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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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城の歓迎

「で、どうするの?」

 セリスが何故か胸を張りながら問いかけると、皆固まる。

 町に到着したんで何となく全員が馬車から降りて伸びなんてしてるけど、これからどうするんだろう。お城に行ってみるのかどうするのかは結局決めてないし。

 デイビスが腕組み「うーん」と唸る。そして、

「とりあえず中入ろうぜ」

「要するに決まらなかったってことだな」

ヘクターに肩車されたフロロが突っ込むとデイビスは頭をかいた。

 確かにここで唸っていてもしょうがない。さて行きますか、という雰囲気の中、わたしの背中に何かが当たる。

「リジア・ファウラーだな?」

 耳元に聞こえる低音に体温が一気に下がった気分になった。この感触……少し前に味わったことのあるものだ。頷くべきか、そのままでいるべきか、頷いたら背中に当たる刃物らしきものでぶっすりやられちゃうのか。じゃあ黙っているべきか……。というか相手は何処の誰なのか。脂汗を背中に滲ませつつ頭の中で考えていると、

「うおあ!」

後ろから汚い悲鳴が上がる。急いで振り向くとヘクターがずんぐりとした小男を組み伏せている。首にロングソードを当てられた男は目をひん剥いて動きを止めていた。

「何者だ」

 静かに尋ねるヘクターは頭にフロロが乗っていなかったら、とてつもなく格好良かったに違いない。騒ぎに気が付いた他のメンバーも集まってくる。

「お、落ち着いてくれよ、旦那」

「ナイフを捨てろ」

 焦ったように引き攣った笑顔を浮かべる男を睨みつけ、ヘクターは静かに言い捨てる。顔をよく見るが全く知らない相手だ。何故この中でわたしを狙ったのか、何故名前を知っているのか、そんな疑問を男に尋ねようとするが、

「な、ナイフじゃないんだ」

そう言って男が放り投げた物が地面に転がる。

「ペンかよ」

 フロロが言う通り、道に転がったのは綺麗な青い万年筆だった。呆気に取られる三人。

「ちょ、ちょっと紛らわしいことしないでよ!というか何者!?」

 わたしが怒鳴るとセリスが顔を出す。

「何?尋問だったら手伝おうか?」

 それにヘクターは首を振ると男を立ち上がらせる。思ったよりもキチンとした身なりだ。顔は夜盗でもやってそうな目付きの悪いカエル顔だが、真っ白なローブに白いベレー帽を着こなす姿は何とも似合っていない。男は額に汗を浮かべたままヘクターのロングソードを横目で見るが、わたしに口を開く。

「リジア・ファウラーだな?」

「……あんたは何者?」

 問いかけに答えずにわたしが返すと男はにやりと笑う。

「サントリナ王室からの使いだ。あんた達を迎えにきた」

 男が舐めるような上目遣いで言い終わると、長い沈黙が辺りを覆う。

『はあ?』

 全員が息を合わせたように言うも、男は満足そうに手を擦り合わせるだけだ。

 王室からの使いって、こんな見るからに怪しい小男が?しかもあんな接近の仕方してきて、信用するとでも思っているんだろうか。

「……紋章は本物だな」

 男の帽子に付いた刺繍を見てアルフレートが呟く。ソードに絡み付く竜、確かにサントリナ王室の紋章だ。こんな城の目と鼻の先で身分詐称とは思えない。でもこいつを信用することはダッカー海峡を泳いで渡るより難しい。眉間の皺が深くなりすぎて固まってきた時、

「ホールドウィップ!」

 セリスの呪文によって彼女の手から伸びた魔法のロープが、男の体をぐるりと巻いた。

「……とりあえずこれで案内して貰いましょう。変な動きしたら、分かってるわね」

 彼女の蛇のような笑みを見ると男は、

「へへ、わかってまさあ、姐さん」

どう聞いても悪党としか思えない返事を返したのだった。




「確かに王城に向かってるな」

 男――ヴォイチェフと名乗った自称王室の者の後ろにぴったり付きながら歩くヘクターが呟いた。ということは本物の案内という可能性が高まってきたわけだ。

「……なんであんな怪しいことしたのよ」

 わたしが聞くと男は「へっへ」と悪そうな笑みを浮かべる。

「自分の趣味でさあね」

 それを聞き、自らの術で男を拘束しているため隣を歩くセリスが薄気味悪いものを見るかのように男に目をやった後、露骨に身を引いていた。

「でも何でわたしだったのよ」

 ぶーたれながら腕を組むわたし。その疑問に答えたのはアントンだった。 「ぼーっとしてるからだろ」

「して……るかしら」

 むっとするものの否定は出来ない。確かにあの時、早くも意識が街中に飛んでいた気がしないでもない。

「お得意の妄想の世界に入ってたんだろ」

 アントンはそう言うと馬鹿笑いを響かせた。全くアルフレートも余計なこと言ってくれたものだ。

 ちょん、と肩を突かれる。ヘクターが前を指差している。

「見えてきたよ」

 そう言われた通り、目の前に空色の城が見えてきた。形がどことなくラグディスのフロー神殿に似ている。エミール王子やサントリナ王室の者が住むセントサントリナ城だ。

 大通りのアーケードを歩いていくと、また大きな通りにぶつかる。セントサントリナの大きな血管と言えそうな大通りがぶつかり合う箇所は流石に賑やかだ。馬車、人共に多い。

 ぶつかった通りの向こうに見えるのがサントリナ城。手前に見える池はお堀ってやつだろうか。

 お城の堀に掛かるアーチ状の橋の前に絢爛豪華な装いの集団が見える。その中心にいる人物にわたしははっとした。

「ブルーノだわ」

 大きな耳がふわふわと揺れている。その可愛らしい様子とは対照的に持ち主の顔は険しい。相変わらず刺々しい雰囲気のようだ。

「これで疑いは晴れたんじゃあ?へっへ……」

 ヴォイチェフが再び舐めるように顔で見てくる。確かに本物の案内さんだったらしいけど、どういう経緯でこんな奴がお城勤めになれたわけ?

 セリスが一度眉を上げた後、術を解いてやる。ヴォイチェフは自由になった体の感触を確かめるように腕を振った。そしてブルーノの方へ軽く手を上げる。

「さ、参るとしましょうや。エミールの王子さんもお待ちですぜ」

「王子をさん付けってどうよ?」

 フロロの言葉にも「へっへ」といやらしい笑みで返すだけのヴォイチェフは、そのままブルーノ達の集団の方へ歩いていく。わたし達もそれに続くことにした。

 サントリナ王室の紋章が彫りこまれたラージシールドを携えた騎士の集団は、見とれる程に美しい。ローラスじゃ見られない光景に圧倒される。全員がわたし達のお出迎えじゃないんだろうけど、なんか萎縮しちゃうな。

「よく来てくれた」

 笑顔は見られないものの、ブルーノは近づくわたし達にそう声を掛けて前に出てきた。そのままヘクターと握手する。

「急な申し出を快く受けてくれたこと、感謝する。エミール様は中でお待ちだ」

「いえ、こちらこそ招待ありがとうございます」

 ヘクターの丁寧な返しにセリスが眉間にしわ寄せて間に割って入った。

「それより何なの、あの案内は!」

 びしり、と指す先を見てセリス、そしてわたしもびっくりして固まってしまった。今の今までいたヴォイチェフがいない。

「あ、あれ?」

「案内……ヴォイチェフか。彼は部署が変わったばかりで不慣れな案内だったかもしれない。元から少し陰気な男なんだ。失礼をしたなら詫びよう」

 ブルーノの淡々とした口調に「そういうレベルじゃないんだけど」とわたしは口篭った。しかし本人がいないとなると文句も続けにくい。

「元隠密部隊、とかかね……?」

 門へと歩いていくブルーノを眺めながらフロロが呟いた。お客様の多い時期だからわたし達の係りになったのはあんなのだったのかしらね?

 堀の上を横断するアーチ型の橋を歩きながらローザが弾んだ声を上げる。

「昔はやっぱり跳ね上げ橋だったりしたのかしらね」

「百年ぐらい昔になるんじゃないかな」

 ヘクターが笑いながら答えた。

 門を抜けた先にある光景は、予想はしていたとはいえやっぱり息を飲む。真っ青な芝生、咲き乱れる花と噴水、少しの乱れも許さないような刈り込みの植え込み。とにかく広い。夜ということもあって大昔に舞い戻ってしまった気分になる。

「はあ、お城、だわ」

 当たり前の感想が口から漏れた。

「ラグディスの神殿に似てるわね。同じ建築様式なのかしら」

 サラがわたしと同じような感想を口にした。代々フロー神の神官でもある王家だから、あえて同じような建物にしてるのかな、と本殿を見ながら考えた。

 前を行くブルーノにそのままついて行くと遠くの方から見覚えのある姿が駆けてくるのに気がつく。ぶんぶんと手を振りながら近づいてくる少年のふわふわとした金髪が、沈む寸前の日の光を反射している。

「王子!」

 わたしが声を掛けるとにこにこの笑顔が返ってくる。司祭になった彼は纏うローブが少し豪華になっていた。

「お待ちしてました!」

 わたしの手を取り固い握手をした後、丁寧に全員と握手して回る。ヘクターの頭に乗ったフロロにもがんばって手を伸ばす姿は何だか可愛い。

「お招きありがとう、王子」

 わたしが言うとエミール王子は小さく首を振った。

「こちらこそ皆さんに来てもらえて嬉しいです!異国の友達がこんなにたくさん出来たのだと、母に自慢出来ますね!」

「あの……その王妃様の誕生日だけど、あと十日も先なんでしょう?それまでどうしようか」

 一番の気がかりは手っ取り早く聞いとくに限る。王子は笑顔のままわたしに答える。

「もちろんそれまで充分な御もてなしをしますよ!初めからそのつもりの日程です。遠いところを訪ねてきてくださった『お友達』を充分に楽しませたいですから!」

「そ、そう」

 わたしはちらりとブルーノを見る。案の定、異種族のお付き人は冷ややかな視線をわたし達に浴びせていた。




 お城の中をエミール王子(+ブルーノ)に案内されながらついて行く。

「プラティニ学園はもうすぐ夏休みに入ると聞いたんです。だからちょうど良いと思って!」

 王子の言葉に「そこまで調べ済みなんだ」とちょっと驚く。そう、今週末から少しばかり学園も休みに入る。講義などは全て休みになるし購買や食堂もお休み。図書室等の施設は使えるけど教官達も少ない。でもわたし達のような五期生以降にはあまり関係ない話なんだけどね。皆、わたし達と同じように旅に出てるもの。休みなどあってないようなものだ。

 ゆっくり、というかじろじろとお城の中を見回したいところだけど、興奮している王子の質問は終わることは無いようだ。

「皆さんあれからまた冒険してたんですか?あ、すぐにバレット氏のところに向かったんですか。彼はどんな人なんです?発明家なんでしょう?発明家なんてかっこいいですよね!ちょっと変わっている人みたいで」

「エミール様」

 ブルーノが静かに嗜めると王子はきょとんとした顔の後、少し顔を赤らめた。

「ごめんなさい、皆さんお疲れですよね。すぐに部屋を案内させます。食事の準備もしてますから、話はその時にしましょう」

 王子が言い終わるとブルーノの手が動く。すると何処にいたのか廊下の隅から侍女と思われる人影がわらわらと現れた。思わず身構える。わたし達の全員に一人ずつ寄っていく動きは練習したんじゃないかと思う程素早い。

「ご案内いたします、リジア・ファウラー様」

 わたしの横にぴったり付いた女性に言われ、わたしは顔を歪めた。

「様って、やめてくださいよ」

「そういうわけにも参りません。さ、お部屋に。貴方様のお部屋は三階の南側に用意させていただきました」

「……一人一部屋なの!?」

「もちろんでございます」

 え、え、え!なんか普段は「大部屋で全員寝泊りイヤだなー」とか言ってるけど、一人ってなると寂しいんですけど。せめて二人部屋とかが良いよ!

 わたわたとするも涼しい顔で侍女はわたしの腕を引っ張って行く。エミールが手を振っているのが見えた。




「おおう……」

 案内された部屋に感嘆の声を漏らす。侍女の女性はてきぱきと明かりを灯していく。そこまで広い、というわけではないが、それでも軽くわたしの部屋の二倍はあるに違いない。調度品も細かい装飾がお高そう、なんて貧乏人丸出しの感想を持ってしまう。

「御用がある時はいつでもベルを鳴らしてください。私、ファムと申します」

「はあ」

 本当に呼んだら夜中でもやってきそうで怖い。

「バルコニーがあるんですね」

 部屋の奥、中央にあるガラス扉を指差しわたしは尋ねる。ファムさんはにっこり微笑んだ。

「狭いですが夜涼みくらいは出来ます。……夕食はもうすぐですので、用意が整いましたら一階に下りてきてください」

「ありがとうございます」

 ぺこり、とお辞儀されて思わずお辞儀し返す。端から見れば変な光景だったに違いない。こういう扱いには慣れていないもんだから肩凝るなあ。

 ファムさんの出て行った扉を肩を回しながら見ていると、ノックの音が響く。

「どうぞ」

 声掛けに開いた隙間から顔を覗かせたのはローザだった。

「これ、リジアの荷物よ」

 わたしの鞄をフローラちゃんの中から持ってきてくれたようだ。わたしは慌てて受け取るとお礼を言う。

「ありがと、そっちの部屋もこんな感じ?」

「そうよー、ほぼ変わんないわね。なんで?」

 わたしと違ってお金持ちのご子息、いやお嬢様であるローザには違和感は無いらしい。不思議そうに目を瞬かせる。

「なんか不安なのよね……、広くて。夜そっち行くかも」

「え?まあ、別にいいけど」

 ローザはそう答えながらも「変な子」と呟いた。

「そんな事より、これ、王子様から頼まれたバレットさんの」

 ローザが後ろから出したのは青い紙に包まれたバレットさんからの荷物。フローラちゃんに仕舞っておいた王妃様へのプレゼントだ。

「あたし達からのカップはお誕生日会で渡すとして、これは王子に渡しておいた方がいいでしょう?」

「え、でも夕食の席とかに王妃様っていないの?」

 わたしは自分の家での夕飯の席を思い出し、自然に尋ねていた。ローザはゆっくり首を振る。

「さっき侍女の方に聞いたらご一緒しないそうよ。ま、一般家庭とは違うわけだから、そういうものなのかしらね」

 へえ……でもお母さんなのに息子と一緒にご飯も食べないんだ。王室の暮らしなんて全然分からないけど、寂しいものなんだな。でも普段は一緒に食べてるけど、今回はわたし達がいるから別、って可能性もあるか。なんていってもブルーノから冷たい目で見られるような客人なわけだし。

「じゃあ下に行きましょうか」

 廊下を指差すローザにわたしは頷いた。

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