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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第七話 冒険者は魔女の宴に踊る
219/274

奇妙な依頼

______________




 マリク達は苦難の末、闇が覆うホールに踏み入った。討つべき相手の気配に否が応でも高揚から頬が染まる。

 体に絡むような暗闇と強い香の匂いが鼻を刺激する。マリクは顔をしかめた。混沌の女王の復活を願う祈祷が響くのは、マリク達が長年探していた慈悲無き神、サイヴァを信仰する教団の総本山だった。

 ホール中央で丸めた背中を見せる魔女は八人。言い伝えの通りだった。硬直した筋肉を動かすような奇怪な動きを見せながら魔女達は振り返る。十六の血走った目は、周りにある青白い松明の光を反射してギラギラと発光しているかのように見えた。

 一際鋭い眼光を見せていた魔女が祈祷を続けるべきか侵入者に対するべきか迷うように、獣の唸りのような呪詛を吐く。

「今、邪魔に入るとは。本当に憎い、憎い奴だよ、マリク」

 その言葉と共に筋張った折れ枝のような人差し指をマリク達へと向けた。呼応するのは周りの魔女達、それにそれぞれの僕であるスケルトンの集団だった。

 マリクよりも素早く飛び出していったのは仲間達の方だった。岩も軽々と割ってしまいそうなバトルアックスを振り上げた老ドワーフの姿に魔女達は足が止まる。続いて響くリュートの音色は若き美麗のバードの物だ。彼の歌うレクイエムがスケルトン集団を恐慌状態に陥れた。マリクに常に助言を与えた黒髪の魔術師が光の精霊を放つ。明るくなったホールを前に他の仲間達もそれぞれの武器、長剣や弓矢を構え直した。

 応戦するべく呪文を唱えだした魔女は、憎き侵入者の中にマリクがいないことに気づく。その意味が分かった時、邪神に仕えた魔女の運命は終わった。回り込んでいたマリクのグリーブが地面を蹴り上げる音がする。

「これで終わりだ、ヴィクトリア!」

 マリクはそう叫ぶと黒水晶を剣で叩き割った。魔女の悲鳴が響き渡り、その断末魔によって水晶の破壊音はかき消されるほどだった。


 


_______________




 本の裏表紙に書かれた『リジア・ファウラー』の文字を指で撫でる。書いたのはこの本を買って貰った時、つい四、五年前だと思うのだが、自分の字がこんなに下手だったかと落胆する。

 寝たままの態勢で重い児童書を読むのは辛い。わたしは本を閉じると胸元に起き、そのまま物語の情景を思い浮かべた。密教の集会、魔女の呪い、黒水晶、邪神降ろし……。

 「本当にあるのかしらね」そんな独り言を痛む喉を押さえて飲み込む。久々に酷い風邪を引いてしまった。熱も下がってきたとはいえまだ高いので、汗ばんだ首筋が気持ちが悪い。

 母にベッドシーツを替えてもらうよう頼もうか、と考えているとドアの向こうから話し声がしだした。小声で話しているものの聞きなれた声にわたしは扉を見つめる。軽いノックの後、予想した人物が顔を覗かせた。

「……あら、起きてる。具合はどう?」

 ローザはそう言って手に持った小袋をわたしに見せてくる。その後ろからわたしの母も顔を出してきた。

「ローザちゃんが喉に効くハーブ持ってきてくれたわよ。下手な医者より腕がいいから……良かったね」

「あらやだ、おばさま」

 そう謙遜しながらもローザは母にハーブを渡し、

「これは水出しで冷やして飲ましてあげてくださいな、その方が飲みやすいから。こっちは湿布にしましょ。あとこれはスプレーにして部屋に撒いて、消毒と喉を潤すのにいいから」

など、テキパキと指示を出す。ようやく向き直った親友にわたしは口を開く。

『ありがどう』

 我ながら弱々しく、酷い声が飛び出す。それを聞いてローザは苦笑した。

「喋らない喋らない、んもー、学校始まったっていうのに、アンタが三日も休むもんだから皆して心配したわよお」

 ローザの言う通り、三日前から学園の夏休みも終わり、授業が始まっている。授業の面倒臭さよりも皆と遊べる楽しみの方が遥かに大きいわたしは、二週間という夏休み期間ですら長く感じられた。それなのに休みが明けたまさにその日の朝にバッタリ倒れてしまったのだ。

「ちょっと喉見せて、あーって声出して」

 言われた通り、わたしは口を開けて声を出す。

「……うん、まだ腫れてるし赤いけどこのくらいならすぐ治るわよ。水分取って寝るのが一番」

 そう言いながらローザは肩に掛けた布袋を降ろし、中から何か取りだす。

「桃、食べる? 冷えてるわよ」

 ピンク色の大きな果実がうっすら汗をかいている。袋から出ただけで部屋の中をいい匂いが充満した。久々に食欲を刺激され、わたしは大きく頷いた。




「デイビス達がまだ帰ってきてないのよ」

 桃にナイフを入れながらローザが眉間に皺を作る。その彼女が言った台詞にわたしは目を見開いた。

 わたし達より数日早く、サントリナから直接シェイルノースに旅立ったのだから、彼らはもう二十日近く北の大地にいることになる。イリヤの両親を探すと言っていたけど、見つからないんだろうか。

 わたしの表情を見てローザが頷く。

「そうなのよ、学園の出席日数なんかはまだ大丈夫だろうけど、時間がかかり過ぎてる……ちょっと心配よね」

 わたしは既に取り分けられた桃を口に入れた。多少喉は痛むが、よく冷えた果肉がそれを麻痺させてくれる。とにかく甘く、味が濃い。身体中に広がる生きた心地にわたしは深い深呼吸をした。

 デイビス達はもうわたしの中で『仲間』と言っていい存在だった。彼らがシェイルノースに行く、と言った時も寂しさと同時に「同じ予定を組むパーティーメンバーではない」という当たり前の事実にショックを受けてしまったものだった。そんな彼らが未だ戻らないというのだから、落ち着かない気持ちになってしまう。

「……イリヤの両親が見つからないだけなら、学園の休みが終わるのを期限に戻ってきてると思うの。そうじゃないってことは何かあったんじゃないかって、お父様とも心配してるのよ」

 ローザの言う通りだった。サントリナでも「学園の休みの内に」と言っていたんだから、学園の予定を念頭に入れていたのは確実だ。なんだか余計に心配になってきた。

 わたし達が探しに行く、というのも簡単なことじゃない。本格的に捜索が必要と判断されても同学年のわたし達が行くことにはならないだろう。問題の解決、生徒の救出に向かうのはきっと教官や最上級生だ。

 ローザが濡れ布巾で手を拭いた後、手を叩く。

「ああ、そうそう、話は変るけど、メザリオ教官が話があるって言ってたわよ。リジアを含めてからがいい、ってことで保留してもらってるけど」

 メザリオ教官が?とわたしは眉を寄せた。わたしに、ではなくわたしを含めて、なのだからお説教ではないだろうけど思い当たることがない。まさかデイビス達のこと……ではないだろうとは思うが期待もしてしまう。風邪の治りかけに寒い北の地に向かうのは辛いけど、旅への高揚感が治りを早めてくれるかもしれない……なんて考え始めていた。




「あー、うん、ああ~」

 揺れるバスの中、わたしは発声練習を繰り返す。喉の痛みはもう無いものの酷い鼻声だ。元からうっとりするような美声や甲高いかわいらしい声ではないが、これじゃゴブリンの愚痴吐きの声みたいだ。

 久々に会うのにこんな声なんて嫌だなあ。それしか頭に無いわたしはひたすら意味の無い咳払いを繰り返していた。

 その間に馬の足止めと共にバスは止まり、毎朝見る顔が数人乗ってきた。その中の一人にわたしは照れながら手を挙げる。

「リジア、もう大丈夫なの?」

 そう言って笑顔を向けてくる美少年、ヘクターはわたしの隣りに座った。

 ああ、たかだか数日会わなかっただけなのにますます男前になったような……。返事も忘れて眺め続けていたい。

「もう大丈夫なんだけど、酷い声でしょう? もう喉も全然痛くないんだけどねえ」

 わたしの返事に少し驚いた顔をしたが、ヘクターはすぐ笑顔になる。

「じゃあもう治りかけだね。疲れが溜まってたのかな、ってみんなで心配してたんだ」

「みんなってヘクターとローザちゃんでしょ?」

 わたしが思わず返した言葉に、ヘクターは慌てて手を振った。

「いやいや、みんな、アルフレートも『夏風邪は長引く』って言ってたし」

 それは心配の言葉と言えるのだろうか……?単なる常識からの分析を口にしただけのような。

 わたしが休みの間の、仲間達の騒ぎの話を聞きながら学園に向かう。フロロがモロロ族仲間と作った学園内の隠し部屋が学園長にバレた、という話と共にバスを降りる。

 学園の正門も懐かしい。また暫くは学園通いの勉学の日々になるな、と思った時だった。

「リジア・ファウラー」

 そう呼び止めてきたのは魔術理論を受け持つ女性教官、コルネリウス教官だった。ぴったりとしたスーツが見せる体のラインは美しいというのに、角度のつり上がったメガネは威圧感しか与えないと思うのだが、なぜこれを選んだのだろう。

「メザリオ教官が呼んでいますよ。ヘクター・ブラックモア、あなたも来て欲しいそうです」

「俺もですか?」

「そうですよ……あなた達、また何かやったんじゃないわよね?」

 そんな言葉にわたし達は顔を見合わせる。何か、と言われると常に何かしでかしてる気もするが、『どれ』のことだかが分からない。

「特にヘクター・ブラックモア、いくら問題児だらけのパーティーとはいえあなたはリーダーなのだからしっかりまとめてもらわないと」

 予想外にヘクターを的にしたお説教が続いてしまう。わたしは慌てて頭を下げるヘクターの腕を引っ張った。

「すいませーん! メザリオ教官も時間にうるさいんで、急がせてもらいます!」

 そう叫ぶと、わたし達はその場を後にした。




「メザリオ教官が待ってる、っていうのはローザちゃんからも聞いてたんだけど何の用なのかはさっぱりなのよね」

 わたしはヘクターにそう言いながら教官室の扉を開けた。授業前の教官達が慌ただしく動き回っているのが見える。そんな中、朝一の授業は無いのか、のんびりとお茶を飲んでいるメザリオ教官と目が合った。教官は応えるように手を挙げた。

「おー、悪いな、風邪は? 治ったのか、ならいい」

 わたしの短い返事を聞いて教官は珍しくそわそわとし出す。何か気になる。重要な隠し事を告白されるようでこちらまで落ち着かなくなってくるじゃないか。

「時間も無いから簡単に言うか。新しい依頼の話だ」

「……依頼? 俺達に、名指しでってことですか?」

 ヘクターの疑問は最もだ。学生のわたし達に名指しの依頼なんて考えにくい。エミール王子のような元からの知り合いが、お誕生日会を口実に手紙を寄越すことはあったけども。普通はこんな呼び出しまでされて直々に依頼を貰うなんてことはない。こちらから「何か無いですか?」と伺いにくるのだ。

「いや、それが、依頼主は……私になるのかなあ」

「はあ?」

 教官の言葉にわたしは思わず強めの疑問で答えてしまう。

「なんと言うか、依頼人自体は別なんだが、お前達に頼みたい、と思っているのは私なんだ」

 やっぱり意味が分からない。わたしとヘクターが顔を見合わせた時だった。

「じゃあ入ってきてくれ」

 教官がわたし達の背後、扉に向かって声を掛けた。一瞬の間の後にゆっくりとノブが回り、三人の男女が入ってくる。その先頭に立つ人物を見て、わたしは頬が引きつり始めた。

「ヴィクトリア・クレイトン……」

 ピンクのウェーブがかったショートボブに黒いローブを着込んだ魔女は、わたしに挑発的なまなざしを送ると、にっと白い歯を見せるのだった。

 一気にピリピリとした室内にメザリオ教官は、額に浮かんだ暑さからではない汗をハンカチで拭う。

「というわけで依頼人はお前のクラスメイト、ヴィクトリア・クレイトンとその仲間だ。かなり特殊な話なので『なぜ?』と疑問も多いと思う。私の方から内容を言っていくから、受諾は前向きに考えてくれ」

 メザリオ教官の咳払いを聞きながら、わたしは眉を寄せつつ目の前のクラスメイト、及びその仲間の顔を見た。

 まず先頭で偉そうにふんぞり返るのがヴィクトリア。わたしのクラスメイトの魔女である。背丈はセリス程あり、彼女と同様すらりとしていて大変うらやましい。セリスと違うのはおっぱいが無いことだろうか。まあ、わたしも無い。

 そのすぐ後ろにいる男は腰に携えた長剣からファイターと分かる。黒い短髪と意思の強そうな眉から堅物の雰囲気を感じる。今も表情を崩すこと無くわたし達に頭を下げた後は教官の顔をまっすぐ見るだけだ。

 更にその一歩後ろにいるのは、長い黒髪をまだらに緑に染めた不思議な髪の男。それを乱雑に大きめのバンダナで覆い、目元も半分ほどそれによって隠れている。けだるそうな雰囲気といい、少し丸めた背中といいたぶんシーフじゃないだろうか。

「依頼内容は目的地までの同行、ヴィクトリアの伯父の家になるんだが、詳しくは後ほど。それと現地での問題解決に動いてほしい。これはヴィクトリアの伯父から、ヴィクトリアへの依頼があったそうだ。小さな村で起きている事件について探って欲しいとのことだな」

 教官の話にわたしの意識はそちらに戻る。全うな依頼に思える。が、問題はなぜ同じ生徒である彼らから、わざわざわたし達に協力要請があったか、だった。

 わたしの顔を見たのか、メザリオ教官は深く頷きながら彼ら三人を指差した。

「三人しかいないんだ、彼らは」

 その言葉にわたし、ヘクターはぽかんとした後、目を見開いた。

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