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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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エリーザベト

「じゃあ行って来るわ」

 フロロがわたしに向かって手を挙げる。一緒に廊下に出たわたしは「よろしく」と答えて小さな背中を見送った。フロロが向かうのは城の礼拝室。石の玉をフローの像に戻してもらう為だ。フロロなら誰にも見つからずに、何事もなかったかのように戻してくれるだろう。

 わたしはというと今決まったことを、デイビス達にも伝える為に出てきた。セリスのところでいいか、とまず思いつくが、彼女の責任感がある、とはお世辞にも言えない性格に足が止まる。じゃあサラかな?ここはやっぱりリーダーであるデイビスのところかな。でも部屋に大人しくいなそうなんだよなあ。

 そんな事を考えながらふらふらと廊下を歩いていると、長い廊下の中間辺りにあるテラスへのガラス扉が開いているのに気がついた。各自の部屋に付いているものより広いテラスに明るい日差しが降り注いでいる。

 そこにいる二つの影に気付き、わたしは弾かれたように飛び上がると身を隠す。中庭方面を向いてこちらに背を向け、ベンチに座るのはサラとアントンだ。サラの綺麗な長い髪がそよ風に揺れ、アントンの緑色の髪が日を反射している。

 二人を応援……という気持ちは一切ないが、何だか反射的に隠れてしまった。単に野次馬根性が湧いたともいう。あれ?こういう下種な聞き耳は少し前にもやった気がするぞ?

 恥ずかしさと後ろめたさから「やっぱり退散するか」と思いかけた時、

「馬鹿みたい」

サラの声に動きが止まる。吐き捨てるよう、というよりはぼんやりとした独り言のようなサラの声に、アントンがいつものうるさい反論をすることは無かった。

「私の事だってリジアに対抗したいだけじゃない」

 サラの言うのはアントンが意気込んでいる「サラを俺のものにするぜ!」作戦のことだろう。確かに流れとしてはわたしに対抗しているだけのようにも感じるけど……。

「そうかもな」

 アントンのきっぱりとした返事にわたしの方が慌ててしまう。あれ、認めちゃうの?それ認めちゃうとはっきり言って見込み無しになっちゃうと思うんだけど。

 暫く黙っていた二人だが、意を決したようにサラがアントンの方を向く。

「じゃあもうやめようよ!皆、ぎくしゃくしてる。イリヤなんて特に可哀想よ。人の気持ちを誰よりも気にするんだから」

 サラは「それに」と続けた。

「リジア達にも失礼じゃない。……親御さんの事は聞いたけど、貴方も本当に気の毒だと思うけど……アントンだって分かってるくせに。ヘクターが悪いわけじゃない、誰が悪いわけでもないって事」

 そこで急に流れてきた雲のせいか、辺りが暗くなる。サラの言葉と相まってわたしは息を呑んだ。再び光が戻り、そしてまた雲が覆う。今夜の雨は早い時間になりそうだ、と溜め込んだ息をそっと吐く。

「俺だってなあ、わかってるんだよっ」

 少し大きめのアントンの声にまた息が止まった。

「あいつが悪いわけじゃないことぐらい、俺だって分かってるんだよ」

 いつもと変わりない憎たらしい声だったが、どこか違う印象を持つ。わたしは勿論、サラも何も言わずにアントンを見ていた。

「……でもなあ、青臭くてちっちゃい俺には、母親の言う事否定するのは、世界が消えちまうような事だったんだよ」

 アントンの不機嫌でぼそぼそと言う言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなる。それは彼の『だった』という過去形の言い方故だったのか、わたしの中でアントンを良く思えない気持ちが消えたせいなのか。

 サラがアントンの手を取ったのが見える。色っぽさは無いけれど仲間を思う気持ちに溢れた後姿に、ああ、彼らはもう大丈夫だな、とわたしは悟った。偉そうな感想かもしれないけど、本当にそう感じたのだ。

 その場をそっと離れ、廊下を歩く。また厄介なことになってる今回の旅だけど、今の出来事だけで「元」は取れたかな、なんて思う。アントン達の事であってわたし達には直接関係無いかもしれないけど、その場にいれただけで良かったじゃないか。

 自然と機嫌良く廊下を進んでいると、向こうからつんつん頭の大男が歩いてきた。丁度いい所に現れてくれたリーダー、デイビスだ。

 用件を伝えてしまおうと近付くわたしにデイビスは「おう」と挨拶する。そしてお腹を摩りながらぼやいてきた。

「なあ、何か食いに行かねえ?あの胸糞悪い色男の自慢話し聞きながらのメシじゃさあ、俺食った気しなくてよ。体中臭くなるくらいの肉料理が食いたいんだけど」

 無神経男は一人ではなかった……。そう思い顔を歪めるわたしに構うことなく、デイビスは「なあ?なあ?」と繰り返した。




 夜の帳に思うは夕飯の魚の旨さかな。

 なんてアホな事を考えつつテラスから欠けてきた月を見ていた時だった。背後の部屋の中からファムさんの声が聞こえる。

「では、私はこれで」

 そう言って頭を下げる彼女に手を振った。扉の閉まる音の後、目線を表に戻す。今夜もきっちりやってきた夕立も今は止み、響くのは時たま聞こえる木立からの雫の音だけになっていた。

 ふと落とした目線の先、中庭にある人影にわたしは「ん?」と声を漏らす。伸びた背筋に鋭い目付き、何かをじっと考える様子はアルフレートじゃないか。彼の黒々とした髪が闇に解けながら揺れていた。

 向こうもこちらに気付いたようで顔を上げる。わたしは取っておきの変な顔を作って見せてみた。が、苦笑もせずにただ無視される。……可愛くない。

 むくれていると再びアルフレートは顔を上げ、わたしに向かって指を振る。「来い」という合図だ。その偉そうな態度に今更、腹を立ててもしょうがないので、一度頷くと素直に部屋を出ることにした。何の用なのかが単純に気になる。

 廊下をばたばたと走っているとすれ違う侍女に「また動き回ってる」という顔をされるが、気にしないようにして下へと急ぐ。一階へ降りると中庭への扉は開き放たれたままだった。

 中庭に顔を覗かせてどきりとする。上から見ていた時にアルフレートが腰掛けていた丸い花壇の縁にいたのは、見慣れた彼の姿ではなく王妃エリーザベトの姿だったからだ。

 一人ぼんやりと月を眺める彼女にどうしようかと迷う。するとわたしの気配に気付いた王妃が顔をこちらに向けた。にっこりと微笑む顔に緊張がほぐれる。このまま素通りして仲間の姿を探すか、彼女に声を掛けるべきか。が、王妃がわたしの顔をそのまま見ているのに対して、わたしは好奇心のままに王妃の元へと近寄ることにする。

「エミールのお友達ね?」

 だらしない笑顔のまま近寄るわたしに王妃は浮世場慣れした微笑みを向けてくる。その姿はニンフかウンディーネ……そう、王子と同じように妖精のような雰囲気を持った方なのだ。それはわたしに『目の前の彼女は本当にここにいるのか』という奇妙な不安を抱かせた。

 さて、どうしよう、と会話の糸口が掴めずに目が泳ぐ。そんなわたしを王妃はにこにこと見ているだけだ。

「……サントリナは過ごしやすい気候ですね。昼間は暑いけど夜はこの通り涼しいし」

 無難な会話といえば天気の話しだ。これで癇癪起こす人は出会ったことがない。王妃も「そうね」と答えながら笑顔のままだった。とりあえずほっとする。しかし、王妃が真顔になり大きな瞳でわたしの顔をじっと見てくるのに一気に緊張感が押し寄せる。

「あなたは何所から来たの?」

 王妃のあどけない顔から出てきた質問に答えに詰まる。あれ、顔合わせの時の事、忘れちゃったのかな。

「ローラスのウェリスペルトです」

「そう……」

 わたしの答えを聞いて王妃はそう漏らすと暫く黙ってしまった。そしてぼんやりとした顔で語りだす。

「ローラスは良いところね。何よりも自由で……そう、自由があるわ。町中を見たのは馬車の中からだけだったけど、その空気に憧れたの」

 王妃の話しを聞いて何か引っかかる。

 『馬車の中から見た』?ああ、そうだ……。

 そこまで考えた時、視界の隅にゆらりと現れた影に悲鳴を上げそうになる。花壇の脇、ここから少し離れた位置に立つのはアルフレートだ。味方のくせに一番怪しい奴め。

 こちらに近寄ろうとしないエルフと王妃の顔を見比べていると、王妃はわたしににこりと笑う。

「そろそろ部屋に戻るわ。エミールと仲良くしてくれてありがとう」

 王妃らしくは無いが母親らしい台詞をわたしに伝えるとエリーザベトは立ち上がる。暫しその姿を見送らせてもらうことにした。

 彼女の去り方は「ふわりふわり」と擬音を付けたくなる。やっぱりエミールは王妃似だわ。

 かさ、という芝生を踏みつける音に、その音の主に振り返る。

「何でございましょう?」

 わざとらしく恭しい態度でアルフレートに一礼してみせた。アルフレートはわたしの顔を一度じっと見ると何やら重々しく口を開く。

「今からお前は『観察者』になる」

「は?」

「いいから聞け。……ただの『傍観者』で終わるか、立役者になるかはお前次第だ」

 何を……、ともう一度疑問の声をあげようとするわたしにアルフレートは何かを唱え始めた。聞き覚えのあるルーンに眉を上げる。

「インビジビリティ」

 拒否する暇も無いまま、わたしの姿は透明になってしまったはずだ。続けてアルフレートが指し示す方向に目を向ける。王家の人の部屋が集まっているのであろう建物、エミールの部屋もあった棟に入っていく王妃の姿がある。

 どうして気がつかなかったのだろう。雨上がりにあんなところに腰掛けていたのだから当然だ。

 彼女は泥だらけだった。




 きぬ擦れの音だけが響く廊下をコソコソと歩く。脇には見張りの兵士の姿があり、彼らと目が合いそうになるたび心臓が跳ね上がる。わたしの姿は見えていないはずだが、それでも罪悪感は拭えない。

 前を行くエリーザベトは周りを伺うような空気は一切無く、ただ自室へと歩みを進めるだけだ。脇を通り過ぎる際、兵士の顔が怪訝に歪むことも無い。わたしから見れば王妃は異様な姿なのだが……。

 彼女の泥だらけになったドレスを見て眉をひそめる。雨上がりの花壇に腰掛ければ当たり前に想像がつく結果だ。

 階段を上がる。二階……三階。再び伸びる廊下へ足を向けたということは彼女の部屋は三階にあるらしい。

 彼女の後をつけながらこそこそと歩き、心臓が胸を突き破り出てきそうな感覚に耐えているわたしを動かしていたのは、ただひたすらに好奇心からだけだった。アルフレートが言ったのだから何かある、という期待が大きい。

 観察者ね。なってやろうじゃないの。しかしこのまま付いていくだけでいいのか?と思った時、エリーザベトの歩みが止まり左手にあった扉にバタン、と入っていってしまった。どうやら自室に着いたようだ。

 へえ、ここだったんだ、と思ってから嫌な汗が出る。あれ?このままじゃまずくない?このまま廊下にいて途方に暮れてるなら、何の為に来たのよ。王妃を見張るなら一緒に中に入り込まなきゃいけなかったんじゃ……。

 どうしよう、と意味なく首を捻る。どうせ姿は見えないんだ。ドアを開けてみちゃおうか?中にいる彼女に気付かれなければそれで良し。気付かれたとしても「あら、建てつけが悪いのかしら?」で済むかもしれない。王宮の建物が建てつけ悪い、なんて有り得無そうだが。

 迷いながら扉のノブに手を掛けて、緊張のせいで背中から汗が吹き出て止める。なんて動作を何度か繰り返していると別の足音が聞こえてきた。その方向、右手を見ると廊下の曲がり角から若い侍女が花瓶を手にやって来る。もちろんわたしに気付く様子は無い。

 ほっとしつつも「もしこの侍女にぶつかったりしたら大変だ」と思い、扉から離れて壁にへばりつく。ちょっと「何してんだろう、わたし」という気持ちがもたげてくるが我慢だ。

 やがて侍女もわたしの前を通り過ぎ、階段方向へ曲がっていく。もう一度息をついて何となく侍女がやって来た廊下の角の方へ目をやった。

 大きめの窓が並ぶ通路を見て空気、時間が止まったような感覚に陥る。いや、止まったのはわたしの思考だ。背中にまとわりつく嫌な汗を感じながらのろのろと廊下の角へ足を進める。

 角へ着くと壁に手を当て、次に窓の外へ目をやる。隣りの建物、わたし達が寝泊りする棟が見えた。

 そうだ……ここってわたし達の部屋がある階、丁度セリスの部屋の真向かいなんだ。

 心拍数が上がるのを感じながらもう一度壁を手で撫でる。どうして気付かなかったのだろう、と窓から見える隣りの建物、その中を覗きこんだ。

 ここと隣りの建物は中の部屋割りは大分違う様子なものの、建物自体は同じ形だ。それが鏡合わせのように対に建っている。だから今いる廊下の角と同じような角が隣りの建物内、ちょうど真向かいにも見える。

 そう、だからおかしいのだ。二日目の晩にエリーザベトがここで誰かと談笑していた光景は。あの時も丁度真向かいから彼女の姿を見ていたわたしには、今左手に伸びる廊下が見えていた。その方向にも彼女の後ろにも誰の姿も無かった。そして彼女が笑顔を向けていた先には……この白い壁しか無かったはずなのだから。

 不意に湧いた人の気配にわたしは慌てて振り返る。そこにいた女の姿に思わず悲鳴を上げそうになった。エリーザベトだ。何故か真っ直ぐこちらを見る顔に「なぜ?どうして?」と焦る。魔法が切れたのか、と思うが廊下に並ぶ兵士達はわたしに目も向けていない。

 偶々か、気配を感じ取っているのか分からない。わたしは今も尚こちらを見る彼女に息を止めて後ずさる。

「なんで……」

 ゆったりと歩き始めた王妃がわたしを見据えたまま近寄ってくるのに、わたしは嗚咽のような声を漏らしてしまった。

 今、動けなくなっているのは好奇心からじゃない。単純な恐怖からだった。足に力が入らなく、崩れ落ちそうなわたしの腕をエリーザベトはがっしりと掴んできた。「しまった」と思うよりも、彼女の手が妙に暖かいことに気を取られてしまった。

「私が悪い子だから捕まえに来たの?」

「な、何を……」

 エリーザベトの奇妙な言葉に尋ね返すが、頭の中は真っ白だ。見開いてこちらを見る瞳に宿るのは狂気か。いや、そんなものは感じず、やっぱり「彼女はわたしを見ているのだろうか?」と疑問に思ってしまうようなものだ。

「だってあなた、魔法使いじゃない」

 王妃の言葉はまるで幼児のようだった。

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