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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第六話 蒼の国、時の砂【後編】
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会談

「え、全部同じ人がやってる事なんじゃないの?」

 ローザが困惑の声を出す。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないってところか」

 アルフレートの言葉に首を傾げるローザへわたしは質問してみる。

「ローザちゃんはわたしがもし、余所様の財布を拝借してるところ見ちゃったら、どうする?」

 少しびっくりしたような顔をしたが、ローザは「うーん」と唸ると、

「然るべきところに通報させてもらうわあ」

と答えた。思った答えが引き出せずにイライラするが、そんな事するわけない、と信用されているのだと良い方に解釈することにする。

「あ、庇ってる人間がいるかもしれない、ってことか」

「そういうこと」

 腕組みを解いたヘクターにわたしは頷いた。ローザも「ああ、そういうこと」と納得している。

「王妃がやったことを国王が庇う、とか国王がやったことをブルーノが庇う、とかね。……あ、今のはあくまでも例だけど」

 わたしはびっくりした顔でこちらを見るクララさんに聞かせるよう、付け足した。ファムさんとクララさんが顔を見合わせる。ファムさんは母親に「心配するな」というように頷いていた。

「では『舞台に上がってきそうな人物』を挙げていくことにするか」

 アルフレートがテーブルの方へ身を乗り出してから、言葉を続ける。

「まず国王夫妻、異論は無いな?……よし、そして国王の兄弟達、姉と弟の二人で間違いないか?」

 ファムさんとクララさんが頷く。アルフレートはそれを見ると指折、数を数え始める。

「他の……まずは王室関係者から挙げていってもらおう。『レオン連れ去り事件』の日に、城にいた可能性があった者だ」

 考え込む素振りを見せたクララさんにアルフレートは手を振った。

「ああ、事件の日を思い出そうとしなくていい。その当時、城にいても不自然じゃない者を言ってもらえると助かるね」

 言われたクララさんは「それなら」と彼女も指を折っていく。

「当時、ご存命だった王室の方、と解釈して答えさせていただきます。まず王太后であられるグレース様」

「まだご存命?」

 ローザの問いをファムさんが肯定する。

「元々先王に比べて若い方ですので、今も元気ですよ。王宮の離れにいらっしゃいますが、エミール王子の事も大変可愛がっておられます」

アルフレートをはじめわたし達の頷きを見ると、クララさんが話を続ける。

「あとは……先王の妹君でいらっしゃるルイーズ様、そのご子息のユベール様、その長男レイモン様は……当時まだ十六ですね」

 数に入れるか?というニュアンスを含んだ言葉にアルフレートが首を振る。

「例外を入れ出すとキリがない。一応含ませておくか」

「ではレイモン様。ユベール様の奥方は当時既に亡くなっております。後はイザベラ様の旦那様とご子息アシル様は、ずっと年に一度の聖誕祭シーズンしか城には参りませんでしたので、この二方ばかりは除外出来るかと」

 わたしは火を噴きそうな頭をどうにか冷静に保ちつつ折った指を上げる。

「全部で八人ね。後はブルーノに……大臣とかその辺かしら」

「じゃあ次は王族以外の王城常駐者を、片っ端から説明してもらう」

 アルフレートがクララさんとファムさんに視線を送る後ろで、デイビスが手で顔を覆いながら呻く。

「……任せる、っつったら怒る?」

「怒らない、端から期待してない」

 ぴしゃりと言い放つアルフレートは目が爛々としていて、全部を吸収してやろうと言わんばかりの体勢に見える。彼ほど優秀な脳みそを持ち合わせていないわたしは嫌気が差しながらも、ファムさん達の話をじっくり聞いていった。

 ファムさんの「先々王の時代から腰巾着な態度を崩さない大臣一族」の話に眉間に皺寄せていると、アルフレートがトマリを見る。こっくりこっくり首を揺らす大男に呆れているのかと思いきや、そうではないらしい。

「こいつも片付けておかないとな」

 この恐ろしい台詞にトマリが飛び起き、ソファーの背もたれによじ登る。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!大丈夫!あの夜のこと今からばっちり思い出すから!」

「無理に思い出されても意味無いよ。記憶なんていい加減なもんだ」

 フロロの吐き捨てる台詞にクーウェニ族の男の顔は可哀想な程、綺麗な紫色になっていった。

「大丈夫、悪いようにはしないさ」

 悪い顔で言うアルフレートに引いていると、彼は窓の方を見る。すっかり雨の上がった暗がりがカーテンの間からちらりと見えた。

「やるなら暗い内だな。……おい、ヴェラを起こせ」

「ヴェラを?」

 セリスが驚きを露にして聞き返すが、アルフレートは頷いてみせる。また先程のようにトマリを魔法で縛り上げるとデイビスに視線を送る。

「ブン殴れ」

 アルフレートに言われたデイビスは少し前の勢いは何所へやら、「冗談だろ」と口ごもりながら頬をひく付かせた。




 切り立つ崖の上から眼下に広がる夜の湖の景色を見て、わたしはささやく。

「本当にうまくいくのかな?」

「さあね」

 心篭らない声で隣りに立つアルフレートは答えた。

 昼間遊んでいた湖岸よりも東に来たここは、水面から陸地まで随分な高さがある。夜中のこの時間に水面に目を凝らしても真っ暗な闇が微かに蠢いているようにしか見えない。アルフレートと二人だけのこの状況は彼の指示によるものだ。

『中途半端に揃ってると、他のメンバーは何をしてるのか、なんて考えさせるだろ』

とのことだが、なんでわたしなんだ、と思ったりする。確かに黒ずくめの男に『その女』呼ばわりされたのはわたしなんだけど。

 緊張からわたしはもう一度アルフレートに話し掛ける。

「この湖も大昔は川の一部だったんだって。不思議だよね。今はそんな面影無いし」

 が、アルフレートに手で遮られる。闇の中から物音一つさせずにゆらりと影が現れた。

「この早さで来てもらえるとは、仕事の出来る人間は違うね」

 アルフレートが現れた影二つに語りかける。相変わらず目元だけ覗いた黒装束の男が二人、黙ってこちらを見ている。アルフレートが足元に転がる物体を軽く蹴り上げた。

「……ふぐう」

 トマリの苦痛の声が響く。それでも男達の顔は少しも乱れなかった。

「いきなり巻き込まれたもんでかえって好奇心が湧いた。この男は何をしたんだ?」

 アルフレートの問いに男達は答えない。それも予想済み、というようにアルフレートは話しを続ける。

「こいつが最後まで手放そうとしなかった、これは何だ?」

 そう言って掲げるのは丸い石。白みがかった灰色の綺麗な球体。それを見て二人の男の内、後ろに立つやや小柄な男の肩がほんの少しだけ動いたのを見たのはわたしだけではないはず。

「答える理由も、義務も無い」

 前に立つ男は声からして昼間も会ったリーダー格の男のようだ。

「そうか」

 アルフレートが答えるや否や、彼の手の中にあった石がぱん!とゴムボールが破裂するかのようにはじける。風に破片がキラキラと飛ばされていく様は綺麗だった。

「貴様!」

 後ろの男が身を乗り出す。前の男がそれを黙って止めた。トマリも拘束された体をばたばたさせつつ激しい唸り声を出す。

「争いの種など潰すに限ると思わないか?」

「それには深く同意しよう」

 意外にもリーダー格の男はアルフレートの問いに頷いて見せた。それを受けてアルフレートは淡々と話し続ける。

「我々としてはこの男の仲間だと思われるのも避けたいところだが、君らのような人種に協力するのも不本意なもんでね」

 アルフレートはそこまで言うと転がるトマリの頭を持ち上げた。デイビスに殴られたせいで腫れ上がった顔がある。

「協力は出来ない、と。ではどうするかね?」

 腫れ上がった顔をちらりと見た男の問いにアルフレートは黙ってトマリを転がす。

「こうするのさ」

 最後の一押しによってトマリは崖の下へと落ちていく。

「ふごおおぉ……」

 ご丁寧に口輪までされた哀れなクーウェニ族は断末魔の悲鳴まで情けないものだった。どぽん、という水中に落ちた音の後、暫く水の跳ねる音が続いていたがそれも止んでしまう。小柄な男の方が後を追う体勢になるがリーダー格の男はそれも止めに入る。意外な判断だな、とわたしは思った。

「さてどうする?やり合うか?」

 アルフレートが腕を組んだまま楽しそうに問いかける言葉に内心わたしは焦る。が、目の前の男は抑揚を感じない動きで首を振った。そして一歩足を後退させる。

「協力はなかったが、最低限の義理は貰ったと判断しよう。だが、好奇心だけで動くのはここまでにした方がいい」

 そう言い残しじわじわと闇と同化していく男に色々問い詰めたくなる。ざあ、という音は男達の立ち去った足音だったのか、風の音だったのか。

 少し間を置いてからわたしはアルフレートに尋ねる。

「うまくいったのかしらね?」

「さあね、こっちも始めからちょっとした時間稼ぎのつもりだ。後は『下の連中』がどうしたか、だな」

「……お宝ってやっぱり嘘だったのかなあ」

 『鍵』であるはずの石の玉を破壊された時取った男の反応を思い出してわたしは呟く。アルフレートが首を振った。

「『鍵』が嘘なのかもしれない。『お宝』が嘘なのかもしれない。……こっちの猿芝居に付き合う気がないのかもしれない」

 そう言って肩をすくめた後、歩き出すアルフレートについて行きながら考える。

 偽物だってばれちゃったのかな?それとも向こうはお宝とやらに、手をつけるつもりが端からない?

 わたしの頭の中に解くことは無い封印の扉が想像されていた。




「イテーよぉ、イテーよぉ」

 硝子玉のような目からぽろぽろと涙を流すクーウェニ族の男を見て、流石に同情してしまう。

「二、三発殴られた後に落ちた衝撃で肩が外れたくらいでビービー泣きなさんな」

 アルフレートがローザの治療を受けるトマリに言い放つ。相変わらず冷酷な奴だ。

 ここはフローラちゃんの中。狭い空間にわたし達、操縦席には役目を終えたヴェラがぐーすか寝ている。

「おらヴェラ、ベッド行って寝ろよ……」

 デイビスがヴェラを持ち上げるとフローラの中から出て行った。トマリと顔を合わせ続けるのも気まずいように見えてしまった。

「にしても乱暴過ぎるぜ、旦那……。それにあの程度で騙せたんかな?奴ら日が昇れば湖を徹底的に探すぜ?」

 治療された肩を回しながらトマリがアルフレートを見る。視線を送られたアルフレートはふん、と鼻を鳴らした。

「時間稼ぎに成れば十分だ。その間に城へ戻ればいい。お前もある程度経つまではここにいてもらうからな」

 トマリは初めこそ『ラッキー』というような顔をしていたが、徐々に不安げな顔になっていく。

「トイレとか……風呂とか」

 むにゃむにゃ口を動かしていたが、アルフレートに睨まれてそれも止まる。

 『とにかく時間を稼ぐ』というアルフレートの主張により起こった先程の一幕。

 まず黒装束の男達に向けてトマリとの関係をはっきり否定する。そのためにデイビスが「悪く思うなよ」などという悪役っぽい台詞を吐きつつ、トマリの顔を変形させた。

 ボロボロのトマリを男達の前に出し、暗い湖に沈める。上からは死角になる位置にヴェラを乗せたフローラちゃんに待機してもらい、トマリが落ちた所を救出してフローラの中に戻ってもらう。……というわけだ。

 最低限の明かりはローザに用意してもらったとはいえ、ヴェラも暗闇の水中で大男を救助するなんて良くやってくれたと思う。

 治療を終えたローザが目を細め、アルフレートに向き直る。

「で、そこまでしてこの人を匿うのは何で?まさかアンタが『見殺しにしたくないから』なんて言わないわよね?」

 ローザの何かを匂わせる質問にアルフレートは中々答えない。わたしが代わりに答える。

「アルフレートは『お宝』があると思ってるんでしょう?」

 肩を竦めるアルフレートの後ろ、トマリが弾かれたように立ち上がる。

「そ、そうだよ!鍵!石の玉!何てことしてくれたんだよお!」

 喚くトマリの鼻先にアルフレートの手が突き付けられた。その手に持つのは灰色の石の玉。トマリは目を白黒させていたが石に震える手を伸ばし、ほお擦りする。

「偽物を用意すると言っただろうが」

「殴られた後は気絶して覚えてねえよ!」

 アルフレートとトマリの言い合いの脇からわたしは口を挟む。

「壊れなかったんだって、こっちは」

「試したのかよ!?」

 またしても顔色が紫色に変わるトマリにわたしは指を突き付けると彼の目を真っ直ぐ見据える。

「……反応するところはそこ?『壊れなかった』のよ。普通の石ころならどうなったか、あんたも見たでしょ?」

 トマリはぽかん、としていたがしげしげと手の中にある物を見直す。

「やっぱ、力を持ってるってことか!」

「そういうこと。本当に宝の鍵かは知らないけど」

 わたしはそう言いながら石の玉を見る。魔力の類いは見て取れない。魔法とは違う何かの力が働いているのか、掛かっている魔法が高度過ぎてわたしには感知出来ないのか、それは分からない。

「とりあえず表出ない?いい加減、休まなきゃ」

 ローザに言われ、表へのスイッチへ足を向ける。

「あんたはここ!」

 当然のように着いてこようとするトマリを手で制すると、フローラの中を後にした。

 室内の明るさに目を細める。先程まで話し合いをしていた応接室のテーブルの上にフローラがいる。ソファーに座るヘクターの横、こちらを見るのはオグリさん。

「あ、帰ってたんですね!」

 わたしの掛けた声にオグリさんはゆっくり頷いた。

「城へ戻る許可が出ました。明日の朝からでも大丈夫です」

 思わずわたしは皆の顔を見回す。

「順調に行き過ぎて怖いね。まあ、あの王子が頑張ったんだろうが」

 アルフレートはそう言うと、わたしの頭をぽんと叩き扉へ向かう。

「寝ておけ。あと何時間かは寝られる。城に戻ってから昼夜逆転なんて生活出来ないぞ」

 アルフレートの言葉にローザも深く頷いた。

「そうそう、こういうのは早めにきっちり直しておかないとね」

 そう言われて大欠伸を見せたのはわたし達ではなく、大分お疲れ顔になっているオグリさんだった。

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