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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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館の女達

 玄関を抜けると、広い吹き抜けのホールがお目見えする。『ライト』の魔晶石の光でなく蝋燭の火が揺らめくランタンを使用しているのに、王政時代へのこだわりを感じる。ダンス出来そうなほど広いホール、絨毯を敷き詰めた階段、吹き抜けから見え左右対称に伸びる2階部分の廊下、全てが『古き良き』と言われる時代のもの。マホガニー製の床、調度品共にニスで光っている。壁には代々の領主なのだろうか。肖像画が並んでいた。一つのキャビネットが目に入る。飾りの少ない重たい雰囲気の本体部分に、繊細な模様を刻んだ脚を見て、この前まで読んでいた本の『極寒の地ケニスランドの影響を強く受けたパルミロ調は、無骨ながら気品を感じるのが特徴である』という文章を思い出した。

 ただわたしは拭いようのない違和感を感じていた。驚くほど人の気配がない。クレイトン卿……卿と言っていいのかわからないが、彼は子供がいないのかもしれない。使用人も極力置かない主義とか?

 バラバラに室内を見回すわたし達に、まとまるようけん制したのか、あの陰気なメイドが少々大きな声で言う。

「少々お待ちください。奥様をお呼びいたします」

 掠れた、声まで陰気だった。

「……奥様?」

 ヴィクトリアが頷こうとした仕草を止め、怪訝な声をあげた。

「旦那様はお出かけになっております。代わりに奥様をお呼びいたします」

 その返事にも納得いかない様子で、尚も聞こうとしていたようだが、ヴィクトリアはただ、

「そう」

とだけ答え、メイドを下がらせた。何か言いたげな視線を仲間に送るが、やめてしまうヴィクトリアを見て、わたしは苛立つような、悲しいような思いに駆られた。

『いないなんておかしいわね』『伯父さまはどこ行ったのかしらね』

 仲間とそんな会話もできないのだ。代わりに彼女の相手役になったのは、またしてもアルフレートだった。

「クレイトン卿は村に偵察かな?」

「どうかしらね……こんな雨なのに。活発な人の印象はないんだけど」

 そう笑いながらも、明らかに不測の事態を受けて不安がっているようだ。合わせた両手がせわしなく動く。

「久々に会う姪よりも事件とはね」

「その気持ちは理解できるけど、私達も事件のために来たっていうのに」

 二人のそんな会話に、

「そんな不安がってもしょうがないわよぉ、ちょっと買い物とかかもしれないんだし」

 ローザが割って入ると、ヴィクトリアは少しほっとした顔になりながら「ありがとう」と呟いた。

 時間かかるな、という思いが湧いた時だった。

「お待たせしました」

 先ほどのメイドが戻ってくる。

「奥様はこちらの部屋でお待ちです」

 そう言って屋敷の右手を指差した。素直についていき、通された部屋は応接間というのだろうか。重く凝った作りのマントルピース付き暖炉とソファ、縁取りの綺麗な絨毯、可憐なバラを描いたファイア・スクリーン……。控えめな明かりといい、広さもさほど取っていない。そんな部屋にぞろぞろ入ったのだから、みんな立ち位置に困るような素振りになる。部屋の奥で待っていたのは、

「こんにちは、皆さん。セルマ・クレイトンよ。お久しぶり、ヴィクトリア」

 そう言って微笑む女性はわたしを見ていた。焦るわたしをよそに、ヴィクトリアは冷静に彼女の間違いを流すよう、一歩前に出て挨拶する。

「ご無沙汰しています、伯母様」

 ヴィクトリアと握手する夫人はこれまた年齢が読めない。胡桃色の整えた髪は白髪も目立たず、ほっそりとした体といい若いような気もするのだが、肌や瞳の色に若々しさがないのだ。モスグリーンのドレスは上質な絹の物だったが、胸下で絞ったデザインは少々流行遅れな感がある。

 その彼女の視線を受けてソファから立ち上がった五人の少女たち。見てすぐに、全員が夫人に似た姉妹だろうとわかる。子供がいないのかも、という予想は早くも外したようだ。上はわたし達よりも年上に見える。一番下はまだ幼女と言っていい年頃の子だ。

「長女のウェンディよ」

 一番大柄な女性が優雅に膝を折って挨拶する。母親譲りの胡桃色の髪を一つに束ね、装飾の少ないくすんだラベンダー色のドレスを着ている姿は堅実な性格に見えた。すぐに、

「次女のアイリス」

と、紹介されて隣の女性が挨拶する。こちらは淡いサーモンピンクのもう少し華やかなドレスだ。化粧もはっきりとしたものを施している。

「三女のトレイシー」

 この紹介で挨拶した少女は同じ年頃かもしれない。ただこちらを探るような上目遣いに、仲良くなる気はないと訴えているように感じてしまった。

「四女のカミラと末娘のヒルダ……とお祖母様よ」

 ピンクのドレスが愛らしい幼女と、淡いブルーのドレスを着たもう少し年上の少女が、椅子に座った老女に寄りかかっている。その老女に近づき、ヴィクトリアは頭を下げた。

「お久しぶりです、お祖母様」

「よく来たわね、なんだかますますお母様に似てきたんじゃないかしら」

 ヴィクトリアは祖母の言葉を受け、ぎこちない笑みがますます固いものになった気がする。確かに無愛想……と言っては失礼かもしれないが、厳格な性格が透けて見える祖母だ。

「ヴィクトリアが最後にここに来たのは、もう何年前になるのかしら」

「8年ほど前になります」

 祖母の質問に答えるヴィクトリアにクレイトン夫人が微笑した。

「そんなになるのね。じゃあヴィクトリアはカミラとヒルダは知らないことになるわ」

 ヴィクトリアは頷くと、少女二人に屈んで話しかける。

「こんにちは、初めまして」

 それに対し、カミラは無言で小さく会釈を返し、ヒルダは祖母の陰に隠れながらにっこりと笑った。花の様な笑顔でこちらもつられて顔がほころぶ。……正直、この笑顔だけがこの家族にのイメージに光を射したと言っていい。なぜなら全員が青白い肌に陰気な目をして、探るような視線をこちらに向けていたからだ。

 ヴィクトリアは姿勢を戻すと夫人に向き直る。そして言いにくそうに切り出した。

「あの、それで伯父様は……」

「それがフィオーネに行ってるのよ」

 夫人の答えにヴィクトリア、それにわたしも疑問の声を上げそうになる。しかしそれより早く、低音のエルフの声が響き渡る。

「それは残念ですな」

 その一言によって追求はしにくくなる。少し沈黙が広がったところで、夫人が説明を始めた。

「村が今、騒がしいのは知っているでしょう?それでフィオーネに調べ物と、応援を頼みに行っているのよ」

 調べ物、と。何を調べているのだろう。そしてなぜローラスでは駄目だったのか。フィオーネといえば厳格なラシャ信仰の国であるイメージしか湧かない。

「とりあえず、部屋を案内させるわ」

 夫人の言葉に廊下の扉が開く。立っていたのは男性使用人だった。丸メガネに立派なヒゲ、姿勢のいい立ち姿によくあった燕尾服。中流家庭にはいない上級使用人である。卿に仕える執事と考えていいんだろうか。

「ご案内いたします」

 そう言って頭を下げる執事の男性になんとなく軽く頭を下げた後、九人はぞろぞろと廊下に出る。最後の方になったわたしは何気ない素振りで部屋の中を振り返り見た。

 見てはいけないものを見てしまった。……そう感じたわたしは慌てて視線を前に戻し、みんなの後に続いて歩く。陰鬱な影に包まれたクレイトン家の女性たちが、真っ青な顔の中に爛々と光る瞳を浮かべて、こちらを見ていたからだ。それはレイスが獲物に対し、取り憑こうとこちらを見定めているようであった。

「……本当に人間なのよね」

 わたしは一人つぶやいていた。




「では失礼します。ご用の際はベルをどうぞ」

 随分長身な執事が頭を下げて礼を言う。扉の閉まる音を聞いてから、わたしは同部屋となったローザに尋ねた。

「さっきのどう思った?」

「さっきの? 伯父様がいないってやつ?ちょっと失礼よねえ、呼びつけておいてさ」

 本当はさっきの家族について聞きたかったのだが、それも気になっていたことだったので、わたしは頷く。

「た、食べられちゃったとかじゃないわよね。奥さんと姉妹たちに」

「……ちょっと話が飛躍しすぎててわかんないわあ」

 首をかしげるローザ。彼女の目には不気味に映らなかったんだろうか。

「確かにちょっと気味悪いご家族よね。明るさがないっていうか」

「明るくないどころじゃないわよおおお、怖くない!?」

 わたしがブンブンと首を振っていると、扉がノックされる。「どうぞ」の声に入ってきたのはイルヴァだった。

「ヴィクトリアさん、つまんないです」

 また彼女と同部屋にされたイルヴァが顎に指をつけながら文句を垂れる。

「『疲れた、寝る』って横になっちゃいましたよ」

 それを聞いてわたしとローザは顔を見合わせた。

「おつかれみたいね」

 わたしはそう言って肩をすくませた。色々言いたいことはあるものの、口を開けば悪口が止まらなそうだ。

「疲れてるからなのかしらねえ? 仲間に対してあんな態度なのって」

 ローザの言葉にきょとんとするイルヴァと、うまい返事が出てこないわたし。それにローザは話を続けた。

「家族の話になると随分ナーバスになるし、だからクレイトンのことも聞きにくいのよね。事件の依頼者だっていうのに」

 それに、とローザはさらに続ける。

「仲間一人ひとり見るといい人なんだと思うのよ。ただ相性がとことん悪いわよね。三人だけになったのもその辺が原因かもしれないわ」

「全員ヴィクトリアと喧嘩別れみたいだけど」

 わたしの不機嫌な声にローザは目をぱちくりさせる。

「全員? 三人とも?」

「三人……とは言ってなかったかな?でも二人は確実。三人目は聞けなかったんだった」

「聞いといてよ」

 ローザの軽い頼みにわたしは嫌な顔をした。それにはなぜかニヤニヤとしてくる。

「なんか仲よかったじゃない、シリルと。この調子で色々聞いてきてよ」

 思ってもみなかった内容にわたしは「な、なん……」と口ごもった。

「そういうのやめてよ! 話しにくくなったわよ」

 わたしが抗議の声を上げた時、再びノックの音がする。扉を開けようと立ち上がると、後ろからローザの「ジェラシー作戦再びよ!」などとアホな声が聞こえた。

「オッスオッス」

 廊下にいるのはフロロ、アルフレート、そしてヘクター。全員勢揃いというわけだ。こちらの言葉も待たずに入ってくる妖精二人と、「お邪魔します」と言いながら入ってくるヘクター。男どもの性格がよくわかる。

「昨日の話しとこうと思ってさ」

 ベッドに飛び乗りながらフロロが切り出す。

「昨日の?」

 わたしの疑問にはアルフレートが答えた。

「楡の木会の男が熱心さのあまり、路面店主と喧嘩になってただろ」

「ああ!」

 わたしはポンと手を叩いた。

「気になってたんだった。フロロが跡つけてたよね」

「そそ、怪しさの塊みたいなやつだけど、尾行は楽チンだったわ。あの街のスラム街みたいな方に拠点構えてるみたいでさ。支部なのか本部なのかは知らないけどね。お邪魔して色々見てきたけど、鉄道開発に反対するチラシ作ってたわ」

 わたしはブレージュの街の工事現場で、取り巻く群衆の中にいた白いローブの男を思い出していた。ローラス古来からの暮らし、というものが何を指すのかわたしにはさっぱりだが、近代化を阻止するのであれば鉄道もそうだろう。

「あと嫌な予感がするんだけどさあ」

 そう言ってフロロは勿体振るようにメンバーの顔を見回した。

「やたら木箱が積み上がってるんで気になったんだよ。自然な暮らしを〜、なんて言ってるくせに中身が酒タバコ薬ばっかだったらウケるじゃん? んで、非力な俺には木箱開けらんないんで、開いてるのないかなーって探してたんだよ。で、気づいたんだけど、全部フィオーネからの荷物だったんだわ」

 それを聞いてわたしとローザは顔を見合わせる。

「フィオーネ……今回やけに聞くわね」

 ローザがブツブツと言い、眉間に深い皺がよった。

「で、中身で一個見つけてきたのがこれ」

 フロロはそう言って何かの植物の枝を取り出す。カラカラに乾いているものの、葉っぱ付きである。アルフレートが受け取ると匂いを嗅いだ。

「……ランフィネ、ハーブの一種だ。確かに幻覚作用はあるが、一般家庭でもお茶にして飲む軽いものだ。これだけじゃなんとも言えんな。ただ……」

『ただ?』

 アルフレート以外の声がかぶる。それにニヤッと笑うと、

「魔女はこれが大好物だ」

 そう言ってわたしに向け、乾燥した植物を差し出してきた。

「わ、わたしは好きじゃないわよ」

 全員の視線を浴び、動揺してしまったのか妙な返事になってしまった。

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