いざ隣国へ
馬を降りるとアルフレートはわざとらしく溜息をつく。
「しかしフロロも交渉の仕方がなってないな。やり手シーフを気取るなら逆上しやすい相手にもスマートな交渉をだな……」
「だって俺、アルが来てんの分かってたし」
「ああ、フロロ耳良いもんね。良いなあ、わたしだけ無駄に焦って馬鹿みたいじゃん」
クーウェニ族を囲みつつ内輪話しを止めないわたし達を、男はもう一度回し見る。
「あ、あのう、行ってもいいすかね」
「駄目に決まってるだろ」
ぴしゃりと言い放つフロロに、さっきの勢いは何処へやら男は土下座せんばかりに頭を下げた。
「すいません!出来心だったんです!そこの嬢ちゃんから財布ちょうだい出来なかったんで、『財布も持ってない女ってどうなんだよ』なんて、ついむしゃくしゃして金目の物漁ってまして!」
「さりげなく人の責任織り交ぜんな!……で、わたし達の跡追ってフローラちゃんを捕まえたってわけね?」
わたしが思いきり見下し目線で睨むと、もう一度「へへー!」と頭を下げる。が、
「フローラちゃん?」
男の疑問顔にわたしははっとする。そうか、名前じゃ伝わらないのか。めんどくさい。
「あのイグアナよ!ええっと、すぐに気が付いて追いかけたから良かったけど、そうでなかったら今頃あの故買屋達に売り捌かれてたんでしょうが」
フローラちゃんの中にいたんです、なんて言うと話しがややこしいばかりか、この男にフローラちゃんが何なのかを教えることになる。適当に誤魔化したわたしの言葉にまた男は「すいません!」と頭を地面に擦り付けた。
「まあ何とかなったからいいや。それよりお前の持ってる荷物、あいつらに返して来いよ」
フロロに背中の荷物を指差され、男は顔をしかめて首をぶんぶんと振る。断固拒否、という感じだ。
「この状況で荷物減ってる、なんて気付いたら状況的に俺らも疑われるだろうが。これ以上面倒になるの嫌だぜ」
確かに盗品売り捌いてる連中に目付けられるなんて嫌過ぎる。フロロはばっちり顔も見られちゃってるし。ギルドに目を付けられてるとはいえ、言い方を変えればそれでも何とかやり過ごしてる連中ともいえる。
しかしクーウェニ族の男は「それは……」と言葉を濁して首を振るだけだ。彼の中でもわたし達に良い顔したい、という気持ちと荷物の重要性がせめぎ合ってるように見えた。
「こ、これは元々俺の物なんだよ!……なんです。だからちょっと……」
男は喚きながら革袋を抱え込む。明らかに隠そう、という態度じゃないか。怪しい。怪し過ぎる。
顔を見合わせるわたしとフロロの肩をアルフレートが「まあまあ」と笑顔で叩く。
「無事に合流出来て、こっちの荷物も奪還済みだ。我々だって鬼じゃない」
アルフレートの台詞に男の顔がぱっと明るくなる。その鼻先に指を突き付けるとアルフレートは話しを続ける。
「それに『元々俺の物だった』と言ったな。連中はそれも知ってるのか?」
射るような目線に男はこくこくと首が揺れる人形のような動きになる。それを見てアルフレートはにやりと笑った。
「じゃあ『それ』が無くなったところで疑いはコイツにしか掛からないだろ。お前、フローラも『それ』の交換の為に差し出したんじゃないか?」
男は目を大きくした後、うなだれる。
「すまねえ、その通りなんだ。あいつらからどうしても奪い返したくてよ、何とか金目の物が欲しかったんだ。普段から下っ端扱いだったもんで、交渉するどころか単なる献上品で終っちまったんだがよ……」
「ふうん、あんなにへいこらしてたけど仲間じゃないって言いたいわけ」
わたしはじっと男の顔を見た。一瞬焦ったように見えたが男も目を逸らすことなくじっとしている。爬虫類のようなぎょろぎょろとした目を見てもあまり感情は読めない。が、わたし自身の感情の動きの方が今は大きかった。
「あいつらも盗品で儲けてて、あんたも盗品でどうにかしようとしてたってわけね。一般市民に寄生してるだけみたい……もう行って良いわよ」
むかむかしてきたわたしがそう伝えると、男はアルフレートの顔を見る。本当に怖い人物を分かっているらしい。アルフレートが黙って顎で向こうを指す。
「す、すまねえ、すまねえ、また会ったら絶対に恩返しするぜ!」
勢いよく立ち上がり、男は駆け出す。しばらく行くとこちらに振り返り頭を下げ、また去っていく。そしてまた振り返り頭を下げ……というのを繰り返していた。その姿にフロロが一言、
「もう会いたくねえよ」
と呟いた。わたしも全くもって同意だったが、男の駆けて行く先がサントリナへの関所方向なのが妙に気になってしまっていた。
クーウェニ族の男が去ってしまってから、漸く現実の世界に帰ってきたような感覚がした。アルフレートが地面を踏む音を聞いて彼の方に向き直る。
「皆どうしてた?」
「ローザが泡吹いて倒れる勢いだった。他は逆にそれで冷静になれたみたいだな」
「そう……」
いつも明るいローザの顔を思い出して罪悪感にかられる。こちらとしても不慮の事故にあったような気分なのだが、やっぱり皆を心配させたのは後ろめたい。
「なんで俺らの場所、分かったんだ?」
フロロがした質問にはアルフレートはつまらなそうに答える。
「宿に戻ってたのは分かっていたんだ。後は宿の使えないオヤジに不審人物を聞けば簡単だった」
アルフレートによるとあのクーウェニ族は町でも有名なコソ泥らしい。宿のおじさんも彼を宿内で見つけるとすぐに追い出したらしいが、その時には既にわたし達は彼のポケットにいたようだ。
「目撃情報も馬鹿みたいにあったからなあ。町外れで商隊用のでかい馬車に乗り込む所まで聞けば、その馬車が去っていった街道を追いかけるだけだったわけだ。……天下の盗賊ギルドも使えないな。あんなケチな泥棒一派一つ取り締まれないなんて」
「他の仲良しグループの集いでしかない職業ギルドよりマシさ。……さてどうすっか」
フロロがこちらを見ているのに気が付き、わたしは頭を掻いた。
「待ってるしかないんじゃない?もう南の関所に行く方が近いんだし、ここで待ってる方が良いでしょ」
「ただ待つだけなのも味気ない。こっちの居場所の合図でも出してやったらどうだ?」
アルフレートの言葉に首を傾げていると、フロロもわたしを見ているのに気が付く。何?と聞こうとしたが彼らの目線から、言わん事が飲み込めた気がする。
「花火代わりに呪文打ち上げればいいわけね」
わたしが言うとフロロがにやにやと笑った。
「ちょうど良い練習機会じゃん。アルと模擬戦でもやれば?」
フロロの茶化しに首を振ったのはアルフレートの方だった。
「やめてくれ。私は手加減出来てもコイツは手加減出来ないんだぞ?私だってもうちょっと長生きしたい」
それは突っ込み待ちの台詞だと考えていいのだろうか。
揃った途端にやんややんやとうるさい妖精二人を放っておくことにして、わたしは浮かんだルーンを唱えていった。
「ライトニングボルト!」
バチバチと爆ぜる音を撒き散らしながら夜空に雷の渦を放つ。一瞬明るくなる周辺にフロロが「おおー」と感嘆の声を上げた。
「フレイムランス!」
顔の表面がちりちりと焼けるような熱波を出しながら炎の槍が続く。あー気持ちいい。
「まだまだいくぜファイアーボール!」
指先から離れた光球が空へひゅるひゅると上っていき、爆発……と思いきや暗闇の彼方に消えていった。あれ?
「あれは何かに着弾しなきゃ意味ないだろ」
アルフレートの突っ込みにわたしは頬を掻く。
「そ、そっか。じゃあこんなのはどうだ……ウブ・リクト!」
合わせた両手から放たれた光が五芒星を作り上げ、それを中心に青白い光が空へ舞っていく。直下にいるわたし達の周りは昼間のような明るさだ。
「やるじゃんよ」
フロロが面白そうにわたしの手元と空を見比べた。
どのくらいそうしていただろうか。わたしの呪文のバリエーションも尽きてきてしまい、空も明るくなってきた。
「……そろそろ休んでいい?」
擦れる声でわたしがアルフレートに尋ねた時、ガタガタと揺れる車両の音がする。はっと顔を上げると街道の北側からやってくる豆粒程の大きさの馬車。遠くからでも白い馬だと分かった。わたし達と一緒にいる馬もその方向を見ている。ローザ達だと考えて間違いないだろう。
「お、きたな。ローザの声もするぜ」
フロロが耳を動かし肯定する。豆粒程の大きさが手のひら大になり、徐々に近付いてくると馬車の周りを歩く皆の姿も見えてきた。その中にいる銀色の髪のすらりとした人物を見つけると、じわっと胸が熱くなる。思わず泣きそうになるがぐっと堪えた。向こうもこちらに気付いたらしく、手を振っている。フロロと一緒に駆け出そうとした時、向こうから猛牛のような勢いで走ってくる人物に気が付いた。
「心配したのよおおおおおおおおお」
思わず構えのポーズを取るわたしに構う事無く、突進してきたローザちゃんは勢いそのままにわたしにしがみつく。
「ご、ごめん……ぐえっ」
息苦しさに悶えるわたしとおいおい泣くローザちゃん、という奇妙な光景をにやにやと見ていたフロロだったが、彼にもローザちゃんの腕が伸びる。
「あんたもよおおおお、……心配させてええええ……」
ローザちゃんはフロロの顔に頬擦りしつつ泣き続け、フロロは嫌そうに顔をしかめた。
解放された体を回しながら息ついていると、すぐに別の人物に拘束される。
「無事で良かったですう」
イルヴァにぎゅうぎゅうと抱きしめられると気持ちいいんだか痛いんだか分からない。また苦しみの呻きを漏らしているとヘクターと目が合った。心底ほっとしたような顔でわたしの頭を撫でる。
「良かった」
一言、それだけだったが嬉しかった。にやけるわたしに後ろから声が掛かる。
「疫病神」
顔を見なくてもアントンだと分かる。頬が引き攣るが時間と手間を取らせた分、強くは出れない。が、ぼこっという音にまたデイビスに殴られたな、と分かった。
「フロロさんがいながらなんでこんな事になったんですか!」
ヴェラに詰め寄られてフロロは困惑顔だ。彼女の中でフロロは万能神なのだろうか。
「さて、感動の再会で盛上がる中に悪いが、さっさと移動しよう。眠くてしょうがない」
アルフレートが大欠伸をしながら皆を見渡す。確かに明け方で鳥がうるさく空を飛び回ってる時間だっていうのに、全員一睡もしてないんじゃなかったっけ。……わたしはちょっとだけ寝てた時間があったけど。
少し話し合いをした結果、さくっと国境を越えてサントリナ入りを果たすことにする。サントリナでも一番国境側にあるカンカレという町はこのすぐ近くらしい。ヘクターに話しを聞いてから行ってみたいと思っていた町だ。こんな状況での予定外の訪問だが少し嬉しい。
「ふぁあああ……、こんな時間から休んで、この先どうする?夕方過ぎにまた次に出発するの?」
セリスが大欠伸しながら馬車に乗り込んで行く。
「今から考えてもしょうがないわよ。とりあえずお腹空いちゃって空いちゃって……」
それに続こうとしたわたしは馬車の中を見て固まってしまった。荷物荷物、荷物の山だ。皆の旅道具はフローラちゃんの中にあるままだっていうのに、これは一体……。
「ちょっと買い過ぎちゃって。まあ大部分はイルヴァのだけど」
セリスが指す先にいるイルヴァを睨むと「てへ」と舌を出す。それでも真顔のままなのがまた奇妙。ということはこれ、全部が買い物組の戦利品ってことか……。羨ましいことこの上ない。それにしても仲間がいなくなってたというのに結構楽しむ時間はあったのね、とちらりと思ってしまった。
「もうちょっとだ。町に着いたらたっぷり休ませてやるからな」
馬を馬車に付け直しながらイリヤが言うと、馬二頭は「分かってる」というように鼻を鳴らす。馬車の中ではセリス達がせっせと荷物をフローラちゃんの中へと運んでいた。
「俺は表が良いなあ、気分的に」
フロロはそう呟くと御者席に足を向ける。その背中にわたしも頷いた。
「同感、わたしも暫くはフローラちゃんの中、入りたくないわ」
ぶつくさと言いながら馬車に入り、席の柔らかいクッションに身を沈める。この半日以上の時間、体を動かさない事に疲れた気がする……。はあ、と息つくと早くも眠気が襲ってきてしまった。
馬車の扉を閉めた後、隣りに座るヘクターの顔を覗き込む。
「ごめんね、予定狂っちゃって……えーっと、心配かけて」
「いや、うん、まあ……馴れてきたかな」
何に?と聞き返したくなる謎の台詞を言うと、ヘクターはにっこりと笑った。
荷物運びを手伝っていたデイビスが馬車内に戻ってくるなり溜息をつく。
「全く、あいつらもう寝る準備始めてやがる」
フローラちゃんの中にいったメンバーというとセリスとサラ、ヴェラにイルヴァとアルフレートか。マイペースの塊みたいなメンバーだ。昨日とは違ってこっちに残ったローザちゃんはわたしの前で欠伸している。
「しょうがないわよ、徹夜で歩いて来たんだし。でも先のこと考えると昼夜逆転しないように昼過ぎには起きるようにしないとね」
皆のお母さんは体調管理で頭が一杯なのかもしれない。わたしが「ごめんね」と言うと、
「まあ……いいわ。馴れてきたし」
と呟いた。だから何に!?
暫く行くと国境での出入国管理をする関所が見えてきた。大きな外枠だけの門が山と海岸側にある大きな岩にめり込むように建っている。馬車が止まり、窓から表を見ると簡単な作りの小屋からローラス警備隊の制服を着たおじさんが出てきて、何か紙のようなものを振っている。名前などを記帳するのだろう。国にもよると思うけど、ローラスとサントリナは出入国も簡単な手続きで済む。わたし達のような学園の人間なら尚更だ。
ぞろぞろと馬車を降りると受付である小屋の窓に向かう。
「これに米印が振ってある所を書いて埋めていって……って何人乗ってたんだ?」
馬車を降りた十人超と馬車を見比べて、おじさんは目を丸くした。