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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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迷走科学者の迷惑な迷宮

「おっと、いきなりかよ」

 右手に進み、扉に手を掛けたフロロが呟いた。位置といい扉の簡素さといい『使用人室』のような、主が使う感じの部屋ではないように見える。前でごそごそとしていたフロロが懐を探るとぱっ、と何かを取り出す。針金だ。躊躇の無い様子で鍵穴にそれを突っ込み、まるでこの扉の鍵を使ったかのような早さで「かちり」と音が鳴る。おおー、と拍手する一同。

「さくさく行こうぜ!」

 そう言ってフロロはドアノブを回し、中へ入って行った。その後をわたし達も続く。

 中に入って見た光景は少しがっかりするものだった。単に青い壁紙に囲まれた短い廊下が続いていたのだ。

「なんで廊下に鍵掛けるのよ」

 わたしの文句にローザが頷いた。フロロが振り返り前を指す。

「どっちに行く?」

 行く先、すぐに新しい扉が待ち構え、その手前の左側にも扉がある。前の扉が茶の重厚な扉なのに比べて左側の扉は白く一回り小さい。用具入れの扉、といった感じだ。

「あ、こっちは鍵掛かってないな」

 フロロが前方の茶の扉のノブを回し、きい、と音を立てて向こう側が少し覗く。向こう側も同じような青い壁紙の廊下が続くのを見たわたしは、左にある扉を指差した。

「ここは何?何かあるかもよ」

 普通なら人様の家をこんなに見て回らないが、ここはバレットさん提供のダンジョンなのだ。ゲームを楽しむように色々探してみた方が良いかもしれない。フロロは黙ってまた針金を取り出すと、先程よりは時間は掛かったものの見事な手さばきで鍵を開ける。そろそろと開ける扉の先には予見したように狭い物置スペースがあった。

「お、ご褒美ってやつかな」

 その物置スペース程の小さな部屋の真ん中に、一抱えする程の大きさの木箱がある。それだけがぽつん、とある状況は「取って下さい」と言われているようで逆に躊躇してしまう。が、フロロは楽しそうにひょいひょいと箱に近付くと、何かを警戒するようにゆっくりと表面に手を触れた。しばらく何か調べていたが「何も無い」と判断したらしく上蓋を取る。

「……人形だった」

 そう言って振り向きながら見せてきたのは手のひらサイズのお人形。毛糸の髪の毛が三つ編みになっている女の子の人形だ。

「まあまあ、バレットさんが用意したんだから金銀財宝なんて入ってないわよ」

 ローザが慰めながらフロロの上着に人形を押し付けた。フロロは不満らしくむくれている。

「簡単な鍵開けて、木箱の蓋取った事への報酬なら、こんなもんだろ」

 アルフレートが大欠伸をしながら言い放った。

 先に進むと全く同じ展開を迎えることになってしまった。すなわち更に先に進む扉に、左側には鍵の掛かった扉。ずっとこのループが待ってるとしたら、ちょっと迷うかもしれないな。

「……これは俺の出番じゃないな」

 鍵を調べていたフロロが扉から離れてこちらを振り返る。

「開いてるってこと?だったら……」

 わたしは早く開けようよ、と言おうとした所で止まる。ドアノブに薄ら見える光源のようなもの。魔法が掛かった物体に見えるオーラだ。物質的な施錠ではなく魔法の鍵が掛かってるということだろう。そこまで考えてフロロからの視線にわたしは慌てる。

「『アンロック』でしょう?無理無理、あんなの使えないわよ」

「なんだ、情けないな」

 小馬鹿にする台詞を吐くアルフレートをわたしは睨んだ。『アンロック』は魔法の鍵を解く魔法だ。唱えれば即、解錠されるわけではなくて、施錠した使い手の仕込んだ細工を読み取って、暗号を解くように解除していかなくてはならない。そういう意味では物質的な鍵を解く工程と似ている。

「じゃあアルフレートがやってよ!」

 わたしが背中を押すとアルフレートは「泥臭い魔法は嫌いなんだがな」と言いながら扉の前に出る。古代語の詠唱を響かせながらノブに手をかざし、

「アンロック」

 呪文を完成させた。芝居がかる仕種で扉を開けて見せる彼にわたしは顔を歪ませた。悔しいけどこういうものの練習も積んだ方が良いかもしれない。

 中を見ると今度は立派な鍵の付いた木の箱がある。金属の縁取りといい「宝箱」といった感じだ。フロロが手を擦り合わせながら近づく。

「おっと同時に解かないとニードルが出てくるタイプか……。中にも鍵がある、と。しかし年代物だな。骨董屋で買ってきたかね……」

 ぶつぶつ言いながら箱を弄り始める。皆が遠巻きにそれを眺める中、ヘクターが感心げに呟いた。

「何で罠とか鍵の種類とか分かるんだろうね」

「気配だよ。兄ちゃんがモンスターの気配を嗅ぎ取るように、俺には臭ってくるわけ。……ほい、開いたぜ」

 ぎい、と音を立てて宝箱が中を見せる。リボンで綺麗にラッピングされた何かが頭を覗かせているではないか。

「……クッキーだぜ」

 そう言って片方の眉を上げるフロロにイルヴァが黙って手を出した。




「また同じ廊下ですかあ」

 イルヴァがクッキーをもそもそと食べながら軽い声を上げる。再び前に進んだわたし達はまた同じ青い廊下に立っていた。

「これで三ブロック目よね。一応覚えておかなきゃ」

 わたしがそう言う横でローザが前方を指差した。

「あれ、でも扉の位置が変わってるわよ」

 ローザの言う通り、今まで前方にある扉が茶の重厚な扉、左側にあるのが白い小さな扉だったのに対して、ここは目の前に白い扉に左側が茶の扉に変わっていた。

「曲がり角なんだよ」

 ヘクターが左手に右手を垂直に合わせる。成る程、屋敷の敷地内の曲がり角に来たってことか。

「じゃあまたこっちを開けるか」

 フロロが鼻歌混じりに白い扉に近付いていき、針金を鍵穴に差し込んだ。後ろから様子を見るが忙しなく針金を出し入れしているようにしか見えない。これでどうして開くのかが不思議だ。かち、と乾いた音の後にフロロが扉を開ける。やっぱり白い扉の方が小部屋の入り口らしい。先程の二部屋と同じような正方形の狭い空間がある。が、今回はその小部屋いっぱいにわたしが入れそうな程、大きな箱がどすん、と居座っていた。フロロが「うひょー」という奇声を上げつつ箱に手を伸ばす。さっきの宝箱のように金属の縁取りが物々しい。鍵穴も横並びに三つと何やらもの凄いお宝がありそうな見た目だ。

 心無しか皆からも期待する気配を感じる。人形にお菓子、と続いたけど、この大きさ見るとわくわくしちゃうよね。と思ったのだが「やめた」というフロロに驚いてしまった。

「どうしたの?」

 立ち上がる彼に尋ねると珍しく難しい顔をしている。

「この三つの鍵穴、同時に操作しないと面倒なことになりそう。俺一人じゃ無理だもん。こういうのは諦めるのも大事な判断っしょ」

 フロロの言葉に皆顔を見合わせる。確かにフロロを手伝う自信なんてわたしには無いし、他の皆も同じだろう。

「もったいないですねー。ごちそう入ってるかもなのに」

 鼻をひくつかせながら箱の匂いを嗅ぐイルヴァにフロロが振り向いた。

「火薬の匂いしかしないぜ。多分『開けない』のが正解の宝箱なんだろ」

 火薬……。下手に開けるとドカーンってことだろうか。それは確かに手伝いも無理そう。

「バレットさんのテストってことね。ってことはこの先もあの爺さんが用意したテストが溢れてるわけか」

 ローザが腕組みながら唸る。腕試しさせてやろうということだろうが面倒な、と思ってしまった。ここまでは鍵開けの問題ばかりだったけど、それだけじゃなさそうだし。ソーサラーに向けた魔法のテスト……なんてものが待ち構えていたらどうしよう。さっきの魔法の鍵はアルフレートにやってもらったことだし、次こそわたしが何とかしないと立場無い。

 爪を噛むわたしを余所に、フロロが「先進むぜ」と言いながら茶の扉を開けた。先に見える光景に思わずわたしは「ぎゃ!」と悲鳴を上げつつ、ヘクターの後ろに隠れてしまった。

「やややあだ、こわいじゃないのー!」

 ローザも上擦った声を出し、アルフレートの背中に張り付く。現れたのは正方形の広い部屋。学園の教室ぐらいあるかもしれない。そしてわたし達をびびらせる原因といえば、真っ赤なのだ。床に敷かれた絨毯も壁紙も赤で統一され、赤く薄暗いランプの光が天井まで赤に染めている。

 異様な部屋に目を奪われていたが、ヘクターがロングソードを抜く気配に再びびくり、と背中が震える。ぎちぎちと耳障りな音を立てて起き上がる影が、部屋の奥に浮かび上がった。イルヴァもクッキーの残りを胸元に押し込み、ウォーハンマーを構える。ぎこちない動きで立ち上がったのは全身が銀色の奇妙な生物。全身鎧の人間にも見えるが、何か変。細いというか……人型の生き物を銀色に塗りたくったようなモンスターのようだ。

 じゃきん!と鋼の音を鳴り響かせ、指の先から長い爪が現れた。瞳が妖しく光る。その数三体。

「前に来た時のワーウルフだ」

 フロロが呟いた。あれが?とも思ったが、前回ここに来た時に、うろうろしていたワーウルフ型のからくりを中身だけにしたらこんな感じかも。どうせわたし達には作り物なのがばれてるし余計な装飾はいいや、ということだろうか。

 モンスター達が金属音を響かせながらこちらに踏み込むのと同時に、ヘクターの体が動く。が、それより早くイルヴァの長い髪が舞った。回転する体と振り回されるウォーハンマーに唖然としている間に、こちらに飛んできた金属片をヘクターが「おっと!」という掛け声と共に切り払う。

 ひしゃげた三体のからくり人形はぎぎ、と微かな動きを見せた後、ばたりと倒れた。

「……ちょ、ちょっと、危ないじゃないの……もうちょっと考えてよ」

 イルヴァにぶん回されたウォーハンマーが壁に削り取った線を付けているのを見て、ローザが後ずさる。

「お腹空いてイライラするんですう」

 頬を膨らませたイルヴァがどすん、と重たい音を立ててウォーハンマーを床に置いた。




「あーん、もう邪魔ですよおー」

 棒読みの台詞を吐きながら、からくり人形をめこめこと倒していくイルヴァを、後ろで見守るわたし達。もう三つ目の赤い部屋に侵入してきたが段々モンスターの数が増えている。さっきの青い廊下と同様に一本道になった部屋を順に進んでいるだけなので、単調さにだらけてきた。「ふう」と息つく声にイルヴァを見ると、この部屋のからくり達も全てが動かなくなっている。生き物ではないとはいえ、いびつに歪んだ形で動かなくなっている姿は妙に哀愁を感じるものだ。

「じゃ、進もうか」

 フロロが指差す扉を見てわたしは眉を寄せた。

「何かボスの部屋って感じねえ」

 入ってきた扉から見て左手にある扉は大きな両開きのもので、広いホールの入り口のように見える。全部の部屋を回ってないし、これで最後とも限らないが位置を考えると『主の部屋』とも考えられる。

「ま、躊躇しててもしょうがないっしょ」

 軽いノリでフロロが扉を開けていく。彼には重かったようで途中からヘクターが代わってやったりして中が見えてきた。

「真っ暗じゃない……」

 そう言って『ライト』の呪文を口にし始めた時だった。突然闇の中に浮かび上がる二つの光。首を大きく傾けて見上げなければならない位置にあるのは巨大生物の瞳だ。

 ばたん!と勢いよく扉を閉めるわたしとローザ。

「なんだ、行くんじゃないのか」

 見下す目で見るアルフレートにローザは「い、いや反射的に……」と口籠った。

「つーか何!?何あれ!?超でかかったけど!」

 焦るわたしにアルフレートが答える。

「前に来た時もいた、変な巨大ロボットだろう?」

「あー……なんだっけ、名前。シュバインシュタイガーみたいな名前じゃなかったっけ?」

 ヘクターが首を捻る。その様子にフロロが頬を掻いた。

「何でもいいよ。で、どうすんの?」

 その言葉に皆で顔を見合わせた後、ヘクターが口を開く。

「とにかく何とかしないといけないのは確かだし、行こう。リジアとアルフレートは明かりを。俺とイルヴァで突っ込むから……」

 そう言ってイルヴァを見たヘクターに、残りのわたし達も固まってしまった。

「どうしたの?」

 ローザがしゃがみ込むイルヴァに尋ねると弱々しい声が返ってくる。

「お腹空いて動けないんです」

 一瞬の間の後、皆から漏れる溜息とアルフレートの大きな舌打ち。それを聞いたヘクターが慌てて手を振った。

「ま、まあまあ、俺もお腹すいたし、イルヴァはちょっと休んでてもらうってことで」

「甘いなあ、兄ちゃんは。……でもさ、『あいつ』って魔法しか効かないんじゃなかった?」

 フロロはそう言って中を指差す。そういえば前回もイルヴァとヘクターの物理攻撃は全然効いてなくて、アルフレートの魔法で呆気無く終ったんだっけ。

 自然に皆の視線が自分に集まっていることに気が付いたわたしは飛び上がりそうになる。

「わ、わたし!?本気で考えてる!?」

「アホか、お前に命運掛ける気になんてなるわけないだろう?」

 アルフレートの冷めた目に怒りで顔が赤くなるが、任されても困るのは確かだ。となるとやっぱりアルフレートにさらっと決めてもらうのが一番早そうだけど。わたしの顔に出ていたのか、アルフレートは退屈そうな顔で頬を擦った。

「どれ、やってみるか」

 そう言うなり呪文を唱え始める。わたしも照明を作る為に『ライト』の呪文を唱え始めた。暫くの間、二人の詠唱の声が室内に響き渡り、アルフレートが扉に手を掛ける。

「ライト!」

 勢い良く開かれた先にわたしは明かりを送り込んだ。照らされて現れた懐かしいずんぐりむっくりの巨人にアルフレートの呪文が放たれる。

「アークボルト」

 巨人の足下に現れた光のサークル。それを起点にして眩しい電流が天井に向かって駆け上った。どどど、という地鳴りにも似た激しい音。巨人の体が大きく揺れている。光が収まった後、ゆらゆらと痙攣していた巨人は倒れるか、と思ったのだが、両拳を振り上げるような動きを見せるではないか。発光する体は電流を纏っているように見える。これって、受けた電流を蓄えたように思えるけど……。

「閉めて!」

 ローザの悲鳴に反射的に体が動く。倒れるように体をぶつけ、ばたん!と扉が閉まった瞬間、頭の上で爆音が響いた。扉と天井の間に穴が空き、煙が立ち上っている。

「……ちょっと洒落になんないじゃない!」

 震える体を軋ませながら横を見ると、同じく倒れ込んだアルフレートと目が合う。

「跳ね返されたな。対電対策もばっちりに改良されたか」

「その落ち着いた分析が腹立つのよ!」

 わたしは喉が許す思いっきりの怒声を、しきりに頷くエルフにぶつけてやった。

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