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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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お月様は見ていた

「な、なんでそうなるのよ。困るわよ」

 慌てて手を振るわたしにフロロはあっけらかんと答え出す。

「んなもん、反国王派の輩の丁度良い駒になりそうだからに決まってるだろ?」

「レオンなら本物のお世継ぎ様だし、城には居なかったんだから都合よく洗脳出来そうだもんね」

 セリスが食べ終わったサラダの器を置き、自らの台詞に頷いている。わたしは暫し呆気に取られる。ショックなのかもしれない。

「でもレオン、やっぱり来るんだね」

 わたしの呟きにフロロは「まだわかんないけどな」と返してきた。

「しかしそういう身の上とはいえ、レオンも渦中の人になる運命なのね~。そういう星の下に生まれた、って感じ?」

 セリスの台詞は毎度の事ながら人事、といったものだ。でもそれが当たり前なのかもしれない。




 店の外に出るとほんのりオレンジになった空の色に慌て、三人で城に急ぐ。少し遅めの時間になったからか、これまでより厳重なチェックを受けて城内へと入った。

 すると左手、本殿の前庭に立派な馬車が停まっているのが目に入る。大きな豪華仕様の車体を見て下っ腹にぐっと力が入ってしまう。

 その馬車の前にいた二人組みの内、一人がこちらに手を挙げる。ふわふわとした金髪が風に踊る美男子。身長も大きく、デイビスくらいあるかもしれない。薄手のジャケットを羽織う姿は湖で見かけた時よりも貴族然としている。

「やあ、エミールのお友達だね?」

 響かせる声は低すぎず、嫌味も無い。ただ強制的に注目するよう促されるような攻撃性を感じてしまった。持ち主は近付いてきたわたし達に手を差し出す。

「従兄弟のレイモンだ。よろしくね」

 わたし、フロロ、セリスと順に、力強く握手するレイモンの煌びやかな笑顔は「なるほど、これが『太陽のような男』か」と納得せざるを得ないものだ。

 しかしその彼よりもわたしが目を奪われたのは、後ろに立つ女性の方だった。わたしの視線を感じたのか彼女もグローブを取り、手を差し出してくる。

「アルダ・サルヴィよ。よろしく」

 少し横柄な感もあるが優雅なので嫌な気持ちにさせない。大きな目と長い睫毛、つんとした表情にどきどきとする。間違いなく湖で見かけた『美女』だ。豊満な体と美しい顔もさることながら、これ程までに「人に注目される為に生まれてきた女性」をわたしは知らない。胸元をひけらかすドレスではないものの、体の線を隠さない服装は自分の魅力を十分に分かっている大人の女性だ。

 挨拶を済ませるとレイモンが改めてわたし達を見る。

「エリーザベトの誕生会もそうだけど、実は君達と会うのも楽しみにしていたんだ。その……中々知り合えないからね、君達のような冒険者とは」

「そりゃあ俺達も同じ事よ」

 フロロがにこやかに返す。何やら含みを持った盗賊には気付かなかったらしく、レイモンは白い歯を見せた。

「エミールの話しを聞いていたものでね!失礼ながら興味を惹かれたんだ。私にも君らを満足させてあげられるような話しが出来ればいいんだけど」

 本音か社交辞令か、わたしには分からない。が、わたし達の軽い返事を聞くと満足そうにアルダを引き連れ、城の本殿へと入っていった。

「彼に何か思うことがあるみたいねえ、リジア」

 声にはっとするとセリスがにやにや顔でこちらを見ている。

「……当たり前でしょう?」

 わたしはそう答えながら「エミールを除いて王位継承に一番近いのはレイモンなんだ」というヤニックの話しを思い出していた。

「確かに自己主張がちょいと激しすぎる奴だな」

 フロロの呟きにわたしもセリスも彼の猫耳を見下ろす。フロロは目の前の目にうるさい豪華馬車を指差した後、先程入ってきた裏門の方を指差した。

「この多頭引きに大型車体の馬車じゃ裏門は通れないぜ。……エミールですら私用の時は裏門使ってるのに随分な態度だな」

 わたしとセリスは顔を見合わせる。そういえば別荘に行く時も裏門から出発したんだ。わたし達はもちろんだけど正門は公用時にしか使わないのかもしれない。




 自分の部屋に戻ると出掛ける前よりも人が増えていた。紅茶のカップを傾けるローザとポットを持つファムさん。そして仏頂面のアルフレートだ。

「言うとおり行って来たんだから、そんな嫌な顔しないでよ」

 わたしの文句にアルフレートは「違う」とだけ言い放つ。いや、人の部屋に入ってきておいてそういう態度が嫌なんだけど。

 不服を顔に出すわたしにアルフレートはテーブルに置いてあった本を示してくる。二冊の薄い本だ。一冊には「はじめての薬草」とあり、もう一冊には「乗馬の基本」とある。両方とも内容といい初心者向けの薄い作りといい、なんだかアルフレートには似合わない。

「何これ?」

 わたしの疑問に答える声は低くてだるそうだ。

「イザベラの夫に子供が死亡した原因が分かった」

 声とは裏腹に重い内容を聞き、わたしもローザも目を見開いた。 「『ルカー』という薬草がある。酒造りにも使われるらしいが、馬を含めた大型の動物はこの植物が生える場所に行くと激しい興奮状態になるらしい」

 「はじめての薬草」という本を手にしながらアルフレートは続ける。その本を置くと「次はこっち」ともう一冊を手に取った。

「こっちの本はサントリナで書かれたものだ。内容もサントリナ中心なんだ。おすすめの乗馬スポットやらは全部サントリナの地名になってるローカルな本だな。……ここまで言えば分かるだろ?サントリナの中心より南に広がるトットムール平原は『ルカー』の生息地だから、夏の季節は入ってはいけない、となってる。大型の危険生物がいないのも『ルカー』が生える場所だから、だそうな」

 アルフレートの話しが終わるとローザが腰を浮かせながら声を張り上げた。

「ちょっとちょっと!これって凄い事実よ!?」

「イザベラの家族は誰もこの事知らないの?」

 わたしはファムさんに尋ねる。少し咎める調子になってしまったからか、困った顔をされた。

「知らなかったからこそ、出掛けられたんでしょう。私も馬は乗らないもので知りませんでしたし……。そもそもお二人の事故も『普段やらない慣れない乗馬をやった為の事故』となってますから」

「そういうことだ。知らずにのん気に出掛けたのかもしれない。誰かにそそのかされたのかもしれない。今になっては分からん」

 ツンとしたアルフレートにわたしは思わず疑問を投げかける。

「じゃあなんでそんな不機嫌なのよ」

 これにはたっぷりと間を置いて答えが返ってきた。

「……全部が一つの方向に誘導されてるようで気に食わない」

 わたしの「は?」という声はノックの音でかき消される。

「お食事の時間です」

 顔を見せたのは前に見たおさげ髪の侍女だ。なんでこう良いタイミングで中断されるんだろう。

 不満げなわたしとローザを余所にアルフレートはさっさと部屋を出て行く。その態度が気に食わないのもあるが、食事自体が気乗りしない。

「どうしたの?お腹痛いの?」

 胃の辺りと摩るわたしにローザが尋ねてくるが、どでかいハンバーガーの話しをするのは何となく気が引ける。間食を母に咎められる子供のようだ、と自分で思う。曖昧に返事しながら部屋を出ると廊下に人影が多くなっていた。

 あちこちにある大きな木の箱と忙しなく動き回る侍女達の姿に首を傾げていると、ファムさんが口を開いた。

「王妃様のお誕生会の準備です。城中にお好きな花を飾るんですよ。今年はチューリップです」

「へえ!少し時期が遅いから用意も大変そうね~」

 そう答えるローザは声が弾んでいた。園芸趣味には楽しいのだろう。箱の中をこっそり覗いてみている。

「うわあ!すごい立派!素人の手の物じゃないわあ。……今年は、って毎年変るのね、大変ねえ」

 ローザの楽しそうな様子を前に、わたしはといえば大層な準備の会に、改めて自分が場違いな感がしていた。




 食事のあまり進まないわたしとセリス、フロロにエミールは心配そうな顔をする。少々肩身の狭い三人をアントンが「けっ」と睨んできた。

「どうせ表でつまみ食いしてきたんだろ?良いよな、俺は未だに窮屈な暮らしだっつーのに」

 どうしてこういう勘だけは鋭いのか。セリスに睨み返されただけで大人しくなるのも気に入らない。

 そんな多少のぎすぎすを含んだ夕餉の時間が終わると、ホールを出ようとしたわたしにエミールが声を掛けてくる。

「リジア、後で少しお話し出来ませんか?」

 他のメンバーには聞こえないひっそりとした声に「ついにきたか」と、頭の中で架空の武将が立ち上がる。戦争だ。戦いの準備だ。

「えっと、いいけどわたしだけ?」

「その方が嬉しいです」

 エミールの答えにどっと汗が吹き出る。正直に答えられると反論し辛い。

「えーっと、じゃあエミールの部屋に行けばいいのかな」

「いえ、それは時間的に失礼ですから中庭で落ち合うのはどうでしょう」

 この答えにも顔が引き攣る。自室に招くのは失礼って……思ったより大人じゃないか。

「……わかったわ、後でね」

 わたしの返事を聞くと嬉しそうにエミールは頷く。どうしよう、とまず考えてしまうわたしは本当に人からの好意に慣れていないのだな。

 廊下に出ると何故かフロロだけが待っていた。

「どうすんだよ、リジア。あの様子だといきなり告白もありえるぜ!」

 ひそひそ声だが明らかに盛り上がっている調子のフロロにどっと疲れる。

「……だとしたらわたしも自己評価をもうちょっと考え直した方がいいかもしれないわ。モテ女の称号も夢じゃないかも」

 このわたしの返しに何が面白いのか、フロロは大変満足そうに「ケケケ」と笑った。




 約束の時間になり、わたしは部屋を出る。惜しみ無くライトで照らされる廊下を抜け、表に出ると普段以上に大きく見える月があった。

 今日は夕立も無かったので気温も高いままだ。乾いた空気が肌を撫でると水分を持っていかれるような気分になる。

 薄暗い中庭、上から見ると円の形をした花壇の縁にちょこんと座るエミールの姿がある。いつか見た天使の油絵を思い出した。そう、彼にはまだ性の匂いが無い。こちらに気付いてにこりと笑う顔は赤ちゃんみたいに純粋だ。

「あと数日で帰ってしまうんですね」

 隣りに座ったわたしを見ることなくエミールが呟いた。そうか、長い滞在だなあと思っていたのはわたし達の方で、エミールは寂しいんだな。

「申し訳ないな、って思うくらい良くして貰ったからありがとうね。いつかわたし達の方がエミールを招待出来ればいいんだけど」

「気持ちだけで嬉しいですよ」

 エミールの返事はそう簡単には事を運べないのを分かっているもので、可哀想になってしまった。もう少し言葉を選べば良かった。

 ふと顔を上げたエミールが空を指差す。大きい分、煌々と辺りを照らす月を見上げた。

「せっかく晴れたのに満月じゃないですね。少しだけ欠けてる」

 エミールの言う通り、満月には少し足りない。言われてみれば、ぐらいだけれど。エミールが「いつもそうなんです」と漏らした言葉の意味が分からずにわたしは首を傾げる。すると突然、エミールが立ち上がった。慣れた仕草でマントを翻し、わたしの前にすっと跪く。真っ直ぐこちらを見上げる顔に思考が停まりそうになる。

 咄嗟に何してるの!と咎める為、息を呑んだ。が、エミールに手を取られる。

「リジア、僕と結婚してくれませんか?」

 こちらを見る綺麗な瞳を眺めてしまう。言われた言葉の意味が分からずにひたすら翡翠色の丸い目を見続けた。

 今、何て言ったんだろう、この子。何言ったか分かってるのかしら。というか結婚の意味分かってるの?……って結婚!?結婚だとう!?

「ち、ちちちちょっと待って!!」

 喉の感触で自分の声の大きさに気付き、慌てて辺りを見渡す。建物の窓にちらりと侍女の影が映り、どきりとするが真っ直ぐ歩いて行ってしまった。

 エミールもびっくりした顔をしていたが、直ぐに真顔に戻る。そ、そんな真っ直ぐな目で見ないで欲しい。

 わたしは自分の隣り、先程まで彼の座っていた部分を叩き、座るよう促した。それに従う姿を見届けると、掠れた声で答え始めた。

「け、結婚っていうのは、自分達の気持ちだけじゃない事だと思うの」

 苦し紛れに搾り出した台詞に自分で慌てる。いかん、これは違う。ずれている。

 しかし寸前まで「もしかして告白受けたりしちゃうのかな~」なんて事は予想していたというのに、プロポーズとは。色々すっ飛ばし過ぎてて何から伝えていいやら。

「……あのね、エミール」

 ふう、と深呼吸すると頭が冴えてきた。様々な言葉が浮かんでは消えていくが、隣りにいる肩の細い少年にはなるべく正直に答えようと思う。

「エミールのことは好きか嫌いか、で聞かれると好きなんだけど、異性としてどうですか?ってなると答えられないんだ。それは答えづらいんじゃなくて本当に分からないのね。年齢のこともあるし、失礼かもしれないけど、王子様なんてわたしにとっては遠い遠い世界の人だから」

 エミールがゆっくりと頷いた。自分でも正直過ぎるか?と思うが、これでいいのだと無理やり納得させる。

「あのね、わたしにとってもエミールは大事な人だからなるべく傷つけたくない、傷ついて欲しくない、って思うのね?でも……今の気持ちには応えられない」

 答えが半ば分かっていたのだろうか。エミールは顔を歪めるといったことも無く頷いている。

「正直に言わせて貰えばせっかく仲良くなれたんだから、このままでいて欲しいと思う。でもエミールが『結婚してくれないなら無理』って思うなら、わたしはそれに合わせるよ」

 暫く沈黙が続いたことでわたしの話しが終了したと思ったのだろう。エミールはふ、と視線を落とした。

「……リジアは真っ直ぐなんですね。きっと、貴方が自分で思っている以上に真っ直ぐですよ」

 わたしはそれを聞いてうっと詰まる。褒められているようでそうでないような。それにこの台詞で何だかエミールが大人に見えてしまった。

「でも、伝えて良かったです。そう思わせてくれてありがとう」

 エミールの言葉はわたしを一番ほっとさせるものだった。本心かは分からない。でもそう言ってくれて良かった。

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