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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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黒の貴婦人

「みなさん遠慮せずにどうぞ。今日はサントリナの名物料理です。私の友人が来ると言ったら料理長が張り切ってくれたそうです」

 笑顔で語るエミール王子。わたしは長ーいテーブルを前にやや無理やりに笑顔を返す。ホールのような広い広間で取る食事は味を感じるか不安だ。声が反響しそうな高い天井、巨木程ある柱が左右対称に並んでいる。なぜ食事の部屋に舞台があるんだろう?なんて庶民は思ってしまうわけで。

「ワインをくれ」

 アルフレートが物怖じしないどころか図々しい注文をし、

「ビールくれ」

デイビスが続く。わたしが「はあ?」という顔をするとデイビスは頬をかく。

「だって俺は成人済みだもんよ」

 あ、そうだっけか、と納得しかけたところでセリスがデイビスの肩をばすん、と叩いた。

「そういう問題じゃなくてこういう場でビールってどうなのよ!」

「暑かったからさあ」

 デイビスはしらっと答える。

「おっさんみたいだな」

 早速野菜を仕分けするフロロが呟いた。まったく、こんな美味しく調理された物も食べないなんて。わたしはフロロが寄せた冷製テリーヌと夏野菜の盛り合わせを横から頂いていく。こういうのもマナー違反なんだっけ。まあいいや。

 速攻で騒がしくなったわたし達をエミール王子は嬉しそうに見ている。その王子の傍ら、やや下がった位置にブルーノ。今は無表情を貫いていて感情が読めない。これから暫く滞在する間、彼の嫌な顔を何度も拝見することになりそうだ。

「確かに少し蒸し暑いな」

 手際よく運ばれてきたワインに口をつけながらアルフレートがぼやいた。ヘクターが頷いている。

「海からの風があったかいんだよ。山も少ないし。俺も久々に戻ってきたから暑いんで驚いた」

 隣国なのに気候を始め随分と違うものだな、とは思う。でもあまり不快感は無い。ローラスよりも空が明るくて高い気がするのだ。それが爽快感に繋がっているのかもしれない。

 そんな事を考えているとエミール王子がわたし達を見回し、口を開く。

「皆さん泳ぎは大丈夫ですか?」

 少し呆気に取られるわたし達に王子はくすくすと笑う。

「水泳大会があるわけではありませんよ?湖畔の別荘に皆さんを招待しようと思いまして。城にずっといても退屈でしょうから」

「湖?別荘!?素敵ねー!」

 ローザが手を叩く。確かに湖畔の別荘なんていかにも貴族っぽい。

「さほど広くはありませんが、その分家庭的で過ごしやすいですよ。もちろん管理は常にしていますから綺麗です」

 王子はそう言うがわたし達全員が泊まれるっていうことは、それなりに広いんだろうな。少なくともうちよりは。しかし王子が話し出すとやっぱり皆、聞く姿勢になるのが面白い。こういうのが王族のオーラなのかもしれない。

「私は母の誕生会の準備もあって、ずっとはご一緒できないですけど城の者を何人か帯同させますから、不自由は無いと思います」

 王子の台詞にはっとする。ローザも一緒だったようでおもむろに手荷物を取り出した。

「エミール王子、これ、頼まれていた物よ」

 ローザがバレットさんからの荷物を手渡すと王子はぱっと目を見開く。

「エミールでいいですよ、……どうもありがとう」

 そう言って大事そうに箱の蓋をなでた。王子のその仕草に、中身は何なのかがすごく気になりだす。が、それを見破ったかのように、

「パーティー当日まで内緒です」

と言われてしまった。うーむ、残念。

「王子、俺達が頼まれたレオンは、その……」

 デイビスが言いにくそうに言葉を濁すと、エミール王子は深く頷いた。

「わかっています。彼の姿が見えないと気づいた時から、わかっていました。大丈夫、貴方が気にすることじゃありません。父には私から伝えておきます」

「お父さん……国王が頼んだの?」

 わたしが聞き返すとエミール王子は少し間を空けた後、口を開く。

「父というよりその周り、ですね。禍根を残さない為にも一度、じっくり話し合いの場を設けるべきだと。父上があっさりとそれを認めたのも、こうなるとわかっていたのかもしれません。僕は……私は彼とゆっくり話してみたかったけれど」

 禍根、か。余計な芽は早々に摘んでいく気満々だなと思うのはうがった見方しすぎだろうか。

 隣りからつんつんと脇腹を突かれる。セリスだ。

「……ねえ、水着とか持ってきた?」

「水着?持ってきてるわけないじゃん、そんなの」

 この会話に反応したのはアントンだった。

「持ってねーのかよ。つまんねえ奴らだな」

 舌打ちにむっとするが、水着見たいよーの意味に受け取っていいのだろうか……。女子メンバーの目がやや冷めたものに変わる。

「ねえ王子、明日一日は準備に当てていい?町に出たいんだけど」

 セリスが尋ねるとエミール王子はにこにこと頷く。

「もちろん!セントサントリナの町を皆さんに堪能して欲しいです」

 王子のこの言葉で、とりあえずの予定は立ったようだ。




「なんだよ、早く避暑に行きたいと思ったのに。こういう堅苦しい場所は苦手だぜ、俺。準備にそんなに掛かるのか?」

 ホールを出るなりデイビスがぼやく。明日一日待機となったのが不満なようだ。

「女の子は色々時間が掛かるものなのよ」

 セリスがつん、とそっぽを向いた。わたしも頷く。

「急だとちょっとねえ。楽しみではあるけど」

「別に一日じゃ腹はへこまないぞ」

 その言葉にわたしは無神経男アルフレートを睨みつけた。そういう意味でも時間は欲しいところではあるけど、今は違うっていうのに。

「でも色々準備する時間も楽しいですよね~」

 前を歩くイルヴァが言うが返答に困る。イルヴァは一年中、心は海水浴場にいるようなのに。悪魔のコスプレだというハイレグカットの水着に矢印形の尻尾が揺れるイルヴァを見て思ってしまう。

「北の方にあるんだってね、湖は」

 隣りを歩くヘクターに尋ねると頷きが返ってくる。

「子供の頃、何回か行ったことあるよ。確かに大きな別荘がいくつか見えたな」

「へえ、別荘地なんだ」

「うん、三日月みたいな形の湖でそのくぼみに。そっちの方には常に衛兵なんかが立ってて、普通の人間は入れないようになってたけど。子供は皆、反対側の岸辺で遊んでたよ」

その光景を想像し、わたしが柱の隙間から見える表の空を何となく眺めていると、後ろからイリヤとヴェラの会話が聞こえてくる。

「淡水で泳ぐなんて怖いな……、海水より浮かないし。足がつったりしないだろうか……」

「大丈夫ですよ、イリヤさん!私が泳ぎ教えますよ。私、泳ぎだけは得意なんで!」

「『だけ』ね、うん、『だけ』……」

 その時、前を歩く侍女の足が止まった。釣られて全員の足が止まる。

「あら賑やかだこと」

 曲がり角から現れた集団、その中心にいるのは家の母くらいの年代に見える女性。なんとも豪勢なドレスに見えるが色は真っ黒だ。その異様さに目を奪われる。周りにいるのは全て彼女の従者ということか。

「エミール殿下のご友人でございます、イザベラ様」

 深く頭を下げていた侍女の女性が軽く首を戻して伝える。イザベラと呼ばれた女性は笑顔でわたし達を見回した。

「聞いていますよ、ラグディスでのあなたたちの活躍もね。どうぞサントリナを楽しんでいらして」

 ほほほ、と笑う女性に思わず頭を下げる。威圧感とも違うねっとりとしたオーラを持つ人だ。

 女性――イザベラは満足そうに頷くとお供を引きつれ去っていく。しかし誰なのだろう。まさか王妃様じゃないわよね、と侍女の女性に尋ねようか迷う。ほんの少しエミール王子に似ている気もしたし。

 さまよった視線の先にどきりとする。広い廊下の後ろ、イザベラが振り向いてこちらを見ていたからだ。表情は凍ったように乱れが無いが、瞳の奥にあるものは冷ややかに違いない。わたしと視線が合った後も躊躇無く観察の目を向けて、満足したのか再び去っていった。

「別荘行きは『隔離』の意味が強そうだな」

 アルフレートの言葉にわたしは頷く。何か問題がある、というよりも王室って常にこんな感じなのかもしれない。イリヤが大きく息をはいた。

「ブルーノもさ、この前会った時に比べて感情が全く読めないんだよね」

「抵抗されちゃってるってこと?心に蓋するみたいに」

 わたしは戸惑いつつ聞いてみる。イリヤが普段どの程度、感情を読み取っているのか知らないからだ。

「うーん……簡単に言うとそうなるかな。まあ、ああいう人間より長寿の上位種は精神のコントロールも上手いから、俺の力じゃ限界ってことかもね。俺だって常にアンテナ張ってるわけじゃないし。……ただブルーノは前回とあんまりに違うんでびっくりしたんだ」

 へえ、アルフレートが精霊を可視するように、常に読んでるわけじゃないんだ。探りたい時にスイッチを入れる感じなのかしら。そういえばラグディスでの王子とレオンの対談の時、終わった後に疲れたように肩を回していたっけ。

「アルフレートも読みにくかったりする?そういうコントロールって可能なの?精神統一!みたいに」

 続けてしたわたしの質問にはイリヤは首を傾げる。

「いや、アルフレートは逆に情報量が多すぎて読めないな。常に二,三冊の辞典でも朗読されてる気分になる」

 ……ものすごく『らしい』かも。わたしは額に手を当て唸った。

「常に私の崇高な考えを皆に触れて欲しいものでね。隠すだなんてもったいない」

 澄ましたエルフの声に、

「ほんと突っ込みを強要する人だね、あんた」

フロロの深い溜息が続いた。

「いや、俺の能力を知っても警戒されないだけありがたいよ」

 苦笑するイリヤに思う。きっと今までそういう経験が多かったのだろう。わたし達全員が特に気にする様子を見せないのは、イリヤの人柄もあるけど『言いたいことは全く躊躇せずに言う』という性格が集まっているからに違いない。




「イザベラ様は国王のお姉様です。つまりエミール殿下の伯母にあたるわけですね」

 ファムさんはわたしに紅茶を手渡しながら淡々と語った。

「ありがとう、お酒入ってる?」

「数滴だけ。寝る前にはちょうど良いですよ。サントリナでは子供もよく飲みます」

 それを聞いてわたしはファムさんに頷くと、少し甘めの紅茶を味わう。牛乳で淹れた濃厚な味は体の中からほっとする。

「国王の姉だとしても、ずっとこの城に住むものなの?」

 普通は別に住居を構えて、なんて感じじゃなかろうか?とファムさんに尋ねる。ファムさんは箪笥からタオルを出す手を止めてこちらを向いた。

「イザベラ様は旦那様とご子息を事故で亡くしておられます。それから王城に戻られたんです。馬の事故で……お可哀想に一人になってしまわれて」

「あー……」

 わたしは彼女の黒いドレスを思い出し、呻く。あれは『喪』ということか。わたしの様子を見てファムさんは「まあ十年近く前のことですが」と苦笑した。

 本人にとってはまだ終わっていない出来事なのだな、と、あのわたし達を警戒する視線に思う。

「……じゃあ国王は三兄弟ってこと?弟さんもいたんだよね?ごたごたがあったとかいう……」

 そこまで言ってわたしは慌てて口を紡ぐ。確か暗殺未遂なんて穏やかじゃない話しだったんだった。

 ファムさんは驚いたように目を見開いた後、素早い動きで廊下への扉を開けて辺りを見回す。そして後ろ手に扉を閉めるとわたしの前に戻ってきた。

「そのお話、どちらで?」

「えっと、ラグディスでの例の会談の際に、レオンが」

 ファムさんは表情が少ないので、てっきり怒られるのかと思い、わたしはごにょごにょと答える。しかしファムさんは一人納得したように何度か頷いた。

「なるほど、ご帰還の際にブルーノ様の機嫌が悪かったわけが分かりました」

「……機嫌の良し悪しが分かるの?彼、常に機嫌悪そうだけど」

「そりゃあもう。私共の仕事はお世話もそうですけど、あの方達の観察が一番ですから」

 肩を竦めるファムさんに面白い人だな、と思う。

「その様子ですと王弟が何をしたかもご存知のようですね?」

「レオンは『自らも弟に命を狙われた国王が私を捨てたんだ』って言ってたわよ。勿論、それは真実とは違ったわけだけど」

「レオン様はそんな事を言っておられたんですか。悲劇ですねえ」

 ファムさんは再びうんうん、と頷いている。それを見てわたしは質問を続けた。

「さっきの言葉からすると王弟の事件の方がよっぽどタブーなのね。その、レオンの事よりも」

「そりゃあそうですよ。レオン様の事件はいわば王室は被害者なわけです。そりゃあ王室内に首謀者がいたんじゃないか、なんて黒い噂もありましたけど」

 淡々と話すファムさんに「そんな話しして大丈夫か?」と思うが、興味から身を乗り出してしまう。

「王弟は王室の、しかも元は第二後継者でもある方です。その方が起こした事件といえばタブー中のタブーになって当然ですよ。……それに国王の『全てを話せ』という慈悲に対する回答が非常にマズイものだったので」

「何、何?」

「『神の啓示を頂いた結果なのだ』そう叫んだんです。ブルーノ様が表に出したくない話しはこれでしょうね」

 わたしはきょとん、とした後、眉を寄せた。この国の王室とフロー神の関係がとても大切なものなのは、ラグディスの事件で分かっていたけど、フローからの啓示がそんな不届き者に、そんな物騒な内容でもたらされるものだろうか。

 わたしの表情を読んだのかファムさんは話しを続ける。

「……事件終結後、発表されたのは『王弟はサイヴァの悪魔に取入られ、狂死した』というものです。前半は真実だと思いますよ。私だって毎朝、毎晩とフロー神にお祈りする人間です。王弟にフローからの啓示など無かったことくらい分かります」

 その言葉を頭の中で噛み砕いた後、わたしは喉を鳴らす。

「後半、……王弟は生きてるのね?」

 少し間を置いてからファムさんは答える。

「生存、と同義語で語って良いものか……。王弟の身柄は今、サントリナより遥か東の孤島です」

「ディープシー・・・・・・!エメラルダ島ね!」

 オカルティックな話しの展開に思わず声が大きくなったわたしを、ファムさんは「しー!」と窘めた。

 サントリナの遥か東にある孤島の存在は、この大陸に住む者なら誰でも知っている。

 『言うこと聞かないとエメラルダ島に連れて行くぞ』『早く寝ないとディープシーから悪魔が来るぞ』なんて文句は誰でも言われたことがあるに違いない。

 わたしの知識だけで語るなら、あそこは深海よりも過酷な環境であり、行き来する人間はいない、ということだ。人を幽閉するような施設があること自体、今初めて知った。

「……もちろんこれは正式な発表など無かったことですよ?でもここの使用人なら誰でも知ってることです」

 ファムさんはそう言って肩を竦めた。

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