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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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親子

「どうぞ、入ってください!」

 溢れんばかりの笑顔に迎えられてエミール王子の部屋に入る。ブルーのストライプに合わせた家具に銀の調度品が素敵だ。入る直前にファムさんは音も立てずに消えていた。寂しいけど仕方が無い。ずっとついてる方がおかしいもんね。

「わー、やっぱすごいわ……」

 部屋を見回し正直な感想を漏らす。部屋の奥、テーブルの前にいたブルーノが一礼すると扉に向かっていった。彼も出て行ってしまうのか。でもまあ、いられても突っ込んだ話を色々聞きたいわたしには都合が悪いとも言える。

 さてどうしようか、と思っているとエミールが棚をごそごそとし、何かを運んでくる。

「これ、やりませんか?ルール分かります?」

 エミールが持つ升目が描かれたボードと小箱に入った駒を見て理解する。領土取りを簡素化したようなルールのボードゲームだ。辛うじて知っているが、あまりやったことはない。

「あんまり詳しくはないけど、一応出来る、くらいね」

「じゃあ良い勝負かもしれません。僕……私も弱いんです、これ」

 つっかえるエミールにわたしは、

「『僕』でいいよ、わたししかいないんだし」

と伝える。照れくさそうだが何とも嬉しそうな顔が返ってきた。来るなりゲームをやりたいという要望にも、この表情にも改めて彼を「可愛い人だな」と思う。と同時に罪悪感も湧いてきた。この王子を『利用する』なんて芸当はちょっと無理かもしれない。

「並べ方これでいいんだっけ」

 自軍になる駒を列に並べながら尋ねる。エミールは指を動かしながら確認していった。

「ええとキングが右で……はい、合ってますよ」

「これ黒から始めるんだっけ?白からだっけ?」

「えっと……リジアからでいいですよ」

 意外と大らかな性格のようだ。少し笑ってしまった。

「じゃあお言葉に甘えて。……こういうゲームとかお父さんお母さんとやったりしないの?」

 わたしは白い駒を動かしながらエミールに聞いてみる。あえて国王王妃、ではなくこんな聞き方をさせてもらった。エミールも駒を眺めながら答える。

「父とはたまに。母とはそういえばやったことないですね。たぶんルール知らないと思います」

 ふうん、確かにこの手のゲームって男の人の方が好きだな。うちのお父さんも好きだし。

「お母さんとは何したりするの?意外と普通の家と変わんないのかな」

「母とは……本を読んでもらったり、馬に乗ったりでしょうか」

「馬?」

 思わず聞き返す。あの王妃さまが馬を乗り回すとは。

「ああ見えて母はじっとしていられない人なんです。馬の扱いも父より上手ですよ」

 早速意外な面を聞けた。……あんまり『実』はないけど。

 馬の形をした駒を動かしながら、またエミールに質問する。

「これ、こうやって動かせるんだっけ?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとう。……ああ、そういえばレイモンを見かけたわ。エミールのはとこっていう。金髪で体の大きな人よね?こんな髪型の」

 両手でウェーブした髪を作るとエミールは頷いた。

「そうですそうです、別荘地で見たんですか。レイモンは歳が離れてますから、あまり一緒に話すことはないですがよく気にかけてくれる良い人です」

「ふうん……、女の人と一緒だったわ。すごい美女!って感じの」

 わたしが言うとエミールは「レイモンはモテるんです」とにっこりと笑う。

 あんまり『モテる』って人の態度じゃなかったかな……?まあ、あんまり言うと悪口になってしまいそうなので止めておこう。

「前に言ったように大叔父は体を悪くしてから篭りがちで、それでこちらにはあまり来られないんです。それでレイモンが代わりに訪ねてくることが多いんですよ。式典参加も大叔父の代わりに欠かさず来てますね」

「式典か。王族の方は忙しそうね」

 わたしの呟きにエミールはまた笑顔でこちらを見る。

「父は分刻みのような生活を送っていますが、僕はこうやってリジアとゲームをする時間もあります」

 エミールの言葉に急に恥ずかしくなってくる。わたしは「ああ、うん、そうだね」と口をごにょごにょさせた。不自然でない程度に話しを戻すことにする。

「でもその大叔父のユベールさんだって、そんな歳じゃないでしょう?レイモンのお父さん、っていうくらいだし」

「ええと、六十超えたくらいなはずです、たしか。大病を患ってから、精神的にも弱ってしまったようだと。特に人前に出ると疲れが出てしまうようなので」

 エミールの言葉を反復させながら考える。ってことはユベールにはあんまり顕示欲みたいなものは感じないわね。代わりにレイモンには逆の傾向があるように見える。ふむ、面白いな。

「リジアの家族はどんな方です?」

 急に振られた話題に「そんなどうでもいいことを」と思うが、こちらばかり根掘り葉掘り聞くのも不自然だろう。わたしは迷いながら話し始めた。




「こんな話し面白くないでしょ」

 家のお父さんの職業から始まり、最近、犬が脱走して大変だった話しまでを終えてからわたしは我に返る。が、エミールはにこにことしながら、

「いえ、とっても面白かったです」

と答えた。王子にとっては別世界の話しで逆に新鮮だったのかもしれない。面と向かってつまらない、と言う人ではないけど。

「次は学園の話しも聞かせてください」

 そうエミールが言った時だった。ぱたん、と静かな音を立ててブルーノが部屋に入ってくる。

「エミール様」

「あ、もうそんな時間なんですか?」

 眉を下げるエミールにわたしは目の前の白い駒を振って見せてから、かつんと音を立ててボードに置いた。

「チェックメイト。……楽しかったよ、エミール」

 一瞬、呆気に取られた顔をしていたが、エミールは笑い出す。

「あんなに話し込んでいたのにしっかり進めていたんですね。やっぱり僕とは頭の回転が違うみたいだ」

 わたしが立ち上がり、扉に向かったところでエミールがブルーノに声を掛ける。

「リジアを部屋まで送ってください」

「かしこまりました」

 そのやり取りにわたしは慌てて手を振った。

「い、いいよ、そんなの」

「いえ、まだ城内も不慣れでしょうから」

 そう言ってブルーノに頭を下げられる。むう、余計な行動取らないように見張りに付かれるんだろうか。と、素直に好意を受け取らないのはわたしの悪い癖だな。

「じゃあまた、夕食の席で」

 エミールが扉の前まで来て挨拶してくれる。わたしより少し小さい背の彼が真っ直ぐわたしの目を覗き込んだ。レオンと似てるけどやっぱり雰囲気はまるで違うから、今両方並んでも見間違えることはないだろうな、と思う。神殿で会った時はあんなにそっくりに見えたのに。

 初めてブルーノと二人きりというのはエミール以上に緊張する。ちらりとブルーノを見るがラベンダー色の髪の下にある顔は何も読めない。

 部屋を出て廊下を行き、下に降りる階段に足を踏み出した時だった。隣りを歩くブルーノが口を開く。

「エミール様は君の身を案じている。何せ初めて家族以外で『執着』を見せた女性だ」

 何を言われるかと身構えていた体が恥ずかしさで熱くなってくる。

「そ、そうなんだ。でもわたし達はアサシンに狙われるような生活送ってないもの。王子の方にこそ気を配った方がいいと思うけど」

 別荘での出来事を誤魔化すようにわたしは答える。ここまでくると押し付けがましいか。上手くいったとは思えないが、ブルーノは頷いていた。

 中庭に出ると再びブルーノから声が掛けられる。

「王室の話しは面白いか?」

 今度はしっかりと嫌味と警告の色を感じる。わたしは笑顔で答えた。

「まあね。異世界の話しみたいで面白いわ。現実感が湧かない分、今なら何でも出来る気分よ」

「勇ましいことだな」

 ふっと苦笑するブルーノを見て思う。また雰囲気が変わっている。戻ったというべきか。あ、分かった。イリヤがいないからだ。そう考えるとわたしのような小娘の方が相手の油断を誘うには向いていたりして。

 そんなことを考えていると、中庭を向こうから歩いてくる集団に気がついた。今度はセリスとイリヤではない。そしてイザベラと取り巻きの集団でもない。

「王妃さまだ」

 わたしはそう零す。向こうからやって来たのは王妃と数人の侍女。楽しそうに談笑しながらやって来る姿にこちらから声を掛けていいものか迷う。やっぱり王子以上に纏うオーラが独特だからだ。花のように美しく朗らかな雰囲気だが、その辺を歩く人間とはどこか違うのだ。

 笑顔を振り撒いていたはずが、こちらに気がついた王妃の顔から笑みが消える。わたしは一気に鼓動が早くなり、ひやりとする。まるでこちらをいないものと扱うように通りすぎていく彼女達にショックを受けてしまった。

 少女のよう、と感じていた彼女に初めて見たキツイ部分に落ち込んでしまったのもある。

 ばくばくという胸に手を置いているとブルーノがこちらを見る。

「気にしなくていい」

 そう言う彼の顔をわたしは無言で眺めてしまった。動くことは無い表情で声が続く。

「嫌悪されているのは君ではない。私だ」

 それを聞いてぎょっとする。なぜ?という顔でブルーノを見るものの、彼は既に前を見て歩き出していた。その後姿を見て「なぜ嫌われてるの?」という質問は無意味だと分かる。答えは返ってこない、イリヤではなくてもそのくらいは読めてしまった。

「リジア」

 入りかけた建物の廊下を歩いてくる二人のうちの一人、ヘクターがわたしの名前を呼ぶ。なぜだがひどくほっとしてしまう。

 ブルーノに目をやると「どうぞ」という風に手で促された。

「では、私はこれで」

 そう言って去ろうとするブルーノに「ありがとう」と返すが、彼が振り返ることはなかった。




 昼食の用意された部屋は良い意味で質素な部屋だった。窓が少なく昼間でもランプをつけているが、それがまたいい雰囲気。また高い天井と響く声の元で食事することになるのかと思っていたわたしはほっとする。

「なあ、俺もそろそろ動き回りたいんだけど。もう何所もおかしくねえよ」

 座るなりアントンがサラに詰め寄る。一人、部屋に待機させられていたので元気が有り余ってる感じだ。

「おかしい所、あるじゃなーい」

 セリスがアントンを指差し笑う。その視線を辿り、自分の頭を触ってアントンは赤くなった。

「お前なあ!」

「セリス、アントン」

 サラが静かに二人を睨む。肩を竦めるセリスの横でアントンが身を乗り出した。

「俺も!?今の俺も悪いのかよ!」

「……どうしてそう、唾飛ばしながら喚かなきゃいられないの?」

 サラの厳しい顔の前にアントンは「むきょー!」と叫びながら頭を抱えていた。傍から見てるだけだと面白いものだ。

「やいやい、うるせえぞ」

 不機嫌さをいっぱいに表した顔で入ってきたのはフロロだ。珍しく攻撃的なオーラにみんな彼に注目する。背を丸めて歩く姿はまるでチンピラじゃないか。

「どうしたのよ」

 わたしが聞くとフロロは頭をかきながら椅子に飛び乗った。

「どうもこうもないぜ!あの野郎、一向に尻尾出しやしねえ」

「ヴォイチェフね?」

 ローザの問いにフロロは何度か頷きを見せる。わたしは慌てて「ちょっと……」と部屋を見回す。こちらが何を言いたいのか分かったようだが、フロロはふんと鼻を鳴らした。

「別にこれくらい聞かれてたとしても構わないだろ。……こっち着てからもずっと張り付いてたけど、何度もまかれた。いくら地の利は向こうにあるっていっても、こんなの初めてだぜ」

 そう言い終えるとフロロはファムさんが運んできた飲み物を一気に飲み干す。

「まく、ってことは何かあるんじゃない?隠す事があるってことで……見失ってる間、何かしてるんだろうね」

 わたしが聞くとフロロは「だろうな」と答える。なら引き続き頑張ってもらうしかない。

「聞かれても構わん、っていうなら私の話もそうだな」

 アルフレートが覇気の無い顔でグラスを傾けながら呟いた。わたしは彼の方へ向き直る。

「何?そういえばアルフレート何してたの?」

「先王の妻、王太后に会って来た」

「よ、よく会えたわね」

 ローザが感心半分、呆れ半分というように声を漏らした。アルフレートはつまらなそうな顔のまま続ける。

「離れにいる、って聞いてたからな。どうせうるさい警備は少ないだろうと行ってみたら、案の定だった。ちょっと顔出してみたらあっさり部屋に入れてくれたよ。エルフは物珍しいんだろ。暇でしょうがない身分だろうし」

「へえ……で、どうだった?」

 ヘクターの質問にアルフレートは即答する。

「嫌なババアだった」

 ぶっ、と何人かが噴出するが当人は軽く肩を竦めるだけだった。

「口が悪いエルフねえ……。太后には失礼な態度取ってないでしょうねえ?」

 ローザがそう窘めるがアルフレートに限ってそれは無いな、と思う。最低限、相手から嫌悪されないギリギリのラインを分かっている奴なのだ。

「典型的な嫌な歳の取り方した人間、って感じだったな。延々、いかに先王が素晴らしくて今の王室が堕落してるか、って話しをされた」

 アルフレートの話しで彼のこの態度の理由が分かる。とことん『好きじゃないタイプ』にはつまらなそうな顔をする奴なのだ。と思ったら何かを思い出したように、少し笑う。

「唯一面白いと思ったのは自身の子供への評価かな。太后のお気に入りは長男である現王じゃなく、次男だったらしい。気が触れる前は切れ者だったそうだ。この辺の愚痴も多かったが、どうも『かわいそうな王弟と愛の無い兄』って雰囲気丸出しで……。話しだけのイメージだと国王がエミールのようなタイプで王弟がレオン、って感じか」

 国王がエミール……ねえ。レオンが切れ物タイプっていうのは分かるけど、あの親子は雰囲気からして結びつかないな。今は中性的な顔立ちの王子だけど、大きくなったら国王のような男らしい顔つきになるんだろうか。

 食事を進めているとアルフレートに肩を突かれる。

「ちょっと頼まれてくれないか」

 本当に色々な人間を使う奴だな、と思いつつ「わたし?」と聞き返す。

「規模の大きい図書館に行って調べものしてきてくれ」

 そう言って二つ折りの紙を渡される。わたしは口を尖らせた。

「そう言われても図書館ってどこよ?」

「城から近いよ。俺が連れていく」

 ヘクターからその言葉が出てくると途端に顔がにやける。が、渡された用紙の中を見てぎくりとしてしまった。アルフレートの達筆な字で、

『エメラルダ島』

の文字が書かれていたからだ。

 思わずアルフレートを見返すが、黙って食事を取る彼の顔には「何も言うな」と書いてあった。

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