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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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黒、再び

「これ、本物かしらね」

 教えられた店の前、看板代わりなのか鎮座している大きな竜の爪に首をかしげる。湾曲したそれはわたしの背丈はあり、獣を狩るのに長けた鋭利さを見せている。漆黒で、ところどころ欠けたり剥げたりしているのはリアルさを出すためか、作りが粗いのかどちらかだろう。

「本物なもんか。本物だったらお前の家が100軒建つ値段が付くぞ」

 アルフレートのツッコミに思う。それは驚かすために大げさに言ってるのか、我が家を馬鹿にしてるのかどっちだろう。……まさか本当じゃないわよね?

「入るぜ」

 そう言ってカイが店の扉に手を掛けた。古い木材を使用した良い趣のものだ。手入れが良いのか大した軋みも立てずに開いていった。覗いた店内は表から見た様子よりもだいぶ狭い。裏が住居になっているのかもしれない。

「いらっしゃい」

 入る前に不快感の無い、軽快な声が聞こえてきた。吊棚に酒瓶が並ぶ店内、カウンターテーブルを拭きながら出迎えてくれたのはまだ若い店主だ。三十を過ぎたばかり、といったところか。黒髪の長髪をきっちりと結い、白のシャツに黒ズボンという清潔感ある出で立ち。ぞろぞろと入ってきた冒険者の卵たちに少し目を丸くしていたが、すぐに人懐こい笑顔を見せてくれた。

「昼食かい? ついてるね、オウグの肉が入ってきたばっかりなんだ」

 その言葉に尻尾を揺らめかせながらフロロがカウンター席に飛び乗る。

「いいねえ、煮込みでもステーキでも大好きだ。……ところでマスターもウェリスペルトの人だって聞いて、来てみたんだよね」

「ああ、学園の生徒さんか。どうりで若いと思った。じゃあ安く提供しないとなあ、学生からは儲けにくい」

 そう言って店主は笑ったが、アルフレートの耳を見てギョッとする。

「へえー、最近じゃエルフまでいるのか。学園も進化したもんだなあ」

「もしかしてマスター、元同業者?」

 カイの質問には苦笑しながら頷く。

「まとまった報酬手に入れて、足洗っちゃったけどな。ご明察通り、元同業だよ」

 へえ……そんな報酬受けるくらい良い腕の冒険者が、足を洗って田舎暮らしか。と不思議に思ったのだが、彼がカウンター内を動く足音を聞いて理解する。カツカツと軽いが響く音と、靴底を擦るような鈍い音が交互にする。片足が義足なのだ。

「同郷、同業のよしみで色々聞きたいんだがいいかな」

 アルフレートがにこやかに言いながら座ると、カウンターの上で腕を組む。店主は氷を詰め込んだ木箱から肉を取り出しながら「何かな?」と微笑んだ。

「村人が行っている鈴のような音を出し合う合図と、前任の警備隊員がなぜ殺されたか知っていないか?」

 その言葉に室内が静まり返る。息を飲んだのは店主だけじゃない。わたし達もだった。

「まーた勝手にぶっ込んできやがった」

と、フロロが苦笑する。相変わらず涼しい顔のアルフレートにわたしは慌てて詰め寄った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、前に来てた駐在員は殺されちゃってるってこと? 誰に……まさか村の人を疑ってる?」

「警備隊をどれだけ無能の集団だと思っているのか知らないが、後任も待たずに逃げてくなんてことはないだろう。後任が一人なのはなぜだ?まともな報告もされていないんだよ。多分、首都の警備隊本部には失踪事件の『噂』段階の話しか行っていない。村から警備の要請自体、出てないと予想するね」

「……あんたら何者なんだ? 本当に学生か?」

 店主の態度には一気に警戒の色が出る。まずいのではないか。しかし、

「単なる切れ者のエルフとその仲間達だ」

 アルフレートの返答にわたし達は全員彼を睨み、店主は笑った。

「なるほどね、それでこの店に来たってわけか。ジョセフ……今の駐在員な? 随分怖がってるからな、この村はおかしいって。まあ座れよ」

 促され、残りのメンバーもテーブル席に着く。我々だけで狭い店内は満席となってしまった。

「かわいい後輩達には是非とも協力したいんだが、残念ながらその二つの質問とも答えは知らないんだ」

 店主はコップを並べながら続ける。

「夜になると村の人が見回りにうろついてるのは知ってる。その時間帯になるとどこからか笛みたいな音がするのも本当だ。ただ意味は知らないな。考えたこともなかった。てっきり見回りを周知させてる音だと思ってたから。しかし……」

 そこで区切ると、言い淀む。

「……前任の駐在の男が急にいなくなったのは変だな、とは思ってた。それに代わりに来たジョセフは、言っちゃ悪いが前任の男よりも、その、使えない男だ。良い奴ではあるんだけどね。前任の男は無愛想だけど、きちんと村人の人数と顔も把握していたし、何より見張りとしては優秀だった。それが、事態は悪化してる」

「あんたが言いたいのは『村が故意に隔絶されつつあるんじゃないか』ってこと?」

 カイはそう言うと、カウンターテーブルに置かれたオレンジにナイフを立て、代わりにコインをテーブルに置いた。店主はそれを拾いつつ頷く。

「まあそういうことだ。後任が来てるんだから国に報告はいってるもんだと思ってたが、確かにエルフさんの言う通りかもしれないな。それに、確かに変だしな、この村」

「例えば?」

 わたしが聞くと店主は調理の手を止めた。考える素振りが続く。

「……まず活動時間が遅い。農家や畜産やってる家なのにな。あとは領主の顔が見えない。俺が見たことがない、って意味じゃなく、人から聞いた話がバラバラで、イメージがどうも固まらないんだ」

 それに対し、ヴィクトリアが立ち上がる。混乱するように手を振った。

「えっ、どういうことよ、それ。領主って州議会員のアーロン・クレイトンのことでしょう? どうして話がバラバラなのよ。伯父様は一人よ?」

「そうそう、クレイトン議員な。この店に来る客の中にも何人か領主に会ったことのある人がいるんだけど、話を聞くとどうも食い違うんだよ。見た目とか雰囲気の話とか」

 ヴィクトリアの顔が心なしか青ざめ、表情がなくなる。わたしも嫌な予感がしてしまう。クレイトン卿にはわたし達だって会っていないのだ。

「卿はどんな人間だ?」

 アルフレートがヴィクトリアに尋ねる。彼女の眉間に皺が寄った。

「うちはみんなそうなんだけど、背が高くて痩せ型、優しそうというかぼんやりした雰囲気よ」

「でもあんたが会ったのって八年も前なんだろ?」

 フロロの突っ込みに、ヴィクトリアは言い返そうとした口元が動かないまま、黙ってしまった。カイが店主に向き直る。

「他に何か無いか?」

「あとはやっぱりいなくなった人間に対して淡白すぎる。息子が消えたって家の親父さんに話しかけても『はあ……』で終わっちゃうしな。まあ田舎の風習に戸惑うことは多いし、細かいこと言ったらキリないけど、俺には親切なんだよ。だから悪くは言いにくい。前任の駐在員が消されちまったなんてことも頷けないね。ただ俺も怪しんではいる。だってどこにもいないんだから」

 親切、とはまた意外な感想だ。移住してきた若店主と余所者である駐在員との扱いの差だろうか。にしても、孤立していく村の状況は不気味だ。姿が見えない領主、噂だけが先行し、警備隊の数は増えない。……もしかしてこれって線で繋がる話なんじゃないの?

「とりあえず食って行ってくれよ」

 店主が皿を出し、オーブンに火をつけ始めた。その仕草にアルフレートが言った。

「私には軽めの物にしてくれ。……そうそう、村にケチな泥棒がうろついてると聞いたんだ。君も気をつけたまえ」

 急な話題の転換に店主は戸惑った顔をしつつも、

「ありがとう、そうするよ」

 そう言って再び微笑んだ。




 フロロが自分のぽこんと出たお腹を撫でる。

「期待してなかったけどうまかったなあ。肉の焼き加減最高だったぜ」

「期待してたほど話は聞けなかったけどな」

 カイは小石を蹴飛ばす。飛んで行ったそれは一本の柱にぶつかって、また道に転がった。

「お、これかあ」

 ヘクターが柱を見上げる。子供の胴回りくらいの太さの、灰色に色あせた木製の柱。同じ物が4本正方形に立っている。上に括り付けられた見張り台は、高い建物がほとんど無いこの村で、一番の高さを誇るに違いない。ただ上り下りに使うのはロープの梯子であったり、強めの風にも負けてしまいそうな作りといい、使用には勇気が要りそうだ。隣にあるこれまた頼りない支柱と釣鐘に近付く。腕を伸ばせばわたしでも鐘の部分に手が届いた。大きな音は立てないよう、軽めに指で弾いてみる。

「これは笛の音ではないわよね……」

 見た目通り鈍い音を立てる鐘に、わたしは呟いた。そこに、

「伯父様は、本当にフィオーネにいるのよね」

と、不安げな声を漏らしたのはヴィクトリアだった。全員が彼女を見る。が、なかなか声がかからない。なんと言うべきか迷う空気をありありと感じた。

 本当にフィオーネにいるのか。いる、そう言ったのはクレイトン夫人だ。嘘だったとしたら、それは何を意味するのか。なぜ夫人が嘘をつくのか。そもそもが『あれは本当にクレイトン一家なのか』。聞きたいが聞けない。なぜなら今の所ヴィクトリアからあの家族を怪しむような態度は見られないし、それにヴィクトリアと話す事自体が気まずい。

「フィオーネじゃないとすればどこにいるんだ?」

 シリルの質問は本当に不思議そうであった。そもそもなぜそんな疑問を持つのかわからない、という顔。これにはフロロ、ローザ、わたしと順にため息をつく。

「あのねえ……」

 ローザがそう言いかけた時だった。

「おーい」

 そんな声と重い足音、チャリチャリという鎖の音がする。村の入り口方向から駆けてくるのは、先ほどの警備隊員ジョセフだった。

「あんたらに言い忘れてたことがあったんだよ……」

 ジョセフがこちらにそんな言葉を掛けてきた次の瞬間、彼の元に黒い影がフワリと落ちたように見えた。一瞬、何が起きたかわからないでいたが、ヴィクトリアの悲鳴が響き渡り、わたしの肌も泡立つ。

 ジョセフの体の真ん中から伸びる黄金色の剣と飛び散る血しぶき、ジョセフの苦悶に満ちた顔。ヘクターとシリルが抜き身の剣を、イルヴァがウォーハンマーを手に飛び出して行く。ジョセフが道に崩れ落ちて、ようやくわたしは何が起きたのか理解する始末だった。

 ジョセフの後ろに立っていた男はヘクター、シリルの斬りつけを、イルヴァの頭への攻撃を続けて跳ね除けると、後ろへ飛んだ。そして口元に笑みを作り、

「会いたかったぜ?」

と言いながら、不器用なウインクを見せる。それは漆黒の肌に皮の胸当てをし、隆起した筋肉を見せつける獣人。黒豹男のハーネルだった。ミーナの護衛中、襲いかかってきた謎の男。仲間のゴルテオの姿はないが、なぜ彼がここにいるのかわからない。

「さすが、ヤバイ知り合いがいるんだな」

 茶化した言葉を吐くカイも太腿に差したダガーを引き抜き、既に斬り合いの始まった戦士達の方へ駆けていく。そして倒れるジョセフを指差した。それに弾かれたようにローザが反応する。わたしも一緒に駆け出した。

「しっかり!」

 そう言ってしゃがみこんだローザだったが、酷い血溜まりとジョセフの様子を見るなり「これは……」と呟いたまま無言になってしまった。それでも神聖魔法は唱え始める。

「ウィンド・プロテクション!」

 意味は無いかもしれないが、一応わたしは風の防護の呪文をローザとわたし、ジョセフを中心に張る。ジョセフはピクリとも動かず、ローザの必死の詠唱と、彼女に集まる光の粒だけが時間の流れを見せていた。

「な、なんなのあの人……、なんでこの人刺されちゃったのよ」

 涙目でこちらを見るヴィクトリアに、わたしは何て答えたらいいのかわからない。そんなのこっちが聞きたい。

「グラウ・アーバレスト」

 低音の詠唱の声の後、わたしの身長程の灰色の矢が次々と道に突き刺さる。土の地面に漆黒の輪を描き、沸き立たせて消える。アルフレートの援護も普段以上に本気だ。だがハーネルを狙えば仲間が巻き込まれる。後衛側に来ないよう牽制するぐらいしか意味はないようだった。

「あの馬鹿な兄ちゃんはいないのか!?」

 ヘクターの剣をなぎ払いながらハーネルは嬉しそうな声を上げる。返事をしないヘクターの代わりにフロロが答えた。

「緑頭の兄ちゃんはいないぜ! だから帰れよ!」

 フロロの投げたナイフも空を切り、道に転がる。ハーネルは三人の戦士の攻撃を全て黄金の剣一本で弾いていく。

「そうかあ! あいつ面白かったんだけどなあ、まあいいか!」

 そこで大きく腕を振りかぶると、素早くヘクターへ振り下ろす。大きな鋼の衝突音の後、ヘクターの体が草地へ飛び、わたしは小さく悲鳴を上げた。木の柵に叩きつけられ、木板が破壊される乾いた音が響き渡る。

 イルヴァのウォーハンマーがハーネルに伸びる。体を捩るようにし、避けられるが空気を斬るだけで大きな音を立てる。これにはハーネルも嬉しそうに笑った。

「あんたも面白そうだな! この前はやり合う機会なかったけどよ!」

 イルヴァも返事はしない。いや、みんな出来ないのだ。わたしでは目に追うだけで精一杯な動きをしながら、大声で楽しそうに話す黒豹男が異常なのだ。

 イルヴァが再びハンマーを振り下ろし、未舗装の道に穴を作る。ハーネルが飛び散る泥を避けながら飛び、そこへシリルが剣を突き出した。それをまさしく猫のような体の柔らかさで避ける。

 すでにこちらの戦士達の息が上がっているのに気付き、わたしは唾を飲み込んだ。このままじゃ化け物に一人ずつやられていくだけだ。

 そう考えた時、

「何してんだ!」

 スコップを振り上げながらやってくるのは、村人の一人らしい。顔を赤くしてヘクターが当たって壊れた柵を指差しながら何か言っている。ここの牧地の持ち主らしい。

 そちらに目を奪われたのは一瞬だったはずなのだが、

「第一ラウンドはここまでかな」

 そんな笑い声に振り返ると、すでに村の外れにある森に立っているハーネルがいた。

「またな」

 そう言いながら霧にまぎれて消えていく獣人を、誰も追いかけられない。あっという間の出来事と、あっけない幕切れに茫然とするだけだ。

「ごめん」

 ローザがそう呟きながら立ち上がる。その顔は青白い。傍に横たわるジョセフは衣服を綺麗に整えられ、胸の上で手を組んでいる。が、身動き一つせずに目を閉じたままだ。ローザの謝罪の意味がわかったわたしは静かに目を閉じ、彼に祈りを捧げた。仲間もみんなこちらに集まってくるが、誰もローザを責めたりはしないはずだった。

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