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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第一話 探せ!ぼくらのリーダー
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魔女っ子、捧げられる

 先頭にフロロを置く列に追いつく。ローザが土の壁を指でなぞり、呟いた。

「中は土壁なのね……」

「自然洞窟なんて言ってたが、洞穴みたいなところを後から掘り進めていったんじゃないか?」

 アルフレートの言葉を聞いてわたしも壁に手を触れる。ひんやりと冷たく湿っている。何か掘り起こす目的の物があるのか、単に居住スペースの為なのか。木の根が走っている箇所も多い。これのお陰で崩れないでいるのかもしれない。

 ふと、先頭を歩くフロロが足を止めた。

「二手に分かれてるぜ。どうする?」

 小さな手が指し示す通り、先が二手に分かれている。両方とも道幅は狭くなり、明かりも見えない。

「右はちょっと下ってるな。左は逆に上ってる」

 フロロが足で地面を擦るような動きを見せる。下り……ってちょっと嫌かな。

「『左手の法則』とか言うじゃない。左に行かない?」

 ローザが左の道を指差した。

「それは左に行けば正しい、とかいう意味じゃないぞ?」

「し、知ってるわよ」

 アルフレートとローザが言い合う後ろからヘクターがフロロに声を掛ける。

「ゴブリンの声はまだする?」

 フロロは頷き答える。

「うるさいのは左だな。音が反響しまくってて分かんないけど」

 じゃあ左に行くか、という空気になる。ゴブリンに会いにきたわけではないが、サイヴァの紋章を掲げるモンスターをそのままにするわけにもいかない。

「なんかじめじめすんなー。当たり前だけど」

 フロロがぼやくように周りの空気がひんやりして湿っているのだ。土の中を歩いているようなものなのだから当たり前なんだけど、足元もぬるぬるしていて不安定だ。

「不安になってきたわ……歌いながら行かない?」

 ローザの提案をアルフレートに拾われる前にわたしは首を振る。

「来襲を知らせてどうするのよ……」

 ローザは「そ、そうね」と前を向いた。綺麗な白のローブが揺れるのを見て、汚れたらもったいないな、と思ってしまった。

 脇道も現れないのでそのまま進み続けていると、またフロロが足を止める。

「……火の匂いがするな」

 火の匂い、と言われてもわたしには変わらずひんやりした土の匂いしかしない。わたし達が明かりに使っているのも魔法の光だ。

「居住空間が近いんじゃないか?」

 アルフレートの言う通り、ゴブリンの住処となっている所に近いのかもしれない。それよりもわたしには気になることがあった。

「なんかさ、下りになってきてない?」

 踏みしめる地面が先程までは上り坂だったのに、少しずつ下りに変わってきている気がする。フロロがわたしの方に振り返った。

「やっぱそうだよな?……なんか嫌な造りだなあ」

 また暫く進むとフロロの予感は当たってしまった事が分かる。太ももにかかる負担がかなりきつい下り坂になってきてしまったのだ。その上道幅が見るからに狭まってきている。

 今にも転げてしまいそうな足を見ながらわたしは口を開いた。

「戻らない?」

 二手に分かれた道の片側を思い起こす。しかしフロロは速度を緩めながらも渋い顔だ。

「ゴブリン共の声が大分近いんだよな……。何でこんなところに住んでるんだか」

 その時、首筋にぴとりと水滴が掛かる。「うわ」と呟き、反射的に首に手を伸ばした。

「こうもりの糞じゃないか?」

 アルフレートの声にぞっとする。が、天井を見上げてはっとした。

「こ、こうもりなんていないじゃん!」

 かっとして足を踏み出す。すぐにしまった、と思うがもう遅い。ずるりと足を滑らせて、お尻を地面に打ち付けた。と思ったら、

「ひえ!?」

そのまま体が下へと滑っていく。

「リジア!」

 誰かの叫びがあっという間に聞こえなくなり、ざざざ!と滑る体は止まってくれない。

「のおおおおおお!」

 その叫びは狭い空洞に木霊し、落ちる速度に恐怖する。真っ暗闇を突き進むだけの感覚に気を失いかけた時、急激に視界が開け、ざ!と空に投げ出された。

 ふわりとした浮遊感は一瞬のことで、次の瞬間にはがしゃん!というけたたましい音と共に背中に激しい痛み。

「あ、く……」

 息が詰まる。暫く無言でのた打ち回るが、周りの明るさにはっとして顔を上げる。

 ゴブリン達がわたしを見上げている。つり上がった目に歪な鼻、鋭い八重歯が覗く口元といい本でみたゴブリンそのままだった。が、ぽかんとこちらを見る顔は揃って間抜けに見える。

 ぱちぱちと爆ぜる音がする。振り返ると巨大なサイヴァの紋章が洞窟の壁に彫られていた。その前に赤々と燃える大松明が固定されている。

 ここって祭壇なんじゃ……。わたしを幾重にも取り囲む数のゴブリンが揃って頭上にこちらを見ているのだ。

「ギイ……ギイ!」

 耳障りな声が一つ上がるとそれに反応するように大合唱になる。立ち上がろうとした足元、ブーツの踵がカチ、と金属音を立てた。その音を不思議に思い、下を見るとわたしが乗っているのは大きな銀のプレートのような物だった。

「ギギ、ギグギグ」

 判別出来ない呟きを漏らしながらわらわらとゴブリン達が近づいてきた。恐怖で固まっていると、ぐい、と体が持ち上がる。数人掛かりで銀のプレートを持ち上げて、わたしを乗せたまま移動していこうとする。

「え、ちょっと!待った!待って!嘘嘘嘘!」

 向かう先が大きな炎を上げる大松明だと気付き、わたしは悲鳴を上げた。

 生贄だ!自分の立ち位置を理解した瞬間、パニックになる。反対にゴブリン達は乗り乗りの雰囲気でプレートに乗ったわたしを運んでいく。

「ゲギョゲギョ!」

と陽気な声を上げるとプレートを揃った動きで振り始めた。

「うおあー!やめて!」

 悲鳴を上げるが動きが止まることはない。もしかして火の中に投げ入れるつもりなのか。わたしは必死でプレートにしがみつく。ゴブリン達は揺らす動きを止めないまま、大松明へ足を進めていく。

 徐々に近づく炎にごくり、喉を鳴らした。逃げなきゃ!と漸く体が動き出す。手段を探す為揺れる視界の中、辺りの様子を窺った。

 暗いので隅まで様子が見えるわけではないが、かなり広い空間に見える。そこに無数のゴブリンが蠢いていた。背後に感じる炎の熱に焦りが増すが逃げ場が見えない。

 どうしよう、と目線を動かしていた時だった。わたしが落ちてきた出口だろうか。上の方にぽっかりと開いた穴からぽーん!と影が飛び出してくる。続けてもう一つ。地面に着地するなり手に持った武器を振り回すのが見えた。

 イルヴァとヘクターだ!そう気付いた瞬間、力が抜けていく。わたしを運んでいたゴブリン達が「ギギー!」と叫ぶと、わたしを放り投げて二人の方へ飛び出していった。

「あだ!」

 投げ出されたわたしはプレートががしゃん!と落ちる音と一緒に地面に顔を打ち付ける。

「だいじょぶか?」

 聞きなれた声に顔を上げるとこちらを見るフロロの姿。ほっとするわたしを指差し、フロロはげらげらと笑い出した。

「ひでー顔!真っ黒じゃんよ」

「うそ!」

 頬に手を伸ばすと泥の感触。最悪だ……。既に泥だらけのローブで顔を拭うと、フロロの手引きに付いて祭壇の後ろに隠れる。

「ローザちゃんとアルフレートは?」

「ローザが落ちてくアンタ見て腰抜かしちゃったんで、アルが他の道探してる」

 ということは今いる三人はわたしの後に続いて来たのか。凄い度胸だな、と感心してしまう。するとフロロが呟いた。

「にいちゃんもイルヴァも躊躇なく突っ込んでくから、こっちも迷う暇なかったぜ」

 その二人を祭壇の脇から覗き見る。広間の中央でイルヴァがウォーハンマーを振り回す豪快な姿がある。棘のついた鉄球がゴブリンの体に当たると、面白いように吹っ飛んでいった。細い腕にどこにそんなパワーが隠されているんだろう。二匹、三匹とまとめて壁に叩きつけるイルヴァは表情は変わらないが、心なしか生き生きしているように見える。

「イルヴァってさあ、悪役っぽいよな」

 けけけ、と笑うフロロの言葉にはノーコメントとさせていただく。確かに悪役っぽいが黒い髪が揺れる様が綺麗だな、と思う。

 そのイルヴァの後ろ、無駄の無い動きでゴブリンを一体一体仕留めていくのはヘクターだ。右腕に光るロングソードが水平に動くと一体、返す手でまた一体と倒れていく。

「うわーんかっこいいよおー!」

 思わず漏れる本音。はっとしてフロロを見るが、彼の方は違う方向を見ていた。突如現れた戦士達に堪らん、と思ったのかゴブリン達が広間の左手にある通路に走っていっているのだ。

 そこから顔を出した二人組みに息を呑む。ぎゃーぎゃーと喧嘩しながら歩いてくるのはアルフレートとローザだった。駆け寄るゴブリン達の姿に喧嘩を止め、ローザが顔を手で覆う。わたしとフロロは祭壇裏から飛び出していた。

 その様子を見たのかヘクターがローザ達の方へ向き、顔を強張らせる。わたしも足が止まり、体が硬直した。

「ぎゃー!」

 フロロが耳を押さえてその場にうずくまる。大量のゴブリンを前に、アルフレートが取り出したのは銀のハープだった。

 止める間も無くぽろん、と弦を弾く美しい音色が響く。わたしも慌てて耳に指を突っ込む。

 次の瞬間、脳髄をぐりぐりと刺激するような不快音が広間に爆発した。全身の肌がびりびりと痺れる。頭が痛い。なぜか喉も痛い!神様お許しください、お願いします!と何回も頭の中で唱える。

 何度目のお祈りの後だったか、肌を刺す刺激が無くなったことで薄っすら目を開けていく。

「おおう……」

 わたしは思わず呻いた。広間に倒れる大量のゴブリン達の姿。イルヴァとヘクターが仕留めたものもいるだろうが、半分は泡を吹いて痙攣している。なぜかその姿には「可哀想に」と思ってしまった。

「いやあ、歌っていいものだね」

 のん気なエルフの声には本気で殺意が湧く。大体がわたしが転んで泥だらけなのも、ゴブリンの怪しい儀式の生贄になりそうになったのも、全部こいつのせいじゃないか。

 顔をもう一度拭っておく。隣りで耳を押さえて震えているフロロを立ち上がらせると、ヘクターとイルヴァも頭を振りながら起き上がった。

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