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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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アニュール焼き

「サントリナかあ……、こんなに早く行く事になるとはなー」

 ヘクターの呟く声。わたしははっとして顔を上げる。実は少し気になっていたのだ。

 サントリナの、しかも彼が住んでいたセントサントリナに王宮はある。でもヘクターは一度も喜ぶような顔を見せていなかった。嫌がる様子もなかったけど、いつもと同じ淡々とした態度が気になって仕方なかった。

 普段から手放しで喜ぶような感情を見せるような人ではないけど、一言ぐらい「嬉しい」っていうようなものがあってもおかしくないと思うのだけど。それとも前に言っていたように、全くホームタウンって気持ちが無いのかなあ。でも今の彼の人柄や人徳を見ると、そんな冷徹さも不自然なんだけどな。石畳の灰色の道を歩きながら色々と考え込んでしまう。

「一応何がいいか考えてみたんだけど、やっぱり難しいね」

 ヘクターの声に我に返るわたし。

「え?あーそうだよね。わたしも考えたんだけど王族の人に喜ばれるものなんて分からなくて」

 その答えにヘクターが少し考える素振りを見せた後、わたしの顔を見る。

「女の人が貰ってうれしいものって何だろう」

「えー、何でもう……」

 ヘクターがくれるなら何でも嬉しい、と答えそうになるが彼の聞きたいのはそういうことじゃない。わたしは腕を組み考える。

「何だかんだ言って、どういう人でも『王道』は嬉しいと思うんだよね。花とかアクセサリーとかぬいぐるみとか。でもそれが王妃様ってなると……」

「そうなんだよなー、食べ物は無いな、ぐらいしか分かんないなー」

 確かに、初めて会う冒険者に食べ物もらって素直に受け取る王族なんていないだろう。下手すりゃ周りに没収されるか、非ぬ疑いかけられそうだし。

「一個考えたのはね、ローラスの名産品なら良いんじゃないかな。隣りの国だもん、持ってるかもしれないけど『お土産』としてもいいし、礼儀は果たしてるというか、ね」

 わたしが言うと感心げに頷いてくれる。

「なるほどねー、それがウェリスペルトの名産だったら尚良いかもね」

 そうなるとわたしでもそれが何なのか分かりそうなものなんだけど、食べ物はぱっと浮かぶがそれ以外の品物というとなかなか浮かばない。

「ヘクターの方が覚えがあるんじゃない?こっちに来て初めて見た、っていう物とか」

 わたしが尋ねるとヘクターは再び首を傾げて考え込んでしまう。暫く待った後、ぽつりと呟いた。

「『ファイブスター』ってあの変なお菓子は初めて見たなあ……」

「食べ物じゃん!」

 わたしは思わず突っ込む。ウェリスペルト郊外にある人口魔晶石の工場が出したお菓子で、甘く固いクッキーにねちょねちょのゼリーが埋め込まれたもの。そして不味い。

 しかし都会って色んなものに埋まってるからか、これって物が無いものだな。わたしは見えてきたマーケット通りを前に頬を掻いた。

 目を引くようにか、住宅地よりかは派手な色合いの店が多い。所々に露店も出ていて客引きの声が通りに響く。馬車が通行止めになっているわけではないので、路上に出過ぎた店主を警備団が注意する、なんていつもの光景があった。午前中だからか普段来るよりは空いている。が、空いている間に、というような主婦層が大きな紙袋を抱えている姿があちこちに見られる。

 馴染みの通りなので大体入る店は決まっていた。その一軒目に向かう前にふと思いつく。

「大体の予算を決めちゃおうか。皆で六等分するって考えて良いよね」

 わたしの言葉にヘクターが「あ、そうだった」と言ってポケットをまさぐる。

「予算は貰ってきたんだ。結構な額を気前良く包んでくれたよ、アルフレートが」

「アルフレートが!?」

 思わず飛び出る大声。そんなわたしにヘクターがにこにこと語る。

「何でも『一発当てたから』って。代わりに今度、蔵書の整理に付き合わされるけど。何当てたんだろうね?」

 何って……何かの『山』を当てたんだろうな、と思う。まだまだ裏のありそうな奴だ。

「じゃあ思いきってあそこ入ってみようか」

 そう言ってわたしが指し示したのは、一軒の大きな雑貨屋。広い入り口からはマダムらしい人が出入りしている。鞄や洋服、靴といった衣料品に雑貨類も売っているような店だ。なんでも『良いものをコンセプトに』という高尚な雰囲気が鼻につく店であり、店員もやたら優雅な物腰の割には上から目線なのをばんばん感じる所である。

 アルフレートが出資、と聞いて遠慮が無くなったのかもしれない。ちょっと入り難いけど仕方ない、と足を進めていたが、問題の店につく前にふと目に入った綺麗な色に足が止まった。入りかけた店の隣りにある小さな雑貨店。クリーム色の木枠がかわいいショーウィンドウにカップやシュガーポット、各用途分けが便利そうな大小中のお皿が綺麗に飾られている。

「これ可愛いね」

 ショーウィンドウを覗き込むわたしの後ろからヘクターも食器を眺める。霞んだ青と黄色に厚みのある少々無骨な形がまた可愛い。

「好きそうだね」

 花が色とりどりに並ぶ模様にそう思ったのか、ヘクターがそう言って笑った。何故か妙に気恥ずかしい。

「入ってみようか」

 そう言いながら既に店の扉に手を掛けているヘクターにわたしはあわてて体を起こした。

 扉に付いたベルの音を、カラコロと響かせながら中に入る。ふっと香るミントの匂いは夏場によく合っていた。それだけで店主のセンスと気づかいを感じる。だが中に入って一番に目につくのは色とりどりの可愛い雑貨ではなく、小さなカウンターにぎゅうぎゅうに詰まったおばさま。わたし達を見ると球体のような体を器用に動かし、こちらへやって来る。けして広いとは言えない店内にも関わらず、どこにもぶつからずにやって来るのが不思議だ。

「こんにちは!何かお探し?」

 おばさま(この表現がぴったりだと思う)はにこにこと甲高い声を響かせた。

「あ、そこの食器を見たいんですが……」

 ヘクターが言い終わる前におばさまは「まあ!」と大げさに驚き、喜んでいる。ふよふよと揺れる体が何とも気持ち良さそう……。

 てきぱきとショーウィンドウから食器を抜き取ると、今度はそれを店の中央にあるテーブルに乗せていった。わたし達もテーブル脇に移動するとよく見せてもらう。

「やっぱり可愛いね。こういう素朴なの貰ったら嬉しいかもよ?」

 わたしは王族のイメージとは少しずれた食器セットを前にはしゃいでしまった。ただ、普段使う食器も自分達で用意しているのかどうか。自室とかに飾ってくれるだけでも嬉しいけど、部屋に合っていないと微妙な気持ちにさせてしまったらどうしよう。またぐるぐると考えを始めた時、ヘクターが手揉みするおばさまに口を開く。

「実はある貴族の女性に、誕生日に送るものを探しているんです。こういうのってどうですか?」

 するとおばさまはうんうんと頷いていた顔をにっこりさせた。

「なら『アニュール焼き』はぴったりよ。今ではどこでも見られるようになったけど、これは元はウェリスペルトが起源のものだから。どなたかは知らないけど、貴族というなら外国の方でしょう?」

 へええ、知らなかった。今の状況にはまさに、な情報にわたしとヘクターは顔を見合わせた後、ほーと息ついた。その様子を見ておばさまはぽん、と手を叩くとお尻をふりふりカウンターの方に戻って行く。

「良いものがあるわ!」

 カウンターの下を暫くごそごそとしていた彼女が取り出したのは小さな木箱。もう一度テーブルに来るとそれを置き、中の物をゆっくりと取り出した。

「カップ&ソーサーのセットよ。使うことも出来るけど、見た目が華奢で綺麗だから鑑賞用としてコレクションする人が多いの」

 さっきまで見ていた食器と同じような、厚みのある陶器だが装飾が細かい。カップといっても二飲みで終ってしまいそうな小ささだ。こういうのをガラス扉の食器棚に飾るっていうのを見た事あるな。

「これがいいかもね」

 ヘクターの一言におばさまは嬉しそうに「でしょう!」と笑う。わたしも自分の目敏さとこの人柄の良い店主に会えたことに満足だった。

 そのまま会計を済ませて綺麗に包んでもらう。むちむちの手が器用に食器を包むのを横目で眺めつつ店内を見ていると、カウンター脇にある棚に並んだ綺麗なスカーフが目に入った。ぱっと浮かんだ考えにわたしは慌てて尋ねる。

「あ!これも、これもお願いします!別の包みで別会計でも良いですか!?」

「もちろん、少しお時間頂ければ綺麗に包みますよ。……でもこれはウェリスペルトの名産品ってわけじゃないけど良いかしら?」

おばさまの問いにわたしは大きく頷いてみせる。おばさまはにっこり笑うと、既に包み終わったカップ&ソーサーを脇に置き、素早い手つきで黄色のスカーフを包み始めた。




 にこにこと手を振るおばさまに応えつつ店を出ると、不思議そうな顔のヘクターに包んでもらったスカーフを見せる。

「これ?タンタへのお土産よ。わたし、この前の別れ際にぬいぐるみとか貰ったから」

 タンタとはこれから行くバレット邸で働いていた二足歩行の猫のことだ。白い毛並みに耳と尻尾の先端だけ黒くて可愛い子だった。こんなにすぐ会えるとは思わなかったな。

 納得顔でわたしを見るヘクターに尋ねる。

「でも男の子なのに可愛過ぎちゃうかな。黄色に水色の模様なんて」

 わたしの問いになぜかヘクターの目が大きくなった。

「え、タンタって女の子じゃないの?」

 な、何!?……でも言われてみれば仕草とかは女の子っぽかった、かな?いやどうだろう。

 驚きのあまりよろけてしまい、通りがかりのおっさんにぶつかりそうになってしまった。しかし確証がないのは同じだったらしく、お互い暫し無言になる。

「……フロロに聞いてみようか」

 同じ種族ではないし単に猫繋がりなだけだが、ヘクターの言葉にわたしも頷いてしまった。




 わたしの「お昼でも食べて行く?」という提案はヘクターの「でもローザが用意しとく、って言ってたよ」という、申し訳無さそうな顔の前に敗れる、という展開はあったものの、皆に報告するためにアズナヴール邸までやってきた。普段通りメイドのメリッサちゃんに挨拶しながらダイニングルームに入る。

「おかえりー。どうだった?」

わたしの二人目のお母さん、ローザに収穫である箱を掲げて見せた。

「何にしたの?随分可愛らしい包みね」

 花柄の包み紙に破顔する彼女には、中身も見せてあげたくなってしまう。でも我慢してもらおう。と思ったのだが、

「俺が開けてやるよ」

 出窓からひょい、と飛び降りてフロロがやってくる。腕まくりをしながら歩く顔は完全に盗賊の雰囲気を出しているではないか。

「開けて、また元通りにすりゃいいんだろ?誰が見ても分かんないぐらいに戻してやるぜ」

「失敗しないでよ?せっかく綺麗に包んでもらったんだから」

 フロロの器用さを知っているのでそれはないか、と思いながらもわたしは念押しする。だが言ってる間にもひょいひょいと雑にも見える動きでフロロは包みを開けていった。

「うわあ、可愛い!」

 白地にサーモンピンクの花柄といういかにもローザが好きそうなカップ&ソーサーに予想通りの反応が見られる。

「コレクションにどうかと思って。お金持ちにそういう趣味が多いそうだし」

 わたしの言葉に自分が貰ったかのように喜ぶローザ。

「良いわよ良いわよー!しかも無骨なデザインに見えて所々の模様が浮き彫りになってたり、芸が細かいわあ」

 うっとり眺めるローザにわたしも満足する。すると部屋の入り口から声が掛かった。

「アニュール焼きか。なかなか良い選択じゃないか。褒めてつかわそう」

 わたしは偉そうな口ぶりと共に入ってきたアルフレートを睨みつける。まったく、他人任せにしたくせに。

「出資者にそんな顔していいと思ってるのかね」

 彼の呆れた顔にわたしははっとし、ローザはきょとんとする。

「何、アルフレートが負担してくれたわけ?珍しい」

「何でも一山当てたんで懐温かいんだって」

 質問にわたしが答えるとローザが眉間に皺寄せた。

「……どうも真っ当な事やってのことなのか不安になるわね」

 わたしも同調するローザの呟きにも、当のアルフレートは涼しい顔でお茶を啜り始めた。

「そういやイルヴァは?」

 ヘクターが疑問を口にするタイミングを見計らっていたかのようなタイミングで、廊下の方が騒がしくなる。ばたばたと走る足音の主は姿を見なくても分かる。

「お昼ご飯間に合いましたー?」

 仲間との会合があったからか、一段と派手な格好で登場したイルヴァ。百年単位で流行を逃しているようなお姫様ドレスが目に痛い。

「間に合ったわよ、今から準備だから」

 やれやれ、と立ち上がるローザにほっと息つくとイルヴァは表を指差した。

「さっき学園の前でデイビスさんにお会いしました。向こうは明日出発だそうです」

 そうか、わたし達より一日早い出発なんだからもう明日なのか。

「『見送りに来てくれよ』って言われたんで『お断りします』って言っときました」

 自分の冷たい仕打ちをのほほんと語るイルヴァは、いつもの無表情のまま席に座る。言われた方のデイビスの反応が気になってしまうじゃないか。

 イルヴァも贈り物を確認したのを見て、フロロが宣言通り包みを元に戻し始める。小さな手が動く様子は繊細な様子には見えないというのに、確かに綺麗に包まれていく。その工程を見るだけでも面白い。最後の締めになるテープをぺたりと張り終えると「どや」とテーブルに置いた。見事な仕上がりに全員が拍手する。

 暫く満足げにふんぞり返っていたフロロがふと止まった。

「そういやエミール王子の母ちゃんの誕生日っていつなんだ?」

 今まで一度も出ていなかったのが不思議な疑問に、皆の顔がぽかんとしたものに変わった。

 そういえば……いつなんだろう。日時の指定も手紙には無かったし、教官達からも何も言われていない。依頼完了からサントリナへ掛かる日数ぐらい考慮してくれてると思うけど、間に合わなかったりしたらどうするんだろう。

「あの王子の事だ。嫌ってぐらい滞在期間設けて待ってると思うぞ」

 ぽつり、アルフレートが呟いた台詞にはわたしは首を傾げる。

「何で?嬉しいけど、あんまり長くても困っちゃうね」

 そう返したわたしをアルフレートは妙にじっとり見る。が、「さあねえ……」と答えた後はお茶を飲むのに専念するかのように黙ってしまった。

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