冒険者達、揃う
「じゃ、始めましょうか」
ローザちゃんがメンバーの揃う横長のテーブルに向けて手を叩く。放課後の茜色の光が入る部屋、並んだのは我々六人とヴィクトリア達三人の計九人。場所は彼らのミーティングルームである。
「なんでうちより広いのよ……」
置いてあるものは質素なものの、なぜかわたし達に充てがわれた部屋より一回り広い。わたしは思わず零す。正面に座るヴィクトリアが鼻で笑った。
「メンバーの成績によって決まるみたいだもの、しょうがないんじゃないかな」
なにがしょうがないのか、なぜ苦笑しながらなのか。早速、わたしはこめかみが引きつる。
「嘘よ、そんなの初めて聞いた」
「嘘って言われても……教官の話聞かないから、その、『そういう感じ』なんじゃない?」
『そういう感じ』……。どういう感じですか?と問い詰めたくなる。早くも険悪ムードたっぷりになるわたしとヴィクトリアを遮るよう、ローザちゃんが手を伸ばした。
「まあまあ、関係ない話は置いておいて、今回の話についてもう始めてもらえるかしら?ヴィクトリアの伯父さまのお話を詳しく聞いていきたいわね」
「でも私、嘘ついてないし……」
眉を下げながらヘクターの顔をチラチラ見るピンク髪の魔女にわたしは一気に頭に血が上る。もう少しで怒りから部屋を出て行きそうになるが、我慢我慢と自分に言い聞かせる。この性格だもの。彼らが三人になってしまったのだってヴィクトリアのせいに決まってる。絶対そう、そうに決まってる。それを探りたいんだから、この程度のジャブで参っていられるか。
「じゃあ私から伯父の話をしていくわ」
一通りのやり取りに満足したのか、ヴィクトリアはこほん、と咳払いした。
「伯父からの話はさっき説明した程度のことしか、正直ないのよね。伯父の住む村で失踪事件が続いていること、警備隊以外で外部から調査に来れる人間を探してること。……こんな感じ」
そこで区切るとわたし達を見回す。
「あとは伯父自身の話をした方が分かりやすいかもね。伯父は私の一族、クレイトン家の所謂『本家』の当主ってやつよ。今は家族と一緒に村のはずれに住んでる。クレイトン家は昔、伯爵の地位にあったから今でも伯父の住む村では領主扱いで忙しいみたい。厳密に言うと領主、じゃなくて地方議員の立場に変ったわけだけどね」
この話はヴィクトリアの伯父さんとやらだけでなく、ローラスのどこでも聞かれる話だった。貴族制が廃止されたからといって住む人間の意識まではそう簡単には変らない。それは上下関係どちら側でも同じことだった。
「それで伯父が何とかしなくちゃ、って動いてるみたい。警備隊は『いなくなっただけで死体も無いんじゃ調べようがない、出て行っただけじゃないか』で終わらせるだけみたいなのよ」
「死体が無い、と。今いなくなっているのは五人だって話だったな? 全員、きれいに消え失せてるんだな?」
ヴィクトリアの話を遮ったのはアルフレートだった。ヴィクトリアは抑揚の無い話し方のエルフをやりにくい相手だ、というように座る位置を少しずらしたが、
「そうよ」
とはっきり答えた。
「一家五人が、ではなく関係ない五人? 年齢もバラバラだと?」
「そうみたいね」
そこでアルフレートは押し黙る。質問の終わりとみたのか、ヴィクトリアは続けた。
「伯父が一番危惧してるのは、何か大型モンスターの巣が近くに出来たんじゃないかってこと。でもそれだと死体の一つでも見つからないのはおかしい、っていうのが警備隊の言い分。でも、だから捜索しません、じゃおかしいと思わない?だって人がいなくなってるのは本当なんだし、そっちの解決には何もなってないんだもの。地方の方じゃまだまだ警備隊の人数が足りてないから、こんな事態も多いみたいだけど、でもあんまりだわ」
ヴィクトリアの白い頬が薄ピンクに染まる。まあ確かに伯父の立場で考えると警備隊には頭にくる話だ。
「……ま、行ってみんと詳しく分からんけど、なんか面白そうな話ではあるんじゃない? 特に面倒な話じゃなけりゃすぐ帰ってこれるんだし」
フロロが椅子の背もたれを倒し、テーブルにお行儀悪く足を乗せた。前に座る三人の顔がどこかほっとしたものに変った。最初から受けるつもりで来ていたわたしは同意に頷く。
「受けて貰えるのね、助かるわ」
そう言ってヴィクトリアは一番近くに座っていたローザちゃんと握手する。にこやかにする二人を見て、わたしは複雑といえば複雑だ。ローザちゃんが大人なのはわかっているが、ヴィクトリアのこの猫かぶりはどんな神経していたら出来るのだろう。外面がとことん良いだけに、嫌っているこっちが悪者になるのだ。
「じゃあお互い自己紹介しておきましょうか。お名前も分からないままじゃ失礼だしね」
ローザちゃんの言葉にヴィクトリアは頷くと手を挙げた。
「ヴィクトリア・クレイトンよ。ソーサラークラスにいるわ。今回はみなさん、ありがとう。伯父には目一杯のもてなしをお願いするつもりだから楽しみにしてて」
ローザちゃんを起点に始まる拍手に、苦虫を噛み潰しながら参加するわたし。するとヴィクトリアの隣にいる剣士風の男が立ち上がった。
「シリル・デ・ソルドだ。ファイタークラスに所属している。よろしく」
見た目通り、挨拶も固く短い。が、イルヴァの顔を見て固まった。
「……イルヴァ・フリュクベリのパーティーだったんだな」
「そうですよ〜、よろしくです、シリルさん」
朝の雰囲気からもヘクターとはどうも顔なじみではないらしいな、と思っていたらイルヴァのクラスメイトだったらしい。何かを考えるようにじっとしていた彼だったが、
「よろしく」
改めてそう言うと椅子に座った。何を考えていたか、は大体わかる。
「カイ・フロスティだ、よろしくな」
そうバンダナから目を覗かせて挨拶する、まだら緑の頭の男。彼を指差しながらフロロが「俺と同業な」と付け加えた。読み通りだったようだ。
これで彼らはソーサラー、ファイター、シーフのパーティーだということだ。抜けたのはファイターもう一人とプリーストあたりだろうか?
「失礼だけど、脱退したのはプリーストとか?」
わたしの質問に案の定ヴィクトリアは笑顔ではあるが動きが固まり、代わりにシリルが躊躇なく答える。
「ファイター二人とプリーストだ」
「わお、半分もいなくなっちゃったのね」
わたしの極力悪意を出さない笑みにヴィクトリアの頬が大きく引きつる。ふふ、効いてる効いてる。が、意外にも止めを差したのは彼ら側からだった。
「まあ、こっからまた何人になるかわかんねえけどな」
シーフだというカイ・フロスティがそう言って大きく肩を揺らした。
「抜けた順番はファイター、ファイター二人目、プリースト、の順らしいな。一人目のファイターが喧嘩別れなのは確実らしい」
学園の門にぶら下がりながらフロロがわたしを見る。薄暗くなってきた空を眺めながらわたしは「なるほどねー」と呟いた。
「なんだよ、もう興味ないの? まあ別に大したことしないで入ってきた情報だからいいんだけどさ」
そうぼやきながら鉄柵の上でアクロバティックな動きを続けるフロロを、門を通る下級生達が面白そうに見ていく。
「いやいや、興味ないことはないけどさ。引っ掻き回す気はないわけだし、どこまで首つっこめばいいかなって」
わたしはそう答えながら、教官に話をしに行っていたヘクターが校舎から出てくる姿に手を振る。
「クレイトンの依頼の方が面白くて気になるんだろ?」
「……まあね」
ニヤニヤ顔のフロロにわたしは頷いた。アルフレートの話といい、何か惹かれるものを感じる。全貌は全く見えていないのにも関わらず、だ。
「大丈夫、アンタが関わった時点で単純な事件じゃ終わらんて」
「変な言い方しないでいいわよ!」
言い合うわたしとフロロに合流したヘクターが口を開いた。
「俺はブレージュが楽しみだな」
そう、ヴィクトリアの伯父、アーロン・クレイトン氏の館はブレージュ近郊の村なのだが、最短で行くにはまずブレージュに大型バスで行ってしまい、そこから目指す村『マリュレー』に移動した方が早いらしい。マリュレー自体は片田舎の村、といった感じらしいが、ブレージュはウェリスペルトや首都レイグーンに次ぐ大きな港町だ。ウェリスペルトに比べると雰囲気もまたガラリと変るらしいし、何より暖かい。この夏を名残惜しむ時期に行くのは、わたしも楽しみだった。
「教官は何か言ってた?」
わたしが尋ねるとヘクターは少し考えるような間を見せる。
「喜んでたよ。たぶん一回渋ったから、受けると思わなかったみたいだ」
ヘクターの答えに『本当にそれだけだろうか』と思う。わたしとヴィクトリアの確執をメザリオ教官が知っているか……は、本当のところ分からない。ただ今日の雰囲気だと何も無いとは思っていないだろう。
「ところでヴィクトリア以外の二人ってどんな人か知ってる?」
わたしの質問にヘクターが腕を組んで考え込む。
「……今日のやり取りでわかったと思うけど、シリルはイルヴァと同じクラスなんだよね。俺も合同演習とかでは顔合わせたこともあるけど、あんまり知らないっていうのが正直なところ。かなり真面目で堅物らしくて、確か戦神に仕えてるとかだったよ」
「へえ」
戦神とは六大神の一柱である「アムトラ」のことだ。戦を司る神で騎士や戦士に信仰者が多い。ラシャほど堅苦しい神ではないらしいが、正義、献身といったシンボルが並ぶのでいかにもな武人タイプが多いと思われる。なるほど、シリルにぴったりかも。ただそういうタイプの人間が、助力を頼むのにあまり躊躇といった雰囲気が見られなかったのは意外だった。『正義のための戦いしか認めない』と、ずいぶんお堅いイメージのある神だったが、結構、柔らかい教えなのかもしれない。
「ま、でも向こうは兄ちゃんに興味あり気だったけどな」
「え、そうなの?」
フロロに驚いた顔を向けるヘクター。それに対してにやっと笑うと、フロロはヘクターの腰元を指差した。
「同じようなスタイルらしいからね。そりゃ気になるっしょ」
わたしも頷く。そういやシリルも刀身が真っすぐなロングソードを携えてたっけ。
ヘクターはしばらく頭を掻いていたが、フロロを見る。
「もう一人のカイってシーフは?」
「なかなか面白い奴だと思うよ。少なくともヴェラよりは……って比べるのも失礼か。数段まともなやつさ。盗賊としてはね」
盗賊として、というと一般的な人間のマナーに当てはめると「まとも」なんだろうか?少々疑問が残る。そんなわたしの思いも知らず、フロロは続ける。
「ウェリスペルトの盗賊ギルドの中にも色んなチームがあったりするんだけどさ、その中の一つの構成員だったりするぜ。だからこの学園にいて、しかも律儀にパーティーまで組んで貢献してるのが意外な奴だね」
「……そのチームってろくでもないところじゃないわよね?」
眉を寄せるわたしにフロロは苦笑してみせた。
「まあそんな顔になるような内容はしてるはずだぜ。でも暴力的なことはしてない、と俺は見てる。少なくとも殺しはどこのチームだろうと禁止だ。ギルドの中心幹部しか……ってこの辺の話はいいか」
時々フロロから盗賊の話を聞くと、彼が遠い世界の人間に思えてくる。物騒な話だなあ。
「で、肝心のヴィクトリアは?」
眉を寄せたままだったわたしにフロロが聞いてくる。うっすら笑みを浮かべた口元がイヤらしい。
「成績は割といい方じゃないかな。性格的にたぶんあの中でリーダーの役割だと思う」
それきり黙るわたしにフロロが「それだけかよ」と口ごもった。
「昼間に説明したじゃない」
一気に不機嫌になるわたしにフロロとヘクターは顔を見合わせていた。