水遊び
「今日は昼には切り上げるか」
デイビスがそう言いながら膨らました浮き輪をわたしの首に掛ける。自分は泳ぐつもりは無いようで、岩場にどっかりと座り込んだ。ヘクターもアントンも今日は遊ぶつもりが無い様子だ。何でもないような顔をしてるけど、ソードを傍らに置いて周りの音を拾うように神経を払っているのが雰囲気で分かる。
「護衛って感じ?良いけどこっちもはしゃぎ辛いわね」
セリスがつまらなそうに呟いた。うむむ、普段のエミール王子の気持ちがちょっと分かるかも。
どうしようかな、と浮き輪を腰の辺りでぐるぐると回していると、アルフレートがちらりと見て言い放つ。
「お前、馬鹿みたいだぞ」
「う、うるさいなあ」
わたしは口を尖らす。ふと何かをじっと見る様子のヴェラが目に入った。
「どうしたの?」
尋ねるとヴェラはこちらに振り返る。
「あれ何かなーって思ったんですよ」
彼女の指差す先にあるのは、昨日エミール王子が話していた親戚の別荘だ。湖畔のすぐにある薄黄色の建物は、ここからだと住民がいるかどうかはよく分からない。
「レイモンって人の別荘でしょ?王子のはとこだっけ。そのお父さんが国王のいとこになる人で、今は体壊してるとかいう……何だっけ?」
「ユベール」
「そうそう、ユベールさん」
アルフレートの即答にわたしは頷きながらヴェラを見る。しかしヴェラは首を振った。
「いや、その奥ですよ。別荘の奥です」
言われてみて初めて気付く。奥の方に湖から直接繋がるような形で洞窟のようなものがあった。
「あ、本当。何だろう、あれ。よく気がついたね」
「いやあ、私、目だけは良いんですよ!」
そう言って照れたように笑うヴェラ。究極のドジっこ属性が無ければ、ヴェラって結構優秀なんじゃないの?
「じゃあ、あの馬車に乗ってるのはどんな人物だ?」
アルフレートが湖の横を通る道を顎で指した。わたしとヴェラは振り返る。先ほどオグリさんが帰ってきたのと同じ方向からやって来るのはどこか見覚えのある馬車だった。
「あれって……ここに来た日にすれ違った馬車じゃないの?」
わたしは言いながら横目で馬車を見送る。王子達とこの別荘地にやって来た時、猛スピードを出して去っていった馬車だ。車体の形が洒落ていて、何となく覚えていたんだよね。
今回は急ぎの用は無いのかゆったりとした速さだが、止まることなくそのまま通り過ぎていく。
「……すごい美男美女が乗ってました!キラキラしてましたよー!二人とも金髪でした。服装も派手でしたね」
馬車が去っていってからヴェラが答えると、アルフレートは「ご名答」と頷く。ヴェラは手を叩いて喜んでいる。アルフレートの人を使う能力も毎度感心するけど、ヴェラって本当に目がいいな。わたしには二人組みの男女が乗っている、くらいしか分からなかった。
馬車の去って行った方角を見て思う。今の二人の男性の方がレイモンだったんじゃないかな。馬車の雰囲気といいヴェラの話しといい、王子の親戚にしては派手な様子が意外だけど。
「あの洞窟に行ってみません?」
ヴェラに言われて我に返る。楽しそうだな、と思うがどうやってあそこまで行くか首を捻る。
「あんまり広いようだと途中で帰ることになると思うけど、楽しそうだね。皆に聞いてみようか」
わたしはそう答えるとヘクター達の方へ戻る。
「ヴェラが面白そうな所見付けたんだけど」
と前置きしてから説明すると、デイビスがわたしの後ろ方向を指差した。
「ボートで行ってみるか?確かあっちに何隻も停まってただろ」
「借りていいの?」
セリスが聞くとデイビスは肩をすくめる。
「別にいいんじゃねえの?名前書いてあったりしたら諦めればいいし」
じゃあ行ってみるか、となったところでウッドチェアーに横になって本を読むアルフレートに話しをすると、
「私は待ってる。皆で行ってこい」
と手をヒラヒラされた。予想通りの答えだ。
「じゃあ荷物見てて。ちょっと見てくるだけになると思うけど」
「胸躍るダンジョンだといいねえ」
目線は本に向いたままからかうアルフレートの膝を叩くと、わたしは残りのメンバーと一緒にボート乗り場に向かうことにした。
波止場に着くとお互いの顔を見る。
「四隻あるわね」
セリスの言う通り小型の手漕ぎボートが四隻、湖に浮いている。軽くロープで固定してあるだけだったり、色違いなだけで同じ型なのを見るに、やっぱり誰でも使えるものなのだと思う。普通に考えれば二人ずつ乗り込めばいい。
「一つは残しておいた方が良いんじゃ?」
ヘクターが言った言葉にわたしも頷く。他に遊びに来てる人を見てないけど、占領するのも悪いものね。
「じゃあ三組に分かれようぜ」
デイビスがグーにした手を振ってみせた。皆それに応えるように輪を作り始めた。
「ちょっとイリヤ!暴れないでよ」
わたしはボートの真ん中でしきりに体を動かすイリヤに文句をぶつける。
「だってこれどう考えても二人乗りじゃない!?沈み具合おかしくない!?」
イリヤが涙目で指差すボートに乗るのはわたし、ヘクター、イリヤの三人。
「大丈夫だよ、二、三人用って表記があったから」
ヘクターが笑顔を向けるものの、イリヤはずっと水面とボートの側面を凝視している。
「デイビス達のボートだって普通に進んでるじゃない。総重量は向こうの方があると思うわよ?」
わたしが指し示すボートにはデイビス、アントン、セリスが乗っている。ジャンケンで決めたらこんな偏ったメンバーになったのだ。
イリヤがちらりとこちらを見てくる。
「リジア、君、意外と体重あったりしないよね?」
「失礼ね!」
わたしの手の平がイリヤの額にすぱーん!と綺麗に入った。うずくまるイリヤの後ろでヘクターは黙々とオールを漕いでいる。ちょっとは見習って欲しい。
「大体イリヤ、あなた泳げるでしょ?昨日泳いでたじゃん」
「転覆、って事態そのものが怖いじゃないか!しかも俺の乗ったボートだけ転覆する、なんていかにもありそうで!」
自分の不幸体質をよく分かってる発言だな、と思う。
そんな風に騒いでいる間にもイルヴァとヴェラの乗った一番身軽なボートは件の洞窟まで到着しており、二人がこちらに向かって手を振っている。
「真っ暗ですよー」
イルヴァの声にわたしはライトの呪文を用意し始めた。
洞窟前に着くと唱えていた光球をゆっくり投げ、中を覗き見る。割と苦労せずに歩けそうな岩場に挟まれるように水面が続いているのを見て、わたしはヘクターに尋ねる。
「ボートに乗ったまま行けそうだけど、このまま行ってみる?」
「いや、岩にぶつかったりして危ないかもしれないから歩こう」
そう言うとヘクターはボートに繋がるロープを適当な岩にくくり付けた。
全員が上陸すると奥に広がる闇に目を向ける。わたしとセリスが用意した『ライト』の呪文で光量は充分だが、洞窟がカーブしているので中の様子が窺えない。
「うわー、ドキドキしない?海の中の洞窟とかさ、憧れてたんだよね」
そう言ってはしゃいだ様子を見せていたセリスだったが、数歩ほど歩いたところで、
「何か寒くない?」
両腕を抱えるようにして肌を擦っている。わたしは上着を羽織っていたので寒いまでは感じないが、素足を撫でる空気がひんやりとしている、と思った。
「日が当たらないから、かな?」
イリヤが首を傾げる。
「理由なんてどうでもいいだろ」
アントンは面倒くさそうに言うとさっさと歩き出す。それもそうか、という様に皆も続きだした。
しかし直ぐに足を止めることになる。川のように浸入していた水面も途切れ、足元が砂利の混じる土になった時、洞窟の幅ぴったりに構える灰色の扉が現れたのだ。
「何これ?」
誰も答えられるはずは無いのだが、自然とわたしは口にしていた。材質は普通の石なのだろうか。洞窟の岩に同化するような飾りのない色合い。中央に一筋の割れ目が入る以外は何も目につくものは無い。
「開きそうにないな」
デイビスが扉の表面を手で撫でた。彼もイルヴァもボートに乗るということで、普段の武器は置いて今はロングソードを持っている。扉に向かっていつもの重量級の武器を振り上げてみる、なんてことも今は出来ない。
「鍵穴も無けりゃ取っ手も無いしなあ。なんだ、これ?」
イリヤが頭をかく横から、
「もう引き返さないか?」
ヘクターが静かな声を響かせる。確かに他に見るものも無いけど、何だか真剣な顔に戸惑う。すると同調するようにデイビスとアントンも頷いているじゃないか。
「何か変な感じがするんだよなあ。さっさと帰ろう」
デイビスの言葉にヴェラが「や、やめてくださいよ」と飛び上がる。嫌な空気を感じる、って事だろうか。わたしも不安になってくる。
その時、ざざざ、という水の流れるような音にはっとして振り返った。
「お、おい何だよ!?」
アントンがカタナを抜きながら吼える。先ほどまで横目にしてきた水辺からいくつもの塊が出現してきているのだ。人のような形に見えたそれが全身を現していくにつれて、向こうの景色を透過させていることに気がついたわたしは大きな声で叫ぶ。
「アクアサーバントよ!」
全身が水で出来た魔法の兵士達が、ざあざあと音を立てながらわたし達に近づいてこようとしていた。
「何だよ、それは!?」
デイビスの問いに答えようとしたわたしは、アクアサーバントの一人が腕を振る様子にはっとする。
「ストーンサーバント!」
セリスの呪文に応えるように地面が震えた。地中からずんぐりとした土の兵士が現れる。
腕を広げるそれに先程のアクアサーバントが放出してきた水の塊が次々に突き刺さった。ストーンサーバントはどろりと溶けて、すぐに地面に還っていく。
「こういう奴らよ」
セリスが真っ直ぐ前を見据え言った。
「魔法生物ってことか!じゃあ術者は!?」
デイビスが大声を上げるが、わたし達以外の影は無い。何処かに隠れて、と思いイリヤの顔を見るが彼は無言で首を振った。
「切れねえよ!」
アントンが叫ぶ。彼が切り付けた水の兵士は少し水飛沫を飛ばしただけで平然としている。棒きれで水面を割っているのと同じで、直ぐに元の形に戻っていくのだ。更に動きを止めるそぶりが一切無い。『何も受けていない』のと同じなのだ。
「ファイアウエポン!」
わたしはとりあえず唱えておいた呪文でヘクターのロングソードに炎を纏わせる。
アクアサーバントにヘクターの剣が走る。水の体からもうもうと水蒸気が立ち昇った。
「効いてない!?」
「……いや」
わたしの問いにヘクターは首を振る。
「動きが止まる。効いてないことは無いと思う」
じゃあわたしとセリスで全員の武器に、なんて考えていると、
「ライトニングボルト!」
セリスの指先から強い光を帯びながら電流が流れる。アクアサーバントの一体に絡むと、びくんと体が跳ねてその一体は水中へ戻っていった。が、
「ぎゃああああ!」
悲鳴と共にアントンが倒れた。水中に足を突っ込んでいたので……感電だろう。
「ふ、ふ、ふ、ふざけんな!」
唾を飛ばしながら詰め寄るアントンに当のセリスはぶふー!と噴出す。
「やだアントン、唇が痙攣してる!」
「怒りからだ馬鹿野郎!」
けらけら笑うセリスと感電でかくかくした動きになっているアントンは放っておくことにする。
しかし今の一手で他のアクアサーバントも少し動きが鈍くなった。
「ファイアウエポン!」
イルヴァのソードにも炎を纏わせ、これで全員の剣に魔法を掛けたわたしは一つ息をつく。
「小さくなってきてるな!」
デイビスの言葉通り、炎の剣で切りつけられるたびに水蒸気が上がっているアクアサーバント達は、少しずつだが小さくなってきている。
「でも効率悪すぎじゃない?」
アントンのカタナに魔法を掛けながらセリスがぼやいた。
確かにそうなんだけど、他に良い手が思いつかない。もっと強力な呪文をこの空間で使う勇気はちょっと持てない。
「いやー!助けてください!」
ヴェラの悲鳴が響き渡った。アクアサーバントの数体がヴェラを担ぎ込んで湖の方向へ運ぼうとしている。
「ヴェラ!飛び込め!泳いで陸に上がれ!」
デイビスがヴェラを担ぐアクアサーバントを切り付けながら叫ぶ。
「ったく、本当に役に立たねえな……」
アントンが舌打ちと共に吐き捨てた。
「だあああ!死ねい!」
アントンが小さな塊になったアクアサーバントを勢いよく切り付ける。じゅう!と最後の一体が水蒸気となって消えていく。
「お、終わった……」
イリヤががっくりと膝をついた。その彼も、他の皆もわたしも汗びっしょりで水から上がった後のようになっている。舞い上がった水蒸気で一帯はまるでサウナのようだ。
「最悪な気分だわ」
真っ赤な顔をしたセリスが口を歪める。わたしも同感だ。死ぬ程喉が渇いているが、ここの水は飲む気にはなれないし、と水面を見ていると、
「終わりました?」
ぷはー!という呼吸と共にヴェラがひょっこりと顔を出す。今の今まで泳いでいたらしい。全員が脱力したように肩を落とすのが分かった。
「……俺も泳いで帰る」
怒る気力も無い様子でアントンはカタナをセリスに渡す。直ぐに水に飛び込むとカエル泳ぎで出口方向へ行ってしまう。
「イルヴァもそうしまーす!」
全身真っ赤になっているイルヴァが水に飛び込む。デイビスが頭をかいた。
「しょうがねえなあ。ボートどうすんだよ……」
「出遅れた……」
イリヤがぼそっと呟く。帰りは彼にもボートを漕いでもらうしかない。
残ったメンバーでサウナと化した洞窟を後にする。ボートが三隻浮かぶ前に来て外気温の心地好さに深呼吸していると、いきなりヘクターに抱き抱えられた。
「ひえ!?」
「急げ!」
そう叫ぶとヘクターはそのままボートに飛び移る。素早くロープを外し岩を蹴り飛ばした。他の皆もそれに続く。
「やだ!」
セリスが洞窟内を指差す。振り返ってみると奥の方、ゆらゆらと形の不安定な生物がいくつもこちらに向かって来ているのが分かった。先程のアクアサーバントだと思って間違いないだろう。
「な、何なの、ここ?」
「……来たらまずい所だったんだろうね」
ヘクターがわたしの疑問に苦笑した。
侵入者がいる限り無限に兵士が現れる、なんて仕組みだったとも考えられる。だとしたら、あそこには何が隠されているんだろう。