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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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エメラルダ島

 ファムさんに出かけることを伝え、ヘクターと王宮を出ることにする。その途中、中庭に面した廊下を歩いている時だった。

「また……来たの?」

「その……ですね……」

 ひそひそとした話し声に思わず足が止まる。聞き覚えのある声だったからだ。柱の影からそっと様子を伺うと中庭の噴水の脇、相変わらず黒いドレスに身を包んだイザベラと付き添いの侍女らしき二人が話しているのが見えた。ここの廊下は窓が無いので彼女達の会話は筒抜けだった。

「エミールのお気に入りだか何だか知らないけど、ずうずうしいこと。傭兵風情がこんなに長い間滞在するなんて」

「殿下の希望もありますが、ラグディスの件もありますし」

「それが不気味なのよ。ビーストマスター?人の心を見透かすなんていやらしいわ」

「ですが……、プラティニ学園の使いというと無下にもしずらいようで。あそこはローラス最大の学園ですから」

「学園ねえ……。要するに傭兵育成所でしょう?前々から思っていたけどなぜ兵力扱いにしないのかしら。同じじゃない。他国の兵士が城をうろついているようなものよ」

 会話の内容にわたしとヘクターは顔を見合わせる。驚いたようなヘクターの顔。きっとわたしも同じような顔をしているだろう。

 何となく気まずいので頭を引っ込めながら歩き、逃げるようにその場を後にした。

「……驚いたね」

 王宮を出るとヘクターが後ろを見ながら呟く。わたしも大きく頷いた。

「イザベラがいい気分してないのは予想してたけどね。それよりもわたし達がここにいるっていうのは、思ってた以上に大きい意味があるみたいで」

 現在のローラスで自国育ちの冒険者が大きな役割を持つことは知っていた。共和制に移った際に国王の持つ軍がいなくなり、代わりに外部からの侵略を防いだのが傭兵、冒険者上がりの市民軍だったからだ。ローラスが学園経営に力を入れる理由も教官から何となく程度には聞いていた。

 ふう、と息つくわたしの頭にヘクターが手を乗せてくる。

「エミールの友達だから招待された、って胸張ってればいいよ。実際そうなんだし」

「そ、そっか、そうだよね」

 後頭部に当たる彼の手に少し安心する。さっきブルーノに「何でも出来そう」なんて大見得切ったばかりだというのに、もうイザベラ達の気に当てられていたようだ。

 裏門から城を出て、思わず伸びをする。番の兵士をちらりと見ると横目に睨み返されてしまった。

 ヘクターに図書館までの道を案内されながら町を見ていくことにする。オープンテラスの店で午後のお茶を楽しむおじさんを見て、羨ましいと思う反面、アルフレートからの頼み事を「あと数時間で調べられる事なんだろうか」と少し焦る。

「で、何頼まれたの?」

 ヘクターがこちらを見た。わたしは町の喧騒を前に少し声のトーンを落として答える。

「エメラルダ島、知ってるでしょう?」

「ああ、何かと問題になるね」

 ヘクターの反応にわたしは「そうなの?」と逆に質問してしまった。

「場所が場所だからね。領有権は手放せないけど、利用できないような島だから」

「なるほど」

 わたしは納得に頷いた。

 エメラルダ島は島を取り巻く特色だけでなく、存在する位置の関係から何かと話題になることが多い。これはわたし達の住む隣国ローラスも無関係ではない話しだ。

 島の場所はローラス、サントリナのある大陸と、外洋を隔ててある隣りの大陸との間にあり、距離的にはサントリナの方が『やや近い』という微妙な位置なのだ。その為に度々領有権争いの話題に上がるものの、エメラルダ島そのものといえば大戦を起こしてまで欲しいと思える島でもない。

 ただ外洋を隔てた向こうの国、というのが強国アルケイディア帝国だったりするのでお偉いさん方はこの島の話題になるとぴりぴりする、といった感じだ。ローラスでも聞く話だもの。サントリナでは大きな問題の一つに違いない。

「そのエメラルダ島の歴史が知りたいんだって、アルフレートは」

 わたしはそう言いながら左手に見えてきた建物を見上げる。装飾の少ない神殿、といった印象の灰色の建物。柱が幾つも並ぶ外観は楽器のハープの弦を連想させた。

「一応サントリナで一番大きい、ってことになってるよ。俺は利用したことないんだけどね」

 ヘクターが図書館を指差し微笑んだ。




 受付で地理や歴史関係の蔵書の位置を聞き、内部に入る。

「うはあ」

 思わず感嘆の声が漏れる。地上三階、地下二階の本の山。中心に向かう壁を全て取っ払った造りは、階全部を見張らせるここから見るとドールハウスを思い起こさせた。中央部分が最下層から天井まで吹き抜けになり、階段と本棚を乗せた床がぐるりと囲む。かなり広いのだろう。対角線上のフロアで動く人間の大きさが不自然に小さい気がしてしまって、騙し絵を見た時のように頭がくらくらする。当然といえば当然だが知識人が多いようだ。ローブ姿が大半だった。

「地下一階って言われたよね?」

 ヘクターがそう言って右手にある階段を指差した。わたしが頷くと二人揃って吹き抜け部分に面した階段を下っていく。途中、横をふわふわと光源が漂っていった。

「魔晶石じゃない『ライト』の呪文を浮かせてるんだね」

 わたしは呟く。魔晶石の方が長持ちするだろうが雰囲気作りにはこっちの方がいい。意たる所で漂う光に「管理者は大変だな」と思ってしまうのは、きっとわたしが魔術師だから。

「えっと、Dの3、4番だから……あっちだ」

 柱に貼られた地図のプレートを眺めて位置を確認する。目当ての本棚の並びにくるとわたしは腰に手を当て、息を吐く。ここからはわたしが中心になって働かなくては。

 とりあえずタイトルに『エメラルダ島』が付くものを探し出す。ぱっと目に入った二冊の本のタイトルを交互に見た。

 『エメラルダ島』まんまのタイトルと『エメラルダ島、その神秘』というもの。中を比べ見ると後者は宗教色が強い。前者のタイトルの本を腕に残してもう一冊は棚に戻した。

「じゃあ他に関連ありそうなもの見つけたら持って来てくれる?」

 ヘクターに頼むと少々自信なさ気に頷いた。専門外の仕事を頼むのは申し訳ないが、じっとしているのも退屈だろうしな。

 フロアの中央にあるテーブルに着き、本をぱらぱらと眺め見る。じっくり読む時間は無かった。

「前の方は海神シュメルの話ばっかりね……」

 海神シュメルはフロー、ラシャなどと同じ六大神に括られる神だ。海の神でありシンボルには「勇気、探求、吹き荒れる風」などが上がるので当然ながら船乗りに信仰者が多い。

 この本によるとエメラルダ島は「古代文明時代、シュメル信仰の一派がシュメルの怒りを買い、その神殿は海中深くに沈められた。その冒涜者達の怨念がエメラルダ島一帯の吹き狂う風に繋がっている」となっている。

 わたしの好きな展開ではあるけど、正直、胡散臭い。根拠の元も「サントリナ東部にある集落の船乗りに聞いた言い伝え」だそうだ。本の続きを見ても『著者が見たわけでもないエメラルダ島内部』の話ばかりだ。曰く「島の東西南北を四匹の海竜が守護している」など、ちょっと首を捻るものが頭良さげに書いてある。

 これは『ない』な、とわたしは本を閉じる。すると見計らったようなタイミングでテーブルに本が置かれた。

「的外れも多いだろうけど、とりあえず持ってきた」

 ヘクターが重なる数冊の本をぽん、と叩く。その中の一冊、背表紙に書かれたタイトルが妙にわたしを惹き付けた。

 『アヴァロン・エメラルダ島 ~民俗伝承と文化~』、装飾の少ない革張りの本は普段ならスルーしてしまうようなお堅い雰囲気だが、何故か気になる。わたしの頼りない勘センサーが今はフル稼働で頑張っているのかもしれない。

 どれ読んでやるか、と本に触れた瞬間、ぎくりとする。

「いやだ、蜂よ!」

 女性の悲鳴が響き渡った。フロア一帯が恐怖の雰囲気に包まれる。たかが蜂、されど蜂。授業中に教室に舞い込んだ蜂といい、人は皆あの小さな虫に恐怖する。わたしも身を硬くして周りをきょろきょろと見回した。同じテーブルに着いていたおっさんも顔を強張らせて頭を振っている。

「……いないみたいだけど」

 しばらくした後、ヘクターが呟いた台詞にすっと血の気が引いてしまった。

「あ……、誰?どの人だったか分かる!?」

 急に慌てだしたわたしにヘクターは目を見開いていたが、厳しい顔で辺りを見回す。やがて一つの方向を集中して眺めると指を差した。

「あの人だ」

 弾かれたように走り出すわたしの後ろをヘクターが続く。本棚と本棚の間をゆっくりと歩く女。暗がりで色はよく分からないが長い髪が揺れている。女が歩く同じ本棚の区画に入ろうとすると急に脇から現れた大量の本を抱えたおじさんとぶつかってしまった。

「おおおう!」

「ごめんなさい!」

 散らばる本に意識が移った後、すぐに顔を前に戻す。無人の通路に顔が強張るが、ヘクターの「あっちだ!」という声にすぐに我に返る。

後で手伝うからごめんね!と心の中で謝罪し、散らばる本を後にする。女がフロアを出て外周部分の廊下と思われる方へ曲がっていくのを見た。一瞬の遅れの後、わたし達も廊下へ飛び出す。

 誰もいない。誰の影も見当たらない、がらんとした廊下が伸びていた。地下なのだから当然窓は無い。突き当たりまで別の入り口も無い。今のタイミングで来て見失うとは思えない距離の廊下を前に、わたしは力なく呟いていた。

「『蜂に気をつけてね』」

 今更になって思い出す。イニエル湖には、蜂なんていなかった。




 城に戻った後、夕食の時間まで少しあったのでわたしはセリスの部屋を訪ねることにする。

 廊下の突き当たりにある扉をノックすると直ぐに赤い髪を揺らした彼女が現れた。

「おう、お帰り。どうだった?」

 そう聞いてくるセリスの肩を掴むと部屋に押し込む。「なによう……」と不満げな声を上げる顔を見ながら、後ろ手にしっかりと扉を閉めた。

「……水着買いに行った時のこと覚えてる?」

 わたしの質問にセリスは眉を寄せる。

「はあ?二、三日前の話を忘れるわけないじゃない。何?店の名前か何か?」

「そう!それよ!」

 わたしは勢いよくセリスの顔を指差す。が、答えようとする彼女を手で制した。

「……あの時、通りがかりの老夫婦にお店の場所聞いたでしょう?それで別れ際にあのおばあさん、何て言った?」

「あー、虫さされに気をつけてとか言ってたわよね」

 そののんびりとした答えにわたしは今度は激しく首を振る。

「違うわよ!『イニエル湖には蜂が出るから気をつけて』って言ってたじゃない。でも、蜂なんていなかった」

 顔を合わせるセリスの眉間の皺がどんどん深くなっていった。

「分かんないじゃない。たまたま出てこなかっただけかもしれないし。季節としては出てきてもおかしくないんだから」

 厳しい顔の彼女にこのままだと自分がただのいちゃもん付けになるな、と思い直す。一つ息を吐くと図書館での出来事を話し始めた。蜂が出たという叫び声とそんな事実は無かったこと、瞬間移動してしまったかのように消えた女のことを言うと、セリスはぶるりと震えて二の腕を摩った。

「やだ、怖い話しみたーい」

 望んでいた反応とはずれた感想にわたしは脱力する。

「それで、その図書館の女は道聞いたおばあさんだったの?」

「それが……」

 わたしは言いよどむ。あの老婦人は白髪に大きなカールのミディアムヘアだったけど、図書館で見た女は長いストレートのロングヘアだった。色も暗がりでよく見えなかったが金や銀といった薄い色素というよりは茶や赤といった色だったような。セリスの髪を見ながらそう思う。第一、歩き方が少し背を丸めてゆっくりの老婦人は全く違う。すっと伸びた背筋で、早歩きではないものの流れるように足を進めていた。

「じゃあただの偶然じゃない?」

 セリスはそう言ってわたしの肩を叩く。その時だった。

「怖い話しの展開だと、三回目に蜂の忠告を聞いたお前は巨大蜂に食われてバッドエンドだな」

「……なんでよ」

 後ろからするエルフの声にわたしは睨んで返す。セリスが「うわ、勝手に入ってくるって信じらんない」と扉の前に立つアルフレートにぼやいた。

「で?ちゃんと『お使い』は出来たのか?」

 アルフレートは勝手にずかずかと入ってくると、勝手にテーブルの上にあったナッツを口に放り込む。そして勝手にコップの水を飲み干した。

「お使いって何よ!ちゃんと調べてきたわよ」

 わたしはそう答えるとテーブルにある椅子を引き、座る。アルフレートとセリスも席に着き、こちらに身を乗り出した。二人が並ぶと目つきの悪いコンビに睨まれているようで笑いそうになるが、咳をして誤魔化す。

「……エメラルダ島の歴史だとかどんな内部なのか、とかそういう話になるとやっぱり確証がない『想像』ばっかりになっちゃうのよ。だからあの島が『どうして恐れられているか』とか『畏怖の対象になったきっかけの事件』とかそういうのを中心に研究してる学者の本があったから、そっちを読んできた」

「あー、エメラルダ島って嵐が侵入を妨げる、とかいう島だっけ」

 セリスが腕を組み天井を見上げた。アルフレートは満足げに頷く。

「実際のエメラルダ島ではなく、本土でのエメラルダ島ってわけか。……それで?」

「エメラルダ島の存在が一気に知れ渡ったのは、千年くらい前のサントリナの王様が隣りの大陸に使いを出そうとして、その使いが東の地の船乗りにことごとく船を出すのを断られたからなのよ」

「船乗りにはもう有名な島だったわけね」

 セリスの問いにわたしは「そういうこと」と頷く。

「噂が広まれば『実際に行ってみる』人間もいっぱい出てくるわけでしょ?そんで帰ってこない航海士が沢山出て、帰ってきても嵐からぎりぎりで逃げ帰ってくるような惨状で『あそこはやばい』なんて言われれば、すぐに畏怖の対象になるよね」

 「へー」と呟くセリスに比べて、アルフレートは「続きを早く話せ」といった様子だ。わたしは彼の為に早くも『とっておき』を出すことにする。

「まあそんな感じで古くから近づいちゃいけない場所、って扱いだったんだけど、サントリナの歴史の中にまたこの島が登場する機会で出てくるのよ」

 ぐっと身を乗り出す二人にわたしは嬉しくなりながら言葉を続けた。

「アンリ幽王の時代よ。彼が財産かき集めて、エメラルダ島に隠れ住んだって話しがあったんだって」

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