リーダー誕生
「君らが『卵』達かね。よろしく頼むよ」
わたし達がお茶を飲みつつ待っていると現れたバレットさんは、拍子抜けする程普通の人だった。
研究者特有の変わり者の雰囲気はうっすら醸し出しているものの、頭がボサボサなくらいで、柔らかい顔つきはむしろ良い人そうであった。歳は六十を超えるぐらいか。白髭で顔を覆い、同じ色の頭は寂しくなっている。小柄なので威圧感も無く、青いローブを着ている姿は魔術師のようにも見えた。
『卵』とは、学園外の人がよく使う、わたし達のような学生の愛称だ。
「君達を呼んだのはね、私の研究に必要な材料を付近の洞窟から採ってきてもらおうと思ってなんじゃが」
そこまで言うと、バレットさんは髭をさすりつつわたし達を見回す。
「若い子はいいのー。目がキラキラしとる」
と嬉しそうな声を上げ、にこにこした。おじいさんと言っていい年代の人から見るとそう見えるのかしら。
「で、話の続きじゃが、その材料というのが『ポゼウラスの実』でな」
ポゼウラスの実。わたしも魔術を習う身である。その存在は辛うじて、といった程度の知識でだが知っていた。
光を好まない植物、しかしながらある程度の温度湿度が必要な生態で、それゆえ洞窟などに生える珍しい植物である。洞窟といえば野良モンスターの巣になるのが世の常。そのため依頼してきたのであろう。
「その姿がわかる方はいるかの?」
わたしとローザ、アルフレートが手を上げる。わたしは図鑑で見ただけの知識だが十分だろう。
「よしよし、なら大丈夫そうじゃの。で、この村から半日程の所に自然洞窟があるんじゃが、そこの奥に生えてるはずじゃ。小さい洞窟だから苦労も無いだろう」
「今までもそこで調達を?」
アルフレートの質問にバレットさんは頷く。
「ここに来て何年になるかわからんが、ずっとじゃ。今までは流れの傭兵に頼んでいたんじゃが、欲しい時期に丁度よく流れの傭兵が村にいるとは限らなくての。今回初めて学園に依頼したんじゃよ」
「じゃあ最後に頼んだ傭兵が、根こそぎ取ってない限りはあるはずだ」
アルフレートが一人呟く。彼がしつこく聞くのには訳がある。ポゼウラスはその珍しい生体ゆえ、あまり見かけることがない。ここにないから他を探そう、とはなかなかいかないのだ。自分たちの非がないとしても、行ってみてありませんでした、では後味悪い。『見つけてくるまで探し回れ』なんて言われないとも限らない。
「乾燥させて使うんですよね」
わたしが聞くと、バレットさんは満足そうに頷いた。
「そう、よく知っとるな、お嬢ちゃん。だから持てる限り持ってきてほしい。ただし、後先のことを考えて根は残してきてくれよ。根が残ればそこからまた成長するじゃろうからな」
「お茶のおかわりをどうぞにゃ」
会話が途切れた調度いいタイミングで猫達が紅茶を運んでくる。「一緒にどうぞ」とカップケーキまで出された。オレンジの輪切りの蜜漬けが乗ったそれを見ていると、
「食べながら少し話そうじゃないか。そうだなあ、学園の話しなんて聞きたいねえ」
バレットさんににこにこと言われるが、皆顔を合わせて躊躇してしまう。こんなにのんびりしていて良いのかな。その気持ちを見透かしたようにバレットさんは手を振った。
「今日は時間も中途半端だから、出発は明日にするといい。寝場所と食事は提供するから、年寄りの話に付き合ってくれると嬉しいね」
「そういうことなら」
わたしは答える。こちらも珍しい学者の話を聞いてみたいところでもある。
バレットさんの質問により学園での授業やどんな教官達がいるのか、生徒の数、学校内の施設などを話していく。興味深そうに聞いていたバレットさんがわたし達一人一人を見回した。
「君らは何故、このメンバーで組むことになったのかね?くじか何かで決めたのか?」
バレットさんの問いかけにローザが「いえ、そうじゃ……」と言いかけた時、
「学園でも優秀な生徒の集まりですよ」
アルフレートがにこやかに答えた。「はは……」と何人かの乾いた笑いが響く。
「そいつは楽しみじゃの~。くじ引きじゃないとすると、生徒が自主的に組むということか。なかなかシビアじゃの」
わたしは頷きつつも、こんな話し面白いのかな、と思ったりする。しかしバレットさんは身を乗り出し質問を続けてくる。
「パーティの役割もあったりするのかね?例えばリーダーとか」
「この人です」
バレットさんの質問にローザが即答する。指差されたヘクターがむせこむ。
「え、ちょ……」
何か言いたげに全員の顔を見るヘクターだったが、全員から目を逸らされてしまい、最後にバレットさんと目が合う。
「やっぱりリーダーになる子は見た目も違うの~。お兄さん、男前じゃよ」
バレットさんの言葉に後ろにいた猫達がぱちぱちと手を叩いた。
猫達に泊まる部屋を案内されたのは、既に夕方近い時間になってからだった。用意された部屋は二つ。男女に別れ、わたしとイルヴァ、ローザが同じ部屋へ入って行った時は猫達も不思議そうな顔をしていたが、ローザのしゃべる姿を見て何やら納得顔になっていった。物分かりの良い子達である。
部屋は広さもベッドの柔らかさも申し分ないものだった。一つ気になるのはやっぱり窓が少ないこと。明かりを取り入れる為に上の方に横長の窓があるだけである。
「何か拍子抜けよねー」
ベッドにうつぶせに寝転んだローザが枕に顔をうずめ、唸る。
「うん、特に問題のある人にも見えないけど。付き合いが薄いだけなのかもね、村の人と」
わたしの言葉にイルヴァも頷く。
「田舎特有の陰湿さなんですよ」
……それはちょっと同意しかねるが。
でも村の人にも問題がある気がしてしまうな。バレット邸に入るのを最後に行方不明になった人がいる、なんて話しも見間違いなのかもしれないし。
「まあ無理矢理気になるところを上げれば、何で学園の事をあんな興味があるのか、よね」
わたしが言うとローザは首を傾げる。
「若い子の話しが面白いんじゃない?お年寄りってそういう方多いわよ」
とんとん、と遠慮がちなノックの音がする。
「はーい」
一番近場にいたわたしは扉を開けた。目の前にはヘクターの顔。
「うどあ!!」
わたしは思わず後ずさる。ここ最近の流れで少し馴れたとはいえ、顔アップはだめだ。
「今、大丈夫?」
ヘクターが言うと、その後ろからアルフレートとフロロも顔を出す。
「このお兄さんが何か言いたいことがあるらしいぞ」
そう言うとアルフレートは部屋にずかずか入ってくる。部屋をぐるっと見て一言。
「ふむ、部屋の質は一緒なんだな」
「デリカシーのないエルフねぇ……」
ローザがむくり、と起き上がった。
「で、話って?」
みんなが適当にベッドに腰掛けるのを見て、わたしはヘクターに尋ねた。
「いや、その、さっきの『リーダー』の話なんだけど……」
「ぴったりじゃない。他に誰がやんのよ。いよ!リーダー!男前!」
ローザの冷やかしにも、めげずにヘクターは手を振り遮る。
「いやいや、俺はさ、ここに入れてもらった立場なわけだよ。新参者がやることじゃないような気がするんだけど……」
「私がやるよりかはよっぽどマシですよぉ」
イルヴァの大変自覚ある言葉に、皆頬を引きつらせる。
「なら逆に尋ねよう。他に指名するとすれば誰がいい?」
アルフレートに顔を覗きこまれ、ヘクターは困ったように頭をかいた。暫く考えた後、ローザを指差す。
「ローザとかは?」
「あたし?リーダーっていうと何かと教官と話ししたり、あと依頼人と話すのも役割でしょ?無理無理、オカマだもん」
「じゃあアルフレート……」
「私か?言っとくが教官にも依頼人にもおべっか使わないからな。それと全員が私を神と崇めるならいいぞ」
それわたしが嫌なんですけど。そう思い、アルフレートの顔を睨んだ時だった。
とんとん、と再びノックの音がする。
『お食事ですにゃー』
扉の向こうからは茶虎猫の声。
「じゃ、そういうことで」
ローザは立ち上がるとヘクターの肩をぽん、と叩いた。
「応援してるぞ」
これはアルフレート。
「ヘクターさんなら大丈夫ですぅ」
これはイルヴァ。三人は順に部屋を後にする。そしてフロロはおもむろにヘクターの肩に乗ると、肩車の体勢をとった。
「さ、行こうか」
それを聞くとヘクターは溜息一つ、諦めの表情で立ち上がった。ハラハラと状況を見ていただけの自分が情けない。
廊下に出ると茶虎猫を先頭にぞろぞろと歩く列。その最後尾にいる白猫がわたしを見てにやー、と笑う。
「今日のご飯は張り切って作ったにゃ。タンタもいっぱい手伝ったにゃ」
「あ、タンタっていうのね、あなた」
わたしは思わず顔がほころぶ。先端が黒い模様なのを見るに始めに部屋を案内してくれた猫だろう。
「こんなに大人数の食事頼んでごめんね。大変だったでしょう?」
わたしが聞くとタンタは大きく首を振る。
「にゃん達はお世話するの大好きなんだにゃー。お仕事いっぱいあると嬉しいにゃ。若い人ご飯いっぱい食べるから大好きにゃー」
若い人、っていうとバレットさんもそんな事言ってたな。しかし働くのが好きとは。彼ら皆がそういう性格なんだろうか。
「ウェリスペルトの学園にも行ってみたいにゃー。若い人いっぱいにゃー」
「一度来てみれば?わたしが案内するよ」
するとタンタは大きな目をぱちぱちさせ、ゆっくりと首を振る。
「……バレットさんに村から出ないよう言われてるにゃ。にゃん達とバレットさんとのお約束」
「あー、そうなんだ……」
わたしはそう呟き、タンタのぽてぽてと可愛い歩きを眺め見る。
村から出ちゃいけない、とは。どういうことなんだろう。