冒険者、もてあます
どしんどしん、と巨大ロボットが動き回る音にびくつきながら扉を見つめる。追ってはこないようだが扉の上に空いた大穴が奴の攻撃本能を物語っている。
「どうする?」
眉間に皺寄せながらフロロが皆を見た。大きな溜息一つ、ローザが答える。
「一度入り口まで戻る?まだ反対側も回ってないし、二階もあったわよね」
「でも屋敷の構造的にここが中心じゃない?どこから来てもここに着くんだと思う」
わたしがそう言うとフロロが「俺もそう思う」と手を上げた。
「明るくなった一瞬に見たけど、反対側に扉と右手に階段が二つあった。多分四方向から全部この部屋に繋がってるんだと思うよ」
おお、流石やり手シーフ、よく見てるなあ。わたしが感心しているとヘクターも手を上げる。
「左側にも扉があった」
「じゃあフロロの話しが合ってるなら、その左手にある扉が怪しいわね」
ローザが深く頷く。ぼやーっとした顔でそのやり取りを見ていたイルヴァが口を開いた。
「何でもいいです、早くご飯……」
そう言われてもとにかく中にいる巨人を何とかしないと。倒すのは無理でも目を逸らすようなことが出来れば、隙をついて移動出来るかもしれない。でも生き物でもない相手に隙が生まれるんだろうか。わたしは唸る。
前に戦った時はバレットさんが操縦しているみたいだったけど、操縦者が見当たらない。遠隔操作なのか、自らの意思で動くようにか、改良されているみたいだ。人間のように意思が一つなら隙も生まれるけど、ああいうのってどういう仕組みで次の行動を決めてるんだろう。操縦者がいればそれを叩けば動かなくなる、っていう案も考えられるのだが。
そこまで考えてわたしはぽん、と手を叩いた。
「動けなくすればいいんじゃない?凍り付けにしちゃうとか!」
自分でも良い案だと思ったのだが、なぜか皆の動きが止まる。
「……誰がやるんだ?」
アルフレートがちらりとわたしを見る。思わずむっとして胸を張った。
「も、もちろんわたしがやるわよ」
「……じゃあ皆、下がって。あたしが厳重に結界張るから」
ローザが『厳重に』をやたら強調して言うと、よっこらせ、と立ち上がる。「世話の焼ける」という空気は気のせいだろうか。ヘクター以外が部屋の端にぴったり寄る様子を見て、わたしはイライラしながら呪文を唱え始めた。背中のダガーを引き抜くと扉の前の床に刺す。増幅装置、とまではいかないが呪文をコントロールしやすくなるこのダガーは、わたしが個人的に作ったものだった。
ルーンを並べながら頭の中でイメージする。金属の固まりである巨人が凍りつく様を。一度目を瞑り、再び扉を見つめて開け放った。
「スモークブリザード!」
突き出した両手から吹雪が巻き起こる。扉を開けたことでこちらを振り向いた巨人に向かって氷の粒が勢い良くぶつかっていった。まるで人間の反応のように腕で顔を覆う巨人が、徐々に氷で覆われていく。ふと気が付くとわたしの前髪にも氷の粒が張り付いていた。
巨大な冷凍室のようになった室内に「やった!?」と声が弾むが、ぎぎぎ、と微かに揺れる巨人の指先に顔が強張る。
「急いで!完全に固まらなかった!」
わたしの大声に全員が弾かれたように走り出す。先頭を走るフロロが「さみー!」と悲鳴を上げながら部屋に入り、ヘクターの言っていた扉に飛びつく。それに追いついたわたしは悲鳴に近い声で急かした。
「は、早く早く!動いてるよー!」
かなりゆっくりとだが巨人は固まった体を何とかしようとするように手足を動かしている。ばきばきという氷が割れる音が気持ちを焦らせた。
「と、扉まで凍ってるじゃんかよ!」
流石にフロロも慌てた様子でこちらを振り返る。びっしりと氷で覆われた扉と、回そうとしてノブに張り付いてしまったフロロのグローブが、持ち主から離れてだらりと揺れた。
「やっぱりやり過ぎたんじゃないのお!この暴走娘!」
ローザがわたしに向かって悲鳴を上げた。その間にも少しずつ巨人はこちらに向かってきている。
「しょうがないじゃん!じゃあもっと止めてくれりゃー良かったのに!」
言い返すわたしの横でアルフレートが大きく溜息をついた。すっと両手を突き出すと扉に向かって何かを唱える。
「フレイムシールド」
顔に一瞬だけ熱気を感じた。炎の防御シールドを作り出す呪文だが、その簡易版なのだろうか。一瞬だけ舞い上がった炎は消え去ってしまう。氷は蒸気と床に広がりつつある水に変わったようだが、ノブに張り付いたままだったフロロのグローブが一緒に燃え上がる。
「俺のグローブ!」
悲鳴を上げるフロロをヘクターが抱えると「中へ!」と言って扉を開け放った。先に見える真っ暗な光景にわたしとアルフレートがライトの呪文を放つ。長い長い階段が下に向かって伸びていた。
暗がりに伸びる階段を転げそうに、いや半分転がりながら降りていく。地下三、四階分は下ったのではないかという段数に太股が張ってきた時、先に扉が現れた。その前で皆が足を止め、お互いにぶつかり合いながら崩れ落ちる。
「……はあ、焦ったー!」
乱れる呼吸の間に声を漏らすわたしを、隣りで床に俯せになったフロロが睨んできた。
「俺のグローブ!弁償しろ!」
「わ、わたしぃ!?消し炭にしたのはアルフレートじゃない!」
弁償が嫌、というよりも責任を負うのが嫌なわたしは思わず言い返す。するとアルフレートが指先をわたしに突き付けてきた。
「原因を作ったのはお前じゃないか」
「どっちでもいいよ!あのサイズでちゃんとした盗賊用のグローブ探すの大変なんだぞ!」
ああ、確かに大変そうだな、と叫ぶフロロの小さな手を見てわたしとアルフレートは頷いた。その様子を見ていたローザがぱんぱん、と手を叩く。
「喧嘩は後でいいわよ!先に進みましょ。イルヴァが限界に近いわ」
その言葉に壁に身を預けて座り込むイルヴァを見る。焦点が定まらない目をしていて、頭にはヒヨコが舞っていそうだ。かわいそう、と思うよりもイルヴァって一日どのくらいのエネルギー使ってるんだろう、なんて疑問が沸いてしまった。
「……後でしっかり追及するからな」
フロロはぶつぶつ呟くと飾り気の無い扉のノブに手を掛けた。鍵穴も無いし開いているようだ。軽い音を立てながら開く扉の先、また暗闇が続いている。わたしは指を振ると自分の出現させた『ライト』の光を先行させた。
「なんだ、ここ?」
先頭のフロロがぽかん、と辺りを見回す。広い部屋にクッションがいっぱい落ちているのだ。何だろう、と思った時、自分の間違いに気付き総毛立つ。
「スライムよ!」
わたしの叫びと同時にヘクターのロングソードを抜く音がする。うぞうぞと気味の悪い動きを見せる透明のモンスターはわたし達を囲みだした。
「き、気持ち悪ーい」
ローザが後ずさる先にもスライムの集団がいる。ヘクターがローザの腕を引っ張るとスライムの一匹に剣を走らせた。すぱっと簡単に切れた体だったが、
「うわ、なんだこれ」
ヘクターが驚いた声を上げる。二つに分かれたスライムはそれぞれが綺麗な球体に戻り、別々にまた動きだしている。
「数を増やすだけだ、止めておけ」
アルフレートが冷静に答えると呪文を唱え始めた。が、何か思いついたように動きを止めるとわたしを見る。
「勝負しないか?」
「な、何で?」
嫌な予感に小声になってしまうわたし。
「グローブの弁償を賭けて勝負しようじゃないか。こいつらには魔法しか効かない」
そう言い終わるなりアルフレートは光球をスライムの集団に向けて投げ放つ。すぱぱん!と景気の良い音を立てて弾ける無機質のモンスターはそのまま溶けて蒸発していった。
「ちょっと待ってよ!……ローザちゃんは?」
アルフレートとガチ勝負なんて冗談じゃない、と親友を巻き込もうとするが、
「あたし?判定員になってあげるわよ」
そう言って指を折りだす姿に更に慌てる。
「ちょちょちょっと待ってってば!それもう数えだしてるってこと!?」
「騒いでないでさっさと呪文唱えだした方が良いと思うぜ」
フロロの冷静な声に振り返ると、アルフレートが鼻歌混じりにスライムを消していく姿があった。にこにこと指を掲げるローザに困った顔のヘクター、我関せずのフロロとイルヴァを見て、味方がいないことを確信する。
「く、やってやるわよ!」
そう叫ぶ間にもアルフレートの呪文によって、弾け飛んでいくスライム達の姿に気を取られながらも、必死でわたしも呪文に取りかかり始めた。
「エネルギーボルト!」
暴走気味の不安定な形をした光球がわたしの手元から離れ、勢いよく飛んでいく。始めこそ床を這うように進み無数のスライムを巻き込んでいくが、すぐに上昇気流に乗ったかのように天井に跳ね上がっていく。ばうん!と激しい音を立ててぶつかったが、特殊な素材で出来ているのか天井は無傷だ。ほっとするも、
「ファイアボルト」
アルフレートの静かな声にまた幾つものスライムが消えていく。まずい、とてもまずい。咄嗟に浮かんだ呪文の断片を口に出した瞬間、ローザの顔色が変わった。
「何唱えようとしてんのー!」
わたしを羽交い締めするローザにはっと我に返るも、焦りしか沸いてこない。
「やらせて!このままじゃ負けちゃうじゃん!」
「『サラマンダー』って聞こえたわよー!ファイアーボールでも唱えてあたし達全員消し炭にする気!?」
悲鳴に近いローザの声に、黙って結界でも張ってろ、と答えそうになるがフロロが冷静に言い放つ。
「言っとくけど、少しでも俺らにダメージあったら即、負けにするからな」
至極真っ当な突っ込みにわたしは口籠るしかなかった。
「圧勝という快感は私にこそ相応しい」
うっとりとした顔のアルフレートに、さっきまで「リジアの負けー」とはしゃいでいたフロロも引き気味だ。がっくりと肩を落としながら、続く暗い通路を歩くわたしにヘクターが声を掛けてきた。
「グローブが駄目になったのも、皆リジアが悪いと思ってるわけじゃないから、気落とさないで」
優しい言葉にぐっとくる。この人がいなかったらとっくに冒険辞めてるんじゃないだろうか、わたし。
「フロロはグローブの代金より探すのがめんどくさいんですよね?イルヴァが一緒にお買い物に行きましょうか?」
イルヴァの可愛い声に、
「い、いや、それは遠慮したいかな」
とフロロが柔らかく断った。それをにやにやと見るアルフレートを眺めながら、わたしはさっきまでのことを考え始める。
やっぱり状況に相応しい魔法を咄嗟に、次々に唱えていくって想像より難しいんだな。今だったらあれ唱えておけば良かった、とか思いつくんだけど。わたしの場合、慌てることでいつも以上に魔法が暴走気味になっちゃうし。そう考えると学園での魔術師クラスって、お勉強ばっかりで何で実践が無いんだろう。まずは知識、ってことかもしれないけど、今のこの足の引っぱり様を考えるとちょっとねえ……。でもアルフレートがいない所だと『火事場の馬鹿力』的に上手くやってる気もする。っていうとやっぱり甘えてしまっているんだろうか。
わたしの考えも知らずにアルフレートは歩きながら、
「飽きた」
と呟く。わたし、そしてローザも大きく溜息をついた。
「飽きたって、ねえ……。そういう問題じゃないでしょうが」
呆れるローザに顔色変えずにアルフレートは答える。
「飽きたものは飽きた。何で毎回こんな無機質な迷路を歩かされるんだ。せめて壁に絵でも描いとけばいいのに」
いいか?と聞き返したくなる台詞に、わたしとローザが顔を見合わせた時だった。
「あ、また扉だよ」
いつの間にかヘクターに肩車されているフロロが前を指差す。廊下の突き当たりに大きな扉が見える。足を進めるにつれ『ライト』の光が届き、全貌が見えてきた。色とりどりの折り紙で星を象った物や猫の形の物がぺたぺたと張られた壁は、幼児のお誕生日会の会場のような雰囲気。左右に伸びる弾幕には妙に下手糞な字で『いらっしゃい』と書かれている。
「無機質の風景じゃなくなって良かったじゃない。……ここでゴールみたいね」
ここまで分かり易いお出迎えも珍しい、と思いながらわたしは呟いた。はあ、やれやれ、と扉に手を伸ばしたがふと思う。
「また変なロボット用意して待ち構えてたりしないかな」
振り向くわたしに皆も「あー……」と考えるような顔になった。
「さっき出てきたんだし、もう無いんじゃない?」
ローザが眉を寄せる横でヘクターも頷く。
「用意してあったらあったで考えよう。さっきと同じ性能だとちょっとキツいかもしれないけど」
「これで名前も分かるかもしれないですねー。何か長い名前だったのは覚えてるんですけど」
イルヴァには記憶力は期待していないが、わたしも覚えていない。
「何だっけ、ジャック・ウィルシャー?」
「それもう完全に人の名前じゃん」
アルフレートとフロロの会話を横にゆっくりと扉を開いていく。予想以上に明るい室内に目を細めた。するとぽけっとした顔のバレットさんと目が合う。
「あ、遅かったねー」
ビールグラス片手に安楽椅子でくつろぐ姿にイラっとした。しかし良い匂い、と空腹のお腹が鳴りだす。
「皆さん、いらっしゃいにゃー」
「お久しぶりだにゃー、ご飯用意してあるにゃー」
「早く席に着くにゃー、待ってたにゃー」
にゃーにゃーとまとわりつくのは懐かしい姿。猫そっくりだけど二足歩行の不思議な種族、その中に白猫タンタの姿もあった。わたしと目が合うとにやー、と笑い恥ずかしそうに身をよじる。
「お久しぶりだにゃ」
うふふ、と笑う姿に顔がほころぶものの、やっぱり男の子か女の子かは謎のままだった。
「あー、お腹空いた」
案内されたテーブルに着くなり、ローザが珍しいぼやきを吐く。地下だというのに明るいのは、綺麗なランプシェードに包まれたいっぱいの魔晶石のお陰なんだろう。広いテーブルに全員が着くのを見るとバレットさんが口を開いた。
「王子のお使いで来たんだよね。お疲れさまー。遠いのにご苦労さん」
思わず頷きそうになるが、あれ、わざわざ『遊び』に付き合ってやったことは流しちゃうの?と非常にもやもやした気分になる。が、わざわざ話しに出すのも面倒くさい、とお腹が鳴りっ放しのわたしは思う。皆も同じ気分だったらしく疲れた顔のまま、運ばれてきた飲物を一斉に飲み干す姿があった。