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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第一話 探せ!ぼくらのリーダー
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落ちた先は

 四人に減ってしまっただけで随分と寂しい気分になる。一番うるさい二人が抜けてしまったからかもしれない。ふと湧いた不安を口に出さないようにしていたのだが、

「……このまま徐々に人数減っていくとか嫌よ!?」

 ローザにそのままを言われてしまい、わたしは顔を歪めた。

 引っ付くわたしとローザを挟むようにイルヴァとヘクターが歩く。暗がりの道をのろのろと進んでいくと、小部屋のようなところへ出た。扉も無く、今までの道より少しばかり開けた程度である。

「行き止まりみたいね」

 ローザが周りを見回し言った。無論窓も無く、明かりはわたしの「ライト」のみ。意図の分からない不気味な部屋の奥に、何やらわたしの身長ほどの石像が見える。

 ちょっと大きなお屋敷の門などで見られるようなガーゴイルの石像。本の中ではよく近づくと石化が解けて翼の生えた怪物が暴れ出したりするが、目の前のそれは特に魔力も感じない。しかし口に加えた水晶玉が『いかにも』である。

 行き止まりにある仕掛け、なんて気になるところだけどシーフであるフロロがいない今、余計なことはしないにかぎる。

「さっきのところまで戻りましょ、分かれ道があったんだし」

 わたしがそう言って踵を返した時だった。

「これって何でしょうねー」

 後ろから聞こえるイルヴァの台詞に、嫌な予感がして振り返る。

「ちょっとまっ……!」

 躊躇無く水晶玉に手を伸ばすイルヴァを止めようと踏み出すが、時既に遅し。ガコン!という音と共に足元が消える。水晶玉を手に持ち首を傾げるイルヴァを見たのが最後、わたしの体は浮遊感に襲われた。

「イイイイイルヴァのばかーーーーー!!!」

 声に出ていたかは分からないが、わたしは絶叫しつつ奈落の底へと沈んで行った。



 激しく体を打ち付ける。痛みを感じるよりも早く、何かに飲み込まれたような感覚に目を見開いた。何も見えない。そして目を襲う不快感。体中に纏わりつく温いものには覚えがある。水だ!と気付くが思い切り飲み込んでしまった。

 一気に苦しくなり暴れるが、ごぼごぼという自分の息が泡になる音しか聞こえない。真っ暗で何も見えない。死んでしまう!

 その時、ぐっと誰かに腕を掴まれそのまま浮き上がる感覚がした。そのままの勢いで水面へと顔を出す。

「けほっけほっ!」

 引き上げてくれた人物に抱えられながら何とか呼吸する。鼻の中が痛くてしょうがない。

「大丈夫?」

 声に顔を上げると目と鼻の先、ヘクターが心配そうにこちらを見ていた。

「きゃーーー!」

 思わぬ密着度に悲鳴を上げるわたし。近い!近いよ!とパニックになり、思わずヘクターを突き飛ばす。すると再び体が沈んでいき、手足をばたつかせる。そんなわたしをもう一度引き上げると、

「ごめん、ちょっと待って」

ヘクターはそう言って泳ぎ出した。

「首のあたり、つかまってて」

 その言葉に照れてる場合じゃない!と思いなおす。わたしはヘクターに必死でつかまった。幸い陸地が近かったようで体が縁に触れたと同時に、すぐに転がり出る。

 ヘクターもしんどかったらしく、肩で息をしている。装備プラス私の重り付きだったのだ。泳げるだけですごいことだと思う。そしてわたしといえば助けられたくせに悲鳴上げて突き飛ばすって何やってんだろう。

「……まいったね」

 息が整うと、ヘクターは口を開いた。真っ暗では無かったらしく、薄い光がほのかに彼を照らしている。しかし部屋の様子も分からないぐらいには暗い。わたしは「ライト」の呪文を唱えた。

 ぱっと周囲が照らされる。落ちる前と同じ灰色の壁が現れ、思わず溜息が出る。

「わたし達だけ?」

「みたいだね。位置的に部屋の中心が落とし穴だったんだと思う。あの二人は像の脇に立ってたから」

 落とし穴を開いてくれた張本人は無事なわけだ。イルヴァにあらためて怒りを覚えつつ、この状況にもちょっぴり感謝する。

「どのくらい落ちたんだろう……?」

 上を見上げながらわたしは尋ねる。暗くてよく窺えない天井を見ながらヘクターが答えた。

「大した事はないと思う。せいぜい地下二、三階程度かな?」

 それでもよく気絶しなかったものだ。もし落ちたのが自分一人だった場合を考え身震いしてしまう。それを見て、ヘクターが心配そうに呟いた。

「寒い?とりあえず服乾かした方がいいな……」

 その言葉にわたしも、言ったヘクターも顔が赤くなる。

「いや、変な意味はないんだ……」

「うん!分かってるよ!大丈夫!」

 わたしは慌てるあまり、声が大きくなる。しかし乾かすといっても、火はわたしが何とか出来るとしても、薪のようなものがない。

 あらためて辺りを見回すが、無機質な壁と今這い上がってきた水面しか見えない。かなり広いようで、今いる位置の一辺にしか明かりは届いていない。プールのようなものが広がっているのだが、位置関係もはっきりしない。

 とりあえずローブ、ブーツを脱いで絞っていく。結い上げていた髪も解くとこちらも絞る。ぼたぼたと落ちる水滴に「臭くならないといいな」とぼやいてしまった。

「うわー、気持ちわりー」

 ヘクターもジャケットと中に着た薄い皮鎧のようなものを脱いでいた。

「ちょっとごめんね」

と一言言うと、アンダーシャツを脱ぎ、水を絞る。鍛え上げられた上半身に思わず目を奪われると、「ごめん」と何故か謝られてしまった。思わず「ごちそーさんです」と答えそうになるが、その言葉を飲み込む。

「あの、わたしも服絞りたいんだけど、いいかな……」

 おずおずというと、ヘクターはくるりと背をむけた。

「どうぞー。終ったら声かけてね」

 いやらしさの無い、本当に紳士的な人だ。急いでシャツを脱ぐと絞っていく。

 とりあえず水気は切ったものの、しなしなになった服を着たお互いを見て笑い合ってしまった。

「魔法で何とかならない?」

と聞かれたが、ただでさえコントロールの難しい火のエレメンツを『服を乾かすだけ』の威力にする自信はない。服を灰にしてしまう、と言って断った。

「さて、じっとしてても風邪ひくだけだし、行動した方がいいね」

 ヘクターの言葉に頷く。とりあえず、壁際に添って歩いてみることにする。

「しかしここって何なんだろうね?」

 前を行くヘクターの言葉に、わたしは首をひねる。

「トラップ……にしてもよく分からないよね。普通、落とし穴って下が槍だったり、ダメージを与えるものでしょ?わざわざ水を張っているってことは落ちてくるものに対して保護してるようなものだもの」

 溺れかけた人間が言うことではないが、溺死体マニアでもない限りこんな手間のかかる罠は意味無いだろう。

「っていうと?」

「今の段階じゃ何とも言えないけど、装置だったのかも」

「装置?」

「うん、上から何かを水に沈めておくための……」

 その時、わたしの説明を遮るようにプールから水しぶきが上がる。わたしが反応した時にはすでに、ヘクターはロングソードを抜き、身構えていた。

「下がって」

 低い呟きにわたしは慌てて後ろに下がる。そして「ライト」を前方へ向ける。明かりに照らされたのは、プールから上がってくる不気味な姿だった。人間と変わらない大きさの半魚人に息を呑む。

 明かりを反射する体は鱗に覆われぎらついており、目はくすんだブルーのガラス玉のようだ。手にはダガーほどの長い爪が生えている。体が動くたびにぎちぎちと耳障りな音を立てた。

 ひゅ、と一陣の風が吹いたように感じた。ヘクターが敵に突っ込むのと同時に相手も地を蹴る。

 金属のぶつかり合う乾いた音が響き渡った。魚人は両手の爪を振り回し、襲いかかってくる。跳ねるように体を揺らす様が気味悪い。ヘクターもそれを剣で受け流していく。片手で持つロングソードが左右に振られるたび、魚人の手を跳ね除けている。お互いの流れるような動きが早すぎて、わたしには全てを目で追うことは出来なかった。

 モンスターらしき物を見た恐怖よりも、目の前に繰り広げられる光景に呆気に取られてしまう。何度か魚人の爪を受け流した後、ヘクターは相手に向かって強い振りで剣を振り下ろす。それにバランスを崩された魚人が、明らかに無理な体勢で体を反らせた。

 その瞬間、ヘクターの剣が魚人の腹を薙いでいた。

「ぐががっ!!」

 不気味な悲鳴をあげ、魚人はプールの水面へ倒れ込む。ざばーん!と景気の良い音を立てながらしぶきが上がり、水の中に消えて行く。呆然としてしまったが、ぱちんとソードが鞘に戻る音に我に返るとヘクターに近づいた。

「す、すごい!」

 わたしのはしゃぐ声に、ヘクターははっとした顔で振り返る。

「大した事無い相手で良かった。平気?」

「いや、わたしは何にもしてないから」

「それならいいんだ」

 ……いいのか?と思う台詞だがヘクターはにこにこと微笑んでいる。本人を前に黄色い歓声を飛ばしたくなるかっこよさだ。

 ふとヘクターが真顔に戻り、プールの方へ視線を送る。微かに聞こえる水の音に嫌な予感がした。

 暗い水中に何かが蠢いている。大きさからして今倒した魚人だと思うのだが、影は一つではない。

「急ごう」

 ヘクターが歩き出すのにわたしも続く。水面を見れば魚人達と目を合わせてしまいそうで、顔を背けてしまった。

 嫌なことは続くもので、上で聞いた肌を震わす不気味な音がまた聞こえてくる。うー、という唸りと金属を削る音を混ぜたような不快音。一体何だろう。

 思わず足を止めてしまったわたしの腕をヘクターが取る。

「大丈夫、きっと見れば大した相手じゃないよ。それに皆ともすぐ合流出来ると思うよ」

 優しい言葉にじーんとする反面、そんなに不安そうな顔をしていたんだろうか、と頬を摩って誤魔化した。

 でもヘクターは『相手』と言ったけど、これは生き物から出る音なんだろうか。どこか無機質な唸りにわたしは何も無い暗闇の中を見つめていた。

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