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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
225/274

地図の読める男

 この街の大動脈に当たる道だと思うのだが、舗装はされておらず埃っぽい。そういえばウェリスペルトでは数日前に雨が降ったはずだが、この辺りは降らなかったんだろうか。そんなことを考えながら空を見ようとして、顔を上げると街の入り口で待っていてくれたヘクターと目が合った。そして二人で街の中心部へ向かっていた時だった。

「フロロ」

 狭い路地にひっそり佇むフロロを見つけ、ヘクターが声をかけた。両サイドの民家の物であろう大量の植木鉢を避けつつ彼に近寄ると、フロロは黙って民家の土壁を指差す。

「何、これ?」

 わたしは目の前の不思議な落書きに首を傾げた。黄緑の絵の具か何かで書かれた、卵型の丸に稲妻を走らせたような、ちょっと見覚えのないマークである。

「3つ目だ」

 フロロはそう言いながら3を作った指をわたしに突きつけてきた。

「これで3つ目、街で見つけた。何かは知らないけど気になるな……。他に見つけたらちょっと覚えておいてよ」

「いいけど、何なの、これ?」

 答えは分かりつつも思わず聞いてしまう。案の定「さあ」と肩を竦まれてしまった。

「よくある縄張り争いの跡か、もしくは何かのチェックかねえ」

 かろうじて聞こえる程度の声でそう言うと、フロロは路地から去っていく。縄張り争いの跡、というとこのマークは盗賊団か何かのマークだろうか。仲間だけに知らせるよう「ひっそりとした印」だとすれば色味が少々派手である。大衆に宣伝目的だとすれば場所が不自然だ。チェックだとすればなんだろうか。ここの家主には用済みである、という印か。借金を払ってもらったよ……とか。ダメだ、うまい考えが浮かばない。

 首を傾げるわたしに、

「じゃあ、俺達も行こうか」

 ヘクターはそう言いつつも、目線は落書きに向いたままだった。




 フライドエッグの乗ったピラフ、エビとブロッコリーのサラダ、オニオングラタンスープを食べ終わったわたしに、ローザがメニューを渡してくる。

「デザートどうする?」

「食べ過ぎちゃったからフルーツヨーグルトとかにしとこうかな。あ、でもプリンタルト美味しそう」

「どういう胃をしてるんだ……」

 わたしとローザの会話を聞いただけで胃のあたりを押さえているアルフレート。その隣ではイルヴァが山盛りの香草焼きラムをテキパキと片付けていっている。

「こんな天国みたいなところ、もっと早く遊びに来れば良かったれふねえ」

 昨日のフィルマー同様、ここの名物もラム料理なのだ。フィルマーとこの街ホーダルの間は適度な起伏のある草地が広がっているので、大きな牧場がいくつもあるのだという。最近では羊の他に「オウグ」と呼ばれる大型の家畜もたくさん飼われている。真っ黒な長毛に覆われた牛のような家畜で南の大陸からやってきた。現地では肉と言えばオウグ、というぐらい生活に欠かせない生き物ということだ。

「イルヴァ、もっと食える? 俺、焼き物の盛り合わせ頼もうかと思うんだけど」

 ヘクターの申し出に当然、というようにイルヴァが頷いた。

「やっぱりあんた達よく食べるわねえ……筋力維持にエネルギー使うのかしら」

 口を動かし続けるファイター達を見てローザがため息をつく。そして店が混んでいる為に、少し離れてしまった別グループのテーブルを見やる。

「あっちは静かねえ……」

 ヴィクトリア達三人とフロロという組み合わせ。会話をしているのはカイとフロロだけのようだ。さすがにパーティーごとに分かれるとなると、この組み合わせでもヴィクトリアは文句をつけなかった。ただつまらなそうな顔でフォークを動かしている。目の前のそんな仲間の態度にも、ひそひそ話を続けるシーフ二人にも我関せずといった顔で食事を進めるのはシリルだ。達観しているからこその態度なのか、元来自分の世界に篭り気味な人なのかもしれない。




 走り続けるバスの窓から流れる景色を見ていると、わたしが知っているローラスは本当にこの国のほんの一部でしかなかったのだな、と思う。少し遠くに見える、林を形成する木一つとっても、ウェリスペルト近郊でよく見るものとは違うようだ。全体的にもっと淡い色で、葉も多く茂っている。心なしか日差しもジリジリと強く感じた。

「ブレージュってどんなところ?」

 わたしは隣で爪を磨いているローザに尋ねる。

「正直、サントリナよりも異国の雰囲気、濃いわよ」

「ウェリスペルトとか首都はサントリナの方が近いから、雰囲気が似たのかもね」

「サントリナがローラスに似てるのよ。あそこは陸続きになってるのはローラスだけだしね。ブレージュは色んな国に囲まれてるし、古くからの港町だから海の向こうからも色々なものが入ってきてきたわけだしね」

 ローザの話は彼女の頭が元々良いこともあるが、やっぱり幼い頃から学園長と旅をすることが多かったことを感じさせる。羨ましいな、と思った。その時、ふと思い出すものがあった。

「ケーキ食べる?」

 わたしはニーナから貰った杏ジャム入りブラウニーをカバンから取り出した。ローザは頷くとブラウニーを一口大に割り、口に入れた。

「……甘いわねえ、これ」

「そうなのよ」

「でもクセになるわね」

「そうなのよ」

 わたしと同じ感想を持つローザに頷き、二人して笑った。前に座るヴィクトリアは相変わらずブランケットにくるまって目を瞑っていたが、声が大きかったのか、しかめ面を作っていた。




 馬車内の気温がどんどん上がっていくのを首筋の汗で感じ、窓を開けるなどの悪あがきも通じなくなった頃に車体が止まる。予定通りの到着となったブレージュは、輝く街であった。

 石畳、建物は全て白で統一されているが、無機質さは無い。むしろ街の入り口から見下ろせる街全貌は生命力にあふれていた。日差しをキラキラと反射する海はターコイズ色で、街の白と綺麗なコントラストを生み出している。鐘楼、時計塔、街灯の金、それに色とりどりの花と街ゆく人々の小麦肌。ローザから聞いていた通り、ウェリスペルト生まれのわたしから見るとこの街はサントリナ以上に「異国」であった。

 馬車を降り、ターミナルを駆けて抜け出すと深く深く肺に空気を吸い込む。

「すごい、海の匂い。あ、ウミネコの声ね!本当に猫みたいな声だわ」

 興奮気味に話すわたしの隣にヘクターがやってきた。手で日陰を作りながら眼下の海を見下ろしている。

「いい街だなあ……」

 ヘクターは海が好きなのかもしれない。綺麗な横顔を見上げ、わたしは微笑んだ。

 遠慮がちな砂利を踏む音に振り返るとシリルが立っていた。

「今日か明日の、マリュレー行きの馬車を探してくる。食事でもしていてくれ」

「そんな、悪いよ。わたしも一緒に行くよ」

 わたしの返答にヘクターも頷き、シリルは頭を掻いている。

「じゃあ行こうか」

 そう言うシリルに頷き、わたしはローザ達に先に行くよう伝えた。

「じゃあ街の中心に向かってるから、後から来てね」

 これでマリュレー行き馬車を探す三人と他で別れることになった。周りを見渡しているシリルにわたしとヘクターが追いつくと、振り返ってからわたし達の顔を交互に何度か見てくる。

「……じゃあ行こうか」

 意味有り気な沈黙の後に、先ほどと同じ台詞を吐くシリルにわたし、ヘクターは顔を見合わせた。そしてためらうことなく進んで行くシリルに問いかける。

「どんどん行くけど、どこだか知ってるの?」

「いや、知らない」

 再び頭を掻く黒髪の男にわたしはコケそうになった。

「……じゃあまず探すのは案内板か総合受付所よ」

 今度はわたしを先頭に歩くこととなった。なんか変な男だなあ。ちょっとだけヴィクトリアがイラついてるのも分かるような……。そんなことを考えながら彼をチラ見するわたしに、シリルは構うことなく喋り出した。

「ここの海はフィリオナ湾。波は緩やかだし、海水も暖かいから熱帯魚が美味しいらしい。あとはこの傾斜地で育つオリーブ、レモン。建物は百年前に流行ったロッツォ式で……」

「ねえ、それ本か何かの知識?」

 たまらず口を挟むわたし。それに対し、シリルは真顔で答えた。

「地図が好きなんだ。地形とか形成の歴史とか。ガイドブックも好きでよく読む」

 なるほど、それでか。それにしてもその「本で読んだまま」な台詞はどうにかならないものか。ヘクターは「すごいなあ」と素直に感心していたりする。なんか、魔術師と違って素直だよね、戦士の皆さんは。





 無事にターミナル内にあった案内板を探しだし、時刻表を読むと、今日のマリュレー行きはもうじきやってくる馬車で最後らしい。みんなを連れてきて駆け込むよりは、素直に明日の便にすることに決めた。

 他メンバーを追って街の中心に向かうわたし達の前に、奇妙な光景が現れた。人だかりとその中で働く体格のいい人々。ドワーフが多いようだ。木材を運ぶ掛け声に金属を叩く澄んだ音。そして見たことのない建造物。細長い金属を木枠と組み合わせて地面に敷いている。ちょうど脇を通ったドワーフと目があう。何か聞きたそうなわたしの顔を見たのだろう。向こうから答えてくれた。

「これは線路。あっちで建ててるレンガの建物はローラス初の駅になるんだ。あのアルケイディアからやってきた汽車の技術だよ」

「アルケイディア! 帝国の鉄道は本で読んだことある」

 わたしは驚いて声が大きくなった。

「帝国じゃ国中を鉄道が走ってるらしいな。ここじゃ手始めに沿岸の街を全て繋げる計画だそうだ。ここから小さな港町をいくつか通って、首都レイグーンを終着地にするんだよ」

 ドワーフのおじさんは豊かなヒゲを揺らし、まるで自分の発明品のように誇らしげに語った。トロッコなど荷物を運ぶものは見たことがあるが、汽車を走らせる大きな線路は生まれて初めて見る。ローラスでは誰もがそうだ。だからこそこの人だかりなんだろう。

「後でみんなに教えてあげなくちゃね」

 わたしがそう言ってヘクターを見上げると、彼の目線が線路にではなく、人混みとは反対だと気付いた。それを追うと人混みとは少々離れた位置にいるカイを見つけた。わたし達の視線を受けたカイは人差し指を口元に当て、ニヤっと笑う。

「何か見つけたらしい」

 シリルが呟く。彼の言う通り、カイはわたし達に合図を送った後は人だかりの中を食い入るように見、その内ゆっくりと歩き出した。

「あの男だ」

 ヘクターが顎で指す男をわたしも見つける。白ローブのフードまですっぽりとかぶった男。その男も汽車を見ていたが、通りの方へと戻って歩き出した。その様子はどことなくひっそりと隠れるようであり、この明るい街に反発するかのような陰湿さがあった。

 背は高めなのが窺えるがフードによって顔は口元しか見えない。コソコソと歩いていた足が止まり、辺りを窺う仕草を見せた。

「あんたらはここにいてくれ」

 わたし達の脇を通り、男を追いかけるカイがそう言い残す。白ローブの男が狭い路地へ身を滑らせる。少し間を置き、カイが追いかける。それを黙って見守っていた。わたし達とはかなり距離はあるが、騒ぐと気づかれるような気がしてしまい、息をするのも細切れになる。

 どのくらい三人で待っていただろうか。少しするとカイが一人で路地から出てきた。シリルが寄っていくので、わたしとヘクターもそれに倣う。

「見てみな、もういないから大丈夫だ」

 カイの言う通り、狭い路地を覗き込んでも白ローブの姿は見えなかった。ただ、ある物を見つけてわたしは背中がぞわりとする。

「これって……」

 わたしの指差す先、路地の細い地面にあの卵形のマークがあった。カイが爪先で軽く蹴ると、書き立てなのを示すように黄緑色の絵具が歪に伸びた。

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