魔法と科学
猫達があわただしくカトラリーを並べる間をくぐって、夕食の席につく。テーブルを見渡すと、目の前にはオードブルらしき冷製ものが。他にも大皿のグラタンやらやたら大きなお魚の丸焼き、コールドビーフにキノコが散らばるサラダ。随分と熱のこもった歓迎ようだ。
「さあさあ、みんな席に着いたらいただこう」
バレットさんが奥の席からニコニコとした顔を向けてくる。
「すいません、何から何まで」
恐縮するヘクターにバレットさんは首を振った。
「私は普段、この子らとだけで暮らしとる。たまの機会、じっくり楽しみたいんじゃよ」
この子ら、とは猫さん達のことであろう。バレットさんと猫達は顔を見合わせるとにこー、と笑った。始めに会った茶虎に白猫のタンタ、他にも黒にお腹だけ真っ白な子や、三毛タイプにクリーム色の長毛種もいる。
「みなさんお若いから、今日はオレンジジュースにしましたにゃ」
三毛の子がそう言って、グラスにそそいでくれた。お礼を言うと、目の前の料理に口を付けた。ベビーリーフに油ののったお刺身がきれいに並べられ、バルサミコの匂いがするソースがお皿に線を描いている。
「おいしい!」
お世辞なしの感想を漏らすと猫達は嬉しそうに目を細めた。
「これってみんなあなた達が作ったの?」
わたしが聞くと、茶虎が頷く。
「食事はにゃん達で毎日作るにゃー」
ぶっ、とアルフレートが吹き出す。そこにがつ!と痛そうな音。隣りに座っているローザが、彼の足を踏みつけたのであろう。そういやアルフレートって変に潔癖なところあったっけ……。それにしても失礼な奴だ。
「バレットさんはどんな研究をしているんですか?」
誤魔化そうとしたのか、ヘクターがバレットさんに尋ねる。
「ふむ、主にやっているのは生活用品じゃな」
意外な答えにわたしは頭に「?」が浮かぶ。その顔を見たのかバレットさんは話を続けた。
「私は魔術も多少かじっとるが、あくまでも研究に必要な部分だけ。私は科学者でな。生活が豊かになるような発明品を考え、実用的に使える物を日夜研究しとる」
そこでワインを一口。
「ふう、例えばこんな夕食の支度なんかじゃな。この魚を焼く場合……、お嬢ちゃんだったら何を使う?」
わたしは問いに答える。
「これだったら、オーブンね。この大きさじゃフライパンじゃ焼けないし」
「そのオーブンは、どうやって温められる?」
「どうやって、って……火を焼べたり、最近じゃ魔力装置で簡単に火を着けられるタイプが出てきたわ」
「それを作ったのが私じゃよ」
「えっ……!」
絶句しているわたしの隣りから、イルヴァがのほほんと口を出す。
「へー、すごいじゃないですかぁ」
うーん……あんまりすごそうに聞こえない。本当に仰天するぐらい凄い事なんだけど。
バレットさんが言ったオーブンはほんの一例で、実際にはそのオーブンに組み込まれている着火装置がすごい発明なのだ。スイッチ一つで発火させ、さらには火の大きさの調節までしてしまう装置はオーブンに限らず、コンロやお湯を作る設備まで使われている。
家庭のキッチンをがらりと変えさせた発明に「この発明家に女は感謝し、男は恨みに思った」という話しを授業で聞いたことがある。わたしが生まれた時からあるものなので、わずか十数年前の発明品と知った時は驚いたものだった。
「今はまだ魔術に頼っている段階じゃ。これからは魔法の力無しに……そうじゃな、照明のようなものが出来ればいいと思っとる」
なるほど、それで『科学者』というわけか……。もしかしたら門のベルもこの人の発明品だったりするのかもしれない。
「貴方にとって魔法と科学の違いは何だ?」
アルフレートも興味を持ったようで身を乗り出す。バレットさんは髭をゆっくりと触る。
「マナへの追求、かね……。魔術師、特に現代の魔術師はマナを解明出来ない粒子だと位置づけておる。これはかの偉大な大魔導師セシルが『マナの解明は不可能』と結論付けたことからじゃ。そこからマナの研究は止まっておる。嘆かわしいことじゃ」
「追求を続けるのが『科学者』だと?」
にやりと笑うアルフレートにバレットさんは頷く。確かに魔術師というと『魔法を使う人』みたいになってるもの。ソーサラーであるわたしにはちょっと寂しい話しだけど、自分がマナを解明出来るか、と聞かれると自信が無い。
「マナって何ですか?」
イルヴァがわたしを見る。わたしは少し頭を捻ると彼女でも分かりそうな言葉で答えることにする。
「いたるところに漂ってる魔法の源よ。これがあるから魔法は発動するって言われてるの」
「へー」
棒読みな返事だが分かってくれたんだろうか……。
「魔術を研究するのが魔術師なら、科学者は世の仕組みそのものを研究する者、というのが科学者の間ではよく言われることじゃな。……まあわしは細かい物をいじって作るのが好きなだけ、とも言えるがね」
バレットさんはふっふ、と笑った。
「俺もからくりは好き」
フロロの言葉にバレットさんは目を大きく開ける。
「おお!そうか!じゃあ君とは今度ゆっくり語り合いたいもんじゃの」
その笑顔を見て、わたしはフロロが物の『解体』が好き、という事を、教えるべきか躊躇していた。
まだ日の昇りきる前に、わたし達はもそもそとベッドから這い出した。バレットさん特製目覚まし時計を探り当てると、叩くようにして止める。
「むー……眠いー」
横から聞こえたローザの声にわたしは答える。
「わたしだって眠いわよー……。あ、イルヴァ起こして。絶対また寝てるから」
昨日はバレットさんときっちりデザートまで楽しんだ後、部屋に戻って毎日の習慣にしている呪文の詠唱の練習までしたのだ。わたしも寝起きが良いとはいえないが、初の冒険に赴く日にぐだぐだしてもいられない。
「おし!」
気合いを入れると部屋を出た。
「お目覚めかにゃー」
廊下をちょうど、白猫のタンタがお湯を持って来てくれるところに会う。
「ゆっくり寝れたかにゃ?お湯どうぞにゃー」
タンタがお湯の入った洗面器を渡してくれた。猫達もわたし達の出発が早いのに合わせて起きてくれているらしい。廊下の曲がった先から「にゃー」という声が微かに聞こえた。
「ほんと、何から何までありがとう」
「気にするにゃ。働くのが好きなんだにゃ。人がいっぱいいるとやることいっぱいで嬉しいにゃー」
そう言ってくるくると回ってみせた。本心から言っている様子にほっとする。初めて出会う種族だが世界でも数少ない種族なのだろうか。町では見たことが無いもの。
がちゃ、という音が廊下に響く。隣の部屋の扉が開いた。
「あ、リジア、おはよう」
少し眠そうなヘクターが顔を出す。
「あああおおおおおおはよう」
心臓が爆発しそうになる。朝の挨拶からこの調子だ。この先、生き残れるのか、わたし……。しかし寝起きの顔を見たり見られたりするのは、やましいことなくとも気恥ずかしいものである。
「あのさ、アルフレートがどうしても起きないんだけど、どうしたらいい?」
困り顔のヘクター。ううむ、見るからに低血圧顔だもんなー、あのエルフ。
「大丈夫。意外と頑丈だから死なない程度にやっちゃって」
「うん、わかった」
わたしの言葉に真顔で部屋に戻って行く彼。……大分わたし達に馴れてきてくれたようで嬉しい限りだ。
イルヴァを叩き起こし、そのあと全員でアルフレートを叩き起こす。朝食もしっかりいただき(ふっかふかの焼きたてパンだった!)、なんとお弁当まで持たせてもらったわたし達。至れりつくせりな対応は高級ホテルに泊まったかのような気分で、これから洞窟に出かけるなんて雰囲気を感じられない。
出発の際には玄関扉の前でタンタがわたしの手を握り、
「がんばってくるにゃー」
と言ってくれた。わたしはぷにぷにの手を握り返すと、にっこり頷いた。
「いってきます!」
全員で大きな声で挨拶をすませると、まだ静かな村を歩きだした。
山の中、日の昇る前は薄っすら霧掛かっていて寒い。わたしはローブを首元までしっかり閉めた。来た時は賑やかだった看板が並ぶ通り、まだ人の気配は無い。ちちち、と小鳥が鳴く声がするだけだ。と思ったら、あの大衆食堂の前でウェイトレスの女の子が箒をかけていた。
「あら、随分早いのねー。……帰るの?」
そう声を掛けられ、わたしは首を振る。
「ううん、今からバレットさんに頼まれた物の調達よ」
「会ったんだ!どうだった?」
何だかわくわくした様に見える。やっぱりバレットさんを本気で気味悪がっているというより、半分面白がっているようだ。
「良い人だったわよ。一緒に暮らしてる猫も可愛くて」
ローザが言った感想にわたしも頷く。ウェイトレスの女の子は目を丸くし「へー」と呟いた。
「なら良かったじゃない。あれから結構、皆で話してたのよ。君達まで消えちゃったら、さすがに押し掛けた方がいいんじゃないかって」
わたしとローザは顔を見合わせる。フロロが間に入ってきた。
「そんな相談するぐらい、村人の失踪事件ってマジな話なわけ?」
「そりゃそうよ、だって騒ぎになった時は警備団の人まで来て捜査していったのよ?結局
『単に挨拶無しの引越し』で片付いたみたいだけどね」
再び微妙な空気になるわたし達を見て、ウェイトレスの女の子は慌てたように付け足す。
「でも実際に会って良い人だったんなら、それで良いんじゃない?」
「……まあね」
わたしはそう返すも、すっきりしない気分だった。
『にゃん達とバレットさんとのお約束』
何故か唐突にタンタの言葉が蘇る。どうして村から出られないのだろう。あんなに良い子達なのに。
「頑張ってきてね」
女の子の声に我に返る。「ありがとう」と伝えると、既に歩きだしていた仲間の元にわたしは走っていった。




