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タダシイ冒険の仕方【改訂版】  作者: イグコ
第五話 蒼の国、時の砂【前編】
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『B』再び

「あ、リジア待って、それまだブルーチーズ散らすから」

 親友からの声に、わたしは右手に持ったサラダボウルを見る。葉っぱ類の他にもカラーピーマンやらトマトやらゆで卵やカラカラに炒ったベーコンが乗った大盛りサラダにまだ加えるというのか。

「もういいじゃん、これで」

 わたしが正直な気持ちを言うと美形オカマ、ローザは「もう!」と腰に手を当て怒りだす。

「あたしリジアのそういう所が信じられないわあ!自分ののめり込んでる事以外だと途端にいい加減っていうか……」

 ぶつぶつ言う彼女に、そこまで言うか、と思う。その隙にローザが切っていたほうれん草のキッシュを横からイルヴァがつまみ食いした。本日の衣装はやたら重装備のゴスロリファッション。なぜこの暑い季節にわざわざ、と見ているだけでこっちが汗をかくというのに、当のイルヴァは涼しい顔だ。

「ご飯まだー?」

 キッチンの入り口から猫耳男が現れる。見た目は子供のように愛らしく、ふわふわの尻尾が可愛い奴だが中身はベテランシーフそのもので油断出来ない。

「もうすぐ。フロロも運ぶの手伝って」

 わたしはそう言うと、直ぐさまキッチンから逃げ出そうとしていたお猫様を取っ捕まえた。フロロにサラダを持ってもらい、わたしは飲み物を運ぶ。

「こういう時、広い家って不便だなあ」

 ローザちゃんのお宅、アズナヴール邸の広く長い廊下を歩きながらフロロがぼやいた。サラダボウルとはいえ一抱え程のでかさのあるそれを運ぶのは、彼には重そうだ。

 ダイニングルームに着くと塞がった両手を見てフロロと顔を合わせる。

「開けてー」

 中に声を掛け暫し待つ。ゆっくりと開く中から、不機嫌なエルフの顔が覗いた。

「……まだ食うのか。テーブルに乗り切らない料理なんて眺めているだけで胸やけしそうだ」

 舌打ち混じりに呟くのはアルフレート。少食なのは可哀相だけどそんなに険しい顔で文句言わなくてもいいのに。

「しょうがないでしょー?イルヴァのお誕生日会なんだから。あのお嬢さんを満足させてあげなきゃいけないんだから大変ね。キッチンじゃまだお手伝いさんとローザちゃんが奮闘中よ」

「その主役はどこに行ったんだ?」

 アルフレートはそう聞きながらテーブルに置かれた帽子を眺める。紙で出来たそれは、ド派手な色に先端にはボンボンがついている。イルヴァが冠ると自分で持ってきたのだ。

「キッチンで味見というつまみ食いに夢中だよ」

 フロロが答えるのをわたしも追加する。

「予めある程度お腹に入れといてもらうのよ。そうしないとここに用意した物あっという間に無くなっちゃうもん。『今日は目一杯食べていいわよ』なんて約束しちゃったから」

 アルフレートは嫌なものでも見るかのように目を薄くするとぶつぶつと呟いた。

「あいつは消化にエネルギーを使い過ぎるから思考能力が無いんだ」

 そのぼやくエルフの横で何かをしげしげと眺めるのは、すらりとした長身に銀の髪がなびく美男子、ヘクター。

「これ、リジアが作ったんだってね」

 彼に聞かれてわたしは慌てる。誰が教えたんだろう……、まさかアルフレート?いやローザちゃんだな。にやにやしてたもの。

「うん、そうだよー」

 照れつつも軽い調子で答えると、フロロが顔を挟んでくる。

「何、なんか思うの?」

 妙にわくわくした様子にわたしは彼の頭を小突いた。するとヘクターがさらりと答える。

「いや、可愛いなあと思って」

 一瞬、部屋の中にいるヘクター以外が固まるのが分かった。が、

「こんな色に出来るんだねー」

 にこにこと答える彼に脱力する。わたしが作ったホールケーキはデコレーションのクリームをピンク色にしてある。イルヴァとわたしが好きな色だ。

「彼が自分の残酷さに気付くのはいつなんだろうねえ」

 そう言いながらわたしの肩に寄りかかるアルフレートをわたしは思いきり睨みつけた。




「おめでとー!」

 クラッカーが鳴り響く中、満足げにテーブルを見回すイルヴァは優雅に立ち上がると、

「ありがとうございますう」

 ぺこりと頭を下げた。今日は彼女の十六歳の誕生日。今日という日をわたし達六人とゆっくり過ごしたいというのは、大変彼女らしい希望だった。

 やれやれ、と息をつくわたしとローザに早速イルヴァが尋ねてくる。

「食べていいですか?」

「……どうぞ」

 ローザが答えるや否やカロリー搾取マシーンと化したイルヴァが、テーブルのあちこちに手を伸ばし始める。毎度のことながらその細い体のどこに収納されているのかが気になってしょうがない。

「あたし達も頂きましょう。今日はのんびり過ごせそうね」

 ローザがはあ、と息ついた時だった。扉がノックされる音の後、ローザの姉カミーユさんがゆっくりと入ってくる。

「あらー、すごい料理だこと。お誕生日おめでとう、イルヴァ」

「ありがとうございますう」

 カミーユさんに頭を撫でられイルヴァはご満悦、といった表情だ。フロロがひょいと手を上げる。

「よう姉ちゃん、今日も相変わらず偉そうだな」

「ほほほ、おちびちゃん、私は偉そうなんじゃなくて『偉い』のよ」

 カミーユさんは一通り高笑いを響かせると、わたし達の顔を見回す。

「お誕生日みたいにおめでたい日に相応しい所からお手紙が着たわよ」

 そう言って差し出したのはぱっと見るだけでも豪勢な見た目の封筒。クリーム色を下地に金の装飾がごてごてと騒がしい。

「サントリナの王室からか」

 アルフレートがそう呟いたのは、封筒に描かれた紋章を見てのことだろう。剣に竜の絡み付く絵は目立つ青で印されている。

 王子からの手紙かしら。もしかしたらあらためてお礼の言葉だったりするかも。そうわくわくするわたしをカミーユさんは見るとにこっと笑った。

「なんでかしらねー、リジア宛てよ」

「わ、わたし!?」

 驚いて立ち上がってしまったが、言われてみればわたしが一番接点持ったのかもしれない。暫し呆然としてしまったが「はい」と手紙を渡され我に返る。

「開けてみて!」

 隣からローザが覗き込み浮かれた声を響かせた。わたしは焦りながら封を切る。封筒のみならず中の用紙も上質のものだ。ほのかにお香の匂いがした。


「『拝啓リジア、ならびにお仲間の皆さん、いかがお過ごしですか。ローラスの心地好い夏の日々はきっと皆さんに素晴らしい時間を与えていることと思います。皆さんと過ごした数日間が既に懐かしく思える程、私は今皆さんにお会いしたくて堪りません。

 さて、実は皆さんにお願いしたいことがあってこの手紙を書いています。急な申し出をお許し下さい。

 お願いというのは、一つは皆さんのような優秀な冒険者に是非依頼したい事があるというものです。もう一つは皆さんにとっても楽しんでいただけるのではないか、と思う私からの招待です。

 もうすぐ私の母が誕生日を迎えます。そのお祝いのパーティーに私の友人として皆さんをご招待したいと思います。母の希望にある通り、あまり堅苦しい会にはならないと思われます。城を案内することも兼ねて一度サントリナに来て欲しいのです。

 それにあたって母への誕生日プレゼントをある人物の元に取りに行って貰えないでしょうか。これが私からの依頼になります。』」


 わたしがそこまで読み上げるとアルフレートが、

「頭いいもんだなあ」

と呟いた。自然と皆の視線が彼に集まる。アルフレートはひょい、と肩を竦めた。

「プラティニ学園のクエスト受諾、及び依頼人に関するルールだ。五期生はローラス共和国を出て国外での活動は原則禁止、ただし受諾後の依頼がその後、国外活動まで及んだ場合のみは許可。依頼完遂まではきっちりやってこいって話しだな。それに『ローラス以外の人間が依頼を出す』ことには何も触れていないんだよ」

「そんな奴、普通に考えたらいないもんな。わざわざ周りの国の人間でうちらの学園に依頼出すなんてさ」

 フロロは面白そうに尻尾をゆらゆらさせた。アルフレートが頷いた後、説明を続ける。

「それに母へのプレゼント云々なんてのも、そのお誕生日会とやらに呼びたいが為の口実だろう。でなきゃ王室の人間のパーティーに、誰が冒険者の卵なんて呼ぶ事、許可するんだ」

「もう、自分達のことそんなにボロクソに言わないでよ。王子は散々『感謝してる』って言ってたんだから嬉しいことじゃない」

 わたしが口を尖らすと鼻で笑うアルフレート。

「だから、その王子は『来てくれ』って言ってるんだろう?それを周りが許可するかは別の話しだ。しかしそこまで懐かれたとはねえ」

「いじわるエルフはほっときなさいよ」

 ローザが笑いながらわたしの手元を覗き込む。

「で、そのプレゼントって何処の誰に貰いに行けばいいの?」

 ローザの問いに答えようとわたしは手元の手紙に視線を戻す。読み進めた箇所まで目で追った後、記述された内容にびきり、と固まってしまった。

ひと呼吸置いた後、そこに書いてある名前を読み上げる。

「バレット・T・へスカル」

 わたしの声に全員押し黙る。ヘクターが首を傾げた後、手を叩いた。

「ああ!あの発明家の人か。猫と住んでた面白い人」

「チード村の迷惑じいさんね……、はあ、また関わり合いになるとは」

 ローザが深い溜息をついた。アルフォレント山脈にあるチード村。わたし達が初の冒険に赴いた場所であり、バレットさんは初の依頼人だったりする。しかし依頼内容を故意に変更したり、学生を振り回す『遊び』をしたりと迷惑極まりない、とされプラティニ学園には出禁扱いの人なんだよね、今は。

「許可下りるのかねえ……」

 わたしが呟くと、窓辺に腰掛け面白そうにわたし達のやり取りを見ていたカミーユさんが立ち上がった。

「逆に下り易くなった、って言えるんじゃなくて?王子からの依頼は厳しい教官なら断りそうなものだけど、そのバレットって人に面識があるあなた達を頼りにしてきた、って事ならしょうがないと考えてくれるかもよ?それにバレットって人が『依頼人』じゃないなら問題は無いだろうし」

 なるほど、そういう考え方も出来るわけか。わたしとローザが顔を見合わせているとカミーユさんは、

「面白くなってきたじゃないの、ほほほ」

と言いながら部屋を出て行った。あの人がそう言うってことは、やっぱ嫌な予感がぷんぷんするんだよな……。

「俺らが来るって聞いたら張り切ってダンジョン用意しそうだな、あのじいさん」

 そう言って笑うフロロもやっぱり面白がっているように見えた。

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