる。

「じゃあ、『約束』覚えておいてね!」

 わざとらしいセリフとともに廊下を去っていくヴィクトリア。わたしは呆気にとられた後、ヘクターと目が合った。

「えっと、なんていうか……大したことじゃないんだ」

 困り顔のヘクターにわたしは呻く、

「うん、わたしには関係ないし」

 言った途端にぽろっと涙が出る。本当にぽろっと溢れてしまった。彼に見られないよう慌てて後ろを向き、前髪を触る仕草をして目元を隠す。すると、

「泣かせたわね」

 怒りのラミアのような顔に逆立つ髪を見せたローザがヘクターを睨んでいた。

「いや、ちょっと……」

「言い訳無用よオカマパーンチ!」

 ボコッ、と結構な音を立て、ローザの猫パンチがヘクターにクリーンヒットする。真っ赤な顔でヘクターを叩き続けるローザと、「ごめんごめん」と言いながらそれを受けるヘクターの間に必死に入りながら、わたしはヴィクトリアのことを考えずにはいられなかった。

 あの昨日までと同じです、という態度は何なんだろう。ここまでだと昨夜のことはやっぱり夢だったと疑いたくなる。突然の目の冴えも、ヴィクトリアがよりによってわたしを訪ねてくるなんてことも、クレイトンの人々が「偽物」だということも、すべてわたしの妄想、願望?

 そこへ珍しく朝からさっぱりした顔をして現れたのはアルフレートだった。わたしにおいでおいでをしながらニッコリと笑っている。恐怖を感じずにはいられない。

「色々楽しいお話しようか、お嬢ちゃん?」

 わたしにはお話はないです……と答えたくなる不気味な笑みに、わたしは顔を引きつらせるだけだった。




「なんでそう、面白そうな展開はお前のところに行くんだ」

 アルフレートがむすっと答える。昨夜の夢……かと思うような話を聞き終えた反応である。わたしは口を尖らせた後、部屋のベッドを指差した。

「ねー、これヘクターのベッド?」

「枕の匂い嗅ぐなよ? 気持ち悪い女め」

「し、しないわよ、そんなこと」

 そんな会話に、みんなには先に下へ行っていてもらってよかった、と心底思う。アルフレート達の部屋を見回しながら、わたしは彼の言葉を待った。

「チケットの話、って言ったんだな?」

「そう、なんか覚えある?」

「ある、私に覚えがないことなど無い。夕食の時のだな」

 あ、とわたしも手を叩く。そういえばチケットのお礼してたんだっけ。

「街道バスのチケットの話だな。伯父に送ってもらった、と乗る前にも言っていた。それのお礼をしたんだ。ズボラで気の利かない学者の伯父に代わって、気配りを見せてくれた伯母にね」

「それ、全部予想じゃ無い」

「そうだ、予想でしか無い。だが、あのお嬢さんは動揺していた。そしてチケットの話で『目の前の親戚家族は偽物だ』と気付いた。なぜか? 伯母の返事が『楽しめた?』という少々ずれたものだったからだ」

「……観劇か何かのチケットの話だと思ったのよ」

 ようやく話の飲み込めたわたしはそう推測し、エルフの頷きをもらう。

「問題は直後に現れた長女が、お前たちに何をしたのかってことだ」

「やっぱり何かされたの? 不自然に気持ちが乱れて、眠りに入った記憶もないし不自然だったのよ」

「精神的な攻撃か、幻術の類か……。どっちにしろ『出来損ない』とはいえソーサラー二人に気づかれず、詠唱もなしにやるとはね。只者じゃないな」

 ふむふむ、と推理を続けるアルフレートを、

「どうしてそう人の傷を抉らないと気が済まないのよ……」

わたしは胸の辺りを押さえつつ、睨んだ。

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