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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
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伸びる影

 酒場兼飯処の愛想の悪いおっさん店員に案内され、大きな長テーブルに着く。角の席に座ったヘクターにぴったりついて行くと、唯一の隣席にさっさと座るヴィクトリア。わたしは呆気に取られた後、涙目になる。

「頭おかしい! あいつ!」

 ローザちゃんに小声で泣きつくと、困った顔が返ってきた。

「まあまあ……隣の席ついたくらいで注意するわけにも……してみる?」

「……いい」

 仕方なくわたしは彼らの正面、アルフレートとローザちゃんの間に座る。そのわたしをあざ笑うかのようにヴィクトリアはヘクターの顔を覗き込んだ後、うふふと笑った。わたしの爪が木製のテーブルに食い込む。

 各自、飲み物とメイン料理を決めたところでアルフレートが「さて」と全員を見回した。

「マリュレーの続報が入ってきたわけだが、読み上げてみようか」

 そう言って彼が気取った手つきで掲げるのは、先ほど見たこの町の新聞だ。

「……『かねてよりマリュレー地方に暗い影を落としていた住民失踪事件が、またしても失踪人数を増やしていたことが分かった。新たな失踪者は2名、全部で7名が村から消えたことになった。住民がある日突然いなくなる、という今回の事件。未だ解決の目処どころか原因も不明のままだ。隣人が出来立ての夕食に手をつけた痕跡が無いまま消える、隣で寝ていた夫が音もなく夜の間にいなくなる……失踪時の状況は様々だ。この奇怪な事件についてマリュレー地方議員クレイトン氏は、本誌の記者に語った。

--捜査に当たる警備隊が少ないようだが解決する見込みはあるか

"それについては本当に憤りを感じる。都市部重視、地方軽視といったこの国の重大な問題点でもある。ただ警備隊の人数に限界があるのはわかっている。抗議はしたいと思う"

--マリュレーのみならず近隣の町村にも不安が広がっているが、連携は取れている?

"正直、難しい。早馬を使うなどの手段も限りがある。特に隣村リーツコッグは酷い土砂災害に襲われたばかりで、これ以上の協力は求めにくい。被害を広げない為にも原因の解明が一番だと思う"

--その原因についてヴァンパイア伝説や魔女の黒ミサといった噂があるが?

"議員としての立場から言えば馬鹿馬鹿しい。が、学者の観点からだと正直興味がある。ただ今回の件に個人的な興味は絡ませないようにしている。もっと現実的な原因を考えている"

--それはどのような?

"肉食の獣、モンスターといった目に見える恐怖の類。もちろん人間の可能性もある"

 クレイトン議員は民俗学の学者としても有名な人物だ。その彼が中心として動くこの事件。様々な面でより多くの者の注目を集めていることは否定出来ないだろう』」

 そう読み終えてからアルフレートは「だそうだ」と全員を見回した。

「何よ、それ」

 頬を紅潮させてアルフレートを睨むのは、当然だがヴィクトリアだった。

「最後の文、伯父様が犯人だと匂わすような……誤解されるような書き方じゃない。失礼だわ」

 それに対してアルフレートは苦笑するだけだった。すぐ言い返す彼にしては、少し意外な対応だと思ってしまった。その彼にヴィクトリアは続ける。

「それに伯父様の返答もどこか変。なんていうか……伯父様らしくない」

「それは記者の書き方一つだからな。最初の質問の答えなんてわかりやすい。何と答えたんだかは知らんが、記者の誇張が大きく入っているとみる。記者の主張に付き合わされた形だな。ただ、この記事が一面になるくらいだ。失踪事件がマリュレーだけじゃなく、この辺りの人間の心まで穏やかじゃないものにしているのは間違いないだろう。どれ……」

 このような流れの時、必ずアルフレートはフロロを見る。そして彼を駒の如く使うのだ。だが今回は視線を動かした後、「おや?」と呟いた。アルフレートの視線の先を全員が見る。

「あれ? カイは?」

 ヘクターの疑問が示す通り、今の今まで視線の先の席に座っていたカイがいない。フロロが澄まして答える。

「張り切って出発してったから、任せようぜ」

 なるほど、今回はお猫様だけじゃない。カイのお手並み拝見といくわけか。




 カイが宿に戻ってきた音を聞いたのは、わたしが慣れない枕に目を覚ました明け方のことだったと思う。そして今、朝日が差し込む車内で、全員なるべく固まりながらそのカイの話を聞く。

「なんだかキナ臭え話になってきたぜ」

「興味あるね」

 隣に座るフロロが相槌を打つ。

「ここから南、小さい農村が散らばる一帯で、啓蒙活動してる団体があるらしい」

「なにそれ、宗教団体じゃなくて?」

 ローザの質問にカイは首を振った。

「奉仕活動を謳った団体で、神を崇めるようなもんとは違うらしい。崇拝対象がいないってことだ。この辺はあんたの方が詳しいだろう? そいつらの目的は知らんが、古い古いローラスの暮らしを推奨してるらしい。麦の粥を食べ、エールを飲む。でもパンは食わねえしぶどう酒もダメだ。これは元々他所から来た物だからな。制限の対象は生身の人間でもそうで、生粋のローラス人しか入れないんだと」

「今の時代、そんなの探す方が大変だと思うけど……代一つ遡ればどこの国出身かわからないような時代なのに。まあ、こだわり方がある意味、宗教らしいわね」

 わたしの感想にはローザが微妙に首を傾げる。わたしは「で、それがどうしたの?」と話の続きを促した。

「そいつらが団員を集めるのに人を攫ってる可能性があるらしい」

 わたし達は無言になると、メンバーの顔を見合う。しばらくの間を置いてローザが手を挙げた。

「それって……決まりってこと?」

「さあな、『そういう話がある』ってことだ。ギルドの連中もこれ以上は言えない、とさ」

 ローザとわたしが、

「ケチねえ」

「言えないんじゃなくて知らないんでしょ」

 などとぼやいていると、フロロが鼻を鳴らした。

「知らないのかもしれないし、単に情報料が足らなかったのかもしれない。他の要因があって『言えない』のかもしれない。その辺だって一つの情報になるんだ。ギルドが何をどこまで知ってるのか、もね」

 なるほど、と素直に頷くわたしとは対照的に、

「それだけ? じゃあ私、寝るから」

 ヴィクトリアは不機嫌にそう宣言し、窓枠に寄りかかる。今日もご機嫌はよろしくないらしい。肩をすくめるカイとシリルを残し、他のメンバーは本来の自分達の席に戻ることにした。

 ヘクターに窓際の席を譲ってもらうと、目の前に座るアルフレートがフロロの肘を突くのを見る。

「おい、どうだったんだ?」

 それにフロロは「え? ああ……」と呟くと、寝るために丸まった背中を起こした。

「クレイトンのこと調べるならウェリスペルトにいる時、言ってくれよ……。あんな片田舎で言われても大変なんだぜ? クレイトンが傾いてるような噂は無かったね。ただ想像以上にお堅い家みたいだ。シェイルノース地方もびっくりなガッチガチのお家柄……。まあ実際に金も権力も持ってるからだろうね」

 小声の会話にわたしも身を乗り出した。

「クレイトンって……ヴィクトリアの家がどうしたのよ。やっぱり伯父さんが怪しい人なわけ?」

 それを受けてアルフレートが大げさに手を振り否定する。

「いやいやそんな! 私は単に興味があるだけだ。実は私はアッパークラスの世界に並々ならぬ関心と羨望を抱いているのだよ」

 丸わかりな嘘にわたしの頬は引きつり、ヘクターはふふ、と笑う。他のエルフならまだしもアルフレートがそんなわけないじゃないか。他のエルフになど会ったこともないのだから失礼なのかもしれないけど、「失礼でしかない存在」がアルフレートなのだからしょうがない。




 次の休憩地点に着いたのは、その日の夕方だった。今日の行程もここまでとなり、明日の昼過ぎに、ようやく目的のブレージュに到着となるらしい。

 馬車を降り、オレンジ色の空を背景に伸びをする仲間に混じり、わたしも硬くなった背中を伸ばす。そして着いた街を見渡した。

「昨日のフィルマーより更に寂しい雰囲気ね」

 思わず出た感想に慌てて口元を押さえる。街というより、村の中に観光向けの複合施設がポツンとあるだけの作りのような。一歩出れば小麦畑とポツンポツンとある農家しか見えない。夕餉前の賑わう時間帯のはずなのに、人の通りも少なかった。きっと大型バスが停まる為に、宿泊所だけ大きく作ってあるんだろう。

「農村で活動する啓蒙団体ね……ちょっと探ってみますか」

 フロロがちらりとカイを見る。受けたカイはニヤリと笑った。二人して足音なく歩き出したかと思うと、すぐに街並みに溶け込んで消えてしまった。

「わたし、生まれ変わったら盗賊目指そうかな」

 そんな思いを抱かせる見事なシーフ二人の立ち振る舞いに、心の中で拍手を送った。

「じゃあ我々はご飯といきますか」

 ローザちゃんの提案にみんな頷く。それにわたしも混じった時だった。

「私達もギルドとか当たってみない?」

 予想しない人物に話しかけられ、わたしは一瞬、返事を忘れる。ヴィクトリアがわたしに笑顔を向けていた。

「えっと、ギルドって……」

「魔術師ギルドよ。盗賊ギルドとは違う話が聞けるかもしれないじゃない。さ、行きましょう!」

 わたしは手を引っ張られながらいくつもの質問が浮かんでいく。「魔術師ギルドがこんな小さな町にあるの?」「本当に話が聞けると思ってるの?」そして「なぜわたしを連れて行くの?」と言ったものだ。それを口にできなかったのは、ヴィクトリアの笑顔が入園当初のものとダブったからだった。

 手を取られて埃っぽい道を進む内、仲間たちが付いてきていないことに気づく。みんなは食事処を目指したんだろうか。進み続けるヴィクトリアの後ろ姿を見た。ピンク髪が夕焼けで染まっている。なんとも不思議な色に気を取られていると、

「余計なこと言わないようにね」

 冷えた声が響いてきた。

「は?」

 わたしの問いにヴィクトリアが立ち止まり、振り向く。

「余計なこと言わないように、って言ってるの」

 笑顔は消えていた。地元住民の住居が集まる地区にやってきたのか、通りを子供や農夫が歩いている。夕飯のいい匂いも漂っていた。

「仲間に変な話したら許さないから」

 刺すような目でこちらを見るヴィクトリアに呆気にとられ、しばらくの間、感情を忘れてしまう。凧を持った少年が目の前の家に入るのを見て、ようやく我に返った。

「……ねえ、なんでそんな余裕ないの? なんか変じゃない?」

 わたしの中に湧いたのは、まず怒りよりもこっちだった。旅路を急ぐ風にも見えないのに、ずっと感じる彼女の焦りの感情。

「あ、もしかして伯父さんがやっぱり心配? それならわたしも精一杯協力す……」

「あんたのそのいい子ぶりっ子なところが大嫌いなのよ」

 憎悪と言っていい視線を受け、わたしはおし黙る。そんなわたしの脇を通り、ヴィクトリアは去っていく。去り際、微かに鈴の音がした気がした。

 仲間、とヴィクトリアは言っていた。カイとシリルのことだろうか。それともわたしの仲間のことか?

「な、なんなのよ」

 ひたすら戸惑うわたしは、そう呟いた後、伸びていく自分の影を見ているしかできなかった。のだが、

「……どこなのよ、ここはぁあああ」

 正気に戻り、戻る道を覚えていないわたしは、遅れてやってきた憤怒の感情を拳に込める。

「置いていくんじゃないわよおおお勝手に連れてきやがってええええ」

 歯軋りしながら通りを睨むわたしを、地元の少年が興味深そうに見ていた。その彼に街の入り口に戻る道を尋ねながら、わたしとヴィクトリアの溝がより深くなっていったことを感じた。

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