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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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サントリナの女帝

 わたし達の空気に感じるものがあったのか、コリーンは初めて見せる真顔になる。

「……単なる噂話よ?私みたいに真剣に受け取らない人間の方が多いんだから、あんまり気にしないで欲しいけど『レオン様が生きてる』って噂があるの」

「あー……」

 わたしは呻く。その後、言葉を続けようとしたが何を言うべきか迷ってしまった。

 レオンの事って言わない方が良いんだっけ?特に口止めもされていないから言っても良いのだろうけど。レオン本人が帰る気がないのだから、言っても言わなくても同じだろうとは思う。だからこそブルーノから何も言われなかったのだろうし。

「そのレオン様がラグディスに現れて、エミール王子に王位継承権を主張したんだけど、王子が追いやったって。話しを聞くまでもなく追いやったけど、どうやら本物だったんじゃないかって話しよ。なんでも王室に代々伝わる指輪を持っていたとかで、指輪だけを奪い取って町から追い出したんですって。それを面白おかしく『随分としたたかに育って』なんて言う人がいるのよ」

「それってエミール王子の事ですよね?」

「うん、そうよ」

 わたしの質問に少々バツが悪そうになるコリーンに、逆に申し訳ないな、と思う。

 わたしもヘクターも黙ってしまった。指輪の話しまで漏れているのだ。それが何とも言えないショックになっていた。エミールの言われようは権威ある者に対する平民の噂、という事であまり気にはならない。よくあることだろうとは思う。が、

「……そんな人じゃないけどな」

 そう返すのが精一杯だった。

 重い空気にするのも嫌だな、とわたしは席に戻ってきたコリーンに窯の事を尋ねたりして話題を変える。コリーンもすっきりとはしていないはずだが、親切に火の熾し方などを話してくれた。

 テーブルに用意されていた昼食とお茶を片付けると、ヘクターがゆっくりと口を開く。

「コリーン、親父の剣を持って行こうと思う」

 コリーンはたっぷりと間を取って、その間ヘクターの顔を眺めると「そう」と呟いた。椅子から立ち上がる彼女にわたし達も続く。

「タウノが持って来てから、物置に仕舞ったままよ。だから状態は良くないと思うけど」

 そう言いながら玄関へ向かっていった。彼女について行きながら、

「別に特別な剣じゃないんだ。ちょっと良いもの、ぐらいのものだよ」

ヘクターはわたしに言いながら苦笑した。『タウノが持ってきた』という事は本当に最期まで持っていた形見になるのか。

 手入れが行き届いた植木の多い庭につくと小さな物置がある。先に着いていたコリーンが中をごそごそとしていた。すぐに一本の剣を持ってくるとヘクターに手渡す。今、彼が腰に携えているものよりも一回り大きい。もしかしたら今まで使っていなかったのには身長の問題もあったのだろうか。

 コリーンから渡された剣を鞘から抜くと、ヘクターは柄を顔に持ってきてから日に当てるように水平に構える。じっと刀身を見る姿は勇ましくてかっこいい。でもなんだか近寄り難かった。

「……うん、大丈夫。手入れすれば良くなるよ」

 そう言うと鞘に素早く仕舞う。ヘクターの動作を見終えてからコリーンは彼に語りかける。

「本当はね、あなたが冒険者になるって聞いた時に止めたかったの。でも今みたいな姿見るとおじさん達が止めなかったのも分かるわね」

「じいちゃん達は止めても無駄だと思ってるからじゃない?」

 ヘクターはそう言って笑った後、コリーンに「そろそろ行くよ」と伝えた。少し不満そうではあったがコリーンは、

「そう、なんだかあなた達も忙しそうだものね」

と言って息を吐いた。

「是非また来てね」

 わたしに笑顔を向けるコリーンと握手する。通りに出てからも手を振っているコリーンに何度か振り返りながら家を後にする。角を曲がり、姿が見えなくなった時、ヘクターが口を開いた。

「……自分の気持ちの区切りもあるだろうけど、あんまり俺や親父の荷物があの家に残るのもコリーナの為に良くないんだ。もうあそこはコリーンの家なんだから」

 そう言って前を見るヘクターの顔はまたひどく大人びたものに戻っていた。

 城まであと少し、という通りまで来ると隣りを歩く影が立ち止まる。

「……やっぱりもう少し町を見ていこうか」

 その提案にわたしは全力で頷いた。

「どうする?旧市街の方行くと学園とかあるけど、ちょっと遠いかな。こっちの方だと俺がよく行ってたのは……」

 ヘクターの話しにうんうん、と相槌を打っていた時だった。

「失礼」

 わたしは一人の少年と肩がぶつかる。颯爽と立ち去る少年は背丈はわたしぐらい。ということは年下だろう。黒髪に黒のマントが揺れていた。

 少年が通りから消えてしまってからはっとする。慌てて懐を確かめた。

「……あった」

 自分の財布を指で探り当て、ほっと息をつく。スリに合うのが二回目なんて洒落にならん。しかし考えすぎで良かった。




 あまり長居しても文句言われそうだ、と夕方には城に戻る。見張りの変わった裏門を通り宮殿に帰ると、フロロの部屋に向かう。わたしの部屋の一階下、階段からすぐの部屋をノックすると、

「……おう、お帰り」

にやついた顔がすぐに出てきた。

「兄ちゃんからデートのお誘いとは俺も予想外だったね。てっきり……」

「そういう話しをしに来たんじゃないんだ」

 ぺらぺらと憎らしい口を利くフロロの話しをヘクターが遮る。「分かってるよ」と言ってフロロは肩をすくめてみせた。

「ちょっとぐらいからかってもいいだろ。……俺のところ来たって事は何か聞いてきたな?」

 飲み込みの早いシーフにわたしとヘクターは頷く。部屋に入ると三人でテーブルを囲む。

 ヘクターの生家、コリーナの家に行ってきたというとにやにやしていたフロロだが、話しが町で流れる噂になると眉を寄せて厳しい顔になる。

「ちょっと待てよ。なんで『指輪の話し』まで漏れてるんだ?アレ、俺らしかいない時だったよな?」

 テーブルに肘つく彼の言う通り、ラグディスでの会談でレオンが指輪を出したその場にいたのはわたし、ヘクター、アルフレートとフロロ、それにイリヤ。王室側の人間がエミールとレオン、ブルーノ。それに神殿にいたアルシオーネ大神官のみ。どう考えても噂を流す出所になりそうな人物がいない。

 暫くの沈黙の後、わたしとフロロは同時に「お前だ!」と指を差し合う。

「……まあ冗談はこれくらいにして、フロロ、何とか探れない?」

 わたしが尋ねると暫くの間、お行儀悪くテーブルに足を乗せて椅子を揺らしていたが、フロロはふっと姿勢を戻す。

「かなり難しいだろうけどな。ちょっと行ってくる。暫く町の方に篭るから……そうだな、明日の夜になっても戻らなかったら心配してくれ」

「そんなに?聞き込みにかこつけて町で遊んでくるんじゃないでしょうね」

 わたしが言うと真顔のまま尻尾だけを揺らしていたが、いきなりさっ!と窓から身を躍らせた。

「ちょっとお!」

 わたしはフロロが消えた窓の外を見る。中庭に飛び降りた彼がさっさと逃げていく後姿があった。

 わたしとヘクターが顔を見合わせていると、部屋の扉が開く音がする。振り返ると「ん?」と首を傾げるアルフレートがいた。

「何だ、フロロは?」

 その問いに今起きた事を答える。アルフレートは顎を撫でながら何か考えていたが、

「まあいい、お兄さん、アンタちょっと来てくれ」

 アルフレートとフロロのヘクターを呼ぶ、この「お兄ちゃん」呼びって何なの?

 ヘクターが自分の顔を指差しながら答える。

「俺?どこ行くの?」

「王太后グレースの所だ。話し相手が欲しいんだと。何でも若い男大好きらしいからな。機嫌取るにはちょうど良い」

「な、なな、何よそれ」

 わたしはむっとして立ち上がる。話しに割って入ると「わたしも行く」と言って鼻を鳴らした。

「……機嫌損ねるマネはするなよ?」

 アルフレートははあ、と息つくとわたし達二人を手招きした。




 王城敷地内、西側の離れに来たわたし達三人。わたしは本殿より質素な感のある建物を見て驚く。建物自体よりその入り口に、だ。

「見張りの兵がいないのね」

 そのせいか見た目以上にひっそりして見える。中に気難しい太后がいるかと思うと不気味にすら思えた。

「ばあさんが追い払ってるんだと。どうせ自分にはもう危険は無いだろうから、って嫌味っぽい口利いてたな」

 そうぼやきながらアルフレートがノックを鳴らすと、直ぐに扉が開かれ、中にいた侍女が恭しく頭を下げる。あっさり中に入れてくれるところからも、警戒感が無い様子だった。

 螺旋階段のある吹き抜けのホールに「おお」と声を漏らす。こっちはお城、っていうより豪華な邸宅という雰囲気なんだな。

 その螺旋階段を上がり、廊下を歩いていると、

「誰か来たね!」

と勇ましい声が響いてきた。思わずびくりとする。声色からして王太后に間違いないはずだ。侍女の女性は馴れているのか「少々お待ちを」とにっこり笑い、早歩きで先にある扉の中に入っていった。

 一瞬置いて「お入り」と、また力強い声が掛けられる。顔を見合わせるわたしとヘクターを余所に、アルフレートはさっさと扉を開け放った。

 中にいたのは威圧感たっぷりの老女だった。少々ふくよかだが太りすぎという程でもない。レースをふんだんに使ったドレスはイザベラに比べれば大分派手だ。まあ王族なのだからこちらが普通なのかもしれない。

「お前達かい?レオンに会ったっていうのは」

 肘掛け椅子から響かせる声は現国王夫妻よりも偉そう……というのは失礼か。王太后グレースはとても「女帝」という言葉が似合う方だった。

 王太后グレースは暫くの間、わたし達を眺めながら手に持った扇を優雅に振っていた。扇につけられているのであろう上品な香水の匂いが緩やかに漂ってくる。

「ここにお座り」

 いきなりの台詞はとある一点を見つめながら発せられた。視線を辿ると予想通り、困惑顔のヘクターが自分の顔を指差している。

「そう、お前だよ。ここにお座り」

 ぴっ、と扇が指すのはグレースの斜め前に配置された肘掛け椅子。ごくり、と喉を鳴らす音に気の毒になるが、ヘクターはゆっくりと椅子に近付く。

 そのまま座り込んだ彼の顔から目を離さず、グレースは扇をびし!と閉じた。その先をヘクターの顎に近付け、顔を上げさせる。

「……良い顔だ。銀の髪を見るにスノーイムの方の出だね?」

「母が……そちらの方の出身です」

 それを聞いてグレースは「やっぱりね」と笑う。スノーイムはローラス、サントリナの北に位置する小さな国だ。国、というより集落が点在する一帯、といった方がいいかもしれない。

「彼自身はここ、サントリナ出身だがね」

 アルフレートの余計な一言に案の定、グレースは目を輝かせた。

「そう!確かにこんな上品な空気はスノーイム出身者には無いね。お前、サントリナの人間なの」

 ほほほ、と太后が笑うと彼女の胸元に張り付く豊かなものがゆさゆさと揺れる。色っぽいというより怖い。ひたすら怖い。

 暫くゆっくりとヘクターを観察していたが、グレースの扇がわたしの顔を捉える。

「お前はここにお座り」

 ヘクターの座る椅子とグレースを挟んだ反対側を指され、わたしはびくりとした。てっきり『女は立ったまま』なんて事を言われるかと思っていたので予想外だ。

 恐る恐る椅子に腰掛けると、早速扇の先が襲い掛かる。顎を取られ、じっくりと顔を見られた。

「……金髪は好きだよ。王家の色だ。緑の目も良いね。裏が無い子が多い」

 にっと笑う顔は本気なのかどうか分からない。遠まわしに『嘘はばれるよ』と言われている気がしてしまった。でも髪を下ろしていたのは偶然とはいえ、良かったのかもしれない。とりあえずの印象は良かったようだ。しかしアルフレートが『いやなババア』というのも分かるな、これは。

 その間にアルフレートはさっさとヘクターの隣りに腰掛ける。それを見てからグレースは再び扇を開き、ゆったりと背もたれに寄りかかる。

「ブルーノを黙らせた、なんてどんな子達かと思ってたよ。……エルフまでいるとは予想外だったがね」

 ラグディスでの一件を言っているらしい。それに対してエルフは「私は何もしてない」と素っ気無い。こんな態度に怒り出しそうなものだが、グレースは「あ、そ」と目を細めただけだった。昨日だけで大分打ち解けているのか、もしくはこういう奴はしょうがない、と思っているのかもしれない。

 侍女が紅茶を配り、頭を下げてから部屋を出て行く。ぱたん、という音が消えるとグレースは口を開いた。

「で、お前達はどう考えてるの?」

「……はい?」

 ゆっくりとわたし達の顔を見回す視線に戸惑う。わたしの間抜けな声に女帝はほほほ、と笑った。

「かわいそうなレオンを表に放ったのは誰だと思ってるのか、聞いてるのよ」

 わたしとヘクターがぎょっとして目を見開くのとは対照的に涼しい顔のアルフレートに思う。こういう話しになるなら始めに言っておいて欲しかった。

 黙ったまま、正しくは何を言うか浮かばないだけなのだが、そんなわたしにアルフレートは大きく息を吐く。

「『誰が』を考えるからややこしくなる。『何故』を考えていけば良い」

 そんな事は分かっているがその『何故』も分からないし、王太后の前で変な事を口走ってしまわないかが不安なのだ。しかしフォローもなくわたしの顔を見ているアルフレートに諦めの気持ちを抱きながら、わたしは現段階で考えていた事をゆっくりと話していく。

「……単純に考えれば王位、だと思います。現国王のお世継ぎが生まれて、その直ぐに連れ去られたんですから」

 グレースはゆっくり、深く頷いた。

「でも、そうなると分からないのがレオンだけだった事です。王位を狙うなら二人同時に消さないと意味がありません。現状、エミールが第一王位継承者なんですし……レオンが消えて得をしたのは、この双子の片割れであるエミールだけです」

 大分口が悪い事は分かっている。でも正直に話したつもりだ。勿論、赤ん坊だったエミールの仕業、というのは端から論外だ。グレースは嬉しそうに笑い出し、扇を揺らす。

「頭の良い子は好きだよ。どれ、もう少し聞かせて欲しいわね」

 わたしは今度は安堵の息を吐く。機嫌を損ねたところで『首をお刎ね!』とはならないだろうが、この女帝には何ともいえないプレッシャーがある。わたしは続けた。

「レオンを連れ去ったのはサイヴァ教団の一味だったわけですけど、彼らの目的からすればレオンだけで十分だったんです。彼らは混沌を引き起こす事だけが目的ですから。でも『差し出した側』から考えると話は別です。先程言ったように王位が狙いだった場合、二人共に、じゃないと意味が無いんです」

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