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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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浮つく心

「酷い混乱だったんじゃない?当時は」

 わたしの問いにファムさんは深い溜息と共に頷いた。当時を思い出したのだろう。

「国王は無事でしたから、国民に混乱が伝染するまでにはなりませんでしたけどね。大きな騒ぎにはなりましたけど、よくある王室のゴシップの一つくらいな扱いだったんじゃないかと。元々王弟は国王に比べて人気はあまり……な方でしたし。ただ問題は貴族達への説明と、あとはイザベラ様の混乱ですかね」

「イザベラが?」

 わたしは紅茶を飲み干すと問い返す。

「ええ、先ほどの話しの事故の直後だったもので、関連性を疑ってしまって、酷い取り乱しようでしたよ。私がお城勤めに入ったばかりのことですから、よく覚えてます」

 ふうん……、自分の夫と子供を殺したのも王弟の仕業と思ったってところかしら。本当のところはもう調べようがないけど、普通に考えたら関係なさそうだけどな。だって王位を狙うなら姉自身を狙うならまだしも、姉の夫と子供なんて関係ないもの。

 そこまで考えて何か引っかかったが、それを上手く掬い上げることは出来なかった。なんだろう?

「サントリナの王位は長兄から優先なのね?」

「そうです。現王室のストレリオス=サントリナ家になってからは不思議と男児が途切れていないんです。そこも威厳を高めてる要因ですね」

 答えを聞きつつ『引っかかりはこんなことじゃないな』と思う。

「んー」

 唸っているとドアがノックされる音が響く。今の今までしていた会話の内容から二人ともびくりと肩が震えた。

 ファムさんが固まっていたのは一瞬のことで、すぐにきびきびとした動作で扉に向かい、小さく開ける。そしてわたしに訪問者を見せるように開け放った。

「セリス、どうしたの?」

 わたしが立ち上がると綺麗な赤い髪を揺らしながらセリスが入ってきた。

「良かった~、まだ寝てなかった。ちょっと頼みがあるんだけど」

「……変なことじゃなかったら」

「何よ、その警戒のしようは。……これなんだけど」

 そう言ってセリスは腕に着けていた銀のバングルを外す。

「これ、発動体に出来ないかな?」

 発動体とは魔法の使用の際に集中力の手助けをしたりする媒体のことだ。わたしの持っている短剣もそうで、マナの暴走をセーブする役目もある。だがセリスがこの『わたし』に頼むということは、今回は魔力の蓄えを求めてるのではないだろうか。魔晶石程の効果は期待出来ないが、疲労時の飴玉くらいのものは出来るはずだ。

「いいけど、どうしたの?」

「うーん、なんかちょっと疲労が溜まってるのか、ね。集中力切らしてるみたいで」

 肩を揉む仕草を見せる彼女に少し心配になる。弱ったところを見せるなんてらしくないかも。魔法はその性質故に精神状態がかなり重要になるが、それにしても気になるな。

「お茶お出ししましょうか?」

 ファムさんが言うもセリスは首を振る。

「いえいえ、お気遣いありがとう。早めに寝るからいいわ」

 そういい終わると部屋を出て行く。が、扉が閉まる直前に何かを思い出したようでもう一度顔を覗かせた。

「……明日、水着買いに行くの楽しみね~。男を落とすデザインを教えてあげるわ」

「別にいいわよ!」

 ニタニタと笑うセリスにクッションを投げつけるが、それは閉められた扉にボスン、と当たるだけだった。

「魔法ってそんなに集中しなくてはいけないんですか。大変なんですねえ」

 興味深げなファムさんにわたしは頷いてみせる。

「まあデリケートなものには違いないわね」

 わたしは鞄を漁ると中から丸まった紙を引っ張り出した。

「よっと」

 床に広げるとお手製の魔方陣がお披露目される。ファムさんが目を大きくした。

「これで発動体とやらが作れるんですか。へええ」

 わたしは「そういうこと」と答えつつセリスのバングルを魔方陣の中央に置く。それを横目にファムさんが空になった紅茶のカップを手に扉に向かって行った。

「あ、ごめんね、追い出すみたいになっちゃった」

 わたしが言うとファムさんはくすくす笑う。

「私はお友達では無いですよ?」

 そうだっけか、とわたしは頬をかいた。やっぱりどう接していいのか分からないな。

 扉を閉めながらファムさんが振り返る。

「そうそう、殿下の別荘にですが私が帯同することになりました。どうぞよろしくお願いします」

「ファムさんが?やった!」

 手を合わせるわたしに再び微笑みながら彼女の顔が消え、扉が閉まる。

 気使うからお城の人が来るのはちょっと面倒だったけど、ファムさんなら仲良くなれそうじゃない、とわたしは鼻歌交じりに床に座り込んだ。

 意識を集中させながら思う。個人的にもとっても気になる王室の話しだけど、今回は遊びに来ただけなんだから、あれこれ首突っ込むようなことは無いようにしなきゃ。




 城を出れば日の光強いサントリナの町。カンカレと雰囲気こそ違うが、セントサントリナも夏らしい夏が訪れる町なのだ。水色や薄い青といった色の建物が多いのは王室カラーになぞっているのか、はたまた見た目に涼しいからなのか。

「あれ?人数これだけ?」

 セリスが城の裏口前に集まったメンバーを見回し言った。集まったのはわたしとセリス、イルヴァ、ヴェラそしてフロロの五人。

「男連中は水着、適当に借りるからいいんだってさ。俺はサイズ的に無いからな」

 フロロはそう言いつつも肩車に適した相手を探しているように目が泳いでいる。そして諦めたのか通りを歩きだした。

「何よ、それ。楽しみにしてるのこっちだけみたいじゃない。気に食わないわね」

 セリスは不満げに鼻を鳴らすとフロロに続き歩き出す。

 ちなみにローザとサラも『水着になりたくないから』という正直な理由で城に残っている。

「際どいビキニパンツでも買っていって押し付けてやろうかしら」

というセリスの言葉にわたしは首を振った。

「やめてよ……わたしが見たくないわよ」

「そう?」

 アホな会話をしつつも町を見渡す。軒先、建物の間や道の隅など空いた場所があれば植木が置いてある。良い習慣だな、と思う。

「あ、そこの角を左のはずよ。商店が並んでる通りに出るそうだから。さっき来る前にヘクターが教えてくれたの」

 わたしが指差すとセリスが振り返る。

「ヘクターってこの町出身なんでしょう?ついて来てくれれば良かったのに」

「み、水着選ぶのに男性は来づらいですよ。来られても困るし」

 ヴェラの意見にわたしはしつこく頷く。誘っても絶対に断る人だけど。

 なんとなくそれらしい通りに着いたものの、入るべき店が分からない。皆と顔を見合わせた後、わたしはイルヴァに尋ねる。

「また嗅覚でよさ気な店探せない?」

 キョトン、とした顔の後イルヴァがくすくす笑いだした。

「水着は匂わないじゃないですか、リジア」

 う……、まさかイルヴァに突っ込まれるとは。

 仕方ないので町行く人に聞いてみることにする。ちょうどパン屋の中から出てきた、ゆったりした歩みで話し掛けやすそうな老夫婦に声を掛ける。

「水着を買えるようなお店?」

 お上品そうな老婦人はわたしの質問を反復する。隣りにいる旦那さんらしき男性が頷きながら通りの向こうを指差した。

「ライアンの店はどうだろう?あそこは広いし、水遊びの道具からキャンプ用品まで全部揃っとるよ」

「あらあなた、若いお嬢さん方だもの、レミーのお店の方が良いわよ」

 それを聞き、とりあえず二つの店の場所を確認すると二人にお礼を伝える。

「どういたしまして、イニエル湖に行くなら蜂に気をつけてね」

 反射的に頷いてしまったが、老夫婦が去ってから思う。

「蜂が出るの?」

 わたしの呟きにフロロが答える。

「蜂くらい出るだろ、水辺なんだし」

 そうだけど……、わざわざ忠告するくらいだから気になってしまうのはわたしだけだろうか。

「早く行きましょう、リジア」

 イルヴァの声に我に返り、既に歩き出している皆の元に急ぐ。教えてもらった方向へと歩く間、何度かクーウェニ族の姿を見掛けてしまい、その度にどぎまぎしてしまった。のんきな顔で日に当たる彼らはあのクーウェニ族とは無関係そうだったけれど。

「ここじゃない?」

 セリスが一軒の看板を指差す。確かに教えられた『精霊の庭』の文字。レミーのお店とやらだ。

「あら、あんたも来るの?」

 当然のように店に入ろうとするフロロに尋ねると、

「一人で待ってろ、っていうのかよ」

とふて腐れる。それもそうか、と思っていると余計な一言が続く。

「兄ちゃんが好きそうなやつ選んでやるよ、リジア」

「結構よ!」

「……誰とは言ってないのに」

 わたしに叩かれた頭を擦りながらフロロは恨めしげにわたしを見上げた。

「あ、いっぱいあるじゃなーい」

 店の奥をセリスが指差した時、右手にあるカウンターの奥から店員らしき人影が出てきた。

「いらっしゃい」

 そう言ってにっこり笑うのは随分背の高い女性。大きく胸元の開いたシャツに太ももが露になったジーンズという出で立ちだが、日に焼けた肌と引き締まった体がいやらしさを感じさせない人だ。

「水着買いに来たの?」

 早速、ハンガーに吊るされた水着を漁るイルヴァを見て女性が尋ねてくる。

「今いる全員分、揃えなきゃいけなくて。明日から北の湖に行くんです」

 わたしが答えると「あら、いいわね」と目を大きくした。

「じゃあ五人分ってことね?そんなに買ってくれるなら半額にしちゃう」

「ほんと!?いいの?」

 水着数枚を握り締めたセリスが振り返る。女性、レミーはにこりと微笑んだ。

「実は水着を買うにはシーズン少し過ぎちゃってるから。皆、暑くなる前に揃えちゃう人が多いからね」

 この一言で全員の目が一層に輝く。現金な奴らで申し訳ない。

「ヴェラはこれにすれば?」

 セリスが掲げるのは紺色に蛍光色のストライプが一本入ったワンピース型の水着。その、すごく早く泳げそうなデザインですね、と言いたくなる。多分、本格的なスポーツ用なんじゃないだろうか。

「わ、私にだって可愛いの選ばせてくださいよ、こういう時ぐらい」

「あらー意外、そういう意識あったんだ?誰狙ってるのよ」

 にやにやと笑うセリスの顔は本当に楽しそうだ。こういう時が一番輝く人なのだな、と改めて思う。怒り出すかと思いきや、ヴェラはふっと苦笑する。

「別に特定の人に見せたいなんて願望は無いですけど、私にだって青春を満喫したいという気持ちぐらいあるんですよ……」

 ……何となく言いたいことは分かる。

「リジアはこれにしろよ」

 フロロが引っ張り出してきた水着を見て、わたしは一瞬にして頭が噴火する。

「な、なによそれ!?ほとんど紐じゃない!」

 隠すべきところに当たる部分の布地が極端に小さい。しかも光沢のあるゴールドってどうなのよ。

「冗談に決まってんだろ、リジアの幼児体型が目立つだけだもんな」

 けけけ、と笑うフロロにかっかしつつも、目に付いた水着をハンガーごと出してみる。

「これどうかなー?可愛くない?」

 赤いギンガムチェクに要所要所に大きなリボンが付いたデザイン。わたしが持つそれを見て、皆微妙な顔になる。あ、あれ?かわいくない?

「水着自体は可愛いと思うけど・・・・・・それ、リジアが着たら本当に子供みたいになるわよ?」

 セリスの言葉にわたしは撃沈する。イルヴァみたいな豊満ボディは持ってないから、端から水着姿で悩殺!なんて考えてないけど、子供に見える、は避けなければ。



「なんでフロロが二枚も買うのよ」

 店を出たわたしはフロロの持つ手提げ袋を指して聞いてみる。

「安かったし。俺、おしゃれさんだから」

 なんかイラっとする答えだなあ。でも確かにフロロの選んだ水着、子供用だから可愛いんだよね。両方トランクスタイプの青地に蟹さん柄と、緑にてんとう虫柄。

 イルヴァが大量に買ったし、結局六割引で買えることになったのだ。予定外の出費だったけど安く済んで良かった。

 用も済んだし帰ろうか、という雰囲気になってすぐ、前にある店から見知った顔がぞろぞろと出てくる。両手に荷物、という姿のデイビスとヘクター、イリヤにアントンだ。

「あれー、何やってんの?」

 わたしは声を掛けた。四人がこちらに振り返る。

「虫除けのお香とか浮き輪とか買いに来たんだ。大抵の物は向こうにあるって言われたんだけど」

 そう言いながら抱えていた荷物の中身を見せてくれるヘクターに、早速フロロがよじ登る。

 四人が出てきた店を覗くと看板に『ライアンズ バー』の文字。老夫婦が言っていたもう一つの店だったらしい。バー?と不思議に思うが、中では左右にピンと跳ねた髭の立派なおっさんがカウンターでグラスを磨いている。しかし並ぶ商品を見るにキャンプ用品の店で間違いないようだ。・・・・・・なかなか個性的な雰囲気ではある。

「セリスは黒、ヴェラは青、イルヴァはよくわかんないの、リジアはピンクの水着だよ」

 余計なことを発信するフロロにわたしは慌てた。イリヤがぶほっとむせる。

「うひょー、楽しみだな」

 デイビスのわざとらしい茶化しの声にセリスが彼の背中を叩いた。

「思ってなさそう!」

 そう言い合いながら歩き出す二人はお似合い……を通り越して熟年夫婦みたいだな、と失礼なことを考えてしまった。

「リジアはピンクの水着だよ」

「う、うん、二回言わなくていいよ」

 小声で答えるヘクターの頭の上で、フロロは満足そうに頷いている。何がしたいんだ、全く。

「あ、そうだ、その虫除けって蜂用なの?」

 わたしが聞くとヘクターは少し不思議そうに答える。

「蜂にも効くって言われたよ。でも巣が側に無い限り、気になるのは蚊とかの方かな。なんで?」

 あれ、ヘクターでも知らないのかな。わたしが老夫婦に言われた忠告だという説明をすると、

「へえ、なんか蜂に襲われるような事故でも湖の方であったのかもね」

と首を傾げた。なんだ、てっきり蜂の多い所なのかと思っていたのに。

「イリヤはイルヴァの水着、楽しみですか?」

 後ろでイルヴァが可愛らしい声で尋ねているが、

「うーん、まあ、でもイルヴァの水着は……その、想像はつくよね。というか今も水着みたいなもんだよね」

イリヤの大変困惑した声が続いた。

「つーかサラは?」

 アントンがわたし達を見回す。わたしとセリスは思わず顔を見合わせた。アントンの隣りを歩くヴェラがおずおずと答える。

「サラさんは、その『泳げないからいい』って言ってました」

 彼女にしてはとても気遣いを見せた答えに、

「なんだよ、あいつ本当に付き合い悪りい奴だよな」

とアントンは舌打ちした。

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