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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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少年は仮面を被る

 ファムさんとファムさんのお母さん、クララさんの作ったご飯を頂いてから、全員で応接室に戻る。ベッドの用意がまだ完全に終わってないらしい。そのくらい自分達でやりますよ、と言ったが「リネンの場所だとか説明するより、自分達でやった方が早いもの」と返されてしまった。多分気を使ってくれてるのだと思う。

「雨上がったな」

 フロロが窓の外を覗き込んでから少し開ける。昼間には考えられなかったような涼しい、いや冷たいとも言える外気が入り込んできた。フロロは慌てて窓を閉める。

「夕立のお陰で夜は快適になる、これがこの辺りのサイクルでさあね」

 当たり前のようにわたし達の輪に入り込むヴォイチェフをローザが睨んだ。

「あんたは手伝わないの?あんたのベッドも用意してもらってるんでしょ?」

「あっしはベッドシーツの場所なんて頭に入ってないもんでね」

 そりゃそうかもしれないが、これじゃあ見張りがいるみたいで窮屈だなあ。

「雨降ってないなら肝試しでもやる?表涼しいみたいだし」

 セリスが欠伸しながら提案するものの、いまいち皆乗ってこない。更にヴォイチェフに「屋敷の裏は崖に近い急勾配でっせ」と言われてしまった。

「なんつーか、暇だよな」

 デイビスが皆の本心を代弁したような形になる。贅沢なことだけど、全部「どうぞ」と用意されていて、話し合うような事件も無いし暇なんだよね。皆どこかだらっとした様子で顔の締りも無いような。

「明日も湖に行ってぼーっとして……そんな感じ?」

とイリヤ。既に顔がぼーっとしている。

「ボートに乗ろう、とか言ってたよ。今日、夕立で乗れなかったし」

 わたしが言うものの、「あー」という緩んだ返事が聞こえるだけだった。デイビスがわたしを見る。

「で、ボートって面白いか?アレ」

 ……そう言われると答えづらいけど、『ボートに乗るとココが面白い!』ってものも出てこなかったりする。

「所詮、我々に金持ちの余暇の過ごし方なんてものが理解出来るはずが無かったってことだ」

 アルフレートの言葉には誰も反論出来ない。更には「あと一週間もこれが続くのか」という重い気分に沈んでいくのが分かってしまった。




 寝室の用意が出来た、とファムさんのお父さん、オグリさんに言われて皆して応接室のソファーから立つ。「まだ眠くない」「もう眠いわよ」など口々に話す中、

「レオンの事、悪かったな。エミール王子の落ち込みよう見ると、もうちょい粘ってみりゃ良かった」

デイビスが空いたグラスを持ちながらヘクターに声を掛けていた。何となく、程度に意識を傾ける。

「別にデイビス達のせいじゃないから、あんまり気にするなよ」

 ヘクターらしいな、と思う返答を聞きながら部屋を出ようとした時だった。

 がつ!という鈍い音、続く悲鳴に体が固まる。何かが床板に打ち付ける大きな衝撃音とガラスの割れる音に振り返ると、仲間の揉み合う姿があった。

「おいやめろ!」

 デイビスの聞いた事のないような怒声、その彼が羽交い締めにするのは興奮で顔を真っ赤にするアントンだ。アントンが殴りかかろうとする相手、ヘクターの口元から血が流れているのを見て、すうっと血の気が引いていく。

「お前が悪い!」

 アントンの刺すような台詞は、意味が全く分からなかったが、隣りにいるヴェラがびくんとなる程、有無を言わせないような冷たさがあった。

「いい加減にしろ!」

 猛獣を取り押さえるようなデイビスも、それを払うように暴れてヘクターに掴みかかるアントンも、対峙するヘクターも異世界の人のように見えてとても怖い。突然始まった乱闘に他のメンバーは動けなくなっている。

「お前のそういう余裕ぶってるのがムカつくんだよ!いつだって見下しやがって!」

 アントンの獣の咆哮のような叫びに耳が熱を持つ。続いて響いたのは信じられない声だった。

「じゃあ俺も、『お前が悪い』って言えば良かったのか!?」

 初めて聞くヘクターの怒声。部屋の中が凍りついたのがわかった。

「……殺す!」

 アントンが再び拳を振り上げる。次の瞬間、ばちーん!と皮膚を叩く音が響いてきた。一瞬、何が起きたのか分からなくなる。

 不意打ちを喰らったからか、床に倒れるアントン。頬を押さえる彼の前にいるのは振り切った手の平をそのままにして立つサラだった。

「あんたなんて大嫌いよ」

 冷め切った視線を向けてアントンを見下ろすサラは、凍てつくような言葉を吐き捨てると部屋を出ていく。その迫力に去って行く姿を目で追うことも出来なかった。




「もう泣かないでよ」

 わたしは皆、バラバラに出て行ってしまった応接室に自分ともう一人残った相手、イリヤに向かって声を掛ける。

「だって、怖くて怖くて、ほんとに……」

 イリヤはうっうっと泣きながら割れたグラスの破片を拾う。二人掛かりで片付けているのにイリヤがこの調子なので終わりやしない。

「もうダメだ、俺達……。サラは、サラは言っちゃいけなかったんだよ……。そりゃあ彼女ばっかり我慢するべきじゃないのは分かってたけど……」

 そう言って涙を拭うイリヤ。この言葉からしてイリヤは全て知っていたって事か。……そりゃあそうか。

「借りてきたわよー」

 ローザがバケツを持って入ってくる。置かれたそれにガラスの破片を入れていると、ローザがわたしの肩を叩いた。

「ここはあたしがやっておくから、リーダーさんに揉めた原因をきっちり聞いてきてくれない?」

 動きを止めて戸惑うわたしにローザは真顔で首を振る。

「……そろそろ『個人的な事』じゃ収まらなくなってるわ。もうパーティーの問題だと思う。説明してもらわなきゃいけないのよ」

 ローザの言葉はわたしが「聞きにくい」と思っていること自体を否定した。それでもやっぱり、ヘクター本人が言わない事を聞いて良いものか、躊躇はある。でもそれは無理に聞いて自分が嫌われるのが怖いからなのかもしれない。

 無言のままだったからか、ローザが再び口を開く。

「集団で行動する以上は、揉め事を作らないようにするのも大事なことでしょう?……アントンが殴った時から、イルヴァはウォーハンマー構えてたわよ。あたしが腕持って押さえてたけど」

 それを聞いたわたしとイリヤの顔が、同時にざあっと青ざめたのは言うまでもない。




 屋敷の裏手、広いテラスの奥の方の暗がりに見間違う事は無い後ろ姿がある。屋敷からの光も届かない所だけど、ずっと見てきた人だもの。

 ベンチに座るヘクターに近付いて行くものの、何て声を掛けるかが決まらない。何言ってもわざとらしくなりそうだ。

 どうしよう、なんて考えながら背中を見ていると、

「隣りに誰か座っていて欲しい気分だなー」

という声。一度も振り返ってないけど、誰だか分かってるのかな。

 少し勇気がいったが、ヘクターの隣りに座り込む。深い青色の目と目が合った。

「……痛そう」

 わたしは治癒術を唱えると彼の頬に手を伸ばす。腫れ始めていた殴打の跡が少しずつ綺麗になっていった。

「ありがとう」

 そう言って手を取られる。わたしの手を握ったまま、じっと目を見るヘクターにどきどきするが、

「俺の両親と、アントンの親父さんは傭兵仲間だった」

意外な内容で始まった話しに、わたしは口元を引き締めた。

「タウノ、っていう人で俺も何度か会ったことはあったんだ」

 ヘクターの声の出し方で、久しぶりにその名前を口にしたのだろうと分かる。

「普段は三人とも傭兵業で稼いでいて、何か惹かれる話が舞い込んだ時は三人で乗り込む、なんてやり方だったらしい。その時も三人揃って目的の遺跡に入り込んで」

 一瞬、話が止まる。記憶にある光景を追っている様子が伝わってきた。

「両親の最後を伝えに来た、と俺に言ったタウノは片腕が無かった。入り込んだ遺跡は三人にとってはそんな苦労するものじゃなかった、って言ってたな。ただ一瞬の気の緩みで……。タウノは何度も『俺が悪い。俺のせいだったんだ。俺が二人を殺して、一人で逃げてきた』って俺に頭を下げていた」

 わたしは少し混乱してくる。話が逆じゃないのか、と思っていたからだ。ヘクターの声のトーンがまた低くなる。

「本当のことなんて分からない。その場で何が起きたのか、誰が足を引っ張ったのか、危険に飛び込んだのは誰なのか、話を持ってきたのは誰なのか、本当にタウノが悪かったのかもしれない。そうじゃ無いかもしれない。ただ、正直俺はそんなことどうでも良かった。だから、『自分達のことは気にしないでくれ』そう伝えた」

 本心だったんだろう、とヘクターの横顔を見て思う。少し前に聞いた話しだと、その頃にはヘクターもお祖父さんもお祖母さんも覚悟をしていたような言い方だったのだから。

「アントンの家族がウェリスペルトに越してきたのは、俺の家が越してきたのと同時期だったらしい。本当に偶然だったみたいだな。……アントンのお母さんが俺を見つけた時、ぶっ倒れるんじゃないかってぐらい酷く青ざめてた。その時、タウノが死んだ事なんかを聞いたんだ」

「何て、言われたの?」

 わたしはぼんやりと浮かぶ予想された台詞に背中が冷えるのを感じていた。

「タウノは生きるのを止めてしまった、って」

 わたしはぎゅっと閉じた自分の唇がひどく乾いているのに気がつく。

「ぼろぼろの状態になっても帰ってこれたのは、俺に謝罪する使命が残っていたからなんだ。でも俺はそれを潰してしまった。両親の最後がどういうものだったのかは分からない。でもタウノの最後を壊したのは俺なんだ。それは事実だ」

 過酷な旅の過程で隻腕になった男の姿がわたしの脳裏に浮かぶ。彼は罵倒されたかったのだろうか。残りの人生を償いに賭けた男は、自分の居場所を無くしてしまったのだろうか。

「アントンに言われたことがある。『お前が世界中の人間に好かれるような奴でも、俺はお前を許さない』って。……俺もそう思う。世界中の人から『お前は悪くない』って言われても、俺は自分を許さない」

 その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れてくる。でもそれに気づかれたらヘクターはわたしの事を心配するんだろう。そういう人だもの。せめて嗚咽が漏れないように、とわたしは必死に唇を噛んでいた。

 風が吹いて木が一斉に騒がしくなる。葉に溜まった雨水が地面を打ち付ける音が響く。わたしは深呼吸すると口を開いた。

「……じゃあわたしは世界中の人が『許さない』って言っても、許す人になるよ。世界中の人が『嫌い』って言っても、好きでいる」

 繋がれたヘクターの手に力が入るのが分かる。少し間を置いてからわたしは付け加える。

「イルヴァもね」

「イルヴァ?」

 ヘクターの不思議そうな声にわたしは「アントンに殴られた瞬間から、イルヴァはハンマー構えてたらしい」という話しをする。月明かりで照らされた彼の顔が、びっくりしたように目を見開く。と思ったらヘクターは大きな声で笑い出した。

「そっか、イルヴァが……そっかあ」

 笑いが収まったのか、ふう、と息つくと、

「そのままイルヴァが暴れだしてたら、どうなってたかなあ」

と呟いた。きっとうちのメンバーはヘクターの味方するにきまってるさ、と思う。それがたとえ正義じゃなかったとしてもね。




 テラスから中に入るとヘクターがわたしの顔を見た。

「冷えたからあったかい飲み物でも貰いに行かない?」

 そう言って厨房の方向を指差す彼にわたしは頷いた。

「長々とごめんね」

という謝罪の言葉には首を振る。

「やだなあ、もっと長い話でも良いのに……」

などと言い掛けた時、廊下の先にいる二人組みが目に入る。窓にへばりついて表を覗き見ているのはローザとフロロだった。

「何やってんの?」

 わたしが後ろから声を掛けると、二人揃って「しー!!」と立てた人差し指を口にはっ付ける。何だよ、と思い二人の後ろから窓の外に目を移すと、わたし達が話していたテラスとは違う位置の少し小さめのテラスに、アントンとセリスがいるではないか。

 セリスの頭が時々動く。アントンの言葉に頷いているようだった。珍しく落ち着いた様子で話すアントンと、それを聞いてあげているといった様子のセリスは確かに良い雰囲気、と言えなくもない。

 暫くするとアントンの手がセリスの肩に伸び、顔を近づけていくのがわかった。

「わ、わお」

 フロロが身を乗り出した瞬間、ばちーん!!と豪快な音がここまで聞こえてくる。ずるりとベンチから落ちるアントンに、それを足蹴にするセリス。

「調子に乗るな!」

 赤毛の魔女の怒声に、ヘクターがびくっとなっていた。

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