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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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再会

「狭い!」

 わたしはやり場の無い怒りを、とりあえず声に出して発散する。隣にいるレオンが迷惑そうに耳を塞いだ。何しろ十五人が物置程度の小部屋に詰まっているのだ。もちろん全員立ちっ放し。息苦しいったらない。

 セントサントリナの街からイニエル湖付近に馬車で急行し、全員がフローラちゃんに乗り込んで川へとダイブした。このままフローラちゃんには気持ちよく泳いでもらい、エミールのいる別荘地へ入り込もう、というわけだ。

 操縦室ではすっかりイグアナマスターとなったフロロが「よし、真っすぐ行け」などと指示を出している。一番のおちびが一番広い場所を占拠しているのも、この窮屈の原因だ。

「うるせーなあ、チビのくせに声がでけえんだよ。お得意の妄想で現実逃避でもしてろ」

 ちっ、と舌打ち混じりのアントンにわたしは怒りで顔が赤くなる。しばらく大人しかったと思ったのに、元気が出ればこれだ。

「うるさいうるさい!大体アンタらみたいなファイターの奴らこそ、狭い場所じゃ暑苦しいのよ!ただでさえ暑いのにますます気温が上がる!」

「ごめん」

「へ、ヘクターは良いのよお」

 そんなわたし達のお馬鹿な会話を聞き、レオンは「相変わらず元気だな」と呟いた。ウーラもくすくす笑っている。粗方、文句も言い終わり、少しの間静かになるが、すぐにセリスの悲鳴で破られた。

「ちょっと!イリヤ、どこ触ってるのよ!」

「俺じゃないよ!興味ないよ、セリスのお尻なんて……」

 その声の後、骨の軋む音と「ぎゃあ!」という悲鳴が上がる。うるさい奴らだ。

 このようにみんなのイライラが頂点に達した時、ローザちゃんが耐えきれない様子のよく表れた大声を上げる。

「大体ねえ!一番、ここにいる意味が分かんない奴ならこいつよおおお!」

 彼女がそう言って睨む相手は、わたしのいる位置からは見えないが、誰の事かは分かる。何故かついてきたヴォイチェフだ。

「乗ってみたかったんでさ」

 役に立つのか立たないのか、いまいち分からない男、ヴォイチェフの地を這う笑声が聞こえてくる。本当、何でついてきたのよ。フローラちゃんに「乗ってみたい」と無理矢理同行してきたものの、こちらとしては一足先にエミール達へ危険を知らせて欲しかったのだが。

「おし!ここだ、こっから別荘地に入れる」

 フロロの軽快な声が聞こえて、わたしは少々無理な体勢になりながら操縦室を覗き込む。ガラスの向こうの景色は綺麗な水の流れとたくさんの水泡が表れては消えていくものだ。その奥、光の届くぎりぎりに銀色の格子が見える。別荘地の湖とその前の支流を隔てる柵に違いない。ここを潜れば晴れて別荘地、のはずだ。フローラちゃんの中にいるからこそ通れる道だった。

 ぎゅうぎゅうと息苦しいのは変わらないのに、全員が静かになり、動向を見守っている。早く出たいのもあるが、初めて本格的にフローラちゃんが役立った、という興奮もある。

 ふと視界の隅に入ったレオンの横顔が、随分固いものに変っているのに気がついた。彼の「家族」に近づいていることがそうさせているのだ。わたしは少し考えた後、見なかったことにした。エミールの元へ行く、と決まった瞬間から再び黒いカツラを身につけたレオンに、わたしは彼の意思を読み取ったからだ。

「……いーえーい、侵入成功!」

 フロロがそう言って手を叩き、両手の親指を頭上に掲げる。全員から弱い歓声が上がった。手放しの喜びにならないのは、よく見えないからだ。しかし彼のテンションからうまくいっている事は分かる。

 またしばらくすると日の当たる場所に出たのだろう。ここまでほんの少し明るくなってきた。

「もう出ていいか?」

 アントンが質問と同時に赤いスイッチに手を伸ばす。答えようとしたフロロは振り向いた時には既に相手がいないことに唖然とした後、肩をすくめた。

「今出ていったって湖にダイブするだけだぜ?……よし、陸に上がった」

 それを聞いてイルヴァ、アルフレート、デイビス、セリスが飛び出して行く。残ったメンバーは「どうぞどうぞ」「お先どうぞ」なんていうやり取りをやってからの退場だ。

 なぜか最後まで残ってしまったわたしとヴォイチェフは自然と目を合わせる。

「……お気に召した?」

 わたしが聞くと忍び笑いの空気の震え。

「まあまあでさね。さ、参りましょう」

 ヴォイチェフはそう答えて出て行く。わたしも一つ頷いてから赤い魔晶石に手を伸ばした。




 出てすぐに表の明るさで目がくらむ。夏なのに加えて水辺特有の日差しが瞳を攻撃してきたのだ。しばし瞼越しの日差しに慣らした後、ゆっくりと目を開いていった。そしてその場の光景に今度は目を見開く。

「ちょっと!」

 メンバー全員が鎧姿の兵士に囲まれている。まぶしい日を反射するプレートメイルに刻まれるのはサントリナ王室の紋章。城の兵で間違いない。さらに抜き身のロングソードでこちらを警戒する構えなのだ。

「面倒くさいわねえ」

 すんなり事が運ばないことに対してなのか、セリスがそんなぼやきを呟く。その彼女含め、先に出ていたメンバーはみんな手を頭の後ろに回していた。中でもおもしろ……いや、悲惨なのはずぶ濡れなのに加えて腕をひねり上げられているアントンだった。

「待ってよ、いきなり物々しい……」

 そう声を上げたわたしを兵士達が睨む。しかし彼らの顔が、一瞬にして変る。

「ヴォ、ヴォイチェフ殿」

「すまんが警戒を解いてやって欲しい。ブルーノ殿は?」

 ヴォイチェフの言葉に素直に従う兵士を見て、彼の城の中での立場が少し伺える。意外な、と思っては失礼だろうか。「早く放せ!」とアントンが兵士に怒鳴り、他のメンバーは溜め息をつくものが多い。そんな中、「だから言っただろうが」と言った兵士の顔には見覚えがあった。

「ブライアン!」

 金髪の兵士の方もこちらに軽く手を振る。兵士達の詰め所での酒盛りで一緒になった兵士の一人だ。強面の外見に似合わず綺麗な声とほぼプラチナに近い金髪はよく覚えている。わたし含め、ヘクター、デイビスなど顔を合わせたメンバーに手を軽く挙げる。

「悪いな、俺はあんた達の顔覚えていたんだが、他の奴らはそうもいかないから。今ヤニックが話をしにいっているから、ちょっと待っててくれ」

 エミールに?と尋ねようとする動きが止まる。林の中に見える姿はほんの少し前にお別れした、凛々しい侍女のものだった。くるぶしまであるスカートの裾を持ち上げながら駆けてくる。

「ファムさん!ここに来てたんだ?」

 走ってきた彼女にそう声を掛けると、切れた息を上手に整えながら答える。

「元々、現在の私はエミール殿下の従者ですので。……それより良かった、皆さんご無事で」

「無事じゃなかった事を想定してたみたいな口ぶりだな」

 アルフレートが言うとファムさんは頷く。

「それは……少し考えましたわよ。あんな状況で突然、追い出されたら『最悪の事態』も想像してしまいます」

 冷静な顔に見えるが、彼女の白い頬が少し上気している。ファムさんのことだから責任も感じてたんだろうな。

 ファムさんと一緒に来たヤニックを入れて、話すわたし達を残りの兵士達が怪訝な、というより不思議そうに見ている。その様子を見回した時だった。

「リジア!」

 随分と懐かしい気分になる声がした。こちらも別れたのは数刻前だというのに。蜂蜜色の綿毛を頭に揺らした天使が走りよって来る。そのエミールの後ろにいるのは『そういやいなくなっていた』ヴォイチェフと眉間にしわ寄せたブルーノだ。いつも通り冷ややかな……といった雰囲気ではなく、興奮しているように見える。こちらに駆け寄ってきたエミールとわたしの間に割り込むと、「どういうことだ」と詰め寄って来た。

「ここにいることなら、あなたの『便利なアイテム』ヴォイチェフが口を滑らしてくれたわよ」

「そうじゃない!……それもあるが、その件については奴にじっくり聞かせてもらう。そうじゃなくてなぜ、私もまだ報告を受けていない『正体不明の集団』の正体と、ここに向かっているという集団の目的まで知っているんだ!?」

 緊急を要する事態とは真逆の調子で、暢気にわたしが「あ、そっち?」と答えると、もの凄い殺気が返される。エミールの危機に慌てるのは分かるけど、そのエミールは再会の挨拶がろくに出来なくてしょんぼりしちゃってるじゃない。

 その『再会』、というキーワードでわたしはレオンの事を思い出す。振り返るとレオンがエミールに近づくところだった。恭しく頭を下げて挨拶し、「お久しぶりでございます、殿下」という黒髪の少年を見てエミールはぽかん、としている。が、目を見開くと、次の瞬間にはレオンを力一杯抱きしめていた。

「よく来てくれました、よく……本当に」

 過剰ともいえる感激の挨拶にレオンの方は慌てて身を引く。そして照れを隠すようにエミールへ言葉をぶつける。

「君のことは嫌いじゃない。でもこういう事は相手の同意を求めるべきだ」

「照れんな、照れんな」

 野次を飛ばすデイビスをきっと睨むが、怒っている方がレオンらしいといえる。腕を組む彼を周りの兵士達が見ているが、エミールに対して不遜なレオンにいい顔でない者がほとんどだ。だが中には好気の目を向けた後に隣の人間にひそひそと耳打ちする者もいる。まずい、よね?

 わたしは何か別の話題を出して誤摩化そうとする。が、その前に声が上がった。

「ほら、行け」

「いってえ!」

 アルフレートの声と、その彼にお尻を蹴飛ばされて前に出たトマリの悲鳴。突然、輪の中心に現れたクーウェニ族にブルーノは冷ややかな目を向ける。

「これがトマリという賊か」

 すでに色々と報告されているらしい。断罪が先か、尋問が先か、というようにブルーノの手が宙を動く。それを制したのはまたもアルフレートだった。

「残念だが時間が無い。不躾は承知で失礼するが我々の指示……は、あんまりか。提案を聞いていただこう」

 とんでもない程に偉そうなエルフにブルーノは固まる。しかし我々にはいつもの事。ちょっとばかし『すいませんねえ』という顔をしていれば済むのである。案の定、ブルーノはぎこちないことこの上ない笑顔で問う。

「聞こうか」

「この先、二手に分かれてもらう。エメラルダ島に渡る者とこの場に残り山賊どもと戦う者だ」

 アルフレートの説明にブルーノとエミールは揃って面食らった顔になり、トマリがうるさいガヤを飛ばす。

「山賊ども呼ばわりかよ。『クリムゾン・フォッグ』っていえば、この辺りじゃ一応、名の通った故買屋集団で……」

「黙れ、日の元に堂々と歩けない集団なんぞ山賊で十分だ。大体、名の通っているんだかどうだか、少なくとも私は知らん」

「それにさ、アンタはあいつらから逃げてきたんだろ~?なんで庇うのさ」

 アルフレートとフロロに容赦なく責められてトマリは縮こまる。だがブルーノには今ので大まかな事情が伝わったようだ。頷きながら「続きを」と促す。

「エメラルダ島に渡るのはもちろんエミール殿下を匿う為。殿下とその警護、数人にしてもらう。それとエメラルダ島への鍵を持つ我々から何人か。この場に残るのは山賊どもと戦う。とは言っても応援がくるまでの足止めだ」

「あっしが動かせる程度ですが、既に救援は頼んでありやす。ただ情報源の元が元なだけに大掛かりなものは頼めやせんで」

 ヴォイチェフはそう補足した後、兵士達に向き直る。

「賊は賊。一つ一つの戦力は我々の比じゃ無い。が、監視が『軍』と使ったぐらいだ。数はそれなりのはず。油断すればすぐに崩れるぞ」

 その言葉に、それまで半信半疑だった兵士達の顔が一気に引き締まる。ほう、と感心していると、

「俺は残る!」

アントンの叫び声が響く。確かに今回、暴れ足りないものね。意気込むのも分かるかな。

「主張されなくてもお前はここだ。戦士達は全員残ってもらう」

 アルフレートの指示に皆が頷く。徐々に張りつめる空気の中、イリヤが青い顔で手を上げた。

「お、俺は残らなくていいんだよね?ファイターじゃないし」

 わたしが彼の肩を叩くと、『ビビりすぎ』と言いたくなるほど飛び上がる。

「イリヤは残らなくていいわよ。というか一緒にエメラルダ島に来て頂戴」

 何しろ重要なキーパーソンに会いに行くわけだ。彼の能力を考えると是非いてもらいたい。ほっとするイリヤを始め、動きが決まりつつあるわたし達を眺めながらブルーノが一歩踏み出す。

「なるほど、それでこの話を私が認めるか……このトマリという人物の話を信じるかどうか、は別の話しだな」

 ひんやりとした温度まで感じてしまうような声は、面白い程にわたし達の動きを止めさせた。

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